なぜ日本人が英国でスカウトとしてプロ契約できたのか? 欧州でサッカーを見る“夢の仕事”に就く方法
近年、海外サッカーの配信環境やリサーチ方法はかなり整備され、日本ではニュースにならないリーグやチームまで追っている海外サッカーファンが増えている。深層的にサッカーを追う中で、中には「海外サッカーを見ることを仕事にしたい」という夢を抱く若者も増えてきているのではないだろうか。しかし実際問題、どのようなチャレンジをすれば、そんな夢のような職業につけるのか。そこで今回はイングランドの地で、スカウトのライセンスを取得し、実際に現地のプロクラブでスカウトとして働いている日本人のユウキさんに、「プロのスカウトとして海外クラブに就職するまでの道のり」を聞いた。
(インタビュー・構成=内藤秀明、写真=Getty Images)
初めはスカウトを目指していなかった
――まずはイングランドでスカウトを志し、イングランド2部ストーク・シティのスカウトの仕事に就くに至るまでの経緯をお聞かせください。
ユウキ:出身は福岡で、2013年に高校を卒業したのですが、その後は就職せずに、2度のイギリス短期留学を挟みつつ、サッカーゲームのパラメーターを作る仕事や、サッカーエージェントのお手伝い、Jクラブの運営など、アルバイトでサッカーの仕事にいくつか携わっていました。
ただそうやってサッカーの仕事に携わっているうちに、大学できちんとサッカーを学びたいという気持ちが強くなってきたので、2019年にイギリス・ロンドン南西部のトゥイッケナムという町にあるセント・メリーズ大学に入学しました。私が入ったのはサッカーのコーチングが専門の学部でした。
――コーチングの学部だったのに指導者を目指さなかったのですか?
ユウキ:正直に申し上げるとお恥ずかしいのですが、1年生の時に経験したインターンを踏まえて「自分はコーチに向いていない」と思うようになりました。指導者は子どもとのコミュニケーションが大事になってくるのですが、子どもとうまくコミュニケーションをとって、その子たちにフットボールを楽しんでもらって、選手として成長してもらうことは自分にとっては途方に暮れるぐらい難しかったです。
――わかります。私も同じ理由で、コーチからサッカーライターに転身したので(笑)
ユウキ:理解してもらえてうれしいです。一方で、同時並行でイングランド4部リーグのマンスフィールド・タウンでスカウトをしていたのですが、こちらは対面するのが大人ですし、基本的にはレポートを提出して、そのクオリティーで評価されるので、こちらのほうが自分には向いていると思いました。
もちろん、コーチングに対するマイナスなイメージというより、スカウトが楽しいと感じられたのが転身した一番大きな要因です。自分はさまざまな方と試合を見に行って分析やレポートを書き、代理人や他のスカウトとつながって情報収集をするという仕事に向いている。そう思ってからはスカウトがより楽しいものになっていきました。
インターンで培ったスカウトとしての経験
――スカウトを志してからはどのようなことを経験されていたのですか?
ユウキ:大学のインターン先がチェルシーファウンデーションという障がい者の方のチームや、チェルシー女子アカデミーU-18と女子トップチームで構成される団体で、2年生からは男子のアカデミーチームでのスカウト、女子チームにおける対戦相手の分析官も担当させてもらえました。
――チェルシーのアカデミーのスカウトではどのような活動をされていたのですか?
ユウキ:以前の記事でお話ししたように、IRPという14歳以下の選手のスカウトに携わっていました。他にも担当していたのは5部以下の「ノンリーグ」と呼ばれるリーグに所属する16歳から18歳までの年齢の選手でした。この年齢で、5部などでトップチームの一員としてプレーしているのは相当なエリートで、例えば現在チェルシーのU-23でプレーするジェイデン・ウェアハムという選手はもともと5部のウォキングFCでプレーしていました。彼のような選手を見つけるために試合会場に足を運び、視察してレポートを書いていました。
――他にも大学時代に活動されていたことはありますか?
ユウキ:3年生の時は教授にスットランド1部に所属するマザーウェルのトップチームのスカウトを紹介していただいて、チェルシーアカデミーと同時並行で担当していました。
――イギリスでは大学とクラブの連携が進んでいるので、さまざまな現場経験を若いうちに積めることが、留学の醍醐味ですよね。
ユウキ:はい。ほとんどの大学が近所のクラブとのコネクションがあるので、真面目に授業を受けて先生からある程度信頼されていれば紹介してもらえると思います。日本人らしく勤勉な行動をしていればかなり有利ですね。
大学での学びで得た「新たな視点」
――大学での勉強とインターンでの経験、どちらが学びとして自分自身に与えた影響が大きかったですか?
ユウキ:どちらかと言われると難しいですね。ただ、大学の座学で得られるものは実技だと得られないものが多かった印象です。「論文や最先端の研究結果をベースに知識を固めていく」というよりは、「その知識を活用して自分たちの思考回路や固定観念を取り除いて上書きをしていく」というもので、自分にとって「新たな視点」を得るために重要な機会でした。
――具体的に「新たな視点」とは?
