小さな“離島”に根付いたスポーツ環境 沖永良部高校の躍進を支えた「地域連携」とは
決勝戦を控える神奈川県と熊本県を除き、今年も出場校がほぼ出揃った全国高校サッカー選手権大会。実力校が集う鹿児島県予選は、神村学園高等部の4年連続8回目の優勝で幕を閉じた。この大会で大きな注目を集めたのが、離島勢初の4強入りにあと一歩と迫った沖永良部高校だ。人口約1万4000人、離島のためリーグ戦にも参加できない環境の中、なぜ彼らの躍進は実現したのか? その背景には、沖永良部島に移住し、スポーツを通して島を活性化しようと活動する上村修史サッカー部総監督の情熱があった。
(文・撮影=松尾祐希)
離島初のベスト4入りを懸けて戦った沖永良部高校
九州本島から南へ552kmの場所にある沖永良部島。沖縄県は目と鼻の先で60kmしか離れていない。人口は約1万4000人。鹿児島から飛行機で1時間10分、フェリーで18時間。沖縄からでもフェリーで7時間を要する。島では大都市のように何でも手に入るわけではないし、本島で暮らす人たちのように車や電車で簡単に移動できるわけでもない。しかし、島で生きる難しさをハンデとせず、社会性を生かした取り組みで快進撃を見せ、公立高唯一のベスト8入りを果たしたチームがある。沖永良部高校サッカー部だ。
11月3日。全国高校サッカー選手権大会の鹿児島県予選・準々決勝。沖永良部高校サッカー部は離島初のベスト4入りを懸けて戦っていた。相手は今春の九州新人戦(九州高校U-17サッカー大会)に鹿児島第2代表として出場した出水中央高校。負ければ終わりの大一番には沖永良部島から駆けつけた父兄だけでなく、島外で暮らすOBも足を運んだ。
結果は0−4の敗北。選手たちは悔しさをにじませ、歴史を作れなかった事実を受け入れた。しかし、ピッチを去った選手たちの表情は清々しく、うなだれる選手は一人としていない。
「地域の人に支えられてのサッカー部。親の協力や地域の方の寄付で、金銭面をサポートしてもらって大会に参加できたので感謝しています」(佐々木春希)
すべてを出し切った彼らの胸にあったのは支えてくれた人たちへの感謝の想い。限られた環境の中で自分たちが歩んできた道のりに胸を張った。
オリジナルTシャツや収穫したジャガイモを販売
沖永良部高校サッカー部はインターハイ(全国高等学校総合体育大会)も含めても全国大会に出場した経験はなく、チームの実力は奄美群島が参加する大島地区大会を勝ち抜いて県大会で上位を目指すレベルにある。メンバーも島内出身者で固められており、県外はおろか県内からやってくる選手もいない。高校進学時点で島を離れる者が少なくなく、7割の選手が残った現高校3年生の世代は例年より多いという。
強化に関しても普通の高校と事情が異なり、一筋縄ではいかない。離島のためリーグ戦には参加しておらず、島内にある高校も沖永良部高校のみ。島外に出て試合をするにしても、多くの資金を要して簡単に遠征はできない。そのため、練習試合は島内の社会人チームや中学生とのゲームがメインになる。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で行えなかったが、例年であれば夏に九州で行っている長期合宿や各大会の遠征費用は島民の寄付や自分たちで賄うしかない。そこでサッカー部ではオリジナルのTシャツや、生徒たちが父兄などの協力を得て収穫したジャガイモを販売。今予選の遠征費費用が一人3万円ほどの持ち出して済んだのも、そうした努力や協力があったからだった。
ただ、独自の取り組みをしてもベスト8まで勝ち上がるのは難しい。では、なぜ結果を残せたのか。大きな役割を担ったのがNPO法人 沖永良部スポーツクラブ・ELOVEだった。
子どもたちが減っている沖永良部島のスポーツ事情
