
なぜアイスホッケー日本代表は史上初の快挙を成し遂げたのか? 24年間の軌跡と継がれる想い…
アイスホッケー女子日本代表は、北京五輪で快進撃を見せた。1次リーグを1位で突破、史上初めての決勝トーナメント進出を成し遂げた。かつて日本は世界の壁にはね返され続けてきた。オリンピックの舞台で全敗……涙をのんだこともあった。それでも諦めることなく、一歩ずつ前に進み続けた。北京での快挙は、今回選ばれた23人の選手たちの力だけではない。真摯に歩み続けた24年間の軌跡が生み出した、かけがえのない結晶だった――。
(文=沢田聡子、写真=Getty Images)
39歳のベテランFWが北京五輪の舞台で流した涙
「オリンピックに出られていないころから、ずっとやってきたので」
アイスホッケー女子日本代表は、北京五輪でオリンピック初の決勝トーナメント進出を果たした。しかし、準々決勝のフィンランド戦(2月12日)は1-7で敗れる。試合後、39歳のベテランである久保英恵は、涙声になりながら語った。
「オリンピックに出ることができたこと、そして続けて出場できたことが、これからのアイスホッケー界にとってはすごくいいことだったと思う」
世界の壁にはね返され続けた時代を乗り越えられた要因は…
1998年長野五輪で初めて正式種目となったアイスホッケー女子に開催国枠で出場した日本は、1次リーグ5戦5敗という成績で敗退した。そしてその後、日本はオリンピックにわずかに手が届かない状態を3大会にわたって経験し続けることになる。2002年ソルトレークシティ五輪最終予選ではあと1勝、2006年トリノ五輪最終予選ではあと1点、2010年バンクーバー五輪ではあと1勝足りなかった。
長野五輪当時は15歳だった久保は、日本代表候補だったものの出場はかなわず、大会を客席から「ワクワクしながら」観戦していた。「こういう大きな舞台でアイスホッケーができたらいいな」と感じたという久保は、抜群のスコアリングセンスを武器に日本のエースとしてオリンピックを目指し続けてきたが、大舞台への道は長く閉ざされたままだった。バンクーバー五輪予選では代表から外れていたものの本大会での復帰を目指していた久保は、予選での敗退を知り現役を引退する。しかしオリンピックへの夢は捨て切れず、約1年半のブランクを経て復帰。30歳で臨んだ2014年ソチ五輪最終予選で2得点3アシストと活躍、日本はついにオリンピックへの切符を手にした。
ソチ五輪最終予選で日本が勝ち上がれた要因を象徴しているのは、初戦のノルウェー戦だ。一時3点差を追う展開になったものの、久保は「チーム全員、負ける気がしなかった。最後まで自信を持ってプレーできていた」と振り返っている。土壇場でも自分たちのホッケーを貫いたことが、日本をオリンピックへと導いたのだ。
指揮官が感じていた日本と世界トップの差
ソチ五輪に続き、2018年平昌五輪も最終予選を勝ち抜いて本大会出場を決めた日本の新たな目標は、決勝トーナメント進出とメダル獲得だった。ソチは5戦5敗で終わったが、平昌五輪では待望のオリンピック初勝利を挙げ、2つの白星と8チーム中6位という成績を残している。世界ランク6位となり、最終予選を戦わずに出場権を手にした2022年北京五輪は、本気でメダルを狙って臨む大会だった。
昨年12月26日にオンラインで行われた北京五輪代表内定メンバー記者発表会で、飯塚祐司監督はチームのテーマとして「得点力」を挙げている。
「オリンピックの舞台で、ここ2大会の1次リーグを突破できているチームとの差は、やはり得点力にあると思うんですね。60分間(アイスホッケーの試合は各ピリオド20分、第3ピリオドまで行う)いいゲームはできるんですけれども、最後の一撃、得点を取るというところがやはりまだ日本には足りない部分でした。前回の(平昌)オリンピックが終わってから得点力を上げることを中心に合宿を積み重ねてきて、それが徐々にではありますけれども成果を上げてきています」
そして、飯塚監督は積み上げてきた努力がうかがえる口調で言い切った。
「オリンピックに向けて、自信はあります」
またこの会見で、昨夏の世界選手権のアメリカ戦で2得点を挙げた期待の若手FWとして紹介された志賀紅音は、大先輩である久保の印象を聞かれている。
「英恵さんは普段はすごく優しい方なんですけど、氷上に乗ったら目つきも変わってかっこいいプレーを見せてくれるので、尊敬している先輩です」
また、久保も志賀の印象を語った。
「紅音はクリエイティブなプレーが多くて、試合の中でどんなプレーをするのか、楽しみな部分もすごく多いです。世界選手権では、得点もたくさんしてくれました。若い選手が成長していて、期待しています」
長年エースとして日本を引っ張ってきた久保と、後継者として期待される志賀の関係性が見えるやりとりだった。
課題の得点力不足を克服してみせた北京の舞台
