子どもは監督が「怒る」ことをやめるとどうなるか? 益子直美が指摘する、自立心を育てる環境づくり

Opinion
2021.06.12

6月6日は「アンガーマネジメントの日」として認定されている。ここには怒りの感情のピークが「6」秒であることなどが関係しているという。自らもアンガーマネジメントやペップトークを学び、益子直美はなぜ「監督が怒ってはいけない大会」を主催するのか? 自身もバレーボール競技を通じて中学、高校と厳しい指導を受けてきたと話す益子に、指導者が怒りをコントロールすることで、子どもたちにどういったポジティブな変化が起こるのかお話を伺った。

(文=篠幸彦、写真提供=InterFM897)

※写真は左から、五十嵐亮太、益子直美、秋山真凜

全日本に選ばれても自信がなくて、常に逃げたいと思っていた

スポーツ界・アスリートのリアルな声を届けるラジオ番組「REAL SPORTS」。元プロ野球選手の五十嵐亮太とスポーツキャスターの秋山真凜がパーソナリティを務め、ゲストのリアルな声を深堀りしていく。今回のゲストはスポーツキャスターで元バレーボール日本代表の益子直美。自身が主宰する「益子直美カップ小学生バレーボール大会」について話を聞いた。

今年で7年目を迎える益子直美カップは「監督が怒ってはいけない」というルールを設けた小学生を対象にしたバレーボール大会。同大会は益子自身の子どもの頃に怒られる指導が当たり前だった経験から「子どもたちが楽しくのびのびとプレーできる環境をつくりたい」という願いがきっかけで始まった大会だという。

以来、自身でアンガーマネジメント(怒りの感情をコントロールするスキル)の認定資格の取得やペップトーク(短い言葉で選手を励ますスキル)を学び、大会の中でセミナーなどを行いながら「怒らない指導」の普及活動を続けている。そんな益子自身が怒られる指導で経験したこととは。

秋山:益子さんが主催している「益子直美カップ」とはどんな大会なんですか?

益子:小学生の大会なんですけど、「監督が怒ってはいけない」というルールがあります。

五十嵐:怒るのがバレーの監督というイメージがありますね。僕の高校も女子バレーが強くて、練習している体育館をのぞいてみたら監督が怒鳴っていることのほうが多かったですね。

益子:私もそういった厳しい指導を中学、高校と受けてきました。全日本にも入れてもらったんですけど、すごくネガティブで自信がなくて、常に逃げたいと思っていました。試合が大嫌いでトスが上がってきてほしくない、レギュラーになりたくない。そんな感じでしたね。

五十嵐:そんな中で逆によくやれましたね。

益子:だから毎日お腹が痛かったんですよ。でも引退した次の日から治りました。

五十嵐:監督からのプレッシャーとか、勝たなければいけないプレッシャーでそうなっていったと思いますが、この「監督が怒ってはいけない」というルールはそういった経験からきたものですか?

益子:そうですね。近年は小学生の頃から勝利至上主義で、怒られて泣きながら、追い込まれながら練習しているチームがすごく多いんです。そこでドロップアウトする子どもたちもすごくたくさん見てきました。でもスポーツって違うでしょうと思うんですよね。

五十嵐:もったいないですよね。せっかく好きなスポーツで、体と心を育てる良い機会だと思うんですけど。小学生なんて楽しんでやってもらいたいですよね。

益子:本当にそうなんですよ。スポーツは遊びの延長で、人間力を形成するすごく良いツールのはずなのに、監督が育てるのではなくてダメにしていっていますよね。

怒るだけでは自己効力感や自立心は育たない

五十嵐:これはバレーボールに限らず、どんなスポーツにもいえることで、指導者の感情が入りすぎて手が出てしまうというのは、僕らの時代では当たり前のようにあって、受けたほうも「しょうがないかな」とどこかで消化していたところがありました。そもそもなぜ指導者がそうなってしまうんでしょうか?

益子:私自身もお世話になった指導者の方に話を伺ったんですよ。高校時代の先生に「当時どんな指導を受けてきたんですか?」と聞いたら「俺たちの時代なんてもっと酷かったんだぞ」と言うんですね。

五十嵐:ありがちな話ですね。

益子:私もスポーツメンタルコーチを学んだり、ペップトークという前向きな言葉がけを学んだりしてきて、怒るだけでは選手たちのモチベーションが上がらないし、自己効力感とか、自分で自立して考えて行動するというのが育たないんですよね。

五十嵐:褒められることってなかったんですか?

益子:まったくなかったですね。

五十嵐:すごい世界ですよね。

益子:もしかしたら褒められていたかもしれないんですけど、怒られる、殴られる、暴言のほうが絶対に残るじゃないですか。他のチームの先生からはすごく褒められるんですけど、自分のチームの先生からはまったく褒められないから自信につながらないし、認められてないなと感じていました。

その高校の先生に聞いたのが「根性というのは怒って、怒って、追い込んでそこから這い上がってきたのが真の根性なんだよ」と。もちろんそれで一流の選手として成功していく人もたくさんいると思いますけど、潰れていってしまう選手もたくさんいて、一人ひとりに対する声かけって違うと思うんですよね。

五十嵐:監督やコーチが怒る理由ってなんなんだろうって考えた時に、やっぱり勝ち負けがついてしまうこと。監督も選手も勝つことに執着しすぎるからそうなってしまうのかなと思いますね。だったら小学生とか中学生くらいは勝ち負けなんてなくてもいいのかなと思います。

益子:小学生は大会が多くて、それが全国大会とかなんですよね。だからとにかく多すぎる大会を廃止して、地域のリーグ戦にするべきだと思うんです。負けてそれで終わりじゃなくて、次の試合にどう生かすかというリーグ戦が良いと思っています。あとは点数をつけないで20分間とか、そういう方向へシフトしていけたらいいなと思っています。

怒りを封印したら言葉が出なかったベテラン監督

五十嵐:実際に益子カップをやられてどうですか?

