宇野昌磨とランビエールの“絆”に見る、フィギュア選手とコーチの特別で濃密な関係
昨季グランプリファイナルで表彰台を独占したエテリ・トゥトベリーゼ門下から、アリョーナ・コストルナヤとアレクサンドラ・トゥルソワが“皇帝”エフゲニー・プルシェンコのチームへと移籍。平昌五輪の銀メダリスト、エフゲニア・メドベージェワはブライアン・オーサーから古巣トゥトベリーゼのもとへ復帰。今オフ、トップスケーターたちが新たな環境に身を置いたことが大きな話題となった。
スケーターにとって、誰に師事するかは自身のキャリアを大きく左右する重要な決断だ。その関係は、他の競技には見られないほどに特別で濃厚だといえるだろう。昨季途中から師弟として共に歩んでいる宇野昌磨とステファン・ランビエールの揺るぎない“絆”をひも解きながら、その幸せな関係性を見てみたい。
(文=沢田聡子)
宇野昌磨とランビエールの揺るぎない信頼関係の源
ステファン・ランビエールと宇野昌磨の「四季」は、とてもぜいたくなコラボレーションナンバーだった。
2018年8月23日に行われた、「フレンズオンアイス2018」の公開リハーサル。宇野は2018年平昌五輪で銀メダルを獲得した2017-18シーズン・ショートプログラムの一部、ランビエールが2006年トリノ五輪で銀メダルを獲得、また同年の世界選手権で連覇を果たした2005-06シーズン・フリーの一部を演じる、豪華な「四季」が披露された。宇野、ランビエールの順にそれぞれのパートを滑った後、ランビエールの振り付けたパートを2人で滑る構成で、重厚感のある2人のスケーティングは美しく調和していた。
今年9月、師事するランビエールコーチが待つスイスに出発した宇野は、空港に向かう車中でランビエールの尊敬している部分について問われ、次のように答えている。
「スケーターとして、ステファンに関しては『こんなにうまかったんだ』って思いました。現役の時は僕全然見たことなかったんですけど、エキシビションなどで見たときに『こんなにうまいんだ』と思って」
「スケーティング技術もそうですけど、うまいですよね、一つ一つが。本当にうまい。かっこいいですね、見ていて」(YouTube「宇野昌磨アップロードチャンネル/ Shoma Uno」より)
共に五輪銀メダリストであり、優れたスケーター同士として共演した2人は、今は師弟として共に歩んでいる。宇野がランビエールコーチを信頼する理由の一つに、スケーターとしての卓越した技量への尊敬があるのだろう。
宇野は昨季、スケート人生で最も苦しい時期を過ごしていた
フィギュアスケートにおけるスケーターとコーチの関係は、他競技に比べても際立って濃密なものといえる。個人競技の特性もあり、深い信頼関係なしには成立しない。昨季前半、シニアデビューをしてから最も苦しい時期を過ごしていた宇野がどん底から抜け出せたのは、ランビエールコーチの存在があったからだ。
メインコーチを置かないという異例の選択をして昨季のスタートを切った宇野は、昨年11月のグランプリ(GP)シリーズ・フランス杯では不調で、実力とはかけ離れた8位に終わる。五輪銀メダリストであり、また練習量の多さで知られる宇野がジャンプで次々に転倒する姿は、あらためてフィギュアスケートにおけるコーチの重要性を感じさせるものだった。
フランス杯・フリー後のキスアンドクライでファンの声援に涙した宇野自身、コーチの必要性を痛感したと思われる。フランス杯後、宇野はスイスに向かい、ランビエールコーチと共に練習を積んだ。既に宇野は、コーチとしてのランビエールに日本スケート連盟主催の強化合宿で指導を受けており、昨季開幕前の9月にはチームステファンのスイスでの合宿にも参加していたため、スイスで練習する選択は自然な流れだったのだろう。
そして宇野のGP2戦目となるロシア杯のキスアンドクライには、ランビエールコーチの姿があった。4位となって惜しくもメダルは逃したが、ジャンプの調子は明らかに上向きになっており、何より宇野とランビエールコーチの明るい表情が印象的な試合だった。
宇野が「すごく温かいところ」と表現したチームステファン
昨季の全日本選手権(12月)、前日練習での宇野は、4種類の4回転ジャンプを跳ぶ好調さを見せていた。囲み取材で、宇野は「今シーズン僕はちょっとゴタゴタしたままシーズンが始まり、でも気付けばちゃんと地に足が着いたというか、ちゃんと決まってよかったなと」と明るい表情で語っている。そして、この大会には臨時コーチとして帯同していたランビエールについて「多分、ステファンのところにお邪魔する。言っていいか分からないですけど」と、ややフライング気味に今後メインコーチとする旨を発言し、報道陣の笑いを誘った。きっと宇野は、ようやく共に歩むコーチを得たことがうれしくてたまらなかったのだろう。
