ACミラン・長谷川唯「挑戦する人たちに勇気を与えたい」弱点を克服し挑む海外の舞台
現在のなでしこジャパン(サッカー女子日本代表)をけん引する一人、長谷川唯。今冬にACミランへの移籍が実現し、2月13日に行われたカップ戦で初の海外デビューを果たした。中学1年生の頃から12年間に渡りプレーしてきた日テレ・東京ヴェルディベレーザから日本女子サッカー界の変革期にある今、夢だった海外挑戦に対する決意と、「なでしこジャパン」としての使命について語ってくれた。
(インタビュー・構成=阿保幸菜[REAL SPORTS編集部]、撮影=浦正弘)
「悔しさも残るシーズンではあったけれど…」
――昨シーズンは新型コロナウイルスの影響でこれまでとはまったく違う状況の中で、チーム(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)は3位という結果でしたが、長谷川選手はなでしこリーグ4季連続ベストイレブン、初の敢闘賞に選ばれる活躍を見せました。この1年間を改めて振り返ってみると、長谷川選手にとってどんな年でしたか?
長谷川:昨シーズンはチームのメンバーも変わり、チームとしてのやり方も少し変えてやろうということから始まったので、そういった変化に対して臨機応変にできるようにしようと思っていました。
個人で賞を取ることは意識せずに取り組んでいましたが、結果として2つの賞をもらうことができたのはよかったです。でも、チームとしての結果がなかなか出なかったので、まだやりたいサッカーというか、目指していたことがやりきれなかったというのがすごく心残りでした。
悔しさも残るシーズンではありましたけど、やっぱり厳しい状況の中で、サッカーができる喜びだったり、周りの人たちへの感謝というのは改めて感じることができました。
――コロナ禍で競技ができない時期は、どのように過ごしていましたか?
長谷川:なかなかみんなでグラウンドで練習できない中、個人個人で体を動かさなきゃいけないという経験も初めてでしたし、最初は難しさもありました。その中でもしっかり切り替えて自宅トレーニングは楽しみながらできていましたけど、やっぱりチームで合わせることができない難しさというのはすごく感じました。
特に昨シーズンからメンバーが変わったというのもあって、やり方も変わった中で、準備の時間も短かったのでそこはけっこう厳しかったですね。
――これまでに経験したことのないような環境においても、柔軟に切り替えてトレーニングができて、個人でしっかり結果を出されたわけですが、もともと環境の変化にはわりと強いタイプなのですか?
長谷川:そうですね。どんなことにおいても基本的にポジティブに考えることが多いです。今回も、フィジカルコーチにメニューを作ってもらったりしながら用具とかも借りて、自宅で自主トレーニングをしながら普段よりも体づくりの部分をしっかりできたので。そういう意味では、状況に応じたトレーニングがきちんとできたので、シーズンが始まってからもいいコンディションでできたのかなと思います。
――こういう時だからこそ、できることに注力して強化していこうと。
長谷川:そうですね。そういう感覚でした。
女子サッカーのために尽くしてきた先輩たちの想いを受け継がなければ
――今シーズンからWEリーグが発足されることになり、ようやく日本でも女子サッカーのプロ化が実現されることになります。小学生の頃からずっとサッカーをやってきた中で、今回のプロ化に対する思いを聞かせてください。
長谷川:自分が小学生の頃は、当たり前のように男子のワールドカップの試合などを見て「こうなりたいな」というのを思い描いていたんですけど、中学1年生の時に(日テレ・東京ヴェルディ)メニーナに入団して、女子選手は日本代表に入っている選手でも仕事をしながらサッカーをしているという現状を知って。「女子はサッカーで生きていけないんだな」というのを実感しました。
そこでそういうトップの選手たちが苦労しながらサッカーをしているのを見てきた中で、それでも自分は「サッカーで生きていきたい」「絶対トップ選手になる」というのを、小さい頃からずっと強く思っていたんですけど、やっぱりなかなかそういう環境にならなくて。
でも、2011年に(FIFA)女子ワールドカップで優勝したことで、すごく環境が変わりました。プロ化まではいかなくても、観客数も増えて、一部プロの選手も出てくるようになって、結果というのはすごく大事だなというのを実感したんですけど。
それが長い年月をかけて、ようやくプロ化というところまできたという意味では、今まで女子サッカーのために力を尽くしてきた選手たちの思いをしっかり受け継いでプロ化しないといけないなというのは、すごく感じています。
