なぜ10代が席巻? スケートボード若きメダリスト続出の5つの理由
8月4日に行われたスケートボード女子パーク決勝は、日本の19歳、四十住さくらが60.09の高得点で金メダル。夏季大会日本人最年少出場記録を更新した12歳の開心那が銀メダル、15歳の岡本碧優も4位に入り、出場全選手が入賞を果たした。女子スケートボードでは、せんだって行われたストリートで13歳の西矢椛が金メダル、16歳の中山楓奈が銅メダルとティーンエージャーが大活躍。東京五輪から採用された新競技、スケートボードではなぜ、10代選手が活躍するのか?
(文=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=GettyImages)
西矢と四十住、日本の10代選手が金メダル独占
大会前からメダルラッシュが期待されていたスケートボード競技だが、男女ストリート、女子パーク種目を終えた時点で、全種目制覇となる金3、銀1、銅1と、合計5つのメダルを獲得する圧倒的な強さを見せている。
中でも目立つのが10代選手の活躍だ。特に女子では日本人としては夏季オリンピック史上最年少での出場となった開を筆頭に出場選手6人中5人が10代。20歳の西村碧莉も7月31日に誕生日を迎えたばかりというから、その若さに改めて驚かされる。
ちなみに、男子ストリート金メダルで一躍人気者になった堀米雄斗は1999年生まれの22歳。男子パークに出場予定のスノーボードハーフパイプで2大会連続銀メダリストの平野歩夢も1998年生まれの22歳と、男子でも20代前半選手は実績十分の中堅扱いという世界だ。
年齢に対する制限がないスケートボード
10代が活躍する理由についてはいくつか考えられる。
1つ目は、ルールの問題。スケートボードには「年齢制限」がない。意外かもしれないが、IOC(国際オリンピック委員会)は、出場選手の年齢制限は一切設けていない。
「あれ?真央ちゃんは?」という声が聞こえてきそうだが、2006年、トリプルアクセルで世界を席巻していた女子フィギュアスケートの浅田真央さんが、オリンピック開催前年の6月30日時点で15歳という出場資格に3カ月満たずトリノ五輪に出場できなかったことは日本でも大きく報じられた。
これは、ISU(国際スケート連盟)が独自に定めた規定で、同じく選手の低年齢化が進んだ歴史を持つ女子体操は開催年に16歳に達していることが参加条件となっており、男子体操は18歳、日本の14歳、玉井陸斗が出場することで話題の男子高飛込は、FINA(国際水泳連盟)の規定で14歳以上に出場権と、競技によってその年齢もさまざまだ。
年齢規定を設けている競技団体は、主な理由に「過度な身体的負担、精神的重圧を避けること」を挙げているが、スケートボードではこの年齢規定がなかった。2016年8月3日、スケートボードがオリンピック競技として採用された瞬間から、得点さえ出せれば誰でも東京オリンピックを目指せる権利が発生した。今大会を席巻している“ジャパニーズ・スケボーキッズ”の最年少、2008年8月26日生まれの開心那は、このとき8歳になる直前だったが、すでに地元・苫小牧でスケートボードに打ち込んでいて、東京大会を「具体的な目標」として捉えることができていた。
「小さい」、「軽い」がアドバンテージに
2つ目は、身体的に年齢を重ねた選手にアドバンテージが少なく、むしろ場面によっては低年齢の選手の方が恩恵を受ける可能性がある点だ。
女子フィギュアスケートや女子体操などでもよく語られるように、体重や身長の伸び、成長が必ずしもプラスにならない競技は存在する。
特に、すり鉢状のコースを使って空中に飛び出すエアの高さ、そこから繰り出されるトリックの難度を競うパーク種目では、筋力よりも軽さ、敏しょう性が有利に働く。4回転ジャンプを連発するジュニア選手を次々とシニア大会に送り込んでいる女子フィギュアスケート、ロシア勢などはこの典型だが、スケートボードでも同様の傾向が見られる。
新競技ゆえの“コンテストネイティブ世代”の台頭、“19歳のベテラン”
3つ目の理由は、そもそもの競技としての歴史の浅さだ。
スケートボード自体は、1940年にアメリカで生まれたとされているが、競技としてルールや採点方法が確立されたのは、X Gamesが誕生した1990年代のこと。今回のオリンピックのフォーマットは、まさにオリンピックに合わせてつくられた側面も大きく、統括団体であるワールドスケート主催の世界選手権が初めて行われたのが2018年のこと。今回のオリンピックを制した女子パークの四十住さくらは、日本選手権、アジア大会、世界選手権、そしてオリンピックで優勝。同種目ではすべての大会で初代王者となった。
つまり、四十住は19歳にしてこの競技、この種目では誰よりも経験を積んだ、大ベテランというわけだ。これは、オリンピック直前のケガのため実力を発揮できなかった女子ストリート代表、20歳の西村碧莉も同様。男子はX Games やストリートリーグ、ワールドカップなど、オリンピックと同じようなフォーマットでの大会の歴史があるが、女子に関しては2018年から本格的に競技化されたといっていい状況があり、10代選手にも“経験の差”というディスアドバンテージがなかったことも大きい。
22歳の堀米が、今大会で銅メダルに輝いたアメリカの新星、20歳のジャガー・イートンを評して「彼らの世代はコンテスト慣れしているんで」と語っていたが、スケートボードを始めたときからコンテストが当たり前にあり、点数を意識してトリックをメイクする“コンテンストネイティブ”の世代の台頭は、金メダリスト堀米にとっても脅威。オリンピックを見据えて「競技としてのスケートボード」を強化した日本が圧倒的な強さを見せているのも先行者利益の側面がある。こうした点も、10代に有利に働いている。
