
「どんぶり飯何杯の武勇伝」「移動中に食事を詰め込む」日本の弊害 欧州で大切にされる“食育”とは?
2018年FIFAワールドカップ出場32カ国の平均身長・平均体重を振り返ると、ドイツは185.8cm(3位)・80kg(6位)、日本は178.8 cm(30位)・71.9kg(32位)だった。ではこの“7 cmの差”はなぜ生まれるのか? 食育の習慣の違いも影響しているだろうか? 自らもドイツで長年生活して子どもたちの指導にも携わってきた中野吉之伴と、オーストリアのFCヴァッカー・インスブルックのU-23監督を務めるモラス雅輝が、日本と欧州の食事の習慣や考え方の違いについてディスカッションする。
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Getty Images)
欧州はナチュラルなものをそのまま食べる傾向が強い
――日本ではさまざまな食材がスーパーで手軽に手に入ります。一方で欧州は地域によってはなかなか手に入らないものも多く、例えばドイツやオーストリアの内陸部だと海産物を食べる機会が少ないといわれています。それでも彼らはがっしりとしたトップアスリートの肉体を持っていたりするわけですが、どのような食事バランスを取って、成長エネルギーにしているのでしょうか?
モラス:欧州の選手たちと仕事をしていると、なんでこんなに体が強いんだろうと思うことはよくあります。持って生まれたDNAというのはもちろんあるのだと思いますが、普段の食生活で見ると、子どものころから乳製品、肉類、果物をたくさんとっているのは間違いない。中でもタンパク質、特に動物性たんぱく質の摂取量は日本人と比べてかなり多いと思います。
僕自身は高校時代にドイツで選手寮に住んでいたのですが、当時、スポーツ選手の朝ごはんは「ミューズリー(オーツ麦などの未調理の加工穀物に、ドライフルーツやナッツなどを加えたシリアルの一種)を食べるべきだ」と言われていました。僕も子どものころから食べていましたが、そこに新鮮な果物を入れて、牛乳やヨーグルトを混ぜて食べるわけです。ビタミンとかミネラルはそういうところから摂取しているし、乳製品を食べない日が一日もない。あとは白パンだけではなくて、ライ麦を使った黒パンも食べたりします。ヒマワリの種が入っている全粒粉パンがあったり。
――スポーツをする人用のパンもありますよね。ニンジンなどの野菜が入っていたり、いろんな種類の種が入っていたり。
モラス:そうですね。あとはナチュラルなものをそのまま食べる傾向が強いと感じます。日本ほどレトルト食品がたくさんあるわけではないので、質素かもしれないけど、素材をそのまま食べることが多いですね。子どもたちもニンジンやキュウリのスティックをおやつ代わりに食べたりしますから。
日本にはみそ汁文化がある。大きなポイントは“飲み物”
―― 一方、日本でお仕事をされていた時に感じられた日本の食事の魅力はありますか?
モラス:僕が浦和レッズやヴィッセル神戸に在籍していたときに感じたのは、日本のほうがビュッフェのバリエーションはやっぱりすごく充実していました。ビュッフェに限らず、アスリートの食環境においては日本のほうが恵まれていると思います。普段からみそ汁を飲んで豆腐や野菜を摂取する文化で育ってきた日本人と比べると、欧州人は植物性たんぱく質の摂取量は圧倒的に少ないと思います。
フォルカー・フィンケ監督が浦和にいたころ、アウェーの遠征でホテル朝食だと彼はいつも好んで和食を選んでいました。「みそ汁は素晴らしい」とか、「焼き魚がいい」とか。そんな健康的な日本食があるのに、他のコーチが不健康なものばかり食べていると文句を言っていました(笑)
一方、オーストリアのホルンにいたころは、遠征中にレストランで食事をするとき、チームマネージャーが「選手は野菜も食べなきゃいけないから」と言って用意はしてくれていたんですけど、酢漬けの野菜ばかりの偏ったメニューしか選択肢がなかったり……(苦笑)
あと、大きなポイントだなと思っているのは、飲み物。うちの選手を見ていても思うんですけど、「自分は健康に気をつけているからコーラとかファンタは飲まないで、いつもアイスティーを飲んでます」と言いながら、よく見ると砂糖どっさりのアイスティーだったりするんですよ。あるいは「オレンジジュースを飲んでいます」と言うけど、果汁100%ではないほとんど砂糖水みたいなものを飲んでいる選手もいる。欧州では子どもが飲む飲み物として、甘いものが多いのは問題かなと思います。日本だと麦茶とかウーロン茶とかいろいろありますよね。いろんな意味でそのあたりは日本のほうが恵まれていると感じます。
最新のトップアスリートの健康療法を取り入れるべき?