お金をもらえなくても、サッカーに対して真剣に取り組む姿勢というのをすごく見てきたので、そういう人たちの存在や想いがあった上でWEリーグができたということを、これからプロしか経験しない子たちにもしっかり伝えていかないといけないなと思います。
――プロ化するからには、やっぱりこれまでの先輩たちの思いを引き継いで、未来につながるかたちでやっていきたい、と。
長谷川:そうですね。1~2年でうまくいかなくなるということが起きないように、代表でもしっかり結果を出すことによってお客さんが増える、増えないということは決まってくると思うので。チームだけの活動ではなくて、日本代表として試合をする選手たちはそこまで背負ってやらなきゃいけないと思います。
――やっぱり、これからの未来をつくるのは自分たち次第だという、プレッシャーもありますよね。
長谷川:そうですね。選手たち自身、「どういうふうになっていくんだろう?」という未知な部分もたくさんあると思うので。でも、まずはやっぱり選手たちはプレーでしっかり見せることが大事だなと思います。
――長谷川選手自身、メニーナの時から日本代表レベルの先輩たちを身近で見てきたことがすごく大きな経験になっているんですね。
長谷川:そうですね。他のチームだったら感じられないことだと思うので、そういう意味では、本当にすごい選手たちが平気で横を通ってあいさつをするという環境が、その時はそこまでありがたみが分かっていなかったのかなと、今考えてみれば思うんですけど。
――それが日常だったというのはすごいことですよね。
長谷川:はい。でもやっぱり今考えると、そういうチームって他にないなって。練習もすぐ近くで見ることができて、練習試合もグラウンドでやっているのを見ることができるという環境で。もちろん女子だけじゃなくて、ヴェルディとしては男子チームもいるので、いろいろな世代のサッカーを見ることができてすごい刺激になりました。
「戦友と共に戦いたい」代表の舞台を目指して
――籾木(結花)選手とは、メニーナの時から10年以上ずっと一緒にやってきて仲もいいそうですね。戦友である籾木選手から刺激を受けることはありますか?
長谷川:モミとは仲がよくて、普段からくだらない話もしますし、サッカーの話もよくします。昔から「海外に行きたい」という気持ちはお互い知っていたので、彼女が移籍する時にはそこまで驚くことはなかったですけど。
自分自身、モミが海外に行く行かない関係なく、(海外へ)行きたいという気持ちは本当にずっとありました。彼女にも向こうでがんばってほしいなっていう気持ちが強かったので、しんみりすることもなく「代表で会えるようにお互い頑張ろうね」という感じで。
他にも海外でプレーする同世代の選手たちもいますし、自分たちの年齢も踏まえたらそろそろ海外でやる時期になってきたんだなというのを実感しました。
――長谷川選手の年代では、海外移籍を意識し始める時期なんですね。
長谷川:そうですね。
――どこに行っても、代表としてまた同じチームの仲間を目指せるというのはすごくいい関係性ですね。
長谷川:そうですね。やっぱりがんばらないとそこにはたどり着けないので。一緒にやるためには、しっかり結果を出していかないといけないので、そういう意味ではいい刺激になっていると思います。
――よき仲間、同志ですね。
長谷川:そうですね。メニーナの頃からずっと一緒にやってきて、ポジションの取り合いとかもあんまりしたことがないですし、むしろ一緒に試合に出たいという気持ちは今までもずっと変わらなくて。
代表では一緒に試合に出たことがわりと少ないので、代表でも同じピッチに立って戦いたいという気持ちはあります。
――今でも、籾木選手とはよく連絡を取り合ったりするんですか?
長谷川:そうですね。特にモミが帰国していた期間はけっこう連絡を取っていました。あとはトレーニングのタイミングも一緒だったりしたので、食事に行ったり楽しく過ごしていました。コロナでステイホーム中には何時間も電話したこともありました(笑)。
――長電話でたっぷり話したのはサッカーのこと? プライベートのこと?
長谷川:あの時は、ずっとNiziU(ニジュー)を見ていました(笑)。まだアメリカではNiziUの出ている番組を見られなかった時に、テレビ画面をスマホのビデオ通話で映して一緒に見ていました。
――やっぱりNiziU、ハマっちゃいますよね(笑)。
長谷川:はい。あれはいいです、あれは。
――NiziUのメンバーも過酷なオーディション合宿を乗り越えて選ばれて、みんなとても仲がよさそうですが、共感する部分などはありますか?