ユウキ:例えば「8歳から18歳まで名門クラブのアカデミー一筋で育つ選手は一握り」だということがわかりました。これを逆に捉えると、優秀な才能はトップリーグから下部リーグまで幅広くいるということです。スカウトとしての視野が広がり、ターゲットの設定がかなり広くなりました。
あとスカウトが持っておくべき視点で重要だと感じたのは、「選手はいつ成長するかわからないし、誰もが順当にキャリアを歩むとは限らない」ということです。それぞれの家庭環境によって異なる子どもが育つように、異なる指導者、環境、成長のきっかけは選手によって違います。そうしたスカウトに必要な視点を構築できたのは大学に進学して良かった点ですね。
ストークからのオファーは「TwitterのDM」
――現在、ストークで働いているとのことですが、この就職は大学の教授の紹介などで決まったのですか?
ユウキ:実はこれが教授の紹介などではなく、TwitterのDMで連絡がきたんですよ。
というのも、私は日本語のTwitterアカウント以外に英語用のアカウント(@yuki_scouting)で自身の分析内容を定期的に発信するようにしていました。
――ただ普通に発信するだけでは、なかなかクラブの担当者の目につかないように感じます。何か特別な工夫をされたのですか?
ユウキ:そうですね。現状、スカウト、エージェント、ジャーナリストなどが活用している「Wyscout」という分析ツールを活用すれば、5部~6部くらいまでなら映像で選手の情報をチェックすることができます。
しかし7部以下などの、しかも、16歳や17歳くらいの若い選手の場合は、そのような分析ツールにすら映像が出てこないことが多く、隠れた才能を見つけるには現地に人を派遣するしかないんですよね。
そこで僕はチェルシーの仕事で見に行った試合で、公開して問題ない範囲で、Twitterに隠れている才能たちのスカウティングレポートをアップしていました。

その状態で、クラブのスカウト関係者をフォローすると、フォローが返ってきたりして少しずつフォロワーが増えていきましたね。するとレポートを見てDMでクラブ関係者が「ユウキ、この選手知ってる? ちょっと意見がほしいんだけど」みたいな連絡をいただくようなこともありました。
そうこうして輪を広げていった結果、ストークの関係者の目にもとまったようです。詳しくは言えませんが、実はプレミアリーグのクラブからもオファーがきていました。
――多くのクラブからのオファーの中で、最終的にストークに進路を決めた理由は?
ユウキ:ストークの人が最初に連絡をしてくれたのが大きかったですね。
加えてクラブの方と密にコミュニケーションを取っていく中で、自分を「人が足りていないからほしい」という補充要員ではなく、「ロンドンのスペシャリストになってくれそうな若い子を育てたい」と長期的な戦力として考えてくれていることが伝わってきました。
加えて「ロンドンは君ともう1人しかスカウトがいないから、君にもある程度の責任が生まれてくる」とも話してもらえて、1年目から責任を持って仕事ができると感じられたのもストークを就職先に決めた要因です。
海外でスカウトを目指す若者に対してのメッセージ
――そもそもの話になるのですが、イングランドのスカウトの数は足りているんですか?
ユウキ:それはクラブにもよりますね。新規エリア開拓のために事業を広げているクラブもあります。ただ、一つ言えるのは一般の求人サイトで応募すると倍率はかなり高いです。私自身も60、70ほど一般から応募したのですが、面接できたのも5件ぐらいで、倍率は500倍ほどあると聞いたことがあります。意外とTwitterを活用した就活の方がいいかもしれませんね。
――では「これから海外でスカウトになりたい」という方からアドバイスを求められた場合、どのような行動を起こすことを勧めますか?
ユウキ:もちろん異国の地なので、言語の習得は必須です。私は1回目の短期留学の時点で日常会話程度の英語は話せました。
私の場合は大学時代経験したインターンとTwitterをうまく活用したことでストークのスカウトになることができましたが、そういった現地での実績がなくてもTwitterにレポートをたくさん載せて、どこかのクラブに「インターンでいいので」といって入ることができれば、大学に通わなくてもスカウトへの道のりはあると思います。まずは業界に入ることが最優先ですね。人脈づくりは大事なので。
――「大学に入らなくてもスカウトになれる」とのお話ですが、イギリスの就活事情では「大卒」というのはそこまで重要視されていないのですか?
ユウキ:例えば分析官であれば「パフォーマンスアナリシス」の学士を持っていることが望ましいとか明記されていますが、コーチやスカウトに関してはジョブディスクリプション(職務記述書)で大学の学位はあまり見たことがないです。どちらかというと「エリートパフォーマンスレベルで3年スカウトをしたことがあるか」など実践経験が重要視されている印象です。
――これからロンドンでU-23やトップチームの戦力になるであろう選手をユウキさんが見つけてきて、将来的にステップアップをしていく可能性があると考えると夢がありますね!
