
W杯へ危機的状況「日本代表のGK問題」。川島、権田、シュミット全員が不出場続く窮状
サッカー日本代表は10月の欧州遠征で史上初となる「オール欧州組」による編成となり、アフリカの強豪を相手に1勝1分と上々の結果を出した。新型コロナウイルスの影響で11月の代表戦も「オール欧州組」が予定されているが、この陰で決して見逃すことのできない大きな問題が起こっている。「GK問題」だ。
招集された川島永嗣、権田修一、シュミット・ダニエルが、そろって所属クラブで出場機会を失っている。2022年FIFAワールドカップ・カタール大会を目指す日本代表のアキレス腱ともなりかねないこの状況に、当の本人たちも危機感を口にしている――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
10月の日本代表戦は、権田は今シーズン初、シュミットは今年初の実戦だった
所属するポルティモネンセ(ポルトガル)の試合スケジュールの関係で、今年初の日本代表活動がスタートした10月5日の深夜に、権田修一はオランダ・ユトレヒト近郊のホテルに到着した。
仲間たちと昨年11月以来となる対面を果たしたのは一夜明けた6日だった。新型コロナウイルス対策として部屋の行き来が禁止され、リラクゼーションルームも廃止され、食事も円卓を囲む形からテーブルに十分な間隔を取って座る形に変更された。そんななかで、ゴールキーパーのポジションを争うシント=トロイデン(ベルギー)のシュミット・ダニエルと、お互いの近況について短い言葉を交わしている。
「試合に出られていないよね、という話をしました。僕にしてもダンにしても海外でプレーするのは簡単じゃないけど、日本代表に選ばれている以上は、やっぱり試合に出なきゃいけないよね、と」
言葉通りに第3節までを終えていたポルトガルリーグで、権田はベンチ外が2度、リザーブが1度という状況でオランダ入りしていた。ダンの愛称で呼ばれているシュミットも、8月に開幕しているベルギーリーグでベンチ外が3度、リザーブが5度のまま日本代表に合流している。
オランダ遠征の2試合を振り返れば、9日のカメルーン代表戦は権田が、13日のコートジボワール代表戦ではシュミットが先発。ともに相手を零封して1勝1分の星を残したが、権田にとっては今シーズン初、シュミットに至っては今年初の実戦だった。2人にいったい何が起こっているのか。
昨シーズン終盤戦で先発に定着するも……権田修一の苦境
昨年1月にカタールで開催されたアジアカップの期間中に、サガン鳥栖からポルティモネンセに移籍した権田は、昨シーズンの終盤戦になって先発に定着。新型コロナウイルスによる中断を挟んで14試合でゴールマウスを守り、クラブの1部残留とともにオフに入った。
迎えた今シーズン。今年2月から指揮を執るポルトガル人のパウロ・セルジオ監督は、昨シーズンの先発を分け合った権田でも、在籍8シーズン目を迎えているポルトガル人のリカルド・フェレイラでもなく、ブラジル出身の26歳、サムエルを守護神に指名した。
「どのように見ても今シーズンは僕にとってはいい状況ではないことは、皆さんも感じられていると思っています。昨シーズンは半分ぐらい使ってもらって、監督も代わらないなかで僕よりも若い選手が試合に出ているので。監督に直接説明を求めているわけではないので、どのような状況なのかはわからないですけど、僕としてはやるべきことをやるだけだと思っています」
加入時から背負ってきた「16番」が、今シーズンからは「57番」に変わっている。唐突に映った変更は新たに加入したブラジル出身のMF、ジュリオ・セザールの要望に応じたもので、ポジションを失った状況とはまったく関係がないと権田は苦笑いを浮かべた。
「たまたま『16番』を希望してきた選手がいて、僕自身も『16番』にそこまでこだわりが強かったわけでもないので。もともと『20番』を希望していたところが空いていなかった、というなかで『16番』にしたので、息子の誕生日でもある5月7日に合わせた番号に替えただけなんですよ」
「実力が拮抗していたらダメ」。自らの立場を受け止めるシュミット・ダニエル
昨年7月にベガルタ仙台からシント=トロイデンへ移籍した28歳のシュミットは、昨シーズンの前半戦で20試合に先発する順風満帆なスタートを切った。しかし、好事魔多し、というべきか。ウインターブレーク明けのスペインキャンプで、右足裏の腱を痛めて戦線離脱を強いられてしまった。
復帰へ向けてリハビリに励むも、回復が遅れ気味になっていた間に新型コロナウイルスによってベルギーリーグは中断。再開されることなく打ち切りとなり、オフを経て新シーズンを迎えた。
「半年間の離脱はけっこう長かったですね。7月の終わりぐらいにようやく復帰して、いまは徐々にコンディションを上げようとしている段階です。代表の練習は所属クラブのそれと比べて引き締まっているし、そういうなかで少しでも実戦に近い緊張感みたいなものを味わっていると思うので、かなり実戦から遠ざかっているなかで、そういう感覚を取り戻すことを意識しています」