NPO法人 沖永良部スポーツクラブ・ELOVEが設立されたのは今から3年前。2017年8月のことだった(NPO法人としての正式な設立認証は2018年1月)。立ち上げを呼び掛けたのは定年後に島へ移住してきた上村総監督だ。今年で76歳を迎える上村氏は1991年から94年まで沖永良部高校で教諭を務め、サッカー部の監督としてチームを指揮。以降は鹿児島市内などの高校に赴任し、定年までサッカー部の監督や教員として子どもたちと向き合ってきた。しかし、教職から離れた翌年に妻が乳がんで他界。言葉には言い表せない喪失感に、残りの人生をどう生きるか悩んだ。そのタイミングで教え子から誘いが掛かる。今から8年前の2012年。沖永良部島への移住を持ち掛けられたのだ。
誘われるがまま、直近の連休を使って島に足を運んだ。そこで子どもたちが減っている沖永良部島のスポーツ事情を目の当たりにし、移住を決意。新たな目標ができた。「教え子たちがさまざまなスポーツで指導者になったけど、島の人口は減っている。そこで僕はNPO法人を作り、生涯体育の基礎を作りたいと思ったんです。3年かけて準備をし、教え子が理事長になった。そして、幼稚園が統合されたので、空き校舎をNPO法人が受け継いで事務所として使えることになったんです」
そこから上村氏や理事長を中心に島内のスポーツ環境を整備。NPO法人の活動に触発された島内の指導者たちも行動を起こし、社会人から幼稚園生まで同じ場所で活動が行えるようにグラウンドを整えた。
NPO法人のスローガンである「小さな島でもでっかいスポーツ環境!」を作る--。大人たちの行動は子どもたちの成長に大きな意味を持ったという。
「社会人が高校生、高校生が中学生、中学生が小学生を教える時もある。受け身ではなく、自分たちが指導の一環に入ると自分を振り返る場面が出てきて、生徒にとって勉強になる。また、小学校の高学年が中学生とゲームをしたり、中学生が高校生と試合できるのも大きい。体格の違いを感じるかもしれないけど、『まだまだ自分たちはダメなんだ』というのを気づかせる機会になっている」
島と協力しながらさらに裾野を広げていく活動
沖永良部島には島社会特有の文化がある。どこかしらでつながっており、昔からの顔馴染みが多い。それがカテゴリー問わない環境形成の一因となり、一貫した指導がメリットをもたらしている。「沖永良部は近所の人を兄ちゃんとか呼び捨てで呼ぶこともあるぐらい。良い意味で上下関係が薄い社会なんです」。上村氏が言うように島特有の人間関係が大きな意味を持っているのだ。
赴任して2年目の下瀬喬司監督もメリットを実感している。
「小中の指導者も良くて、今は島内で連携して指導ができている。スタッフの連携が一番の強み。今回の選手権予選前も練習相手がいなかったけど、社会人の方が高校生のために試合をやってくれた。地域全体、社会人を筆頭にいろいろと協力をしてもらえている。高校生は中学生、中学生は小学生。上のレベルでトレーニングできる環境が少しずつでき始めている。試合経験が少ないのはデメリットだけど、デメリットの部分も解消をしながら島の連携を強めていきたい」
今後はサッカー以外のスポーツも含め、島と協力しながらさらに裾野を広げていくつもりだ。特に指定管理業者となる施設を増やし、NPO法人に参加している教員との連携を深める意向を持っている。その目標のためには、大人たちの行動が重要になるのは間違いない。上村氏は言う。
「大人がうかうかしていると、その種目はへこんでくる。常に大人が連携して育てていかないといけない」
昨今は近隣の住民と接する機会が減り、地域間での人間関係が希薄になりつつある。近所の子どもが悪さをしても近くの大人が叱ることもなくなった。環境が違う都会では実現できない取り組みかもしれない。
上村氏が撒いた種の芽は出つつある。島の良さを生かしながら、子どもたちと向き合う。子どもたちが沖永良部島にいる限り、上村氏の挑戦に終わりはない。
<了>
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