浅田真央の亡き母が笑顔で語った、言葉の意味を知った日。カメラマン高須力が見た姿
アスリートが輝きを放つ瞬間、私たちは感動と興奮を覚え、時に涙を流す。その姿を永遠に残すため、カメラマンはファインダー越しにその一瞬を待つ。選手と同じフィールドに立ち、その一挙手一投足を見逃さないからこそ、感じることのできる一幕がある。
3年前に惜しまれながら引退した浅田真央。誰からも愛された彼女は、フィギュアスケートをはじめ数多くのスポーツシーンを追い続けてきたカメラマン、高須力氏の瞳にどう映っていたのだろうか。その知られざる素顔をつづってもらった――。
(文・写真=高須力)
[トップ写真:ラストダンス。初出場から数えて14度目の全日本。今まで何度も撮影に失敗してきたラストのポーズを撮ることができた。<2016年全日本選手権。現役最後の瞬間]
トリプルアクセルに挑戦し続ける浅田真央の姿に見たもの
20年近く現場にいると思い入れのあるアスリートができる。僕にとっては彼女がその一人だ。
ひょんなことから彼女の写真集に携わらせてもらうことになった(※)。しかし、今も彼女との面識はない。面識があると撮れる写真もあるけれど、それ以上に撮れなくなる瞬間ができてしまうのが怖くて、ご本人へのあいさつは辞退させてもらったのだ。(※編集注:『浅田真央公式写真集 MAO』(2010年刊行))
それでもお母さまにはごあいさつをした。「あの子は性格が男なんですよぉ」と笑っていたのが印象的だった。そのときはあまりピンと来なかったけれど、その言葉の意味は彼女を撮り続けるうちにわかるようになった。

[一番こころに残っているプログラムを聞かれたら「鐘」と答える。今でもイントロを聞いただけで当時の記憶が蘇ってくる。<2010年バンクーバー五輪でのFS「鐘」/写真は2009年の全日本選手権>]
フィギュアスケートは芸術面の評価も大きな採点競技だ。そんなフィギュアにおいて、トリプルアクセルは身体的にも技術的にも負担が大きく、言葉を換えるとリスクが高い大技だ。
トリプルアクセルに限らずジャンプは身体が小さいうちは跳ぶことができても、成長とともに跳べなくなる選手は多い。彼女もその一人だった。多くの選手は身体の成長に合わせて演技の方向性を変えるか、引退してしまう中で、彼女はトリプルアクセルにこだわり続けた。引退会見で相棒ともいえるジャンプについて聞かれ「なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの?」と話すほど、彼女のスケートには欠かせない存在だった。
これは僕の趣向なのだけれど、僕はアスリートが挫折に直面して、それを乗り越えていく姿が好きだ。実際は不断の努力によってもたらされたジャンプだとわかった上で、誤解を恐れずに告白するなら、ぴょんぴょんとトリプルアクセルを跳び、表彰台の真ん中でニコニコと無邪気な笑顔を見せてくれていた彼女に、僕は被写体としての魅力を感じていなかった。しかし、身体の成長とともに思うようなジャンプが跳べなくなっても、諦めることなく挑戦し続ける姿に「アスリート」を見てから彼女にハマった。
彼女が引退するまでの間、僕にとってのフィギュアスケートは彼女、浅田真央と同義だった。

[ソチ五輪の後に日本で開催された世界選手権。SPを首位で乗り越えて迎えたFS。冒頭のトリプルアクセル。誰もが息を呑んだ瞬間。<2014年ソチ五輪のFS「ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番」/写真は2014年世界選手権>]
<了>
羽生結弦は、自ら創った過酷な世界で、永遠に挑戦し続ける。【カメラマン高須力が見た素顔】
宇野昌磨がどん底で喘ぎ、もがき続け、手に入れた逞しさ。【カメラマン高須力が見た笑顔】
なぜ浅田真央はあれほど愛されたのか? 険しい「2つの目標」に貫き続けた気高き信念
浅田真央の美しき記憶『ノクターン』 16歳と23歳、2つの世界選手権で魅せた永遠の物語
「母を誇りに思う」 鬱病と闘ったグレイシー・ゴールド、コロナ最前線で闘う母との絆
ザギトワが大人になる過程を見せ続けてほしい。短命すぎる女子フィギュアの残酷な現実
[世界フィギュア選手権 歴代国別ランキング]1位はロシア、2位は日本ではなく……
