
「たまたま死を選べなかっただけ」中西麻耶が願う「女性アスリート」「パラリンピック」の未来
SNSでの誹謗中傷、性被害、偏見や差別――昨今の社会問題の数々は、スポーツ界においても例外ではない。突然の事故での右足切断から「義足のアスリート」として陸上選手へ転向した中西麻耶は、数々の逆風に立ち向かいながらもトップパラアスリートとして走り続けている。「強く生きる」ということは簡単ではない。彼女が世の中に対して願うこと、そしてパラリンピックの未来への想いを明かしてくれた。
(インタビュー・構成=岩本義弘[『REAL SPORTS』編集長]、トップ写真撮影=水野真澄、写真=Getty Images)
私の場合は「たまたま死を選べなかっただけ」
――中西さんは、これまでさまざまな挑戦を繰り返してきた競技人生の中で、時にはかなり苛烈なバッシングを受けたこともあったと思います。最近SNSなどを介した誹謗中傷がますます深刻な社会問題になっていますが、こういった問題に対してどのように感じていますか?
中西:心がどんどんなくなっていっているような気がしています。世の中が便利になるのはすごくいいことだと思うんですけど、便利になればなるほど人間は考えなくなってしまうんじゃないかって。私はアナログ人間なので、今の若い子たちがスマートフォンで検索すればなんでも分かる、すべてがスマホ頼りになっているのを見てすごいなと思いつつ、自分自身のことでも考える機会が減ってしまうんだから、人のことを考える機会も減っちゃうよなと思っています。
――確かに。
中西:新型コロナウイルスが蔓延し始めた時には、外出ができなくてもSNSやインターネットでこれだけ簡単に人と繋がることができるという便利さを世界中の人たちが体感したと思います。その一方で、対面じゃないとできないこと、価値っていうのが浮き彫りになった部分もありましたよね。私は「これでちょっと人が変わるきっかけになってくれるのかな」と期待していたんです。でも、結局便利さが勝ってしまったというか、ネットとかデジタルのほうに戻ってしまった。このままだと、ネット社会のネガティブ面はどんどん悪化していくんだろうなと感じています。
誹謗中傷に対して、「有名人だから」とか「SNSをやっているから」、「自分のライフスタイルを公に出しているんだから、言われてしょうがない立場だ」という意見もありますが、やっぱり私は「そうじゃないんじゃない?」って思うんですよね。好きで自由に発信している人もいますけど、仕事として求められていたり、周りの反応に気を配りながらプライベートではない姿で発信をしている人も多い。それに対して誹謗中傷をする“心のなさ”っていうのは、本当に見ていて嫌だなと思うし、どうにか変わってほしいと思っています。
私もバッシングを受けて、精神的に追い詰められた時期がありましたが、「たまたま死を選べなかっただけ」だと思うんですよ。死を考えたタイミングはたくさんありました。
――中西さんが一番注目を浴びて、叩かれたのが2012年に資金集めのためにセミヌードカレンダーを作った時ではないかと思います。賛否両論あって、叩く人はめちゃくちゃ叩いていましたよね。
中西:そうですね。あの時も「セミヌード写真集を出しているんだから、バッシングを受けて当たり前」という意見がありました。でも、別に脱ぎたくて脱いでいるわけじゃないんですよね。もう本当に、究極の選択としてそうするしかなかった。
みんな、何かをする時には理由が絶対あると思うんですよ。それを考えず、相手の気持ちを理解する努力もせずに自分の想像やノリだけでバッシングするのが、やっぱりものすごく分からないんですよね。それで本当に人が亡くなったりしたら、どう感じるんだろうって。バッシングした人は、自分の言葉のせいでその人が亡くなったとは思っていないかもしれませんけど、言葉が人を傷つける武器になることをもっと分かってほしいなって思います。
――SNSの普及で、誹謗中傷もより気軽にできるようになってしまっていますよね。デジタルでのやりとりは特に心がない感じになってしまっているのが、本当に残念ですよね。
中西:そうですよね。昔はそもそも連絡を取り合うのが大変だったり、遠く離れている人と会話するのが大変だったから、どうやって連絡を取ろうかお互い同じ目線で考えていたと思うんですよ。それが今はコミュニケーションを取るのがすごく簡単になって、相手と一緒に知恵を出し合いながら何かを考える機会がものすごく減っていると思います。本当に、いろいろな大事な何かが失われていくような気がしちゃって。だから私はずっとデジタル社会の波に乗れなくて、「古臭い人間だな」って言われることもありますけど。
――でも、中西さんのSNSは素の人柄が出ていていいなと思いますよ。
中西:そうですか。私は不器用なのでおしゃれな感じの投稿はできないですけど、大事にするところはちゃんと大事にしていきたいと思っています。
女性アスリートの性的問題は「お互いに対策をする必要がある」
――JOC(日本オリンピック委員会)が女性アスリートに対する性的画像の対策に乗り出すという話が挙がっていますが、陸上も露出度の高いユニホームを着ますよね。この問題についてどんな考えを持っていますか?
