中村憲剛「重宝される選手」の育て方 「大人が命令するのは楽だが、子供のためにならない」

Education
2020.03.18

川崎フロンターレの“生ける伝説”中村憲剛。18年のプロキャリアで6人の監督のもとでプレーしたマエストロは、常にチームの中心選手として“重宝”されてきた。

いかにして重宝される選手になるのか――?

今年1月に開催した体感型クリニック「KENGO Academy WINTER CLINIC 2020」で子どもたちへの指導を終えた中村が、サッカーと教育をテーマに創刊した「サカイクBOOK」内でその秘訣を明かした。

(インタビュー・構成=サカイクBOOK編集部、撮影=新井賢一、取材協力=KENGO Academy)

決定権は子どもにある あくまでもヒントを与えるだけ

――子どもたちを指導する時に、最も気をつけていることは何ですか?

中村:一番に気をつけていることは、僕の話が絶対になってはいけないということです。僕の話はあくまでもヒントであって、それを子どもたちがどう受け取るかということ。だから、「~しなければならない」と言わないようにしています。今日は子どもたちに、「絶対に奪われないプレーヤー」の説明をしました。どうしたら、そうなれるのかという話もするんですけど、その方法は子どもの数だけ、いくつもあると思います。あくまでもヒントを与えるだけであって、決定権は彼らにあります。最終的に僕が決定権を持ってはいけないと考えています。

――それは、なかなか難しいことですよね?

中村:「あれをしろ」「これをしろ」って言ったほうが楽ですよね。ただ、その時はいいですけど、その子どもが育っていく過程でカテゴリーが上がった時に、自分の考えがない子になってしまいます。大人が「これをしろ」と命令するのは楽なんですよ。けど、それでは本人たちのためにはなりません。その時に大人である僕はいいかもしれないけど、子どもたちにとっては決してそうではありません。今日も「なぜそうなるのか?」を子どもたちに聞きながらやっていましたけど、子どもたちはきちんと自分たちの言葉で返してくれます。僕が一方的に話してしまうと、結局はやらされている感じになってしまいます。だから、彼らの声もちゃんと聞きたいなと思いながらやっていました。

――そういう対応ができない指導者であったり、親であったりが大勢いると思います。そういった人たちへアドバイスはありますか?

中村:大事だと思うのは、我慢することだと思います。結局は、子どもたちをどのスパンで見ていくかじゃないですかね。小学生年代のチームをただ勝たせるだけであれば、型にはめればある程度は結果を残せると思います。だけど、その型にはめた指導を受けて中学生になった時、その子どもたちはどうなってしまうのか。ある程度のレベルまではやれるかもしれませんが、どこかのタイミングで行き詰まってしまうでしょう。自分もプロに入っていろいろな選手を見てきましたが、自分を客観的にとらえることができて、自分が今何をすべきか、チームでの自分の立ち位置はどうなのかを考えられる選手が生き残っています。もちろん、圧倒的な技術を持っている選手も生き残っていますが、それだけではやはり限界があると思います。技術や身体能力といったものと同じくらい、「考える力」は大事になります。それを小さい頃から養っていかなければなりません。例えば、体の大きい子や足が速い子は、最初のうちは考えずにできてしまいます。そういう子どもたちにこそ、この話を聞いてほしいです。だけど、現時点で彼らにはその必要性がないので、なかなか届かないほうが多いです。そういうケースを繰り返し何度も見てきているので、もどかしいです。今は情報がいっぱいあるので、親もコーチもその子にとって何が一番なのかを判断してアドバイスをしてほしいです。親先導で子どもたちを引っ張るのではなく、後押しする感じがいいんじゃないかなと思っています。選択肢を与えるのは親の役目ですが、それを決めるのは子どもたちですから。

個性ある回答に驚き 意外と子どもたちは考えている

――課題の与え方やそのタイミングも難しいと思います。今日の講義では4対2でボールを奪われた場面を見せて、ボールを奪われないためにはどうすべきかという問題を出されていました。小学生年代には少し難しいのではないかと感じましたが、意外としっかりと回答していましたね。

中村:みんな、面白かったじゃないですか! 夏にもやったんですけど、その時の回答も個性があって面白かったですよ。要するに、小学5、6年生の子どもたちでもそれだけ考えられるわけですよ。その発想を奪ってはいけない。彼らのそういった発想を大事にしつつ、僕がサッカー選手としてやってきたなかで、大事だと思うことを並行して教えるようにしています。今日のようなワンデークリニックで短い時間のうちにセミナーと実技をやる場合は、ちょっと押しつけ気味にしないと何も得られないで帰っていくことにもなりかねませんが、決してすべてを押しつけないように気をつけています。

――少し難しい課題を与えても大丈夫ということでしょうか?

