なぜJ1参入プレーオフは批判あれども「90分同点ならJ1勝利」なのか? 議論の経緯と公平性を考察
2月16日に発表されたJ1参入プレーオフ決定戦のレギュレーションに異論が噴出している。従来通り、J1・16位チームとプレーオフ1・2回戦を勝ち抜いたJ2チームの対戦は、90分を終えて同点の場合にはJ1チームの勝利扱いとなったが、このレギュレーションには以前から疑問の声が上がっていた。昨年12月に一度は「90分で同点の場合は延長戦およびPK戦で決着をつける」と発表されていたこともあり、再び批判が巻き起こった形だ。なぜJリーグはこうした批判があるにもかかわらず、従来通りのレギュレーションを決めたのだろうか? これまでの議論の経緯と公平性の観点から、あるべき姿を考えたい。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
J1ホーム開催で、90分で同点の場合は勝利扱い。なぜこれほどJ1優遇措置が与えられるのか
2022シーズンの開幕をわずか2日後に控えた2月16日に、Jリーグの臨時理事会がオンライン形式で開催された。議題は3シーズンぶりに実施されることがすでに決まっていたJ1参入プレーオフ、その決定戦における大会方式と試合方式だった。
J1参入プレーオフは、まずはJ1への自動昇格を逃したJ2の3位から6位までの4チームが1回戦および2回戦で対戦。勝者が決定戦でJ1の16位と対峙(たいじ)する。
主管する全公式戦の大会方式と試合方式が承認された昨年12月21日の月例理事会で、1回戦および2回戦の会場は上位クラブのホームスタジアム、前後半を終えて同点の場合は上位クラブを勝者とする、従来の方式を踏襲することがすでに決まっていた。
肝心の決定戦の詳細決定が開幕直前にずれ込んだ理由を説明する前に、臨時理事会後の発表事項を記しておきたい。会場はJ1クラブのホームスタジアムで、前後半を終えて同点の場合はJ1クラブを勝者とする――こちらも従来の方式から変更はなかった。
昨年12月に一度は“完全決着”方式が発表されるも…審議継続へ
実は昨年末の月例理事会後の記者会見で、前後半を終えて同点の場合は15分ハーフの延長戦およびPK戦で決着をつけると発表されていた。すぐに各メディアがウェブサイト上で伝え、完全決着をつける方式はファン・サポーターから大いに歓迎された。
しかし、実際にはプランの一つが手違いで決定事項として発表されたものだった。質疑応答で経緯を含めた事実確認を求められたJリーグ側は「今は正確に答えられないので、ちょっと時間をいただければ」と返答。そのまま記者会見は終わった。
程なくしてJリーグのメディアチャンネルに、こんなリリースが掲載された。
「<試合方式および勝敗の決定>につきまして、改めて確認が必要な事項がございました。すでに情報発信いただいた皆様には大変ご迷惑をおかけすることとなり、心よりお詫び申し上げます」(原文ママ)
さらにJリーグの原博実副理事長が、理事会直後に更新されたYouTubeのJリーグ公式チャンネル『JリーグTV』にライブ出演。J1参入プレーオフに関して「謝らなければいけないことがあります」と切り出し、決定戦に関する発表で誤りがあったと認めた。
「理事会でいろいろなことを決めなければいけなかった中で、決定戦の大会方式に関しては議論していません。そこでミスがあり、そういう(延長戦とPK戦という)表記がされたまま理事会を通った形になってしまった。混乱させてしまい申し訳ありません。皆さまにはあらためて丁寧に説明しなければいけないと考えています」
以後、各Jクラブの代表取締役が務める実行委員会で3回、最高議決機関である理事会で2回に及ぶ議論を経て、注釈として「2023シーズンに向けて継続審議を行う」がつけられた上で、今シーズンに関しては変更なしで実施することが承認された。
「このシステムは不公平だ。考え直した方がいい」。リカルド・ロドリゲス監督も批判
もっとも、従来の方式はJ1クラブに大きなアドバンテージがあり、公平性と公正性に著しく欠けるとして批判の対象になってきた。きっかけは2019シーズン大会だった。
J2の4位から勝ち上がってきた徳島ヴォルティスが、J1の16位・湘南ベルマーレのホームへ乗り込んだ一戦は20分に前者がセットプレーから先制。64分には後者が追いつき、一進一退の攻防が繰り広げられた末にそのままタイムアップを迎えた。
レギュレーションにより湘南のJ1残留が決まった試合後の記者会見。徳島のリカルド・ロドリゲス監督(現浦和レッズ監督)の発言が大きな波紋を広げた。
「このシステムはJ2のクラブには不公平だ。もう一度、大会方式を考えた方がいい」
