WEリーグ・髙田春奈チェアが語る就任から5カ月の変革。重視したのは「プロにこだわる」こと
女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」の2代目チェアとして、昨年9月に就任した髙田春奈チェア。運営、集客、競技力向上など、さまざまな課題と向き合いながら、「運営もプロでなければいけない」と体制を見直し、内部から変革を始めている。就任から5カ月が経ち、リーグはどのように変わってきているのか、髙田チェアにインタビューを行った。
(インタビュー・構成・写真=松原渓[REAL SPORTS編集部])
就任から半年。髙田チェアは何を変えたのか
ーー昨年9月末にWEリーグのチェアに就任されてから5カ月が経ちました。就任後のキックオフカンファレンスでは「魅せるリーグにしたい」とお話しになっていましたが、どのような思いを込められたのか、改めて教えてください。
髙田:「魅せる」という言葉に込めたのは、どちらかというと競技力についてです。プロはお金をもらってそれに見合ったものを提供しなければいけないですよね。選手はただサッカーが好きでやっているのではなくて、日本のトップ選手としてなでしこジャパンに貢献する意識も、興行として多くの人に見にきてもらえるだけのプレーを見せる意識も持ってほしいと思います。そして、それだけのことを選手に求めるのであれば、私たちは選手たちにふさわしい場所を提供していく環境を作らなければいけないし、「運営もプロであらなければいけない」という意味で掲げた言葉です。
ーーその点では、就任からこれまでにどのような取り組みをされてこられたのでしょう。
髙田:私が着任した日の翌々日がWEリーグカップ決勝で、その後にリーグ戦が開幕したので、私が新シーズンに対して影響を与えられたところは少ないと思います。職員の皆さんが準備してくれたことを理解して、より良くするために意見を言うことはありました。年内は各クラブの皆さんとコミュニケーションをとって、各クラブがどういう状態にあるかを知ることに努めたり、内部の体制作りにかなりの力を使ってきました。サッカーチームで例えると、私が着任した時に11人のプレーヤーが揃っていない状態で試合をしている感覚だったので、まずは戦えるだけの人数を揃えた上で、トレーナーやアナリストなどの必要な機能を考えながら、採用活動も含めてチームづくりをしてきました。
ーー特に補強されたスペシャリストはいるのですか?
髙田:満遍なく補強した感じですね。例えば管理部門は地味ですが、働く職員の環境づくりやインフラづくりはすごく重要で、当初はそこもすごく欠けているように見えました。また、外から見て一番課題だと思われているであろうプロモーションやマーケティング部門も人を増やしました。営業も代理店さん頼みにするのではなく、私たちリーグの職員がこのリーグをどう支援してほしいかをきちんと自分たちの口で言えなければいけないので、意志を持って自分たちでセールスできる体制づくりをしました。
ただ、一番のコアであるフットボールの部分では、基本的には強化も含めてJFAの方針が前提となっています。WEリーグの中からも、「国内唯一の女子プロサッカーリーグとしてどうあるべきか」を考えていくチームが必要だと思いますし、まだまだそこは強化が必要だと思います。
ーー前チェアの岡島喜久子さんから引き継いだ課題などはあったのですか?
髙田:そうした手続きは特にはなかったのですが、岡島さんのバックグラウンドで特徴的なのは、海外に拠点を置いていることと、元選手ということだと思います。その点で、海外におけるWEリーグの位置付けを絶対に忘れないようにしなければいけない、と気を引き締めています。
世界におけるWEリーグの現状を知らない人が多い
ーー運営については、海外のリーグを参考にしている部分もあるのでしょうか。
髙田:イングランドサッカー協会やスペインのラ・リーガなど、協定を結んでいても実際には何もできていないのが現状です。また、国際アドバイザーでアメリカが拠点の中村武彦さんは、アメリカのことをいろいろと教えてくださっていますが、それが生かされたかといえば生かしきれていない。
「何が課題かわかってはいるけれど、新しいことができないよね」という体制だったので、まずそこから変えて目指すことを明確にすることが必要だと思い、今年に入ってからはそういう話もしています。
ーーヨーロッパやアメリカは観客数が多く、女の子たちがサッカーを始めたり、女子サッカーを見る機会が多くあります。WEリーグは海外リーグを見習って追いつくことを目指すのか、それとも日本流を突き詰めていくのがいいと思われますか?
