
原口元気がブンデスリーガで求められ続ける理由。最年長選手として示す“レッツテ・コンゼクベンツ”とは
今年1月、シュツットガルトが原口元気の完全移籍での加入を発表した。2014年に渡独してドイツ・ブンデスリーガで9シーズンにわたってプレーし、今年5月に32歳を迎える原口。ベテランの域に差し掛かった彼にとっての移籍の理由はとてもシンプルなものだった。では、残留争いに苦しむシュツットガルトはなぜ原口獲得を熱望したのか?
(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)
原口がすぐに移籍を決意した理由。根底にあったのは…
遠藤航と伊東洋輝がプレーするシュツットガルトに、長年日本代表として活躍した原口元気が加入したのは、日本のサッカーファンのみならず、ドイツのサッカーファンも驚かされた。
1月の段階でブンデスリーガで優勝争いをしているウニオン・ベルリンから、残留争いに苦しんでいるシュツットガルトへの移籍だ。確かに今季前半戦においては原口の出場機会が十分だったとはいえなかったが、ワールドカップ中断明けからは連続でスタメン出場を果たしていた。UEFAヨーロッパリーグでも決勝トーナメント進出を果たしているクラブでプレーしていたら、選手としての市場価値は高くなり、次の移籍市場でビッグクラブからリストアップされる可能性だってあったことだろう。
それでも原口はすぐに動く決意をした。根底にあったのはサッカーへの熱い思いだ。原口はその理由をシンプルにこう語った。
「もっとサッカーしたいなって。うまくなりたいから。いまテーマをそこに置いてるんです。うまくなるためにはやっぱボール触らないとうまくなれないから」
そうやってサッカーともっと向き合える環境を渇望して、チームの中心として戦える場所としてシュツットガルトを選んだ。さて、そんな原口本人の思いはこれまでさまざまなメディアでも取り上げられているが、ではシュツットガルトはなぜ、原口元気に白羽の矢を立てたのか?
「ドイツ語で言う“レッツテ・コンゼクベンツ”が足らない」
残留争いに苦しむチームとして戦力補強はどうしてもしなければならないわけだが、シュツットガルトは原口のどんな能力にチームを助ける力があると見たのだろうか。
合流からまだ日が浅い2月開催の第20節フライブルク戦後には原口が次のように語っていた。
「チームがいま抱えている問題はどっちかというと守備かな。そんなにチャンスを多く作られてはいないんですけど、最後のちょっとしたところでやられている。今日も最後の決定的なところで相手に交わされるとか、ファールをしてしまうとかそういうところがもったいない。もしファールになりそうな感覚があるんだったら、(足を出さずに)ついていかなきゃいけないし、最後のところでファールにならないようにブロックしなきゃ」
この試合では30分にクリス・ヒューリッヒの見事なミドルシュートで先制に成功し、攻守のバランスも悪くはなかった。だが、ダン=アクセル・ザガドゥが2度も不用意なペナルティエリア内でのファールで相手にPKを与えてしまっての逆転負け。
あまりにもったいない勝ち点献上の仕方に、原口はチームに求められる改善点として、ドイツ語表現で次のように指摘をした。
「ドイツ語で言う“letzte Konsequenz(レッツテ・コンゼクベンツ) ”みたいなところが足らない」
レッツテ・コンゼクベンツというのは直訳すると「最終的な結果=最後の最後まで気を抜かずに求められるプレーをやり通す力」となる。
ギリギリのところまで状況を正しく把握して、決断しようとしているのか。いま自分がしようとしている動きが、どんなメリット・デメリットがあるのかわかってプレーしているのか。
ペナルティエリア内でつい足を出してファールからPKというのは、次に起こりそうな状況を正しく予測できていないことで起こってしまうことが多い。相手に自由にプレーをさせろというわけではなく、体を寄せて相手にプレッシャーをかけながら、得点の可能性を極力下げながら、“ボールを奪える“跳ね返せる”局面を待つ、作り出すことが求められる。そしてそのための準備や予想がないと、決定的な場面で相手に上回られてしまう。
クラマーの金言。ウニオンが躍進を果たしている理由
かのデットマール・クラマーがこんな話をしてくれたことがある。日本をメキシコ五輪の銅メダルに導いた名指導者は「一か八かのタックルは何の役にも立たない」と強調していた。
「京都の剣道の先生に“残心”という言葉を教えてもらった。一の太刀ですべてを決めようとすると、もし交わされたとき相手の返しを無防備で受けることになる。それは危険すぎるという話だった。サッカーでもそれは同じことなんだ。一か八かのタックルは交わされたら何の役にも立たない。自分のタックルを相手が交わしたことも想定して動き出さなければならない。個人としても、チームとしても同じことがいえるんだ」
サッカーとは決定的な場面で決定的なプレーができるかどうかが試合の行方を決める。試合の大部分で好プレーをしていても、重要な場面でミスをしてしまったら、試合には勝てない。
そしてまさにその部分でチームに大切なニュアンスを伝える役割を原口は期待されているのだ。ブルーノ・ラバディア監督(当時)から「お前はウニオンでやってたからわかるだろう」という話をされていることを明かしている。