中西:走り幅跳びでは上下に分かれたセパレートユニホームを着ますが、私も暑がりなので基本はセパレートを着ています。寒い時はロングスパッツで飛んでいますし、必ず着なければいけないとか、あれを着たからといって記録が出るというわけではないと思うのですが、セパレートを着るとスーパーウーマンになれる気がするというのはあるかもしれないですね。
やっぱりどうしても、異性のことを違う目で見るというのはなくならないと思うんですよね。ただ、行き過ぎたレベルにまでならない対策というのは、お互いにできることがあると思うので、選手側も自分自身でできる対策をしながら、相手に対する対策もしていかないといけないと思っています。連盟や団体に任せるのではなくて、私たち女性アスリート自身も自分でできる対策をしたり、スポーツメーカーとタイアップしてそういうユニホームを開発するというのも一つの方法かなと。
問題を訴えるだけでなく、その先の解決策というのもやっぱり女性目線でしか分からない部分があると思うので、そういった知恵をお互いに出し合いながら良い方向へ変えていけたらいいですよね。
――こういった写真が問題となるのも、海外と比べて、日本のメディアのあり方にも問題がありそうです。
中西:そうですね。それもあると思います。例えばアメリカでは、スポーツの現場には記者にしてもカメラマンにしても本当にプロしか踏み入れられないような領域になっています。インタビューの内容にしても、日本って「今日は試合の前に何を食べましたか?」とか聞いたりしますけど、アメリカでそれを聞いたら「はあ?」って思われちゃうと思います(苦笑)。
――本当に信じられないことがメディアでは多々起きていますよね。なんというか、スポーツをスポーツとして捉えずに、バラエティーとして扱っているというか。中でも特に女性アスリートは見せもののような被害を受けがちですよね。
中西:それこそ「好きでそんな格好しているくせに」とか「見せているのはそっちだろ」というような感覚なんだと思いますけど、セパレートのユニフォームもこれまでの歴史やいろんな理由があってあの形になったと思うんですよね。今は女性に着目されていますが、男性選手でもそういう問題が起きているのを見たこともあります。この問題は、女性アスリートの問題というよりは、スポーツにおける価値観の問題だという気がします。
――競技ではないところで注目されてしまうことによって、パフォーマンスに影響してしまう恐れもあるのでは?
中西:そうですね。そういう選手も見てきています。私の場合は、自分自身がそんなに気にするタイプではないので、逆に周りの人に「もうちょっと気にしたほうがいいんじゃないの」と言われるくらいで。もしどうしても気にしてしまうなら、気になりにくいユニホームを着るなど自分で対策したほうがいいと思います。やっぱり競技のほうが絶対大事なので。
パラへの注目度を「継続」させるために大切なこと
――東京五輪が2021年に延期となったことで、パラ競技が注目されるチャンスがあと半年強あります。大会が始まるまでの期間、パラリンピックへの注目度を高めるためにどんなことが必要だと考えていますか?
中西:メディアの皆さんが取り上げてくださることが多くなって国民の皆さんにも知っていただく機会が増えたと思うので、そういったきっかけを生かして私たち選手がちゃんと注目をキープしていかないといけない。
そのためには会場に来てもらえるように、選手一人ひとりが魅力を伝えていくことが大事になりますが、SNSで「大会があります」と発信しても「見に行きます」ではなく「近くだったら行ったのに」と言われることのほうが多いんです。だけど、例えば大好きなアイドルのコンサートがあったとしたら、休みを取ってでも行くじゃないですか。ところが、パラ競技にそこまでの熱を注いでもらえる何かがあるのかといったら、やっぱりまだまだ足りないと思うんですよ。
だから私自身も、「休みを調整してでも見に行きたい」と思ってもらえるような魅力のある選手にならなきゃいけないし、パフォーマンスも高めないといけない。これから東京五輪までの間にどれくらい大会が行われるのかは分からないですけど、残りの期間で少しでも多く国民の皆さんが「中西選手を見たい」って思ってもらえるように活動をしていく工夫というのはしたいなと思っています。
――パラへの関心度を高めるためのアイディアは何かありますか?
中西:例えば、ロンドン五輪の時にはオリンピックとパラリンピックの価値を題材とした教育教材「Get Set」が普及して、学校の授業で事前学習をした上で課外授業の一環みたいな感じでパラ観戦に行くという取り組みがありました。パラリンピックの精神を現地のイギリス国民が実感するチャンスが数多くあったために、「パラリンピック史上最大の成功」を収めたといわれています。
それまでの大会では自分の国旗のユニホームを着た人が現れたら会場が「おおー!」ってなっていたんですけど、ロンドンからは「イギリスいけー!」じゃなくて「○○選手がんばれー!」という声援のほうが多かったんです。だからロンドン五輪は、パオリンピック・パラリンピックのレガシーを受け継いだよい成功例となっています。
――ロンドン五輪での成功を東京五輪でも再現できないのがもったいないですね。
中西:そうですね。悔しいなと思っているのが、最初は頻繁に聞いていた「レガシー」という言葉が、最近では全然聞かなくなったこと。やっぱり、そういうところは国民性だと思うんですよね。かっこいいものがあったらすぐ飛びつくのに、継続性はないなと。だから日本にも「レガシー」というものに憧れていたあの時期が戻ってきてくれたらいいなって思います。
<了>
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PROFILE
中西麻耶(なかにし・まや)
1985年生まれ、大分県由布市出身。義足の陸上競技選手。高校時代にソフトテニスでインターハイに出場経験を持つ。2006年に勤務先の事故で右ひざから下を切断。2007年から陸上を始め、陸上へ転向直後に100m、200mで当時の日本記録を樹立。2008年に北京五輪、2012年にロンドン五輪、2019年にリオデジャネイロ五輪とパラリンピック3大会連続出場を果たす。2016年には走り幅跳びでアジア記録・日本記録を3度更新。2017年世界パラ陸上競技選手権大会ロンドンで銅メダル、2019年ドバイで金メダルを獲得。現在は東京五輪での金メダル獲得を目指しトレーニングを重ねている。
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