羽生結弦は、自ら創った過酷な世界で、永遠に挑戦し続ける。カメラマン高須力が見た素顔

Opinion
2020.08.10

アスリートが輝きを放つ瞬間、私たちは感動と興奮を覚え、時に涙を流す。その姿を永遠に残すため、カメラマンはファインダー越しにその一瞬を待つ。選手と同じフィールドに立ち、その一挙手一投足を見逃さないからこそ、感じることのできる一幕がある。
メディアから“絶対王者”とも称される羽生結弦は、だが昨季、これまでに見たことのないほどの苦しい時期を過ごしていた。フィギュアスケートをはじめ数多くのスポーツシーンを追い続けてきたカメラマン、高須力氏の瞳にどう映っていたのだろうか。その素顔をつづってもらった――。

(文・写真=高須力)

[トップ写真:2012年の全日本選手権。この1時間前に彼は初めて全日本を取った]

羽生結弦が創り上げた、過酷な世界。常に高みを目指す、永遠の挑戦者。

スポーツの撮影で僕が最も重視しているのは選手の表情だ。細かいことをいえば、瞳の位置にもこだわっている。そういう意味で、羽生結弦は最高の被写体だといえる。記者会見で一点を凝視しながらライバルの話を聞いていたかと思えば、満面の笑みでうなずいてみせたり、どんなときでもその表情は豊かだ。僕の一番のお気に入りは殺気立った瞳だ。

そんな彼の一挙手一投足を逃すまいと現場入りからリンクを降りるまで、文字通り張り付いている。こんなアスリートを僕は他に知らない。なぜ追い続けられるのか。もちろん仕事だからニーズがある以上は応えなければならない。しかし、いくら仕事だからといって、ずーっと追い続けられるほど、僕は仕事熱心な男ではない。他になにか理由があるんじゃないかと考えたことがある。

本稿を書くにあたって、その理由を探していたら少し思い当たる部分が見つかったのでご紹介したいと思う。

[2017年のロステレコム杯で見せたハイドロ]

羽生以前と以後でフィギュアの世界は変わった、と僕は思う。10年くらい前に話題になった「高難度ジャンプvs表現力」という対立構造は成立しなくなった。今やフィギュアスケートはクワッド(4回転)なしでは語れない。高難度のジャンプをより多く跳び、なおかつ美しく滑らねばならなくなったからだ。その世界を創り上げたのは間違いなく羽生結弦だ。

でも彼が望んだ世界は過酷だった。クワッドジャンプは彼の足首を容赦なく痛めつけた。それでも彼は諦めない。挑戦し続ける。煽(あお)りたいマスコミから絶対王者なんて呼ばれることもあるけれど、僕はそうは思っていない。常に高みを目指し、そこに上るためならばリスクを厭(いと)わない男。カッコよくいえば永遠の挑戦者で、平たくいうと究極の負けず嫌いだ。損得勘定はできない。試合で負けるなんてもってのほか。昨日の自分に負けるのすら好きじゃない。

昨シーズン、彼が話した抱負は「けがをせず滑り切ること」だった。ここ何年もけがに苦しめられてきたからこそだと思うが、少し意外だった。大人になったといったら怒られてしまうだろうか。来シーズン、新たな世界へ挑戦するために耐えることを選択したのだ、と僕は思った。しかし、もともと抑えが効く男ではない。けがはしなかったけれど、勝つことができなかった。2月に突然発表されたプログラム変更は我慢の限界だったように思う。僕はそのニュースを聞いたとき「やっぱりね、それでこそ羽生結弦だよ」とうなずいていた。

そんな負けず嫌いな彼だからこそずっと見ていられるのだと思う。

昨シーズンもう一つ気付いたことがある。それはスケートカナダでのことだ。練習中に彼が手にとったボトルに赤い液体が入っていたのだ。

[ボトルの内側に注目。粘度がないのでスポドリ系です。たぶん]

「あれ、去年はあんな色だったかな? どんな味するのかなぁ。スムージー系? いや粘度がないからスポドリかな?」

とか考えながら撮影していることに気が付いて、我ながら驚愕した。

こ、これが沼ってやつですか?

<了>

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PROFILE
高須力(たかす・つとむ)
1978年生まれ、東京出身。2002年より写真を始める。サッカーやフィギュアスケートを中心にさまざまなスポーツをカバーしている。FIFAワールドカップは2006年ドイツ大会から4大会連続、フィギュア世界選手権は2011年より9大会連続取材中。ライフワークでセパタクロー日本代表を追いかけている。

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