ユウキ:本当に楽しみにしています。まずはトライアウトで結果を残すような選手を見つけて、信頼度を高めていきたいですね。いずれにしても最高の仕事に就くことができたので、誠心誠意頑張っていきたいです。
<了>
【前編はこちら】「選手のSNSは必ずチェックする」プレミアリーグの“日本人”育成スカウトが語る、プロでも通用する素質の見分け方
世界屈指の「選手発掘・育成の専門家」は日本に何をもたらす? リチャード・アレンが明かす日本人のポテンシャル
なぜトッテナムは“太っていた”ハリー・ケイン少年を獲得したのか? 育成年代で重要視すべき資質とは
育成年代の“優れた選手”を見分ける正解は? 育成大国ドイツの評価基準とスカウティング事情
「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言
PROFILE
ユウキ
1994年、福岡県生まれ。高校卒業後、2度イギリスに短期留学した後、Jクラブやエージェント会社での勤務を経験。その後、イギリス、サウサンプトンにあるセントメリーズ大学に進学。在学中にチェルシーアカデミーでスカウトのインターンを経験し、現在は英2部ストーク・シティに就職。ロンドンエリアのスカウトを担当している。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
試合前に40キロの宇宙服。「自己中だった私が支える側に」元SVリーガー古市彩音、スタッフ1年目の挑戦
2026.03.10Business -
「リミットは10月」プロ入りか大学サッカーか悩む、高校生の進路選択。選手権は“最後の就活”
2026.03.10Career -
慶應→オランダ→ブンデス。異色の20歳ストライカー塩貝健人が挑む「日本人CFの壁」
2026.03.10Career -
ベテランの進化論。Bリーグ・川崎ブレイブサンダースを牽引する篠山竜青が、37歳でプレースタイルを変えた理由
2026.03.06Career -
欧米ビッグクラブ組が牽引する、なでしこジャパン。アジアカップで問われる優勝への三つの条件
2026.03.04Opinion -
なぜ張本美和・早田ひなペアは噛み合ったのか? 化学反応起こした「今の2人だけが出せる答え」
2026.03.02Opinion -
日本人のフィジカルは本当に弱いのか? 異端のトレーナー・西本が語る世界との違いと“勝機”
2026.03.02Training -
風間八宏のひざを支え、サンフレッチェを変えたトレーナーとの出会い「身体のことは西本さんに聞けばいい」
2026.03.02Career -
野球界の腰を支える革新的技術がサッカーの常識を変える。インナー型サポーターで「適度な圧迫」の新発想
2026.03.02Technology -
なぜ老舗マスクメーカーはMLB選手に愛される“ベルト”を生み出せた? 選手の声から生まれた新機軸ギアの物語
2026.03.02Business -
「コンパニの12分」が示した、人種差別との向き合い方。ヴィニシウスへの差別問題が突きつけた本質
2026.03.02Opinion -
クロップの強度、スロットの構造。リバプール戦術転換が変えた遠藤航の現在地
2026.02.27Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
試合前に40キロの宇宙服。「自己中だった私が支える側に」元SVリーガー古市彩音、スタッフ1年目の挑戦
2026.03.10Business -
なぜ老舗マスクメーカーはMLB選手に愛される“ベルト”を生み出せた? 選手の声から生まれた新機軸ギアの物語
2026.03.02Business -
WEリーグ5年目、チェア交代で何が変わった? 理事・山本英明が語る“大変革”の舞台裏
2026.02.13Business -
新潟レディースが広げた“女子サッカーの裾野”。年100回の地域活動、川澄奈穂美が呼び込んだ「応援の機運」
2026.02.12Business -
なぜ新潟は「女子部門の分社化」でWEリーグ参入に踏み切ったのか? レディースとプロリーグに感じた可能性
2026.02.10Business -
広島で「街が赤と紫に染まる日常」。NTTデータ中国・鈴森社長が語る、スポーツと地域の幸福な関係
2026.02.06Business -
SVリーグ女子の課題「集客」をどう突破する? エアリービーズが挑む“地域密着”のリアル
2025.12.05Business -
女子バレー強豪が東北に移転した理由。デンソーエアリービーズが福島にもたらす新しい風景
2025.12.03Business -
「守りながら増やす」アスリートの資産防衛。独立系ファイナンシャル・アドバイザー後藤奈津子の信念
2025.09.12Business -
アスリートは“お金の無知”で損をする? 元実業団ランナーIFAが伝える資産形成のリアル
2025.09.10Business -
「学ぶことに年齢は関係ない」実業団ランナーからIFA転身。後藤奈津子が金融の世界で切り拓いた“居場所”
2025.09.08Business -
全国大会経験ゼロ、代理人なしで世界6大陸へ。“非サッカーエリート”の越境キャリアを支えた交渉術
2025.08.08Business
