
阪神・佐藤輝明、狂った歯車に悶え苦しんだ葛藤の記録。16年ぶり優勝へ、逆襲の序章
それは先の見えないトンネルに迷い込んだようだった。NPB史上の野手ワーストに並ぶ59打席無安打。開幕から快音を響かせ、チームの快進撃を支えた虎の怪物ルーキーだったが、狂ってしまった歯車はなかなか戻らなかった。だがもがき苦しみながら試行錯誤を続けた日々は、決して無駄にならない。阪神タイガース16年ぶりのリーグ優勝へ――、佐藤輝明の逆襲が始まった。
(文=阪井日向、写真=Getty Images)
史上ワーストタイ59打席無安打に苦しみもがき続けた日々
それは虎党、矢野燿大監督らナイン、そして本人がなにより渇望していた一本だった。
10月5日の横浜DeNAベイスターズ戦で阪神タイガース・佐藤輝明が、初回2死一・二塁で左腕・坂本裕哉のカットボールを右前適時打として60打席ぶり安打。岡田幸文(当時ロッテ)が2016年から2018年にかけて記録したプロ野球野手ワースト記録に並ぶなど、長く険しすぎるトンネルに迷い込んでいた背番号8がついに響かせた快音だった。
「使ってもらっている中でチームに全然貢献できていなかったので……。必死だったので、すごくうれしい。いろいろ(状態の)維持だったり、長いシーズンでプロ野球は難しいなとすごく思いましたね」
一塁ベース上でガッツポーズを見せた後に浮かべた安堵(あんど)の表情が、過ごした苦悩の時期を何よりも物語っていた。
狂った歯車は元に戻らず……2軍降格後の試行錯誤
史上初の4番初出場試合での満塁弾、長嶋茂雄氏(当時巨人)以来63年ぶりの新人による1試合3本塁打、球宴での豪快アーチ、田淵幸一氏の記録を52年ぶりに更新する球団新人最多の23号――。まさしく記録と記憶に残る活躍を続けてきたが、それでもまだプロ1年目。
「痩せましたよ。ご飯とかしんどかったです。(体重減は)だいたい1~2kgくらいですかね」と後に苦笑いで振り返るなど、連戦続きのシーズンが夏場を迎えるにつれて、確実に怪物新人の体力は削り取られていった。8月21日中日ドラゴンズ戦の第4打席で放った中前打を最後にバットから快音が止まると、代打では4打席連続で空振り三振を記録。一度狂った歯車は元に戻ることなく、35打席無安打となった9月9日の試合後に初の2軍降格を告げられた。
大器は降格の際に球団を通じて「落ちてしまった悔しさはもちろんありますけど、これをまた成長するチャンスだと思ってしっかり取り組みたい」とコメント。その言葉通り、早速打撃フォームの修正に取りかかった。降格後初実戦の9月11日広島東洋カープ戦後に「体のメカニックがどこかしらおかしくなっていると思うので、早く修正して早く1軍に戻ることができるように」と話した翌日、甲子園室内で打撃練習に取り組む佐藤輝の姿には明確な変化があった。構えた際に耳付近の高さにあったグリップの位置は顎付近の高さにまで下げ、右足の上げ幅にも変化が見られた。
「良かった時に戻るためにも、できることはやっていきたい。いろいろ試しながら、今の状態に合ってるものを探しています」
17日からの名古屋遠征ではグリップ位置を元に戻すなど、結果が出ていた時との違いを映像で比較しながら、試行錯誤を続けていった。
運にも見放され……苦しんだ時間は無駄にはならない。16年ぶり悲願の優勝へ
9月22日広島戦の9回に中田廉から降格後7戦目で初アーチとなる左翼への決勝2ラン。貧打に当時悩まされていた1軍の首脳陣は、名古屋での中日ドラゴンズ3戦目からの緊急昇格を決断した。
「フレッシュな僕が入ったことで、チームの流れを変えられるように頑張ります」
試合前の円陣で力強く決意表明した。それでも、苦心のルーキーにはまだ試練が待ち受けていた。一度ホームラン判定された右翼ポール際への大飛球がリクエストでファウルに覆れば、宿敵の守護神チアゴ・ビエイラ(巨人)の快速球を真芯で捉えたライナー性の打球は、中堅手に滑り込みで好捕された。ハードラックな部分も手伝って安打から見放され続け、再びスタメンを外れる試合も出てきた。
それでもプロ最大の壁をぶち破るべく、一心不乱にバットを振り続けた。降格前から筆者が見かけてきた光景がある。ベンチスタートが増え出した時期から、ホーム・甲子園での試合時にはほぼ必ず早出でグラウンドに姿を見せ、打撃練習に汗を流した。
2軍調整期間中には居残りでの練習も続け、「コーチも違うので、教えられることも違う。新しい技術を教えてもらえる機会だと思うので、いろいろ勉強しています」と守備面も含め、自らの引き出しの一つとすべく2軍首脳陣の指導に、真剣に耳を傾けた。苦しみ、もがき続けながらも、現状を打破すべく努力を欠かさなかった姿勢が、横浜の地でついに1本の適時打となって報われた。「何かきっかけをつかんでくれたら」と10月3日中日戦から2試合連続でスタメン起用した矢野監督ら首脳陣の期待にもついに応えた。
あとは本人が常々「一番楽しい」と語る、8月19日以来1軍で遠ざかっているホームランのみだ。これだけの不振期を経験しながらも、本塁打数はいまだにチームトップ。佳境に差し掛かってきた東京ヤクルトスワローズとの優勝争いを阪神が制するには、前半戦の躍進をけん引し続けてきた背番号8の再度の大爆発が必要不可欠だ。45日ぶりにHランプをともした試合後、佐藤輝は威勢よく宣言した。
「この経験を糧にして、またレベルアップしていけるように頑張っていきたい。本当にチームの優勝に直結するような数字を残していきたいと思います」
心の底から悩み、苦しんだ時期が無駄ではないことを、残りのペナントレースで証明してみせる。そして、猛虎悲願の16年ぶりのリーグ制覇、36年ぶりの日本一へ――。佐藤輝明の逆襲は、ここから始まる。
<了>
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