10-0の試合に勝者なし。育成年代の難題「大差の試合」、ドイツで進む子供に適した対策とは?
日本サッカーの育成年代、特にトーナメント方式の試合において大量得点差はよく目にする光景だ。ただしこれは日本だけに限った話ではない。意外なことに育成年代のサッカー環境の整備が進んでいるドイツにおいても、U-11以下の50%以上の試合で5点以上の差がついているという。「大勝チームにも大敗チームにもメリットがない」といわれるこの状況を、ドイツではどのように認識し、対策を講じているのか? 今まさにドイツの現場で試行錯誤を繰り返しながら行われている育成年代の試合の再構築について、現地在住の指導者・中野吉之伴氏に解説していただいた。
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
ドイツで導入が進んでいる「フニーニョ」とは?
「明後日は試合だ。どんな試合になるかな? 出られるかな? ゴール決められるかな?」
子どもたちはみんな誰でも緊張でドキドキするし、興奮でワクワクするものだ。でもどれだけの子どもたちが試合後笑顔でグラウンドから家路についているのだろうか。神経質だと思われるだろうか? 子どもは翌日になればすぐまた元気になるから問題ないと思われるだろうか。
例えば筆者の暮らすドイツでは現在幼稚園児から小学校1〜2年までは3対3のミニゴール4つで行われるフニーニョという試合形式導入が進んでおり、それ以外でも5人制のサッカーが主流となってきている。その後、小3〜4年が7人制で、小5〜6年は9人制へと移行していく。大人のサッカーと同様の11人制となる中学生年代へ向けて少しずつ適応していく流れが作られているというわけだ。
ただそうした仕組みは出来上がれば、それでよしというわけではない。小3〜4年の7人制サッカーからリーグ戦が導入されているドイツだが、これまではあくまでも地理的状況からチームをまとめたリーグ戦が行われることが多いのが現実だ。近隣チーム同士と試合ができるので、移動による負担やストレスは少ないが、それ以外で生じる弊害をもう少しどうにかしたほうがいいのではないかという議論がたびたび行われている。
それは大量得点差の試合が数多く出てしまうという問題点だ。
大差のついた試合は両チームにとってメリットがない
ドイツ・エアランゲン大学のマティアス・ロッホマン教授がドイツサッカー連盟(DFB)公認A級ライセンス、プロコーチライセンス取得者を対象に行われる国際コーチ会議の講義で次のような指摘をしていた。
「私はU-11までの試合データの統計を取ってみたのだが、その結果、5点以上の差がついた試合が実に全体の50%以上もあったのだ。10-0とか、時には20-0という試合結果だってある。これを聞いて皆さんは何を思うだろう? これがもたらす影響を考えたことがあるだろうか?」
子どもたちはみんなサッカーの試合を自分たちなりに本気で戦いたいと思っている。もちろんすでに才能を感じさせる子がいれば、まだまだぎこちない動きしかできない子もいる。でもみんな試合に出たいと思って、いいプレーがしたいと思って、そして勝ちたいと思ってグラウンドに来ている。でも対戦相手とのレベル差があまりにも大きすぎる試合では、彼らのその思いが思う存分に解放されないのだ。
ロッホマン教授は得失点差がついてしまう試合の弊害について説明した。
「最大の問題は、大勝チームにも大敗チームにもメリットがないという点だ。どうしても互いにモチベーションが下がったまま試合が行われてしまうからだ。大勝しているチームはどうしたって気が抜けてくるし、うぬぼれる子も出てきてしまう。だからプレーがどんどん雑になる。ある程度適当にプレーしても勝てるし、相手を抜けるからだ。一方、負けているチームは何をどうがんばっても、どうしたってうまくいかないから楽しめるはずもない。1試合だけならともかく、そんな試合ばっかりだったら、負け根性がついてしまうし、何をやってもダメだという諦めから試合に入ってしまいがちだ。
サッカーの試合だ。うまくいって勝てることもあれば、負けることもあるだろう。時にすごい得点差がついてしまう試合だってある。でもその頻度があまりにも多すぎるのであれば、われわれはやり方を再考しなければならない」
前期リーグ・後期リーグに分けるというやり方
「どうせ勝てないよ……」と試合前からがっかりしている子どもに「諦めなかったら勝てる!」と勇気を注入することも大切だろう。「今日も楽勝だ」と試合前からのんきにしている子どもに、「相手に対するリスペクトを忘れるな。サッカー選手である前に、人として成熟しなければならない」と戒めることは欠かせないだろう。
ただそうした振る舞いだけで解決できる問題ではないという意識を持つことも重要ではないだろうか。大人は簡単に「気持ちを切り替えよう」という。確かにそうだ。そして切り替え方を学ぶ機会もとても貴重だ。でも子どもが気持ちをすぐに切り替えきれないほどのショックはそこにあるべきではない。ロッホマン教授もそこを取り上げていた。
「DFBによる啓蒙活動は素晴らしい。だが、そこには振る舞いに対することしか書かれていない。それが大切なのは言うまでもないが、だがそれ以上に、彼らがもっとサッカーを楽しめる環境をつくり上げることのほうが大事ではないだろうか」
ではどんな取り組みが望ましいのだろうか?