新シーズンの開幕直前に復帰したシュミットは、第3節までベンチ外が続いた理由をこう明かした。自身が加入した当時はけがで戦列を離れていた、ベルギー出身のケニー・ステッペの後塵を拝し続けている現状を、外国籍選手という立場を踏まえながらこう受け止めている。
「試合中にとっさに出る声がフィールドプレーヤーにしっかりと伝わっているかどうか、より深いコミュニケーションが取れているかどうか、という点で意思疎通の難しさがある。欧州圏外から来ているからには、競っているゴールキーパーと実力が拮抗(きっこう)していたらダメというか、もっと突き抜ける形で、どう見てもライバルに勝っていないと使ってもらえないと感じています」
開幕2戦は先発出場も……現在は控えに回っている川島永嗣
今回のオランダ遠征では出場機会なしに終わったチーム最年長の37歳の川島永嗣も、日本人選手がゴールキーパーを担っていく上で、シュミットと同じ考え方を明かしたことがあった。
「ヨーロッパでは、ゴールキーパーの役割や存在感がもともと大きい。そのなかで外国人のキーパーがプレーしていくためには、ヨーロッパ人よりもいい部分やプラスアルファを出さなければいけない。プレー面でもメンタル面でも、日本にいたときよりも強さや厳しさを求められると思っている」
2001シーズンにJ2の大宮アルディージャでプロのキャリアをスタートさせた時点で、10年目を迎える2010年夏に欧州に挑む青写真を川島は描いていた。構想を具現化させるために英語とイタリア語を習得し、いまではポルトガル語、スペイン語、オランダ語、フランス語も操る。
名古屋グランパスと川崎フロンターレを経て、南アフリカワールドカップの2010年夏から欧州に挑んで10年を超えた。リールセ、スタンダール・リエージュ(ともにベルギー)、ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)、メス(フランス)を経て、ロシアワールドカップ後に同じリーグアンのストラスブールに加入。契約の最終年となる3シーズン目を迎えている。
この間に所属クラブなしの時期を2度経験し、ストラスブールとはベルギー代表マッツ・セルス、U-21フランス代表経験を持つビングル・カマラに次ぐ第3キーパーとして契約。3度のワールドカップに出場した濃密な経験と、常に準備を怠らない真摯(しんし)な姿勢がセルスとカマラの模範となるとして、外国籍選手枠が「3」と定められているなかで昨夏に契約を2年間延長している。
「自分が計画した通りにいかないのが人生であり、サッカーだと思う。自分のなかでは意味があって挑戦しているし、不遇な時期があったからこそ成長できると信じているので」
こう語ってもいた川島は今シーズンの開幕節、第2節でゴールマウスを守っている。キャンプでセルスがアキレス腱を断裂し、新型コロナウイルスに感染したカマラの調整が遅れたピンチを救った。第3節以降の4試合はリザーブに回った状況で、日本代表に合流していた。
Jリーグ復帰も視野に? 権田が現状に対して抱く危機感
コロナ禍であることが考慮され、今年初の日本代表の活動となったオランダ遠征は、招集メンバー全員が歴代で初めて欧州でプレーする選手となったことでも注目された。しかし、ゴールキーパーに関しては3人全員が、9月以降は試合出場から遠ざかっていたことになる。
こうした状況が選手個々のパフォーマンスに、引いては日本代表に招集された場合にどのような影響を及ぼすのか。答えは冒頭で記した権田との会話を経て、シュミットが抱いた思いに凝縮されている。
「ゴールキーパーは数多く試合に出て、いろいろなことを学んでいくポジションだと思うので。そうした機会をつくり出すためには、当然ですけどレギュラー争いに勝たなければいけない。試合勘を含めて、キーパーにとってそういう部分が大事だと、ゴンちゃんと話してあらためて感じました」
ロシアワールドカップ後の2018年9月に森保ジャパンが船出して、ちょうど30試合を終えた。ゴールキーパーの先発回数を振り返ると権田の14回が最多となり、シュミットの6回、川島と東口順昭(ガンバ大阪)の3回、大迫敬介(サンフレッチェ広島)と中村航輔(柏レイソル)の2回と続く。
ただ、東京五輪世代を中心とした陣容で臨んだ昨年6月のコパ・アメリカや、国内組だけで臨んだ同12月のEAFF E-1サッカー選手権を除いた24試合でみれば、権田が指名された確率はさらに跳ね上がる。森保一監督のファーストチョイスとなる31歳は、自身の今後へ向けてこんな言葉も残している。
「ヨーロッパの移籍市場は締まってしまったけど、日本は今月いっぱいまで空いていますよね。何がいま現在の自分にとってベストの状況なのかを、ちょっと考えなければいけないと思っています」
ポジションが一つしかないゴールキーパーをめぐっては、一度決められたチーム内の序列を覆す作業は容易ではない。権田の場合は31歳という年齢も相まって危機感が高まり、日本国内への復帰も視野に入れている、と受け止められてもおかしくないコメントが口を突いたのだろう。
若い世代が台頭してきた日本のGK。権田が特に目を奪われたのは?
