
「言葉ができない選手は世界で戦えない」3年で8人プロ輩出、興國・内野智章監督の目線
久保建英と安部裕葵。二人の若き選手がスペインに旅立った。それもレアル・マドリードとFCバルセロナという、誰もが知るビッグクラブへ――。
スペインでは乾貴士、柴崎岳など、2018 FIFAワールドカップで活躍した選手もプレーしており、日本人にとって手の届かないリーグではなくなりつつある。20歳前後でヨーロッパに移籍する選手が増える中、海外で活躍するためには、どのような要素が必要なのだろうか。
2020年加入内定選手を含め3年で8人の高卒Jリーガーを輩出し、「興國から世界へ」をキーワードに、毎年スペイン遠征を実施するなど、世界を見据えた育成をする大阪府の興國高校サッカー部・内野智章監督に話を聞いた。
(インタビュー・構成=鈴木智之、写真=Getty Images)
日本人の良さを持った、スペイン育ちの日本人は「最強」
先日、スペインのビッグクラブの育成組織に所属する15歳の日本人選手が、興國高校の練習に参加したそうですね。その感想を内野監督がSNSで公開したところ、大きな反響がありました。
内野:パススピード、技術、ボールを奪う際の激しさ……。彼が普段プレーするスペインのビッグクラブと比べて、興國高校の1年生は「かなり差がある」と言っていました。その話を聞いて、点と点がつながったんですよね。
コパ・アメリカを見ていても、日本代表にも良いシーンはありました。アジリティの部分では通用していたと思います。だけど、選手のコメントで「普段、日本でやっているサッカーとは、別のスポーツに感じた」というのを見たときに、この違いはなんなんだろうと思ったんです。
コパ・アメリカを見ても、フィジカルコンタクトのスキルは、南米の選手は圧倒的に上手です。日本はサッカー文化的に接触プレーを嫌いますし、身体をぶつけるとすぐファウルになったり、相手チームから嫌がられたりします。
内野:南米は、スペインもそうですけど、ボールを持ってドリブルをするとガッツリ削りに来ますから。
興國の選手がスペインに遠征に行くと「常に状況を認知して、早くボールを離さないと削られる」と言って、プレーが変わるほどです。まずそれが前提にあって、パスの受け手に時間を与えるために、パススピードを速くしなければいけない。
ボールを受ける前に周囲を見て、身体の向きを作ってパスを受けないと、死角からタックルされて削られますから。そうしないと危ない環境だからこそ、選手たちのプレーもそうならざるを得ないんです。
興國の選手たちには「パススピードを速く!」と常に言っていますが、口で言うだけでは限界があるので、いかにしてその環境を作るかに頭を悩ませています。
ワンタッチ、ツータッチでボールを動かさないと、足ごと刈られるという状況だと、嫌でも周囲を見ますし、プレーも速くなります。その環境をどう作るか、ですね。
内野:興國の練習に参加してくれた、スペインのビッグクラブでプレーしている彼は、うちの1年生のBチームに入って、1年生のAチームと試合をしました。
私は直接プレーを見ることができなかったのですが、コーチたちによると、Aチームの選手が彼を囲んでも、ボールさばきが上手くて取れないし、プレッシャーが甘ければドリブルで運ぶ。
その判断が的確で、ファーストタッチの置きどころが良いので、ボールを取れなかったそうです。ボールテクニックもありながら、シンプルにワンタッチ、ツータッチでプレーしていたと。そして、技術がすごく高い。
その彼が幼少期にテレビで特集された映像を見ると、自主練でひたすらドリブルやボールコントロールの練習をしていましたよね。年齢の低いうちにスペインの育成環境に入ると、身につけた技術に加えて判断力が育っていくものなのでしょうか?