PROFILE
高須力(たかす・つとむ)
1978年生まれ、東京出身。2002年より写真を始める。サッカーやフィギュアスケートを中心にさまざまなスポーツをカバーしている。FIFAワールドカップは2006年ドイツ大会から4大会連続、フィギュア世界選手権は2011年より9大会連続取材中。ライフワークでセパタクロー日本代表を追いかけている。
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「まるで千手観音」レスリング97kg級で世界と渡り合う吉田アラシ、日本最重量級がロス五輪を制する可能性
2025.12.19Career -
NWSL最年少ハットトリックの裏側で芽生えた責任感。松窪真心が語る「勝たせる存在」への変化
2025.12.19Career -
「準備やプレーを背中で見せられる」結果に左右されず、チームを牽引するSR渋谷・田中大貴の矜持
2025.12.19Career -
なぜ“育成の水戸”は「結果」も手にできたのか? J1初昇格が証明した進化の道筋
2025.12.17Opinion -
「日本の重量級は世界で勝てない」レスリング界の常識を壊す男、吉田アラシ。21歳の逸材の現在地
2025.12.17Career -
鈴木優磨が体現した「新しい鹿島」。自ら背負った“重圧”と“40番”、呪縛を解いた指揮官の言葉
2025.12.15Career -
中国に1-8完敗の日本卓球、決勝で何が起きたのか? 混合団体W杯決勝の“分岐点”
2025.12.10Opinion -
サッカー選手が19〜21歳で身につけるべき能力とは? “人材の宝庫”英国で活躍する日本人アナリストの考察
2025.12.10Training -
なぜプレミアリーグは優秀な若手選手が育つ? エバートン分析官が語る、個別育成プラン「IDP」の本質
2025.12.10Training -
ラグビー界の名門消滅の瀬戸際に立つGR東葛。渦中の社会人1年目・内川朝陽は何を思う
2025.12.05Career -
SVリーグ女子の課題「集客」をどう突破する? エアリービーズが挑む“地域密着”のリアル
2025.12.05Business -
女子バレー強豪が東北に移転した理由。デンソーエアリービーズが福島にもたらす新しい風景
2025.12.03Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ“育成の水戸”は「結果」も手にできたのか? J1初昇格が証明した進化の道筋
2025.12.17Opinion -
中国に1-8完敗の日本卓球、決勝で何が起きたのか? 混合団体W杯決勝の“分岐点”
2025.12.10Opinion -
『下を向くな、威厳を保て』黒田剛と昌子源が導いた悲願。町田ゼルビア初タイトルの舞台裏
2025.11.28Opinion -
デュプランティス世界新の陰に「音」の仕掛け人? 東京2025世界陸上の成功を支えたDJ
2025.11.28Opinion -
ベレーザが北朝鮮王者らに3戦無敗。賞金1.5億円の女子ACL、アジア制覇への現在地
2025.11.17Opinion -
早田ひな、卓球の女王ついに復活。パリ五輪以来、封印していた最大の武器とは?
2025.11.17Opinion -
リバプール、問われるクラブ改革と代償のバランス。“大量補強”踏み切ったスロット体制の真意
2025.11.07Opinion -
“ブライトンの奇跡”から10年ぶり南ア戦。ラグビー日本代表が突きつけられた王者との「明確な差」
2025.11.04Opinion -
橋本帆乃香の中国撃破、張本美和の戴冠。取りこぼさない日本女子卓球、強さの証明
2025.11.04Opinion -
ラグビー日本代表“言語の壁”を超えて。エディー・ジョーンズ体制で進む多国籍集団のボーダレス化
2025.11.01Opinion -
欧州遠征1分1敗、なでしこジャパン新たな輪郭。メンバー固定で見えてきた“第2フェーズ”
2025.10.30Opinion -
富士通フロンティアーズ40周年。ハーフタイムを彩ったチアリーダー部“歴代70人”のラインダンス
2025.10.27Opinion