その際スイスでの練習環境について問われた宇野は、「すごく温かいところ」と表現している。
「(島田)高志郎くんとデニス(・ヴァシリエフス)の2人とも、一生懸命スケートに向き合う本当に真面目な2人なので、すごくそれに影響されて。ただ厳しい練習というよりも、やることはやるけど、優しさがあるというか。僕にとってはすごく求めていた環境ではあるかなと思いますし、GPシリーズ2戦目でやっと今シーズンがスタートできたなって思います」
フィギュアスケートのコーチを決めることは、共に練習するチームメートを決めることでもある。宇野がランビエールコーチの下で練習することを決断した背景には、門下生たちの人柄や、練習の雰囲気に魅力を感じたこともあったようだ。ロシアのトップ女子がしのぎを削るエテリ・トゥトベリーゼ チームや、羽生結弦がハビエル・フェルナンデスと最高のライバル関係を築いていたチームブライアンの例を見ても分かるように、日々の練習でいい刺激を与え合うこともスケーターたちの成長につながっていく。
ランビエールの存在が、宇野にスケートの楽しさを思い出させた
そして全日本選手権のショートで宇野はノーミスの演技を披露し、ガッツポーズを見せている。直後のミックスゾーンでランビエールコーチが果たした役割を問われた宇野は「日頃の練習で、やっとまた自分にスケートを楽しむ練習をさせるよう戻してくれた、かけがえのない存在」と口にした。
「『コーチがこう言っているから』とかではなくて、『このコーチのために、僕はいい演技をする』じゃないですけど、一緒に戦っていきたいという気持ちがありました」
宇野が、浅田真央に誘われてフィギュアスケートを始めたのは有名なエピソードだ。浅田と共に、伊藤みどりを育てた名伯楽・山田満知子コーチの下で基礎を身につけ、山田コーチのアシスタントとして宇野を知り尽くしている樋口美穂子コーチの振り付けで長所を伸ばしてきた宇野は、平昌五輪銀メダルという大輪の花を咲かせた。
そして昨季の全日本選手権で優勝した宇野は、ランビエールコーチとの関係性について次のように語っている。
「もちろん、日頃たくさん『こうした方がいいよ』と(ランビエールコーチに)言われることはあるんですけど、それを真に受けるのではなくて、自分なりに今までやってきたことと照らし合わせて『ここは一致するところがあるな』というのを、自分の中でかみ砕いて自分のものにしようと思っています」
名実ともに世界トップクラスのスケーターとなった宇野は、ただ導かれるだけではなく共に進んでいく同志のような存在として、ランビエールコーチを見ているのかもしれない。
メドベージェワがコーチを替えたのも必然の選択
スケーターが競技人生を歩んでいく過程によって、コーチに求めるものは違ってくる。シングルスケーターとしての髙橋大輔と長光歌子コーチのように長い道程を共に歩んでいくケースもあるが、一方で選手としての成長や状況の変化に応じ、コーチを替えるのも自然なことだろう。最近では、2018年平昌五輪で銀メダルを獲得後、幼少時から師事していたエテリ・トゥトベリーゼ コーチ門下から、ブライアン・オーサー コーチの拠点であるクリケットクラブ(カナダ)に移籍したエフゲニア・メドベージェワの古巣復帰が話題となった。メドベージェワの場合は、コロナ禍で国境を越える移動が難しくなったことが決断の大きな原因だと思われる。選手が常に自分にとって最適な環境を望むのは当然で、コーチ選びはそれに直結する大切な選択なのだ。
今年9月、スイスにたつために空港に向かう車中でも、宇野の言葉にはランビエールコーチに寄せる厚い信頼がにじんでいた。
「スイスで練習したいというよりも、正直ステファンにずっと会ってないので『会いたいな』というのが一番強いです」
「昨日も(ランビエールコーチから)『会うのを楽しみにしている』みたいなLINEがきていて。去年(昨季の途中で)バタバタしたかたちでチームに入らせていただいて、そんなに長いことチームに入っているわけではないのに、すごく気にかけてくれて、優しい。在籍して間もない僕をちゃんとチームの一員として見てくれるのは、正直うれしいです」
そして「ランビエールコーチの好きなところは?」と問われた宇野は、次のように答えている。
「本当に、選手思いなところ。100%、チームメートの味方をしてくれる」(YouTube「宇野昌磨アップロードチャンネル」より)
コロナ禍にある今季だが、そんな中でも、スケーターとコーチの幸せな関係が大舞台での忘れ難い演技を生み出していくのだろう。
<了>
宇野昌磨を更なる高みへ誘う『ボレロ』。ランビエールとの絆で歩む“世界一”への道程
宇野昌磨が敗れても、笑顔だった理由。「やっぱり僕は負けず嫌い」、だから再発見した喜び
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