”フラット”になった世界で上達のための情報格差がなくなった
4つ目の理由として挙げられるのが、上達のための情報格差がないことだ。
スケートボードやスポーツに限らず、何かを始めたり、何かを上達しようと思ったときに得られる情報は、以前とは比べものにならない。何の予備知識もなく、身近にやっている人がいない状態でスケートボードを始めてもYouTubeにキーワードを入れれば、解説動画が山ほど出てくる。さらにTikTokやInstagramを通じて世界トップのスケーターの“最新の”、“リアルな”滑りを、世界中の誰もが時差なく見ることができる。
1990年代のスケートボードブームでは、海外から届くビデオパートで初公開された「ヤバいトリック」を数カ月遅れでテープがすり切れるほど繰り返し見てまねしたものだが、2021年の「フラットになった世界」では、誰かが新トリックをメイクすれば、動画が投稿された瞬間にその映像が世界中に共有され、手元のスマホがあれば巻き戻しや早送りは当たり前、スロー再生したり、気になる箇所をピンチしてズームすることだって簡単にできる。年齢も住んでいる地域も、情報の入手性という意味では差がなくなったというわけだ。
岡本の”ゴン攻め”が生んだ、ここまでの大会ベストシーン
最後にプラス1としてあげたい要素が、スケートボードカルチャーが持つ、年齢や性別、国籍を問わないダイバーシティ&インクルージョンな姿勢だ。
4日の女子パーク決勝。最終試技者となった岡本は、四十住に先駆けて大技「バックサイド540」を成功させ、このトリックを武器に世界を圧倒してきた金メダル候補だった。
直前のライドで宮崎生まれの英国代表、スカイ・ブラウンが56.47をたたき出し3位に浮上。メダル圏内から外れた岡本は、3本目に逆転を懸けることになった。
いきなり540を決め、高いエア、スムーズなライディングで中盤も勢いに乗り、2回目の540にも果敢に挑み成功させる“ゴン攻め”を見せた岡本は、ラストにさらなる高得点を狙って空中でボードを1回転させる「フリップインディ」に挑戦した。結果からすれば、このトリックで着地に失敗した岡本は4位のままで競技終了。
それまでの出来から考えれば、「フリップインディ」よりも難度の低いトリックを無難にメイクすれば銅メダルの可能性は十分にあった。
他の競技なら、本人の選択や、コーチなどを含めた作戦の是非を問われる場面だが、コースから戻ってきた岡本を待っていたのは、すでに演技を終えたライバルたちの「セレブレーション」だった。銅メダルを逃した。しかし、攻めた姿勢、この日すでに失敗していたトリックを「乗りにいった」岡本へのねぎらいとリスペクト。
このシーンに心を動かされた人は多いと思うが、これこそが本来のオリンピズムであり、「多様性と調和」を掲げた東京大会が社会に向けて発信できるポジティブなメッセージそのものだったのではないか。
さまざまな「違い」にとらわれず、それぞれの個を尊重し、認め合い、お互いのいいところを生かしてともに成長する。ダイバーシティ&インクルージョンのお手本のようなスケートボードの環境が、10代の選手たちが伸び伸びと持てる力を発揮し、素晴らしい結果を残した最大の理由なのかもしれない。
<了>
スケートボード平野歩夢、兄の夢を実現するべく“二刀流ライダー”の道を歩む夏冬五輪
危険、迷惑、騒音問題…日本の「スケボー」を変える20歳・池田大亮の等身大の夢
なぜ日本人選手は「負けたら謝る」のか? 誹謗中傷が“選手の本音”を奪う憂慮
[アスリート収入ランキング2021]首位はコロナ禍でたった1戦でも200億円超え! 社会的インパクトを残した日本人1位は?
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
10代で結婚が唯一の幸せ? インド最貧州のサッカー少女ギタが、日本人指導者と出会い見る夢
2024.08.19Education -
レスリング女王・須﨑優衣「一番へのこだわり」と勝負強さの原点。家族とともに乗り越えた“最大の逆境”と五輪連覇への道
2024.08.06Education -
須﨑優衣、レスリング世界女王の強さを築いた家族との原体験。「子供達との時間を一番大事にした」父の記憶
2024.08.06Education -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education -
スーパーフォーミュラに史上最年少・初の日本人女性レーサーが誕生。野田Jujuが初レースで残したインパクト
2024.04.01Education -
「全力疾走は誰にでもできる」「人前で注意するのは3回目」日本野球界の変革目指す阪長友仁の育成哲学
2024.03.22Education -
レスリング・パリ五輪選手輩出の育英大学はなぜ強い? 「勝手に底上げされて全体が伸びる」集団のつくり方
2024.03.04Education -
読書家ランナー・田中希実の思考力とケニア合宿で見つけた原点。父・健智さんが期待する「想像もつかない結末」
2024.02.08Education -
田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」
2024.02.01Education -
女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線
2024.01.25Education