ウニオンのウルス・フィッシャー監督はとても厳格だ。少しの気のゆるみもまったく許されない。チームのためにどれだけそれぞれが規律正しくやるべきプレーをするかが常に問われる。その積み重ねがあるからウニオンは、第27節終了時でバイエルン、ドルトムントに次ぐ3位というセンセーショナルな成績を可能にしている。
ウニオンでそうした経験を積み、出場機会を勝ち取ってきた原口にはプロ選手としてチームが試合で勝つためにやるべきことが身についているし、それをピッチ上で表現できる点を評価されているのだ。
シュツットガルトで最年長選手の原口に求められるもの
事実、原口はシュツットガルトでは中盤で攻守に代えの利かない選手となっている。守備バランスを整え、豊富な運動量でアグレッシブにプレスをかけ、ボール保持と攻撃のスピードを上げるところを調整し、チャンスメイクに貢献し、自陣ゴール前までダッシュで戻り、何度も神がかり的なブロックでチームを救っている。
31歳の原口はシュツットガルトで最年長選手だ。プロ選手としての経験は非常に豊富。代表選手としての経歴は74試合を誇る。ブンデスリーガ1部ではこれまで168試合に出場し、UEFAヨーロッパリーグやUEFAヨーロッパカンファレンスリーグでのプレー歴もある。2部リーグ出場歴は79試合を数え、ハノーファー時代には中心選手として活躍。
シュツットガルトには才能豊かな若い選手が多いが、彼らは厳しい試合の中で自身のパフォーマンスをチームのために発揮するという経験が少ない。それだけに、ピッチ上のプレーだけではなく、リーダーとしての立ち振る舞いでチームを率いる存在としても原口は期待されているし、本人もその意識を強く持っている。
「ウニオンほど整備されているわけではないので、やりがいはあります。チームがどうやったら勝てるかなとか、どうやったら良くなるか考えながらプレーしていますね。言葉的にドイツ語はできるので、(みんなの)間に入って、コミュニケーションをとって。それも仕事かなと。ウニオンで学んだこともたくさんあるので、伝えていけたらいいかなと思います」
若さによるダイナミックさやフレッシュさというのは一つの武器だ。でもそれが正しい方向に向けられないと意味がない。そのあたりのさじ加減が甘さとなって見られると原口は指摘する。
「やっぱり若いチームなんで、練習の集中力とかも足らないことがある。そういう甘さが試合に出たりもすると思う。だからより良い雰囲気を作るところからですね。本当に上の立場として考えて、しゃべって、トライしてが大事ですね」
試合中に甘さが出るのはよくないが、かといってすべてを深刻に捉えすぎるのもまたよくない。負けたり、ミスをしたらそれですべてが終わったかのように捉えてしまったら、次の試合に向けてうまく準備することができない。前述のフライブルク戦後に原口は次のように話していた。
「(試合では)ちょっとした不運なところもあった。でも何か(控室が)葬式みたいな雰囲気だったんで。ただ僕はそんなに悲嘆してもしょうがないなと思う。これも勉強だと感じてます、すごく」
ピッチ上で自身のパフォーマンスをコンスタントに発揮するためには、最適な緊張感とリラックスを自分の中で見出せなければならないし、どちらかに偏るといいプレーはできない。そうしたバランスのとり方についても、原口の経験は若手選手にとってとても価値あるものだろう。
シュツットガルトは現在最下位。今季ここから原口の存在は…
ウニオンでのホームラストマッチとなったホッフェンハイム戦後に、「以前2部ハノーファーで中心選手としてプレーしていた時のような存在になりたい?」と質問した時のことを思い出す。原口は何度もうなづきながら、ゆっくり考えて、そして言葉を選んで話してくれた。
「あれはあれで大変だった。でもすごい伸びたなと思うんです。当時は2部だったっていうのもありますけど。あれぐらいのことを1部でできたら」
シュツットガルト加入直後から若手選手に積極的に声をかけ、チーム内の雰囲気を少しでも良くしようとする姿に、仲間からの信頼はとても高い。そしてピッチ上では苦しい時に原口が“レッツテ・コンゼクベンツ”を発揮し、ギリギリのところで何度もチームを救っている。
もちろんすべてがイメージ通りに進んでいるわけではない。シュツットガルトは現在16位(第27節終了時点)。状況は依然、厳しいままだ。
原口獲得を熱望していたラバディア監督は成績不振を理由に26節終了後に解任。くしくもその試合の対戦相手は古巣のウニオン(0-3)。順位を上げるどころか、最下位という結果には原口自身、納得しているはずはない。心に期すものはいろいろあることだろう。
だが、リーグはまだ終わっていない。昨シーズンのシュツットガルトは最終節のアディショナルタイムに伊藤のアシストから遠藤が劇的なゴールを挙げて自動残留を成し遂げた。また、国内カップ戦のDFBポカールではベスト4進出を果たすなど、決してチームの調子が悪いわけでもない。
今季ここからのラストスパートでチーム一丸となって勝ち点を積み重ねていくために、原口の存在は極めて重要なものとなるはずだ。
<了>
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