益子:子どもたちはすごく楽しそうですね。でも監督さんたちにとっては出たくないと思うんですよ。「監督は怒ってはいけない」という嫌なルールがあるので(笑)。

五十嵐:それくらい怒ることが日常的にあるということですよね。

益子:普段から怒っていない監督はなんともないんですけど、けっこう怒っている監督に第2回目の時に「なんでまた出てくれたんですか?」と聞いたら「子どもたちが出たいというから」と、子どもたちがリクエストしてくれていたみたいですね。

子どもたちは益子カップでは監督が怒らないから普段はチャレンジしないレシープをいってみたら取れたとか、監督が怒らないからと甘えずに自分たちで考えて声かけしました、とか。怒られないことで子どもたちにすごくチャレンジが生まれていたんです。

五十嵐:子どもたちも本当はどういう方向にいったらうまくいくのかってわかっているんですよね。

秋山:それでも監督に怒られることを意識しちゃうんですよね。

益子:大会で怒っている監督さんがいたら私がチェックをして注意をしにいくんですけど、ひどいと“×マーク”の付いたマスクをさせられちゃうんです。それでわかったのがほとんどの監督が怒っていることに気づいていない。気づかずにベンチで貧乏ゆすりしたり、ふんぞり返って威圧感を与えていたりするんです。そういうのも注意させてもらうんですけど、気づいていないままやっているんですよね。

五十嵐:監督もそうやって気づくタイミングがあるというのは良いことですよね。でも注意されて「いや、今のは別に怒ってないよ」とかそういうやり取りもあったんですか?

益子:まさに1回目の大会の時はそうやって言われましたね(笑)。「怒ってないし、なんだったらもう教えるのやめようかな」とか。だから「大人も怒られたら嫌ですよね」というのを、身をもってわかったと思いますね。

大会にはテレビなどの取材も入ってもらうじゃないですか。そうするとカメラに監督の顔はばっちり撮られているので、怒れなくなるんですよ。それがあってずっと怒っていたベテランの監督が怒りを封印してくれたんです。

そのチームは試合に負けちゃったんですけど、終わったあとに私のところに監督が来て「タイムアウトを取ったんだけど、怒りを封印したら言葉が出なかった」と言うんです。「いつもどんな声かけをしているんですか?」と聞いたらミスするなとか、あそこのミスがどうだったとか、やっぱりちょっと怒りを使ったネガティブな声かけをしていたみたいですね。

それで選手になんて声をかければいいのかわからなくて落ち込んでいたんです。「このあと負けた選手たちのところに行ってなんて声をかけたらいいのかわからないから教えてほしい」と頭を下げてきてくれました。

試合だけではなく、監督が学べる大会に

益子:私はアメリカ発祥のアンガーマネジメントのセミナーができる認定を取得しているので、益子カップでは初日の最後に監督向けにセミナーをやらせてもらっています。

秋山:それはすごく良いことですよね。アンガーマネジメントはアメリカでは浸透している言葉で、怒りのコントロールが効かない人は「アンガーマネジメントに問題あるよ」ってはっきり言われてしまうんですよ。これが日本でも浸透したら変わるのかなと思いますね。

五十嵐:怒りはどうやってマネジメントするんですか?

益子:怒りが生まれてきた時にどうやって我慢するか、対処するか。有名なものだと「6秒待ちましょう」というのがあります。怒りが生まれて「なんだよ!」って言ってしまうことを“反射”と言うんですけど、反射をしてしまうと取り返しのつかない怒りになってしまうんですね。相手も傷つき、自分も後悔しますよね。

五十嵐:僕も子どもに対してそういうことありますね。

益子:自分を抑える理性が立ち上がるまでちょっと時間がかかるんですね。それで6秒我慢してみましょうというスキルがあります。例えば温度計を想像して、一番人生で怒ったのが10℃だとしたら今の温度は何℃だろうとか。その6秒の間にその温度計を思い浮かべて、「今のは3℃だから大したことないな」とか、そうやって自分の中で対処をしていく。

それから怒りの元には第一感情という悲しかった、寂しかった、お腹が空いていたとか、いろんなものがあるはずなんです。そういったことを具体的に自分で探せるやり方や抑えるスキルのやり方を教えるセミナーをやっています。

秋山:先ほどおっしゃっていたペップトークもそういうことですか?

益子:そうですね。これもアメリカ発祥で、前向きな言葉かけ、試合の前に監督が選手たちを勇気づける短くてわかりやすい言葉かけをペップトークといいます。

五十嵐:短くてわかりやすいというのは難しそうですね。

益子:ペップトークも益子カップの開会式のあとに先生を招いて1時間半のセミナーをやってもらって、監督から子どもたち、父兄まで約1000人の参加者全員に聞いてもらいます。試合だけじゃなくて、プラスで何か学びや気づきがある大会だといいなと思っています。私自身も最初は怒りのコントロールなんてできなかったし、益子カップのおかげでたくさんのことを学ぶことができました。

五十嵐:野球もそうですけど、すごく狭い世界でやっていて、それが当たり前だと思うんだけど、でも実際はそれが当たり前ではないというのを知ることは大事ですよね。これからも益子さんの活動が浸透していったらいいですよね。

益子:野球でもやりたいですね。やっぱり脱落する指導だけはやってほしくないんですよね。小学生は継続して、大好きで早く練習したいって思うような気持ちを育ててもらいたいなと願っています。

<了>

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