髙田:海外から学べるところは謙虚に学んでいかなければいけないと思っていますが、海外リーグとの差が開いているのは「日本流」にこだわっているからではなく、単純にやるべきことをやれていないからだと思います。
昨年のFIFAワールドカップカタール2022のように、結果が出れば女子サッカーにももう一回注目してもらえる可能性があると思いますが、結果は水物だからわからない部分もありますよね。勝ってほしいけれど、もしかしたらここ数年で変化している海外のチームに負けてしまう可能性もある。その時に「なぜ他の国が強くなったのか」という認識をみんなで合わせていかなければいけないと思っています。
海外ではきちんと女子サッカーの地位を認めて、これぐらい投資をして、代表が強くなってこういう世界をつくり上げているのだから、日本も『女子サッカーなかなか厳しいよね』とか他人事のように言っていないで、一緒に取り組んで、もう一回なでしこジャパンを世界一にしましょうよ、と。そういう認識を広げていくことも必要なのかなと思っています。
ーーFIFA女子ワールドカップ優勝から12年が経ちましたが、世界のレベルが上がったことで勝つことのハードルも上がっていると知られていない、ということでしょうか。
髙田:そうです。世の中の方はそこをあまり意識していなくて、なんとなく「FIFA女子ワールドカップがあるから、またなでしこジャパンは、いいところまでいくかな」という感覚の方が多く、「世界の中で勝つことが難しくなっている」という現状を知っている人は少ないと思います。
ーーまずは興味を持ってもらわないといけないのですね。そういうことも含めてFIFA女子ワールドカップやオリンピックで再び日本が世界の上位を目指すには、どのぐらいの時間がかかりそうだと感じますか?
髙田:WEリーグが設立された意義の一つに、「国内の女子サッカーのレベルを上げてなでしこジャパンをもう一度世界一にする」ということがあります。実際、2シーズン目を迎えて「試合が面白くなったよね」とか、「選手の体格が変わったよね」と言ってくださる方もいて、私自身「プロができるってこういうことなんだな」と実感しています。そう考えれば、次のFIFA女子ワールドカップで優勝争いをすることを目指すべきだと思います。
海外で活躍している選手が日本代表には多く入っていますが、海外でやっている選手は特にFIFAワールドカップで上位に行くことをイメージしていたと思いますし、そう信じてきたことが今回のFIFAワールドカップカタール2022での結果につながっていると思います。女子も同じだと思いますし、最初から「次の次ぐらいでいいかな」とは思わないですね。
プロの意識改革とセカンドキャリア問題は表裏一体
ーープロ化して特に良くなったと思われるのは、強度やレベルの部分ですか?
髙田:そうだと思います。私は客観的に見ていたので、選手やクラブの皆さんが実際にどう思っているかまではわからないですが、Jリーグの方と話してもそう言っていただくことがあるので、大きな変化だと思います。
ーープロ選手は個人事業主になって環境が大きく変化した中で、セカンドキャリアの問題も身近になりました。
髙田:私が危機感を抱いているのは、プロとアマチュアだとどのような違いがあるかを、当事者の選手たちが自覚してプロの道を選ぶことが足りていないのではないかということです。単純に自分が所属していたチームがWEリーグに参入することになったから、必然的にプロになって中には「将来が不安だから仕事を続けたい」という人もいると思います。
その違いが何なのかを選手たちに考える時間をもっと与えて、自分で自分の人生を決められるようにしてあげたかったな、と思いますね。最初の時にそれができなかったことでメンタルをやられてしまったり、サッカーをやめてしまった選手もいたと思います。そのようなことを考えるきっかけを与えることの方が、セカンドキャリアのために準備させる場所を設けることよりも大事だと私は思います。
ーー自覚を持ってプロの世界に入る準備は大切なことですね。選手会の動きもカギになるのではないでしょうか。
髙田:選手会とは一度、ちゃんと話をしました。その時は課題認識を合わせるだけで終わってしまったのですが、選手会をリーグとしてどうやってサポートしてあげられるかとか、Jリーグの選手会に女子のことも大切にしてもらうためにどうアプローチをしたらいいかと考えているので、これから具体的な課題を見ていきたいと思います。
ーーただ、WEリーグ参入要件には「1クラブあたり15人以上のプロ契約が必要」という要件があり、実際はプロとアマが混在しています。練習時間が増えて強度が上がった中、働きながらプレーするアマチュア選手の負担が増している面もあると思います。
髙田:基本的には「みんなプロ契約であってほしい」というのがリーグの方向性です。15人以上、という要件があって、あとはクラブの経営状況次第ということなのですが、全員プロ契約のチームもありますよね。そのプロリーグで、あえてアマチュアとしてプレーすることを選んでいる選手がいるのが現状ですが、クラブの経営者がアマとプロの意識の差を考えた上で、アマチュアに配慮する判断をするのか、その選手たちをプロに引き上げるのかを考えることも必要だと思います。
ーー最低年俸270万円以上のB・C契約が10名、460万円以上のA契約が5名以上という要件を、限られた予算ギリギリでクリアしているクラブもあると思います。