年間リーグ戦という形ではなく、前期リーグ・後期リーグに分けて、前期リーグの結果に応じて後期リーグのチーム分けを決めるというやり方もある。
10チームのリーグで行い、上位5チームと下位5チームとに分けて、隣のリーグの上位、下位チーム同士とのリーグを後期で行う。その際5、6位という順位にいるチームに関しては自己申告制を取ると面白いかもしれない。5位、それこそ4位で前期リーグを終えたとしても、上位チームとの差があまりにも大きく、大量失点で負けたりしていたら、無理に後期そこで戦うよりも実力が近いリーグで戦うほうがメリットは大きい。
その際、順位争いを巡って結果にこだわる指導者や保護者がどんどん出てくるという弊害をどうなくすのかも重要になる。残念ながらみんながみんな「機会の平等」のためにと子どもたちを温かく見守ってくれるわけではないのが現実だ。そのため指導者や保護者に対する啓蒙活動は継続して行われていくことが欠かせない。
幼稚園年代におけるサッカー環境のリフォーム
試合に関する考え方として、ドイツ・ミッテルライン州サッカー協会専任指導者のオリバー・ツェッペンフェルトさんから聞いた、同州で導入された「バンビーニスポーツフェスタ」の話がとても興味深いものだったので、ご紹介したい。これは2014年から幼稚園年代におけるサッカー環境のリフォームとしてまずスタートさせたものだ。
「自分たちの目標は、どうすればみんながレベルに関わらずサッカーを楽しみながらしっかりと成長することができるかなんですね。そのためには今はまだそこまでのレベルではないとされる選手でも、ちゃんと十分なボールコンタクトができて、試合にも勝つ機会が高まる試合環境をつくり出すことなんです。それができたら、彼らも成長する可能性を高めることができますよね。バンビーニスポーツフェスタはそこから考え出された試合環境なんです」
ツェッペンフェルトさんはそう語る。まなざしは真剣だ。
基本的なオーガナイズは以下になる。
・月に1回ほどの頻度で開催
・8チーム前後が参加
・各チーム4〜5人で構成
・各クラブ複数チーム登録可能
・1試合5分ハーフ
・ミニコート(約15m×10m)を4つ設営
・空いたスペースに遊びステーションを設営
・各ステーションでスタンプをもらって集める
・保護者が観戦する場所を設置(ファンゾーン)
・ボールは3号球を使用
グラウンド半面の中に4つのミニコートを作り、それぞれ4対4で試合をする。コートでは異なるゴールを置くようにしているのが特徴だ。1つ目は少年用の2m×5mのゴールに1mの高さのところにひもを引いて高さを低くしたもの。通常サイズのゴールではこの年代の子どもたちは上部に飛んできたシュートを止めることができないからだ。2つ目はミニゴール、3つ目はドリブルゴール、4つ目はミニゴール4つ。
それぞれ異なる仕様で試合をすることで子どもたちはいろんな経験を積めるし、指導者が外から何か言わなくても認知能力にも自然にアプローチすることができるというのが狙いだという。
試合の人数設定は特に重要だ。まだサッカーを始めたばかりの子どもたちにとって大人のような前後半の試合だと、その試合の結果があまりにも大きくなりすぎてしまう。でもこのルールだったら何試合もできるし、たとえ1試合で負けてもすぐにまた次の試合を迎えられる。みんなが試合に出れて、みんながゴールに関われて、みんなが楽しめて、みんなが成功体験を得られる。
「ちょっとふざけたい時間も大切」休憩時間の使い方の重要性
このバンビーニスポーツフェスタで重要視していることの一つが、休憩時間の使い方だ。日本だとこうした大会形式に参加すると、次の試合までの時間を持て余すために、合間に練習をしたり、走らせたりという発想になってしまうことが多いという印象を受ける。ツェッペンフェルトさんはそこも考慮したオーガナイズの大切さを語ってくれた。
「アクティブな休憩時間を取ることが必要です。特に子どもたちはいつでも動き回っていたいものですから。そこでこのバンビーニスポーツフェスタでは、ミニコートの間にボールを使って遊べるステーションを作るようにしています。試合の待ち時間をほったらかしにするのではなくて、ここで体のいろんな部位を使った、いろんな動きができるようにする。
サッカーだからボールを蹴られればいいわけではなく、ボールを投げたり、キャッチしたり、ジャンプしたり、転がったり、バランスを取ったりという基本的な運動能力を遊びながら身につける環境が必要になります。試合や練習が終わったら動いちゃだめというのは子どもたちにとっては理解できない。だからといってその時間を使って練習というのは考えられない。まだ遊んでいたいんですから(笑)。
ちょっとふざけたい、ちょっと友達とじゃれていたい。そうした時間はすごく大切なんですよ」
アクティブ休憩のメニューはいろいろ考えられる。「ハードルの上にボールを投げて、自分は下をくぐる」「ライン上をバランスを取りながらボールを運ぶ」「コーンを並べてボーリング」「風船でリフティング」。アイデアはいくらでも出てくるはずだ。大事なのは子どもたちが全体的なコーディネーション能力を遊びながら身につけること。
「成功体験はこうした遊びの中にも含まれているんですね。結果が大事ではなく、体験です。極端な話、その日の試合に全部負けたとしても、ここで楽しいことがあったら、子どもは少なからずポジティブな気持ちを持ち帰ることができる。この年代の子どもたちはいつでも動き回っていたいし、そうした欲求をかなえることができる場所をつくることが必要なんです」
ツェッペンフェルトさんたちの地道な努力が少しずつ身を結び、いまではミッテルライン地方にある9地域のうち5地域がこうした活動に共感して積極的に行ってくれているという。子どもたちがどうすればより楽しく、より活発に関わることができるのか。そのことを真剣に考えて、真剣に検討して、時間をかけて取り組んでいく。そんな姿勢から私たちは何を感じることができるだろうか。
この取り組み自体は幼稚園を対象にされたものではあるが、これをヒントに同様の形式を小学生に適応させる形で考えることもできるはずだ。通常のトーナメント戦を整理し、リーグ戦は残した上で、月に1回でもこうした交流フェスタを行い、1日の中で勝って、負けて、ゴールを決めて、ゴールを決められて、遊んで、遊んで、遊んで。そんな日があったら素敵ではないだろうか。
<了>
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