
山梨学院・長谷川監督、戦術や分析の裏に隠された“手法” 2年で選手権制覇の理由とは?
青森山田高との激闘を制し、第99回全国高校サッカー選手権大会で優勝を果たした山梨学院高。2019年よりチームを率いる長谷川大監督は、なぜ2年でチームを優勝に導けたのか。今大会では相手の分析や緻密な戦術がフォーカスされたが、それだけではない。選手の心に入り込み、モチベーションを上げるチームビルディングが大きな役割を担っていた。では、長谷川監督はどのようにして、選手の“やる気スイッチ”を押し続けたのだろうか。
(文=松尾祐希)
長谷川大監督にとって初めての戴冠
PK戦までもつれた高校サッカー選手権の決勝戦。4人目のキッカーのキックが決まると、強張っていた頰が緩んだ。山梨学院高にとっては11年ぶり2度目の優勝だが、長らく学生サッカーに携わってきた長谷川大監督にとっては初めての戴冠。横森巧総監督らと抱き合い、全国優勝の喜びを噛み締めた。
思い返せば、教員になってからさまざまな出来事があった。2004年から指揮を執った秋田商業高の監督を12年度いっぱいで退任。その後、新天地を探すのに思い悩んだ。そうした状況で転機になったのが、仙台育英高の監督・城福敬氏からの誘いだった。同年5月に同校のコーチに就任。秋田から仙台に週4回通う生活を半年ほど続け、インターハイにも帯同した。また、同年の末にはA級ライセンスを取得した際の同期である小坂康弘監督が率いる丸岡高の臨時コーチに就任。選手権前の事前合宿に同行し、多くのことを学んだ。
翌年度からは神奈川大で監督に。伊東純也(現:ヘンク)や金子大毅(現:浦和レッズ)らの指導に携わり、就任3年目の2016年には天皇杯で町田ゼルビアを撃破。2回戦でジュビロ磐田に敗れたものの、この経験は長谷川監督にとって、大きな自信になった。2018年度からは山梨学院大でヘッドコーチを担当。あと一歩のところで関東大学リーグ2部への昇格を逃したものの、今まで取り組んできたことが花開きつつあった。
その中で迎えた2019年の1月。横森総監督の声掛けで付属である山梨学院高の監督就任のオファーを受ける。自分が誘った選手が来年から大学に入ってくることに頭を悩ませたが、1カ月熟考した末に再び高校サッカーのフィールドに戻る道を選んだ。
並みいる優勝候補を撃破。対戦相手ごとに戦い方を準備した結果
そこから2年。サッカー面だけではなくピッチ外の取り組みも重視し、チームに規律を植えつけた。その上で選手の個性を組み合わせ、指導者もそれぞれの特徴を出し合いながらチームを構築。最善の策を講じ続け、今冬の高校サッカー選手権で日本一を成し遂げることができた。
今大会、長谷川監督は選手に落とし込んできた「素早い攻守の切り替え」をベースにさまざまな方策を講じた。大会を振り返り、指揮官はこう語る。
「ストロングスタイルの相手が多かった。後ろで構えてボールを持つチームであれば、(うまさがある)笹沼航紀や(スピードがある)茂木秀人イファインを最初から使っていたかもしれません。ただ、彼らは(守備面を考えれば)諸刃の剣。キックオフ直後から激しい攻防が考えられるチームばかり。加えて、相手を踏まえた時に自分たちのライフの減りを考えると、流れを劇的に変える選手を最後に残しておきたかった。それが笹沼とイファイン。この2人でたくさん点を取り、後半は(フィジカルに長けた)久保壮輝で逃げ切るプランもあったけど、今大会の相手は前半から元気なチームばかり。となると、違うなと思った。必ず相手は後半に落ちてくる。こっちは攻撃の入り口を変えられる状態だった」
指揮官は徹底的に相手を分析。相手のストロングポイントを消しながら、いかに自分たちの特徴を発揮するかに注力した。「選手たちが元気に頑張った結果。ちまたで言われているような緻密さがあるわけではないし、やろうと思って決めたことがうまくハマった。体がすんなり動いて、信じて、どうにかなると思った結果かもしれない」と長谷川監督は謙虚に話すが、相手ごとに戦い方を準備した結果が優勝に結びついた。
例えば、準々決勝・昌平高戦と準決勝・帝京長岡高戦。互いに攻撃的なスタイルで高い位置からプレスを掛けるスタイルも近しい。ただ、相手の特徴は微妙に異なり、昌平はドリブル、帝京長岡はパスワークで守備ブロックを崩しにくる。そこで守り方を相手によって変え、特徴を消すことで勝機をつかんだ。センターバック藤原優大にマンマークをつけた青森山田高との決勝も含め、自分たちの戦い方を維持しながら勝利のために加えた方策が功を奏したのは間違いない。