ワールドカップにおける日本代表の軌跡を振り返ってみれば、ゴールマウスを守ったキーパーはわずか3人しかいない。そのなかの2人、川口能活さんと楢崎正剛さんは2018シーズン限りで現役を退き、3大会連続で合計11試合に出場してきた川島も、ロシアワールドカップ終了後、昨年6月まで招集されなかった。
「日本代表のキーパーは変革期にあるというか、新しく選手が出てきている状況ですよね。そのタイミングで『日本のキーパーは、やっぱりあの3人じゃないとダメだ』と言われればそこまでだし、だからこそ選ばれている僕たちには『日本にはこういう選手もいる』と、どんどん見せていく責任がある。プレッシャーを感じるのではなく、各々が日本のキーパー像をそれぞれの形でつくっていけばいい。能活さんやナラさんみたいなことをしなきゃいけないとも思わないし、永嗣さんのまね事をしてもうまくいかない。それぞれがベストを尽くせばいい」
森保ジャパンが発足した直後にこう語っていた権田は、より高いレベルを求めて2度目の欧州挑戦を決意した。言及した「あの3人」とは川口さん、楢崎さん、川島となるなかで、後に続こうとしている権田やシュミットを下から強烈に突き上げる若い世代が、国内外で台頭してきている。
国内では東京五輪世代の守護神候補である大迫を筆頭に、常勝軍団・鹿島アントラーズでレギュラーに定着した21歳の沖悠哉が、シュートストップに加えて正確無比なフィード能力で評価を高めている。北海道コンサドーレ札幌にJFA・Jリーグ特別指定選手として登録された日本人初の身長2mプレーヤー、中野小次郎(法政大学4年)もスケールの大きなセービングを何度も披露している。
そして国外ではブラジル代表のエデルソン・モラエス(マンチェスター・シティ)や、スロベニア代表のヤン・オブラク(アトレティコ・マドリード)ら超一流の守護神を輩出してきた歴史を持つ、ポルトガルの名門ベンフィカのU-23チームに所属する19歳の小久保玲央ブライアンがいる。
国際大会でベンフィカのU-23と対戦したときのプレーが見初められ、柏レイソルU-18からJリーグを介さずに海を渡った小久保の潜在能力の高さを、権田はつい最近目の当たりにしている。ポルティモネンセのU-23チームとの練習試合で、遠征してきた小久保に目を奪われたという。
「本当に将来性豊かだと、これからがすごく楽しみな選手だと思いましたし、僕も彼ぐらいの年齢でヨーロッパに来たかった、といううらやましさみたいなものも感じましたよね。そして、1年後なのか、1カ月後なのかはわかりませんけど、いつかこの場に絶対に来る選手だとも思いました。ああいう選手と自分はこれから競争していくと思ったときに、もっと頑張っていかないと、とも」
「世界的に見れば、日本人GKはまだまだ」 2年後のW杯へ向けてメスは入るか
11月の国際Aマッチデーでも、オーストリアを舞台にパナマ、メキシコ両代表と国際親善試合を行うことが決まった。日本への入国後の検疫体制を見れば、次回も欧州組だけの招集となるだろう。一方で東京五輪世代も積極的にフル代表へ招集する方針を掲げる森保監督のもとで、権田がゴールキーパー目線で脅威と将来性を感じた小久保が、抜てきされる可能性も生じてくる。
欧州組だけで、リザーブを含めたチームを編成できる時代を日本代表は迎えた。しかし、最後尾を担うポジションに関しては「世界的に見れば、日本人のキーパーがまだまだストロングポイントになっていない」と、自戒の念を込めて権田が語っていた状況は残念ながら変わっていない。
代表ウイークを終えた先週末のリーグ戦でも、権田、シュミット、川島が置かれた状況は変わらなかった。ベスト8以上を目標に掲げるカタールワールドカップまで、残された時間は2年あまり。試合に出場し続けて初めて成長できる、という大原則に立てば、森保ジャパンにおけるアキレス腱になりかねないゴールキーパー陣に、世代交代を含めた再編成のメスが入れられるときは近いのかもしれない。
<了>
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