完全決着を望むファン・サポーターも同調した結果として異論や批判が寄せられ、理事会では「勝敗を決められる方式がいい」、あるいは「一発勝負である以上は、延長戦までは実施した方がいい」という声が上がるなど、まさに議論百出の状態となった。
最終的にはコロナ禍で中止となったが、2020シーズンのJ1参入プレーオフに関しては「決定戦の大会方式と試合方式は調整中」と注釈がつけられていた。
昨シーズンも、J1が20チーム体制となり自動降格「4」、J2からの自動昇格「2」で、J1参入プレーオフの実施は見送られた。3年ぶりに復活するにあたって、調整が重ねられたにもかかわらず決定戦の方式が従来通りとなったのはなぜなのか。
答えはJ1とJ2の間で設けられてきた、昇降格システムの変遷に凝縮されている。
J1・J2入れ替え戦、J1昇格プレーオフ導入からの流れ
Jリーグでは2004シーズンから5年間、J1・J2入れ替え戦が実施されている。J1の16位クラブとJ2の3位クラブがホーム&アウェーで対戦し、2戦合計で雌雄(しゆう)を決める。
2005シーズンにはJ2のヴァンフォーレ甲府が、2戦合計8-3でJ1の柏レイソルに圧勝した。ホームで2-1と先勝し、敵地に乗り込んだ第2戦ではブラジル人FWバレーがダブルハットトリックを達成。成就させた痛快無比な下克上は今も語り草だ。
2009シーズンからはJ1の下位、J2の上位の3クラブずつが自動的に昇降格。そして、J2のクラブ数が上限の「22」に達した2012シーズンからは、昇格する最後の3枠目をトーナメント形式で争う前身のJ1昇格プレーオフが導入された。
J2の3位と6位、4位と5位がたすき掛けで、それぞれ成績上位クラブのホームスタジアムで対戦し、前後半を終えて同点の場合は上位クラブを勝者とする。準決勝および決勝のレギュレーションは、J1参入プレーオフの1回戦および2回戦と変わらず、長丁場のシーズンを戦い抜いた結果、最終的な順位が上位のクラブに有利になるよう反映された。
J2勢の総意「J1昇格プレーオフは絶対に継続させたい」
J1昇格プレーオフの導入には、終盤戦における消化試合を減らす意図も込められていた。
「J2の最終節、あるいはその1つ前の段階で、2桁近いクラブがプレーオフに進出できる圏内に関わっているシーズンもあった。非常に面白いこともあり、J2のクラブの総意が『プレーオフ制度を絶対に継続させてほしい』という点で全会一致していた」(原副理事長)
第1回の2012シーズン、6位の大分トリニータが下克上を連発。終了間際の決勝点でジェフ千葉を破った決勝には、旧国立競技場に2万7433人のファン・サポーターを集めた。興行的にも成功したJ1昇格プレーオフは、シーズン終盤の風物詩として定着したと原副理事長が話したことがある。しかし、同時に問題点も指摘され始めた。
大分を皮切りに2013シーズンの徳島、2014シーズンのモンテディオ山形、2015シーズンのアビスパ福岡と、J1昇格プレーオフの勝者が4シーズン連続で翌年のJ1リーグで最下位となり、わずか1年でJ2へのUターンを余儀なくされた。
一方でより多くの観客に足を運んでもらおうと、旧国立競技場が取り壊された後の2014シーズンは味の素スタジアム、2015シーズンはヤンマースタジアム長居を開幕前の段階で決勝の試合会場に決めていた。
しかし、2015シーズンはヤンマースタジアムをホームとするセレッソ大阪が決勝に勝ち上がった偶然の中で、公平性に欠けるのではないかと批判が集中。2016シーズンからは、決勝も成績上位クラブのホームで行われた。
対するJ1勢の不満「18チーム体制で自動降格枠『3』は厳し過ぎる」
J1昇格プレーオフが人気を博していくのとは対照的に、J1勢には不満が蓄積されていった。
自動降格が「3」枠となった2009シーズン以降、16位で降格したクラブが翌年のJ2戦線で軒並み好成績を収めた。柏、FC東京、甲府、ヴィッセル神戸、湘南、大宮アルディージャが自動昇格。2017シーズンには名古屋もプレーオフを勝ち抜いた。
ヨーロッパの5大リーグの自動降格枠を見れば、20チーム体制のプレミアリーグ(イングランド)、セリエA(イタリア)、ラ・リーガ1部(スペイン)が「3」であり、同じく20チーム体制のリーグ・アン(フランス)は「2」。J1と同じ18チーム体制のブンデスリーガ1部(ドイツ)も「2」だ。
18チーム体制で自動降格枠が「3」は厳し過ぎるのではないか。実行委員会内でこんな声が続き、さらにAFCチャンピオンズリーグ(ACL)との関係も指摘された。