北京五輪・アイスホッケー女子は、2グループに分かれて総当たりの1次リーグから始まった。世界ランク上位のAグループの5チームは全チーム、日本が属するBグループは上位3チームが決勝トーナメントに進出できる。現状世界でもずぬけているアメリカ、カナダと準々決勝で当たるのを避けるため、Bグループの首位で決勝トーナメントに進むことが、メダルを目指す日本にとって必要だった。
2月3日、開会式に先立って日本は北京五輪の初戦となるスウェーデン戦に臨み、3-1で白星を挙げている。1日おいて迎えた2月5日のデンマーク戦でも日本は6-2で勝ち、得点力不足という課題を克服したことを結果で示した。特にこの試合では、期待の若手である志賀がゴールを決めたのも明るい材料だった。翌6日の中国戦はゲームウイニングショット戦までもつれ込んだ末に敗れ、初黒星を喫する。しかし、2戦連続でのゲームウイニングショット戦となった8日のチェコ戦は、2人目に登場した久保がゴールを決めて制し、日本はもくろみ通りBグループ首位で決勝トーナメントに出場した。
初の決勝トーナメント進出も…圧倒的な強さを見せつけられる
しかし、準々決勝で対戦した世界ランク3位のフィンランドは、圧倒的な強さを感じさせるチームだった。開始早々にペナルティーを犯して数的不利の状況になった日本は2分8秒に失点、4分32秒にも追加点を許す。日本も15分1秒には志賀が得点し追いつけるかと思われたが、第2ピリオドで2失点、第3ピリオドでも3失点。銅メダルを獲得することになるフィンランドに大差で完敗し、日本の北京五輪は終わった。
飯塚監督は、ミックスゾーンで「立ち上がりから、フィンランドのプレースピードに対応し切れていなかった」と振り返った。
「フィンランドは本当に実力通りの力を出してきたな、というのが正直なところです」
「さらに上にいくには何が必要か?」と問われた飯塚監督は、「全てだと思います」と答えている。
「チャンスもあったと思うんですよね、2-1になって、その後パワープレー(数的優位)のチャンスもあって……やはり確実に決めてくるフィンランドは違いますし、守りに関しても、最終的にいいポジションからシュートを打たせてしまっている。プレースピードが速い中でも、次の展開の読みはまだまだレベルを上げていかなければならないと思います」
これまでオリンピックを経験した選手たちが快進撃を支えた
この北京五輪は、ソチから3大会連続でオリンピックに出場している選手たちにとり、集大成の大会となっている。大会後に予想される世代交代について問われ、飯塚監督は初戦のスウェーデン戦で2回目、3回目のオリンピック出場となる選手たちがいい働きをしたことを口にし、言葉を継いだ。
「だから今回オリンピックを初めて経験する組、次に2回目、3回目になる人たちが、うまくつないでいってもらいたいなというのもあります。やはり初めての選手たち、志賀紅音もそうでしたけど、期待されているだけのことはちょっと本人もできていなかったかなというところで、結構悩んだりしていたのかなと。やはりその経験が次につながると思うので、一回(オリンピックを)経験した人が次の人たちをサポートしていけるようなチームになっていったらいいなと思います」
飯塚監督は「オリンピックを境に次の人生を考える子が多い」「場合によっては、本当に大きな(選手の)入れ替えがある」と語っているが、志賀もそのことは分かっていた。
「引退する方もいると思うので、やはりそこは自分が底上げということで、人よりも努力して、4年後を見据えてトレーニングや練習をしていかないといけないな、というのはすごく強く感じています」
避けられない世代交代に向け…引き継がれる想い
この大会を最後に現役を引退することを示唆している久保は、ミックスゾーンで悔しさと手応えを語っている。
「チームはメダルを目指してきていたので、そこの点に関してはちょっと悔しい部分はありますけど、ここまで来られたということは着実に力をつけていると思うので、次は本当にメダルを取れるチームになっていってほしい」
「フィンランドとの差は、どこに感じましたか?」と聞くと、久保は「やはり、しっかりチャンスを決め切れているところですかね」と即答した。
「私たちもチャンスがなかったわけではないので、そこを決めていれば、もっと対等に試合が進んでいたのかなと思います」
その中で若い志賀が得点を入れたことに、次の世代へどのような思いを抱いたのかという問いには、こう答えた。
「やはりこういう点数が欲しいときに入れてくれる志賀選手――紅音が、これからチームにとってのエースとしてもっともっとやっていってほしいなと思います。他の選手もそれに続いてさらに強いチームになるように、もっともっと頑張ってほしい」
「完全燃焼はできたのか?」と問われ、久保は「なかなか難しいですけど……」と言いよどみ、言葉を継いだ。
「このオリンピックが、今はもう終わったなという気持ちしかないですね。もうちょっと貢献できればよかったなとは思います」
オリンピックに手が届かなかった時代から日本をけん引してきたエースが残す少しの悔いは、きっと若手に引き継がれるだろう。
<了>
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