――インスブルックの選手に対しては、定期的に飲食に関するレクチャーを行うのですか?
モラス:僕が監督をしているU-23はプロ予備軍なのですが、年に2回セミナーに参加してもらいます。なので「意識的に果物を食べる」「練習後にミネラルを摂取してプロテインドリンクを飲む」「試合前日にはパスタなどの炭水化物を食べる」というような基本的な知識はみんな持っています。でも、それを実践できていない選手もやっぱりいます。例えば「試合の後にどんなミネラル、ビタミンが必要か?」と聞いて、ロッカールームでナッツやドライフルーツを食べたりはするけど、その後の食事は家に帰る途中でケバブをテイクアウトして済ませました、みたいな選手もいるわけです。
一方、僕がインスブルックの女子チームの監督をやっているときの選手たちは、遠征で移動が長い時には自分で作った料理を持参していました。いろんな種類の野菜が入ったサラダや、野菜たっぷりのパスタを作ったり、全粒粉パンにフムスを塗って食べたり。フムスというのはひよこ豆のペーストですね。
比較的、女子選手のほうが意識が高いというか、正直男子のほうがあまり深く考えていない選手が多いのかなと思うこともあります。
インスブルックでの経験からすると、試合前日や試合当日、試合直後の食事に関して日常的に意識して気をつけている選手たちのほうがケガが少ないと思います。将来的にトップチームで活躍するんじゃないかと期待されている若手選手の両親と話をしていても、全体的にバランスの良い食事をとっている印象でした。逆に将来有望だといわれながらもケガが多い、パフォーマンスが発揮できないという選手に話を聞くと、そこまで気を配っていないという傾向があるかなと思います。こうしたところにもしっかりと意識が持った選手のほうがプロ選手になれる可能性、そしてプロ選手になった後も活躍する可能性が高くなると現場で感じています。
――ヨーロッパでもここ最近はさまざまな健康療法が話題になっています。トップレベルのプロ選手が実際に取り組んでいる例もたくさんありますし、例えば「動物性たんぱく質を取らないようになって回復が早くなった」という話を聞く機会が増えてきている印象を受けます。ただ、それを子どものころから実践したほうがいいと思いますか?
モラス:僕はそれは危険だと思います。成長段階にある子どもたちから動物性たんぱく質を完全になくしてしまうのはどうだろう? 専門家の人は違う意見なのかもしれないですけど、ナチュラルにいろんなものをバランスよく食べて成長するのがやっぱりいいと思います。大人になって自分に合う、合わないで食事療法を考えることはいいと思いますけど、早すぎるからいいなんてことはない。指導者や親が子どもたちに強制的に偏った食事指導を行うのはよくないと思うんです。
「どんぶり飯を何杯食べた」を武勇伝にすべきではない
――日本のほうがさまざまな食材を選択できる環境は充実しているはずです。ただ、それをどのように食べているのかという点に関しては考えたほうがいいところもあるのではないかと思うんです。日本人の練習量が多いことは有名ですが、そのために食事をする時間が取れず、移動中に急いでおにぎりだけ食べましたみたいな話はよく聞きます。
モラス:僕もそうした話はよく耳にします。朝早く起きて、朝ご飯を食べないで朝練をして、その後、詰め込むようにお弁当を5〜10分で食べて授業に参加する。午後、授業が終わったらまた練習。そういう話を聞くと、体が回復する時間が足りないというのはあるのではないですかね。こっちの選手も忙しいは忙しいですけど、そうした日本の選手の話を聞くとまだゆとりはあるなと思います。
――どれだけ栄養バランスのいい食事をとっても、体が栄養を吸収して、休んで回復してというプロセスがないと宝の持ち腐れになってしまう。欧州は基本的に朝練をやっているようなところはほとんどない。練習時間は夕方からで、帰宅時間は小学・中学生年代は19時〜19時30分くらいが普通ですよね。高校年代でも遅くても21時ごろ。
ただ日本の場合は、施設使用の関係などで小学生年代でも練習開始が19時スタートになるような場合もあると耳にします。そうすると21時に終わって帰宅して、ご飯を食べて、寝る準備をして、就寝は早くても22時半〜23時くらいでしょうか。それではかなり睡眠時間が削られてしまう。そのくらいの年齢の子どもにとって十分な睡眠時間の確保は心身の成長においてとても大切です。欧州でもスペインやイタリアの子どもたちは就寝時間が遅いともいわれていますが、その代わり昼寝の文化があります。