2012シーズンのガンバ大阪、2014シーズンのC大阪、2018シーズンの柏とACLを戦ったクラブがその年にJ2へ降格。2011シーズンにもC大阪、2012シーズンはFC東京、2013シーズンは柏とベガルタ仙台、2015シーズンは柏、2017シーズンはG大阪、2019シーズンには浦和が2桁順位にあえいでいる。
Jリーグは毎シーズン、ACL制覇を出場クラブに求めている。シーズン前半はリーグ戦とACLを並行して戦い、結果として疲弊した末にACLで敗れ、シーズン後半は降格のリスクとも背中合わせになる。原副理事長の下にはこんな意見も届いた。
「せめて最後の1枠が自動降格ではなくプレーオフになれば、もっと思い切ってACLにも勝負を懸けられるのですが……」
J2勢は昇格へのチャンスが広がるプレーオフ制度の継続を、J1勢は自動降格のリスクを軽減させてほしいとそれぞれ望む。両者の要望を踏まえ、1年近くもの時間をかけて議論した結果として、2018シーズンから採用されたのがJ1参入プレーオフだった。
J1勢とJ2勢の双方の意見をすり合わせていった結果…
J1の16位を加えた最大5チームによるプレーオフに対して、原副理事長は「J2側はかなりの難色を示した」と振り返る。その議論の過程で、決定戦にエントリーできる外国籍選手の数を、J2リーグの上限である「4」に合わせることが確認されたと明かす。
「お互いが戦うカテゴリーで定められた人数のままでいいのでは、という意見もありましたし、かなりすったもんだしましたけどね。最終的には戦力のバランスをうまく取りながら、それでも引き分けならばJ1クラブが勝者になるレギュレーションにしました」
J1クラブが外国籍選手を1減で戦うことで、まずカテゴリー間の戦力不均衡を是正する。その代わりにホームスタジアムで戦えて、前後半を終えて同点ならば延長戦を設けず、成績上位のJ1クラブを勝者とするアドバンテージを与える。
さまざまなアイデアを出し合い、両者の意向を最大公約数の形で反映させたJ1参入プレーオフは、最初の2018シーズンはJ1の16位・ジュビロ磐田が実力差を見せつけ、J2の6位から勝ち上がってきた東京ヴェルディに2-0で快勝して残留を果たした。
しかし、前述したように湘南と徳島が1-1で引き分け、レギュレーションによって湘南が残留した2019シーズンの決定戦が、再び問題を提起して今現在に至る。
「中立地での開催をあらかじめ決めておいて、新国立競技場を使えるのならば国立で、という案はあるのかなと思います。同点で前後半を終えた場合には延長戦までは実施する一方で、PK戦はタイトルが懸かった試合ではともかく、翌年のシーズンをJ1で戦うチームを決める場合にはどうなのか、という声が上がってきますよね」
さらなる改善点を問われた原副理事長は、こんな私案を明かしたことがある。
これまでの経緯、公平性と公正性を踏まえて最善の策を求めるならば…
その上で公平性と公正性を追い求めるのならば、この方式がベストだと語っている。
「本当に公平・公正に戦うのならば、ドイツのブンデスリーガのように、1部の16位と2部の3位による入れ替え戦が一番いい」
実はブンデスリーガも1部と2部との間で、ホーム&アウェー方式の入れ替え戦を実施している。しかし、かつてJリーグでも行われた、同じ形式のJ1・J2入れ替え戦を復活させるプランは、おそらくはJ2勢の総意として反対されるだろう。
現状を維持しての改善となると、決定戦をホーム&アウェー方式とする形だろうか。
11月21日にFIFAワールドカップ・カタール大会が開幕する今シーズンは、過密日程の中で全ての公式戦を締めくくる形で、同13日にJ1参入プレーオフ決定戦が組み込まれた。日程が足りないがゆえに従来通りの方式が採用されたと考えれば、注釈として「2023シーズンに向けて継続審議を行う」の一文が添えられたのもうなずける。
実行委員会や理事会では他に3つの案が検討された。今後も従来と変えない、J1のホーム開催で延長・PK戦まで実施する、中立地開催で延長・PK戦まで実施する――だ。
年間42試合を戦う長丁場のJ2リーグで、さらに最大4試合を戦う日程を組めるかどうか。原副理事長が言及したように、次のシーズンを戦うカテゴリーを最終的に決める手段としてPK戦はそぐわない。中立地となる新国立競技場はスタジアム使用料があまりに高額とされ、今シーズンのJ1リーグでも3試合しか組まれていない。
全員が納得できる大会方式と試合方式を模索してきた原副理事長は、4期8年を務めた村井満チェアマンとともに3月に退任する。野々村芳和次期チェアマン以下の執行部に引き継がれるJリーグは、引き続き最大公約数を得るための議論を積み重ねていく。
<了>
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