中村:僕自身もこういう経験を経て、考え方が変わってきています。少し難しいかもなって思ったことでも、中学生のスクールだとしっかりと返ってきますよ。子どもたちはいろいろなことを考えているんだなと、さまざまな発見があります。去年からスクールは始まりましたが、そういう経験をたくさんさせてもらっていますね。それを次回のクリニック等に落とし込んでいきます。だから、指導者目線として、選手とは違った目線でいい経験をさせてもらっています。さすがに自分の考え方ががらりと変わるほどではないですが、子どもたちはたくさん考えていて、いろいろな可能性があるんだと感じました。そして、それを大事にしてあげなければならないなと改めて思っています。

親の立場としては「見守る」だけ 意欲的にできるような環境づくり

――親の立場としても、子どもたちに同じようなスタンスで接されていますか?

中村:そうですね。自分のやるべきことは自分でやる。全部が自分に返ってくることですし、自分次第とも言えます。僕らがいくら言っても、実際にやるのは本人たち。だけど、見てたらすぐ言いたくなりますよ。なので、親としては行ったり来たりしていますね。「今、言ったほうがいいかな……。けど、言ってもなあ……」って。いくら僕が言っても本人にやる気がなければダメだし、強制してはいけない。受け身ではなく本人が意欲的にできるような環境づくりをすることが親の役割なのかなと最近思っています。

――具体的にはどうされていますか?

中村:見る、見守ることですね。彼らはやりたければやるし、やりたくなければやらない。例えば、自分の子どもがサッカーでプロになりたいと言っても、そのための努力は本人がしなければなりません。それを僕らが「やらなければダメだよ」と言っても、強制された努力は続かないでしょうし、身にもならない。一時的にはいいでしょうが、やはりスパンで見た時には本人のためにはなりません。

――サッカーのように自分から意欲的に取り組みたいと思えることではなく、学校の勉強であったり宿題であったりと、積極的に取り組めないようなことの場合はどうですか?

中村:うちに関して言えば、「勉強をやらないなら、サッカーをやらせない」といつも言っているんです。宿題をやらないとか、次の日の用意を事前にしないとか、自分のことだからそれをしないという子どもは少ないと思うのですが、それもできないようであったら、うちではサッカーをやらせないと話をしています。

――自分の好きなものをやるための義務という感じでしょうか?

中村:僕は文武両道であるべきだと思っています。サッカーで大事なことの一つは考えることです。それを養うことの一つに学校の勉強も必要だと思っています。勉強することで考えるクセがつきます。それを放棄することは、サッカーで考えることを放棄することと一緒だと僕は考えています。だから、好きなことだけをやればいいというわけではないんです。それこそ小・中学生は義務教育ですから、しっかりと義務を果たさないといけません。サッカーだけやっていればいい世界ではないと僕は思っています。そういう子どもは、いっぱいいると思いますけど。

意識するだけで変われる 自分が変われば質も変わる

――逆に、子どもたちから学んだことはありますか?

中村:大人になると、いつの間にか勝手に頭が固くなっているんだなと、いつも思います。子どもの発想って、すごく自由ですよね。今日のゲームでも、こうしたほうがいいのにと見ていましたが、子どもたちは別の方法でゴールを決めたりしていました。こうしたほうがいいと、自分のなかで凝り固まっているようなものをぶち壊してくれる子どもがいっぱいいます。そういうプレーを見ていると、なんだか自然と笑顔になりますね。だから、自分の感性を大事にしてほしいなあっていつも思っています。

――今日のゲームでもテーマどおりにできている子どもたちもいれば、できていない子どもたちもいました。いつ、どのように伝えるのかなと思いながら見ていました。

中村:ゲームに関しては、もう何も言いませんでした。それまでに細かく言っていたので。ゲームくらいは楽しくやらせてあげようと思いました。その前までに、しつこく「頭を切り離すな」って言っていました。ゲームになっても言おうかなって思っていたのですが、勝ち負けもあるうえにさらに言われてしまうと、面白くないだろうなと思い直しました。

――たしかに、テーマどおりにできている子どもたちのチームが勝っているわけでもなかったようですね。

中村:それがサッカーの面白いところだと思うんです。子どもたちに力の差はあって、できることできないことがありましたけど、その時のチームメイトの特徴や能力を考えて勝つための戦い方を考える子どもたちもいます。それぞれの個性をどう生かすのかは、なにもサッカーに限った話ではなく、会社というチームでいい成果をあげるためにも必要なことですよね。「勝ったからうれしい、負けたから悔しい」という結果だけではなく、「なぜ勝てたのか、なぜ負けたのか」というところまで掘り下げられる選手たちであってほしいですね。

――そういったテーマによって、伝え方とかは変わってきますか?

中村:今日でいうと、「KENGO Academy」のクリニックなので、当たり前ですけど僕が大事にしていることを伝える場でした。当たり前ですが、クリニックを開く選手によって、伝える内容は違ってくると思います。僕のやり方に賛同して来てくれる方たちなので、自分の思いを余すところなく伝えられます。このスクールでは何をやっているかを正確に伝えるセミナーがあって、そこで学んだことをその後の実技でやってみます。でもプレーをしてみると、面白いものでみんな所々抜けてしまう。それでもちょっとした声かけでトレーニングの質を変えられるんですよね。今日は、その体験をしてほしかった。自分で変えられる、変われることを体験してほしくて、声かけしていました。今日のセミナーも、止める蹴るの話なので、そこまで難しいことを言っているわけではない。それこそ、みんな小さい頃から何本もやってきていることです。それが、意識するだけで変わるということを知ってほしい。意識が変わればボール回しはよくなるし、いろいろな段階を踏めばすべてが変わってきます。何も言わずにやらせると最初は質が低いんですけど、声かけで変わるんですよね。要するに彼らの意識が変われば、質も変わってくるんです。その気づきを与えるにすぎません。

オシム監督に肯定された 考える、考えられる選手は大事

――チームメイトに対するアドバイスとの違いはありますか?