長谷川:共感というより、「すごいな」と思ってずっと見ていました。私たちとは全く違った世界で頑張っていて。
――選ばれしメンバーという意味でも、日本代表の皆さんも同じくすごいと思います。
長谷川:そうですね。でも、あそこまで厳しい合宿はちょっと大変ですね(苦笑)。
――トレーニングのほうが全然マシですか?
長谷川:そうですね(笑)。でもやっぱり、好きなことだからこそ、楽しみながら、あそこまで頑張れるんだなというのをすごく感じましたし、キラキラ輝いているなと思いました。
――グループのメンバーの仲のよい雰囲気もなんだかいいなと思いますよね。
長谷川:そうですね。けっこう、女子同士でバチバチするのかなと思ったら「みんなで頑張ろう」って感じで。
「背が小さくても…」どれだけ世界に通用するのかチャレンジしたい
――このタイミングで、ACミランへの移籍を決めた理由は?
長谷川:昔から海外でプレーをするのが目標であり夢だったので、迷うことなく移籍を決断しました。自分が今までやってきたことがどれだけ海外で通用するのかチャレンジをしたいという思いと、(マウリツィオ・ガンツ)監督とも話す中で優勝するために必要とされていると強く感じましたし、このクラブであれば個人だけでなくクラブと一緒に成長できると確信しました。
私自身、移籍が初めてなのでさみしい気持ちもありましたが、お世話になったベレーザにはしっかりと結果で恩返しをしていきたいと思っています。今は、不安よりも楽しみのほうが断然大きいです。
――今回のチャレンジを今後にどう生かしていきたいですか?
長谷川:背が小さくても、日本人でも、海外で戦えるということを自分のプレーで伝えていき、挑戦をする多くの人に勇気を届けたいです。自分自身、今後も楽しみながら努力をし続けていき、チームはもちろん、日本代表でも主力メンバーとしてプレーで引っ張っていける選手になりたいです。
――現時点での、日本代表に対する思いを聞かせてください。
長谷川:まず東京五輪についてですが、自分自身、オリンピックにはまだ出たことがなくて、ワールドカップとオリンピックはずっと出たかった舞台なので、すごく楽しみにしています。しかも東京でやるということで、日本中のいろいろな人に見てもらえる機会ですし。延期になってしまったのは残念ですけど、日本女子サッカーの現在地を考えると延びたことをプラスにとらえて、「世界との差を埋められるチャンスだな」と思っています。
その中で自分自身、この数年でフィジカル面の強化を主にやってきているので、(FIFA女子)ワールドカップ(2019)から時間が経って、どれだけ世界の相手に通用するのかなという楽しみもあります。
あとは、海外の選手というのは親善試合と本大会では本当に違うチームのように、勢いも迫力もすごいので、しっかり対応できるように自分自身も準備していきたいです。そしてそういう大きな舞台を楽しめたらいいなと思います。
――課題だったフィジカル面の強化を、このコロナ禍のピンチをチャンスととらえて集中してできたからこそ、昨年の個人成績にもつながったのですね。
長谷川:そうですね。コロナ禍でのトレーニングももちろんそうですけど、1~2年前からずっとウエイトトレーニングを取り入れてきたので、その成果が表れてきたのかなと。すぐに成果が出るものではないですが、最近は少しずつ、一瞬で相手を抜いていけるスピードを実感できるようになってきているので、そういう実感があるからこそまた頑張れるかなという気がします。
<了>
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PROFILE
長谷川唯(はせがわ・ゆい)
1997年1月29日生まれ、埼玉県出身。ACミラン(イタリア)所属。埼玉県の戸田南FCにてサッカーを始め、中学1年生の時に日テレ・メニーナ(現・日テレ・東京ヴェルディメニーナ)へ入団。2013年に飛び級で日テレ・ベレーザ(現・日テレ・東京ヴェルディベレーザ)へ昇格し、プレナスなでしこリーグ1部ベストイレブンに4年連続で選ばれ、2020年には敢闘賞を受賞。2021年1月にACミランへの完全移籍を発表。FIFA U-17女子サッカーワールドカップで2012年にブロンズボール賞、2014年には同大会初優勝の立役者となりシルバーボール賞を受賞。U-20女子ワールドカップ2016出場、AFC女子アジアカップ2018優勝。FIFA女子ワールドカップフランス2019出場。
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