育成年代の“優れた選手”を見分ける正解は? 育成大国ドイツの評価基準とスカウティング事情

Education
2022.01.21

サッカーの育成において、どのように選手を育てるのかはいうまでもなく重要な要素だが、その前段階で、どのような選手を選ぶのかも常に議論の絶えない大切な観点だ。世界有数のサッカー大国の一つであり、育成においても常にトライ&エラーを繰り返してきたドイツではどのような子どもたちを“優れた選手”として評価し、スカウティングしているのだろう?

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

「はっきり言おう…」タレント発掘のエキスパートの見解

「類いまれな才能を秘めた」とされる逸材にメディアがこぞって注目する光景をよく見かけないだろうか。大会での活躍を取り上げられ、「天才児」「〇〇2世」なんて異名がつけられる。

しかし、育成年代での活躍がそのまま将来を約束するわけではない。皆さんの周りにも「元天才児」「元〇〇2世」がたくさんいないだろうか?

タレント発掘のエキスパートとして国内外から高い評価を受けているドイツ・カイザースラウテルン大学教授のアルネ・ギューリッヒが次のように指摘していたことがある。

「はっきり言おう。早い段階でタレントを見分けるすべはない。11歳の才能がプロ選手になれるかどうか? それを見分けるのは不可能だと言わざるを得ない。学術的な見解はないんだ」 

さらにギューリッヒは続ける。

「少年期の子どもたちは成長スピードがそれぞれまったく違うし、成長過程においてさまざまな影響でその成長スピードと成長方向に変化が起こる。良くも悪くも、だ。ある指導者の一言がきっかけに、目覚ましく開花することもあれば、他の人からしたらなんでもないちょっとした出来事が引き金となって、抜け出すことのできない沼に沈んでしまうこともある。育成期はそうした“きっかけ”や“引き金”となる変数値があまりに多種多様なため、『どんな選手にどんな可能性が秘められていて、どんな選手へと成長するのか』を予見することは限りなく難しいと受け止められている」

ドイツで「セレクション」を重要視しない理由

ではそうした事実がある中で、サッカー大国の一つであるドイツではどのように少年期の選手を評価し、スカウティングしているのだろう?

まず基本的なところでドイツでは選手を集めての「セレクション」という形態はあまり取られていない。セレクション自体は行われているし、そこでチャンスを手にする選手もいるが、基本的には各クラブは普段からそれぞれの地方における優れた選手をスカウティングしている。

初めて会う者同士で行われるゲーム形式で表面的に見られる優越がそのまま、それぞれの選手の査定になってしまうのはもったいない。そもそも選手の良さというのは“一目でわかるもの”と、“一目ではわからないもの”があるはずなのだ。

さらにいえば短い時間で現時点でのプレー能力だけがチェックされるべきではない。例えば、選手がどんな視点とアイデアでそれぞれのプレーをしているのかを探る機会がないままでは、誰が自分たちのクラブのフィロソフィーにふさわしい選手かどうかを見極めることも難しい。そして“一目ではわからない”ところの価値を探すためにはそれなりの時間を費やす必要があるはずだ。

どんな家庭環境で育ってきているのか、学校ではどんな生活を送っているのか、どんな性格で、どんな態度を練習中や試合中に取るのか、どんな吸収力を持っているのか。

そのため、ブンデスリーガの育成アカデミーでは自前のスカウティングスタッフを持っていたり、トレセンスタッフとの協力で情報を仕入れたりして、近郊の街クラブで高く評価されている選手をチームのトレーニングに招待するという形態を取るクラブが多いと聞いている。

何度か一緒にトレーニングをしてもらい、その中でどんなプレーをするのか、こちらの声掛けにどんな反応を見せるのか、1度目のトレーニングと2度目のトレーニングでどんな成長をしているのかなどをチェックした上で、「うちのクラブに間違いなく合うだろう」という評価が指導者・スタッフ内で一致したら、次の移籍期間(年に2度、夏と冬。プロクラブの育成アカデミーは例外的に所属クラブを移さないまま1年間出場資格を持つ「ゲストプレーヤー」を迎えることもできる)でオファーを出すという流れが一般的だ。

サッカーはフィジカルだけでするスポーツではない

ではドイツではどんな選手を“優れた選手”として評価するのか?

これはそれぞれのクラブにある育成哲学と密接な関係がある。例えばブンデスリーガ1部のフライブルクであれば、「自分たちでボールとアクティブに関わるサッカー」を大事にしているため、足元の技術だけではなく、オフザボールの動き出し、チームとしてのボールの動かし方、ダイナミックに攻守に自分から関わっていく姿勢などが必要不可欠になる。

ただU-11〜U-15というのは、早熟の選手と遅咲きの選手とで特にその時点での身体能力で大きな差が出てきてしまう年代。それこそ実年齢±3歳の差が出るとされている。例えばU-13という中1年代の枠組みがある中で、最大で小4から高1くらいの差があるのだ。フィジカル要素だけを見てしまうと、早熟ですでに身体的にも成長している子どもたちを集めたほうが、その段階では間違いなく結果を残せるチームをつくることができるのは、いわずもがな。

「でも……」と異論を唱えるのは、フライブルクの育成スカウティングチームのリーダー、クリストフ・ベッツェルだ。

「サッカーはフィジカルだけでするスポーツではないんです。さまざまな要素が求められるし、それぞれの要素で輝くものを持つ選手にさらなる成長のチャンスを与えたほうが、長期的な視野で見たときにプラスになることは多いんですよ」