「局面を10対10にする。あとは周りが助けてくれる」
ただ、そうした策も選手たちに伝わらなければ実行できないし、高いモチベーションで取り組もうとする姿勢がないと成り立たない。だからこそ、長谷川監督は選手とのコミュニケーションを大切にしてきたという。
「秋田商では商業科の先生だったんですが、もともと授業が好きで、教科書を使うよりも話すことやグループワークが得意でした。そういうプレゼンテーションやグループワークは教員の中で培ったもの。しゃべるのが得意だったから、授業などで生徒たちの特徴を引き出すことが自分の強みなんです」
サッカーの指導者であると同時に根っからの教師。その気質は選手との向き合い方のスタンスにも現れている。
「自分のやり方は選手の心に入り込んで、良くも悪くも選手の身になって考える。その上でチームを作っていきたい」
例えば、青森山田との決勝。試合前日は選手の特徴を伝えるだけで、戦い方やゲームプランは一切選手に伝えなかった。「どんなプランになるかは明日までのお楽しみ。俺が今考えているから」と、選手の心をくすぐるような言葉を掛けた。そして、当日の朝。マンマークをすることを決めた長谷川監督は藤原へのマンマークをチーム全体に伝える前に、キーマンになるFWの2人だけを個別に呼んだ。そこで細かくタスクを伝え、モチベーションを上げるような言葉を掛けたという。
久保には「今回はマンマークをするぞ、何があってもどこにボールがあっても藤原くんとずっと一緒にいるんだ。それはどういう意味かわかる? ずっと監視をする。お前はボールに触らなくていい。ということは相手もボールに触れない。局面を10対10にする。でも、攻撃になった時はくっついている状況から、思い切って飛び出していい。それが相手にとって困ること。それ以外は周りが助けてくれるから大丈夫だよ」と伝え、野田武瑠には「アンカーに入る宇野(禅斗)くんのパスラインを隠しながら、センターバックの秋元(琉星)くんにアプローチをしていこう。久保が藤原くんとファイトすれば、青森山田のラインが下がるはずだ。そうなれば、宇野くんの両脇が絶対に空く。そこを攻略しよう。それがお前の役目だ」と伝えた。
そうした言葉に発奮した久保と野田は使命感を持って、与えられたタスクを遂行。他の選手たちも監督の言葉にモチベーションを高め、チームの勝利に大きく貢献した。
横森総監督から掛けられた言葉
モチベーションを上げるよう声掛けを強く意識したのは、自身の実体験にも即している。今大会中、横森総監督から何度かポジティブな言葉を掛けられたという。
「いつもそんなことは言わないのに、決勝前のミーティング後、『長谷川さんの話を聞いていると、勝てる気がしたよ』って言ってくれたんです。先生にそう言われたのは初めて。先生の心にも届いたんだなと感じ、であれば子どもたちにも伝わっていると思えたんです。やっぱり、誰かに認められることは大事。先生は勇気づけるために言ったのかもしれないけど、『よしいくぞ』という気持ちに私自身もなれた。僕にとって横森先生はそういう存在。先生はめったに褒めないけど、出てくるフレーズが力になる人。ずっと褒める人もいるし、たまにしか褒めない人もいる。どっちが良いかわからないけど、僕はその気にさせてもらえた。『長谷川さんは自分を信じてやれば良い。やっていることは全部あっているよ。本当にすごい。信じてやりなさい』と言われたけど、そういう言葉を掛けられることはなかなかない。僕が選手に与えた言葉もそういう効果なのかもしれませんが、そうやって言ってくれたことは大きかったですね」
言葉一つで選手の言動は大きく変わる。何歳になっても人は褒められたい生き物。賛辞を送られてモチベーションが下がる選手はいないし、自信にもつながる。
長谷川監督自身は「高校の中でできることに背伸びをせずトライしただけ」と謙遜するが、緻密な戦術や相手の特徴を分析する力に長けていたのは間違いない。しかし、その裏には効果的な言葉を掛けるセンスがあった。そうした在り方が生徒たちの成長に大きな意味を持つのは間違いない。
<了>
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