内野:基礎となるボールテクニックがあるからこそ、スペインのトップレベルでやれるのではないかと思います。状況判断が良くて、シンプルにプレーできる選手はスペインにもいると思うんですよ。でもそれプラス、ボールテクニックを持っているから、生き残れているのかなと。
日本の育成とスペインの育成のハイブリッドですね。
内野:久保選手がそうですよね。日本人の良さを持った、スペイン育ちの日本人。ある意味、最強だと思います。日本で小学校3年生まで育っているぶん、ボール扱いなどのテクニックも高いですし。
それが10歳でスペインに渡ることによって、言語ができるようになり、日本代表の選手が「違うスポーツだった」と言う、海外サッカーの戦術面や激しさなど、日本サッカーとは違う部分を学んでいます。
でも、根底にあるのは日本人の生真面目さや技術、俊敏性、協調性。そこにスペインのフットボールが上乗せされているので、最強だと思います。
これは時代のめぐり合わせもあるので、言っても仕方のないことかもしれませんが、過去にたくさんいたボール扱いが上手くて、「天才」と呼ばれていたような選手が、早いうちにスペインに渡っていったら、久保選手のようになっていた可能性もあると思うんです。
本当に良い選手は、サッカー部として英語教育をしなければいけない
何歳で海外に行くかという問題もありますよね。10歳などの低い年齢で行くことは、言語面で大きなアドバンテージになります。久保選手は驚異的なスピードでスペイン語を習得していったそうですから。
内野:最近、本当に良い選手は、サッカー部として英語教育をしなければいけないのかなと思っているんです。興國の卒業生が2週間ほどスペインに短期留学したときに、ロッカールームで「英語もできないのに、なんで来てんねん」みたいなことを言われたそうです。言葉がわからないので、監督の言っている練習内容が理解できない。
練習がその選手のところでノッキングする。周りの選手は「またアイツか」となる。「英語もわからないのに来るな」と言われたそうです。もちろんスペイン語でもいいのですが、周りに教えられる人がいないので。英語なら学校に先生がいますし。
チームの中心になる力のある選手であれば、言葉の面はそれほど問題にならないかもしれませんが、戦術理解力が必要なスペインは、言葉が理解できないと厳しい印象があります。
内野:年々、フットボールが組織的、戦術的になってきているので、ミーティングで監督、コーチが言っていることを理解できないと、テクニックがあってもプレーできないのではないかと思っています。
とくにスペインでプレーするとなると、言語ができてコミュニケーションがとれないと、サッカーがうまくても無理なんだろうなと。日本人選手のサッカーの能力は上がってきているので、日本サッカー界が言語教育に対して、力を入れていくべき時代になってきていると思います。
「サッカーに言葉は必要ない」と思うかもしれないけど、いまはそういう時代ではない、と。
内野:戦争に行ったときに、上官が何を指示しているのかがわからない人が一人でもいれば、部隊は全滅します。指示が理解できなければ、命をかけて戦う場には立てないし、周りもその選手に命を預けようとは思わないですよね。
一人のミスが失点に直結するわけですから。スペインリーグで南米の選手が活躍しているのは、同じスペイン語圏というアドバンテージがあると思います。
ジョゼップ・グアルディオラはマンチェスター・シティで監督をする前に、アメリカに行って英語を勉強したそうです。世界で戦おうとしたら、その国の言語ができないと、どうにもならない領域に来ていると思います。
たしかに、長谷部誠選手や長友佑都選手など、ヨーロッパで長く活躍している選手は、ドイツ語やイタリア語を流暢に話しています。
内野:海外でプレーするということは、戦術的なミーティング内容を外国の言葉で理解して、実践しなければいけないわけですよね。日本代表を出していない僕が言うのもなんですけど、ヨーロッパで活躍する選手を育てたいと思ったときに、ボール技術と戦術と言語って、重要性の割合は1:1:1ぐらいだと思っているんです。心技体と同じように、どれかが欠けても無理なんだろうなと思います。
近年、年代別代表の大半がJユースの選手ですが、興國からは2年連続でU-16、U-17日本代表の選手が出ています。当然、将来はヨーロッパでプレーするという目標を持っていると思いますが、彼らにどうやって言語を身につけるように仕向けるのでしょう?
内野:ずっと言ってるんですけど、なかなか響かないんですよねぇ(笑)。一度、スペインに単身で放り込んで「言葉ができないとキツイぞ」という経験をさせて、痛みを伴わないとやる気にはならないかもしれません。
チームで遠征に行くのとは、全然違いますから。環境に放り込まないと気づけないと思います。中田英寿さんや川島永嗣選手も稲本潤一選手も、海外に行くと決めて、英語やイタリア語を高校時代から勉強していたんですよね。それぐらい準備しないとだめだと思います。
言葉が原因で、サッカーの実力を発揮できないのはもったいないですからね。
内野:「言葉ができない選手は、海外に行けないよ」という空気を日本サッカー界がもっと出すことも必要なのかなと思います。日本のサッカーはヨーロッパに比べて戦術的に深くないので、コミュニケーションをとらなくてもプレーできますよね。それもあって、海外に行っても同じ感じでやれるだろうと思ってしまっているのか、そのあたりはわからないですが……。
興國がスペイン遠征に行き始めて10年になりますが、年々、サッカー界として言葉の問題に取り組まないと厳しい時代に来ていると感じます。選手個人のがんばりに任せるのではなく、日本サッカー界として、取り組むべき課題なのだと思います。
それに加えて、冒頭で出たパススピードや判断スピード、球際の厳しさといった強度の部分ですね。
内野:いわゆる「激しさ」ですよね。なぜパススピードを速くしないだめなのか。その理由は日本の子たちも理解していると思います。でも、パススピードを速くしなければ、簡単に奪われてしまう、
相手に潰されてしまうという環境を日常にしないと、なかなか身につかない。人間、必要に追い込まれればやりますから。それを海外に行って気づくのでは遅いので、日本にいるときから環境を作っていかなければいけない。そこは意識して取り組んでいきたいです。
<了>
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PROFILE
内野智章(うちの・ともあき)
1979年生まれ、大阪府堺市出身。初芝橋本高校1年時に全国高校サッカー選手権大会に出場し、ベスト4に進出。高校卒業後は高知大学へ進学。その後、愛媛FCに加入するも、原因不明の病気で1年で退団。
2006年より興國高校の体育教師および、サッカー部監督に就任。全国大会への出場はないが、多数のプロ選手を輩出するなど、育成手腕に定評がある。著書に「興國高校式Jリーガー育成メソッド ~いまだ全国出場経験のないサッカー部からなぜ毎年Jリーガーが生まれ続けるのか?~」(竹書房)がある。
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