モラス:睡眠時間の確保はすごく大事だと思います。あと日本に行くと感じるのは、みんなやっぱり白米をたくさん食べますよね。高校生の部活で「ご飯を何杯おかわりしました!」というのが美談として紹介されることもあります。監督やコーチも「体を大きくするために白米を何回もおかわりしなさい。それが君のためになるから」とアドバイスする人がまだいるのかもしれませんが、そんなに大量に白米を食べさせるんだったら、玄米を時間をかけて食べたほうがミネラルも豊富にとれるし健康にもいいのにと思ってしまいます。
――「どんぶり飯を何杯も食べた」という話は武勇伝になりがちですが、体の大きい子と小さい子が同じ量を食べないといけないというのはおかしい。また、食事の量にばかりこだわって、たくさんの食材をバランスよく食べるという点がおざなりになるのも問題です。
モラス:あと、やっぱり無理やり食べさせられると食事が嫌いになってしまいますよね。欧州の現場では食事をトレーニングの一環だといって無理やり食べさせるようなことはないです。一人一人それぞれにあった食生活が間違いなくありますし、アレルギーの問題もあります。試合前日はパスタを食べるべきといっても、小麦粉アレルギーの子だっているわけです。それぞれの状況と体のことを考えて、個々に合った食育ができるようにしていかないといけないと思います。
食事を移動中に詰め込むように食べる弊害
――「食べることの楽しさ」というのはとても大事な要素だと思うんです。例えば子どもたちの試合の日に、休憩時間に親御さんに焼きソーセージとかポテトを買ってもらって、ユニフォームにちょっとケチャップが付いた状態で次の試合に出るような日常が楽しい思い出になるんですよね。栄養学的には「試合前に消化の悪いそんなものを……」と言われるかもしれないですが、でも、お祭りのような雰囲気でみんなと一緒に食べるソーセージの味は格別だと思うし、そうした思い出とともにサッカーって楽しいなという思いがさらに膨らんだりするものですから。
モラス:本当にそう思います。そうした楽しさも大事にするべきですよね。
――家族でゆっくり席について談笑しながら食事をする環境もとても大切です。食事を通して得られる栄養は、体だけじゃなくて、頭にも心にも必要ですから。移動時間に詰め込むように食べなければいけない環境では、疲労回復や気持ちの切り替えが追いつきません。この点、欧州では昼と夜は家族みんなで家でご飯を食べる習慣が文化として根づいている。
モラス:サッカークラブの送り迎えの移動中に食事をすることで「練習直後の炭水化物の補強になっているので効果的」という話もよく耳にします。ただ、わずかな時間に慌てて食べる食事が本当にいいのかなとは思いますよね。それが1週間に1回だとまだわかりますけど、それ以上だと間違いなくさまざまな面で負担になると思います。そのあたりは欧米の子どもたちのほうが恵まれているのかなとは感じますね。
――日本の子どもたちの多くが忙しいスケジュールを送っています。例えば学歴社会で塾にも通わなければならない、サッカーの練習の多さ、練習時間の長さ、それらが社会におけるスタンダードとして個々ではどうすることもできない部分もたくさんあるのだと思います。でも、だからといって「子どもたちがゆっくりと家庭で食事がとれない」「家でくつろいで休む時間がない」「十分に睡眠をとる時間がない」という状況をそのままにしておいていいのでしょうか。
モラス:オーストリアやドイツでプレーしている日本人選手から、日本でサッカーをしていた学生時代に「朝練後の授業は眠た過ぎてだいたいこっそり寝ていました」という話は本当によく聞きます。「先生たちも自分たちがサッカー中心に生活しているとわかっているので許してくれていました」とも聞くのですが、こちらからすると「それでよく卒業できたね」と思うわけです。欧州では考えられない話です。
日本は世界の中でも練習時間を多くとりたがる国ですけど、その練習時間を30分だけでも減らしてその分みんなでゆっくりと食事をする時間をとったほうがいいのではないか、朝練をなくして睡眠時間をしっかり確保するほうが子どもたちの成長にはプラスになるのではないか、今後、そういった視点でのディスカッションが積極的にされてほしいですね。
<了>
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