中村:そういう意味では、川崎フロンターレの選手のほうが先に教えていますからね。なので、人に話をするのは慣れています。今のうちの若手や中堅の選手、それこそ(小林)悠も話してきましたし、(大島)僚太もそうです。今だと(田中)碧や守田(英正)もそうですね。どう声をかけるか、どういう話をするか、どのタイミングでするかは、一人ひとり違います。個性も違うし、やれることも違うし、やれる段階も違うので、それを見極めながら声かけをするようにしています。なので、その経験が今日のクリニックにも生きています。子どもたちに成果を発揮してもらうために、指導者としてぶれない芯を持ちつつ、常にアップデートをしながら、時代に即して変わっていかなれればいけない柔軟性、その両方を持ち合わせなければならないといつも思っています。

――今日のセミナーで、「重宝される選手になろう」という話がありました。具体的にはどんな選手でしょうか?

中村:チームに有益である選手です。その選手が試合に出て、効いていると思われる。そういう選手は必ずチームにいるじゃないですか。それは特定のポジションの選手である必要はなくて、11人揃っていたらなんて面白いチームだろうっていつも思っています。そうならないのも、またサッカーの面白いところなんですけど……だけど、そういう重宝される選手たちをいっぱい育てていきたいですね。例えば、サイドバックだからといって走れればいいわけではなく、その走れるサイドバックがゲームメークもできればよりよいと思います。チームの状況や戦況を見ながら柔軟に立ち位置、戦い方を変えられる選手が、チームを勝利に導きます。それにプラスして、スペシャリティーがあるとさらに使われやすくなると思います。その逆も然りですが、長く活躍できる選手はそういう選手だと思います。いろいろな選手を見てきましたが、Jリーグにも海外にもいっぱいいます。時代や環境が変わっても、必ずいますよね。絶対的な個性や武器を持ちつつ、臨機応変さや柔軟性を兼ね備えた選手。どうやってチームを勝利に導けるかを考えられる選手が重宝されると思っています。

――集団のなかで自分の役割を理解して実行できる選手ということでしょうか?

中村:そうですね。その集団の目的を達成するために、自分に何ができて、何ができないのかを把握して、何をすべきなのかを考えられる。それを全員ができる組織は優秀だと思います。当たり前のことを言っているようですけど。いろんな人がいるので、どの組織も意外とできていないことですよね。いい選手がいなくなったら、「代わりを誰がやるの?」となりがちですが、「誰がやってもできるよ」という組織になればいいですね。

――説明される前はポリバレントな選手のことかと思いましたが、そうではないということですね。

中村:そうですね。自分のスペシャリティーを持って、チームにどう貢献するかということです。プラスして、ポリバレント性を持っていなければならない。ポリバレントはあらゆるポジションを高いレベルでまんべんなくこなせることだと僕は理解しているのですが、それだけではなく武器を持ったポリバレントな選手になってほしいと思っています。そういった選手を育てたいですね。もちろん、チームにはポリバレントな選手だけではなく、絶対に点を取るFWや体を張って止めてくれるGKやDFなどのスペシャリティーを持った選手たちが必要です。だけど、その選手がチームをどうやって勝たせるかを一人ひとりが考えて柔軟に変えられれば、そのチームはやはり強いですよ。なので、考える選手ということを大事にしています。それは僕が小さい頃からやってきたことで、ベースになっていることなんです。そして、(イビチャ・)オシムさんが日本代表に呼んでくれた時に、それを肯定してもらいました。やはり考えることは大事なんだって。そこで自信が確信に変わりました。オシムさんに認めてもらえたというのは、僕のなかですごく大きなことでした。言われてもピンとこない人もいるかもしれませんが、僕はそう思っています。なので、僕が信じたものを子どもたちに伝えてあげたいですね。言葉にすると簡単で誰もが知っていることかも知れませんが、意外とできていない。自分の置かれている現状の中で、今自分に何ができて、何ができないのかを分析してその組織の中で重宝されるために自分が何をすべきかを考えることが大事で、その発想を指導者として大事にしたいと思います。

<了>

(本記事は三栄刊「サカイクBOOK」より転載)

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PROFILE
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身。川崎フロンターレ所属。ポジションはミッドフィルダー。久留米高校、中央大学を経て、2003年に川崎フロンターレに入団。2006年から5年連続でJリーグベストイレブン受賞。2006年に日本代表にも選出され、2010年ワールドカップに出場。2016年にJ1史上最年長のMVPを獲得。2017年、2018年のJリーグ2連覇に中心選手として貢献。

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