「選手権ありきでは潰れてしまう」3年で8人プロ輩出、興國・内野監督が貫く「育成の哲学」

Education
2020.01.10

ここ数年、多くのプロサッカー選手を輩出し、高校サッカー界で大きな注目を浴びている、興國高校。それだけの実績を持ちながら全国大会への出場がなかったことから「最強の初出場」と呼ばれるなど、初めて挑む全国高校サッカー選手権に大きな注目が集まっていた。
残念ながら初戦敗退の憂き目にあったが、この結果を同校の内野智章監督はどのように見たのだろうか? そこには決してぶれることのない「育成ファーストの哲学」があった――。

(文=鈴木智之)

選手権はあくまでも、通過点にすぎない

近年、毎年のように複数のJリーガーを輩出し、激戦区の大阪を制して、初となる選手権の舞台に立った興國高校。全国大会初戦で埼玉代表の昌平高校と戦い、初出場かつ埼玉の駒場スタジアムで試合をするという“アウェイ”の雰囲気に飲まれ、実力を発揮することができずに大会を後にした。

内野智章監督は大会前、昌平の印象について聞かれると「選手権自体が初めてですからね。火星に降り立って、まったく知らない火星人と試合をするみたいな感じです(笑)」と心境を語り、「大阪人らしく、ユーモアと初心を忘れないように」という意味で、選手権用に新調したベンチコートの袖には、黄色と緑の初心者マークを入れて臨んだ。

いざ試合が始まってみると、興國の選手は初心者マークをつけたペーパードライバーさながらに、初めて路上に出たようなプレーに終始してしまった。最終ラインからのビルドアップはスムーズにいかず、ミスが絡んで2失点。試合後、内野監督は「(選手たちが)立ち上がりから硬かった。もっとやれるはずなんですけど……」と肩を落とした。

3年生ではキャプテンの田路耀介と高安孝幸がJ2のツエーゲン金沢加入が内定しており、2年生のMF樺山諒乃介、GK田川知樹が2020年より、Jクラブの特別指定選手として活動が予定されている。FW杉浦力斗もJクラブのキャンプに招集されるなど、関西のタレント軍団として躍進が見込まれていただけに、悔いの残る結果となった。

近年の興國は「育成の興國」と呼ばれており、「全国大会に出たことはないが、良い選手を輩出する」という評価を受ける高校だった。2017年度3人、2018年度3人、2019年度2人がプロ入りし、ヴィッセル神戸の日本代表・古橋亨梧も卒業生である。

今年のチームで10番を背負った樺山を筆頭に、中学時代に他県の全国出場経験のある高校やJクラブから誘われている選手もいたが「興國に行けばプロになれると思った」(樺山)という考えから、興國への進学を決めた選手も多い。

そんな「育成の興國」が、高校サッカー選手権大会に初めて出場した。内野監督は大阪府予選決勝の後に「大学やJクラブの人たちから、『良い育成をしているからこそ、全国大会に出ないとだめだ』と言われ続けていたんです。ようやく選手権に出ることができて、ほんまにうれしい」と話していた。

しかし、その後にこうも付け加えていた。

「僕も高校時代、選手権に出させてもらいましたけど、選手権に出たら世界観が変わるんです。言葉が良いか悪いかは別にして、麻薬みたいなものですから。そこで、また選手権に出たいと思って、そのための指導をすると、選手が潰れていってしまう。選手権は“サッカー選手として、通過していく中での大きなポイント”という位置づけにしなければいけない。もちろん選手権出場、全国で優勝は目指すのですが、それだけになってもうたら、(樺山や田川のような)ああいう2年生は育たないんだろうなって思います」

選手権出場を目的化する危険

興國は選手権の初戦、昌平との試合では、相手のプレスに対して現代サッカーで求められる要素の一つでもある、GKを使って最終ラインからビルドアップすることを貫いた。

それが原因で2点目の失点を喫してしまったが「育成を考えたスタイルでやる以上、ああいうミスが出るのは想定内」(内野監督)と話し、1失点目に絡んだボランチの2年生については「試合で勝つことだけを考えたら、アジリティが高くて、ピラニアのように相手に食いついていける選手を出してもいいのですが、彼には(ボールを引き出す動きやパスの)才能があるので、これでさらに成長してくれたら。選手にとって、選手権は通過点であることに違いはないので。この試合に勝つことと、選手が自分に足りないものを知ることのどちらが大切か。その天秤で、僕は後者を選びました」と、『育成ファースト』の視点を崩さない。

選手権で勝ち進めば注目を浴び、称賛される。大きな熱量を伴った大会であることは間違いない。だからこそ、内野監督は「それを目的にしてはいけない」と言葉に力を込める。

「選手権出場が決まってからは、注目されるレベルが尋常じゃなかったです。川淵(三郎)元チェアマンが、Twitterで興國のことに言及してくれたり。僕も選手も女子アナとしゃべれますし。日テレのアナウンサーとしゃべれることって、選手権にも出ない限りはないですから」

さらに、こう続ける。

「もちろん選手権には毎年出たいし、選手には3回しかチャンスがないから、出るために頑張らないといけないんですけど、指導者がこの舞台にこだわったら終わるなと。それぐらい選手権はすごかったです。素晴らしい舞台です。だからこそ、指導者が『またあそこに行って有名になりたい!』と思ってしまうと、選手が犠牲になるなと。出場が決まってからの1カ月間、毎日自分に対して戒めていました。かわいい女子アナを見るたびに(笑)」

選手権での成功が、その後の人生を保証するわけではない

高校サッカー選手権は、華々しい舞台である。日本中どこでサッカーをしていても、等しく出場するチャンスがあり、選手権があるからこそ、高校でサッカーを続ける選手も多い。『選手権不要論』も聞かれるが、もし選手権がなくなれば、高校年代でのサッカー人口は大きく減るだろう。ただでさえ少子化が進む中、サッカーの普及、育成、強化を考えると、選手権は必要だ。(レギュレーション変更の必要性はあるが)

ただし、選手権での成功が、選手のその後の人生を保証してくれるものではない。プロでの活躍を見据える選手にとって、高校年代はあくまでも育成のステージである。そして興國の選手たちは、プロになりたくて入学してくる。選手権での優勝が最優先ではない。内野監督は言う。

「樺山たち2年生は、昌平に負けた悔しい気持ちを戦術的解釈と技術の向上でリベンジしようとしています。3年生も『いまの2年が、昌平のような奪われないドリブルと密集地帯でのテクニックを身につければ無双できる!』とアドバイスをしていました。選手権での経験を、どう生かすか。それは選手もそうですし、僕自身にも言えることです」

すでに指導した新チームでは、「(興國出身の)南野(拓実)と一緒にリバプールで試合に出て、ゴールを決めたのは18歳。選手権でのゴールより、FAカップでのゴールの方がすごいやろ」と話して目線を修正させるとともに、“選手権の魔力”を断ち切る作業をしているという。

2020年シーズンの興國は、Jクラブの特別指定が予定されている選手が2人。Jクラブのキャンプに参加予定の選手が4人いる。“黄金世代”と呼ばれる新3年生たちが、選手権で感じたこと、得た課題、そして初戦敗退の悔しさを力に変えることができたなら、同校新記録となる、1学年4人以上のプロ入りが実現するだろう。

<了>

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