髙田:そうですね。すべての立場の人たちが考えるべきことがあると思います。リーグとしてはみんながプロ契約になることを望んでいますが、経営上、それができないクラブに対してどうしたらいいかを考えていかなければいけないと思いますし、クラブの経営者たちは、選手のパフォーマンスを最大化させるためにどうするかを考えていくべきだと思います。現状、「私はアマチュアがいい」「私はプロがいい」「私はアマチュアじゃないと入れないけど、プロに入りたい」と、さまざまな考えの選手がいると思います。その状況で、「選手のパフォーマンスが最大化されている」と考えるのか。個人的に理想だと思うのは、選手が「アマチュア契約だったらなでしこリーグにいた方が安心した環境で仕事ができるから、そこで成長してプロに移ることを目指そう」とか、そういう選択をできることだと思います。そのための情報を与えてあげることが大事ではないかと。
ーーその違いを例示しながら「プロ」の輪郭をはっきりさせることができれば、目指す選手たちの意識も変わりそうですね。
髙田:はい。そういうWEリーガー像をきちんと描かせてあげる機会をつくれていないというのは、リーグの責任だと思っていますから、これから取り組んでいきたいところです。
【連載中編】予算、集客、組織図…「Jリーグと差別化できるようになりつつある」。髙田春奈チェアが見据えるWEリーグ2年目の展望
【連載後編】秋春制のメリットを享受できていないWEリーグ。「世界一の女子サッカー」を目指すために必要なこと
<了>
100年後のなでしこたちへ。WEリーグ初代チェア岡島喜久子が語る、WEリーグ誕生。その成果と課題
「うまいだけでは勝てない」岩渕真奈が語る、強豪アーセナルで痛感した日本サッカーの課題
苦悩と試行錯誤の末にカップ戦優勝。浦和レッズレディースのWEリーグ初優勝に期待するこれだけの理由
安藤梢と猶本光が語る“日本と海外の違い”「詰められるなと思ったら、誰も来てなくて…」
[アスリート収入ランキング2021]首位はコロナ禍でたった1戦でも200億円超え! 日本人1位は?
[PROFILE]
髙田春奈(たかた・はるな)
1977年5月17日生まれ、長崎県佐世保市出身。国際基督教大学を卒業後、ソニーで4年半勤務し2005年独立。2018年JクラブのⅤ・ファーレン長崎の上席執行役員に就任。2020年同クラブの代表取締役社長就任。現在は東京大学大学院教育学研究科博士課程に在籍し、教育思想の研究を継続している。2022年3月Jリーグ常勤理事、JFA 理事に就任。Jリーグでは社会連携他、複数の部門を担当した。同年9月にWEリーグの2代目チェアに就任。Jリーグ特任理事とJFA副会長も務める。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「自信が無くなるくらいの経験を求めて」常に向上心を持ち続ける、町田浩樹の原動力とは
2024.09.10Career -
「このまま1、2年で引退するのかな」日本代表・町田浩樹が振り返る、プロになるまでの歩みと挫折
2024.09.09Career -
「ラグビーかサッカー、どっちが簡単か」「好きなものを、好きな時に」田村優が育成年代の子供達に伝えた、一流になるための条件
2024.09.06Career -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
2024.09.02Opinion -
「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
2024.08.29Opinion -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
なぜ“フラッグフットボール”が子供の習い事として人気なのか? マネジメントを学び、人として成長する競技の魅力
2024.08.26Opinion -
五輪のメダルは誰のため? 堀米雄斗が送り込んだ“新しい風”と、『ともに』が示す新しい価値
2024.08.23Opinion -
スポーツ界の課題と向き合い、世界一を目指すヴォレアス北海道。「試合会場でジャンクフードを食べるのは不健全」
2024.08.23Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由
2024.09.04Business -
スポーツ界の課題と向き合い、世界一を目指すヴォレアス北海道。「試合会場でジャンクフードを食べるのは不健全」
2024.08.23Business -
バレーボール最速昇格成し遂げた“SVリーグの異端児”。旭川初のプロスポーツチーム・ヴォレアス北海道の挑戦
2024.08.22Business -
なぜ南米選手権、クラブW杯、北中米W杯がアメリカ開催となったのか? 現地専門家が語る米国の底力
2024.07.03Business -
ハワイがサッカー界の「ラストマーケット」? プロスポーツがない超人気観光地が秘める無限の可能性
2024.07.01Business -
「学校教育にとどまらない、無限の可能性を」スポーツ庁・室伏長官がオープンイノベーションを推進する理由
2024.03.25Business -
なぜDAZNは当時、次なる市場に日本を選んだのか? 当事者が語るJリーグの「DAZN元年」
2024.03.15Business -
Jリーグ開幕から20年を経て泥沼に陥った混迷時代。ビジネスマン村井満が必要とされた理由
2024.03.01Business -
歴代Jチェアマンを振り返ると浮かび上がる村井満の異端。「伏線めいた」川淵三郎との出会い
2024.03.01Business -
アトレチコ鈴鹿クラブ誕生物語。元Jリーガー社長が主導し「地元に愛される育成型クラブ」へ
2024.01.12Business -
決勝はABEMAで生中継。本田圭佑が立ち上げた“何度でも挑戦できる”U-10サッカー大会「4v4」とは
2023.12.13Business -
アメリカで“女子スポーツ史上最大のメディア投資”が実現。米在住の元WEリーグチェアに聞く成功の裏側
2023.12.12Business