フィジカル要素を軽視しているわけではない。フィジカルをどのように捉えるかが重要なのだろう。フライブルクではフィジカル面においては「瞬発力」「ボールコントロール時の身のこなし」「状況変化や次の動きに瞬時に対応できるコーディネーション能力」というところを大事にしているという。そしてプレー面ではボールコントロール能力だけではなく、オフザボールのポジショニング、ゲームの展開を読んだプレー判断力、相手との駆け引きに秀でたプレーインテリジェンスの資質を持った選手かどうかを探る。いずれも「どんな要素がなんのために必要なのか」という部分が整理されているのがよくわかる。

さらにはプレー面だけではなく、「認知能力を備え、自分自身で高いモチベーションを持ってチームのためのプレーができる選手」「社会性を身につけ学校との両立を意志を持ってやり遂げられる選手」「人間的に、選手としての成長ポテンシャルを持った選手」「ストレスとの付き合い方を学び、プロ選手になるという目標から目を離さない意欲を持った選手」という要素を非常に重要視しているとも聞いた。資質そのものも大切だが、資質を自ら育むことができる意志を持っているかどうか。これは非常にケアすべきポイントだろう。

選手である前に…。子どもたちに必要な適切な環境とは

「早すぎる競争は成長にとって弊害になる」という理由でフライブルクではU-12からチームを持つようにしている。そしてベッツェルが「選手ができる限り長く生活圏にとどまることが成長にはとても大切」と主張するように、U-15まではフライブルク地域にいる選手のみを対象に、越境は原則認めていない。

育成アカデミーで選手の日常生活をサポートしているシュテファニー・フォンメルテンスはこう話す。「子どもたちは親元で育つほうが人間的にも、選手としても、適切な成長ができると私たちは考えています。彼らは、ただでさえ学校とサッカーとハードな生活を送っているんです。選手にとって、何よりもくつろげる、昔から変わらない環境があることが精神的な落ち着きと健康的な学習意欲の支えとなるんです」。

選手である前に一人の人間。

当たり前のことかもしれないけれど、この当たり前を大切にすることが、選手にとって、そして選手を預ける親にとって何より大切な要素ではないだろうか。スカウティングとは選手の将来性を事前に見抜けるかどうかだけがカギになるのではない。「ここでなら安心してチャレンジできる」という信頼を持ってもらえるためのサポートを提示できることがセットになっていなければならないのだから。

同世代では世界的に注目を集める16歳、ユリアン・ライコフをアヤックスから獲得したドルトムントを例に挙げてみよう。

スポーツディレクターのミヒャエル・ツォルクとスカウティングチーフのマルクス・ピラバは「ライコフの持つクオリティならば、近い将来トップチームまで上ってくるのは間違いない」と確信しているという。

ではそのためにどのようなプロセスとアプローチを準備すべきか。ドルトムントはライコフに、「まずはU-17へ合流してプレーし、17歳になる翌年からU-19へ昇格。そして練習から徐々にトップチームへ関わりながら、プロデビューへの道をつくっていく」という方向で話を進めたそうだ。

代理人ディック・ファンブリクは「首脳陣との話し合いはとてもよかった。選手のことをよく知っていたし、どのように成長するための環境を準備するかがしっかりしていた。ユリアンにとってこの移籍は正しい一歩だと確信している」と話していたが、ドルトムントは選手が育った背景や両親のことなどもしっかりと丁寧に情報を集めてコンタクトを取っていた、というのが大きな決め手の一つとなったのだ。将来どうなるかは誰にもわからないけれど、クラブサイドもその可能性を高めるためのビジョンとプロジェクトを一緒に考えようとしてくれたら、それはとても素敵なことではないだろうか。

突き詰めすぎた弊害? ドイツ育成の問題点

さて、ここまではドイツのスカウティングにおけるいい面を取り上げたが、ドイツにだって問題はいろいろある。

アウグスブルクやシャルケで監督を歴任し、U-18、U-20ドイツ代表監督を務めたこともあるマヌエル・バウムが警鐘を鳴らしていたことがあった。

「ドイツの子どもたちはスカウトされすぎている。このままではわれわれのタレントは絶滅してしまう」

バウムは育成アカデミーにおいてあらゆる分野で詳細まで掘り下げて調べて選手を選ぶ風潮ができてしまっていることを懸念している。

「可能な限りすべての弱点や苦手なポイントを探し出すまでスカウトをするという傾向が出てきていると感じている。でもそうすることで将来性を持っていたはずの選手がリストアップされない要因にもなってしまうではないか」

長年シャルケU-19監督としてマヌエル・ノイアー、ユリアン・ドラクスラー、レロイ・サネなど数々のタレントを間近で見てきたノルベルト・エルゲルトも同調する。

「選手が持つ強みや特長をサポートはしながらも、できないところばかりにフォーカスしてしまう傾向がドイツ人には強いのかもしれない。私はいつも口にしている。まずは長所を磨き上げることだ。それから弱点を改善していけばいい、と」

ドイツの問題であるとエルゲルトは言うが、これは世界中で観察されている問題でもある。僕らはシステマティックになることで得られる利害両方を理解しないとならないのだ。

一時期ドイツでは「才能を持った若手が出てきていない」という苦言が至る所でされていたが、最近はまた興味深い特長を持った若手選手が育ってきている。これはつまり、そうした問題点を正しく理解して、スカウティングに対する視点を改めたクラブが出てきているからなのだ。

「君はこれができないからまだまだ」という視点だって必要かもしれないが、いまできていないことばかりに窮屈に長時間取り組むよりも、「君のこの部分に期待している」と言ってもらえる環境の中で、自分の良さを100パーセント解放しながら、チームのためにもプレーしようとしている選手のほうが、長い目で見たときにスケールの大きな選手になれるのではないだろうか。

<了>

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