
浦和レッズをアジアの頂点に導いた、スコルジャ監督の手腕。短期間でチームを変貌させた“規律”とは?
AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝にてアルヒラルを退け、2017年以来5大会ぶり3度目のACL優勝を果たした浦和レッズ。決勝進出までの道のりは昨シーズンのチームの功績だが、今年1月から指揮をとるマチェイ・スコルジャ監督のもと、今季11試合負けなしでACL決勝に挑めたこともアジア制覇を手にする大きな後押しとなった。スコルジャ監督は昨年9月以降2勝4分3敗と苦戦が続いていたチームをいかにして短期間で変貌させたのか?
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
ACL決勝で見せたマチェイ・スコルジャ監督の人間性
2023年5月6日。浦和レッズの3度目のアジア制覇を知らせるホイッスルが鳴った瞬間、約5万4000人が詰めかけた埼玉スタジアムは興奮のるつぼと化した。ある者は歓喜の雄たけびを上げ、ある者は抱き合って喜び、あるものは感涙にむせんだ。
ピッチに目をやれば、イレブンとともにコーチングスタッフにも歓喜の輪があった。その中心にはマチェイ・スコルジャ監督がいた。あまり感情を表に出さない指揮官からもさすがに満面の笑みがこぼれた。
ただ、ここからが違った。
ひとたび喜びの輪が解けると居住まいを正しながら、一人足早に歩を進めた。その先にはアルヒラルの敵将ラモン・ディアス監督。互いに固い握手を交わし健闘を称え合い、再びベンチに戻った。
喜びに浸らず、相手へのリスペクトを忘れない。
「常に心掛けていることは感情に流されないこと。そして、すぐに反応しないこと」
そう語るスコルジャ監督の人間性がよく伝わる光景だった。
興梠慎三が「監督から怒られた」と話す出来事
普段、気持ちに流されない指揮官が一瞬、感情をあらわにした瞬間があった。
J1リーグ第8節・北海道コンサドーレ札幌戦(4月15日)でのこと。1-0で迎えた83分。興梠慎三がPKを決め、追加点を挙げた。アディショナルタイムにも得点を重ねて4-1で勝利をものにしたが、問題があった。実はPKのキッカーはチームの決まり事としてアレクサンダー・ショルツに決まっていた。
興梠いわく「蹴りたくなった」とショルツに頼み、譲ってもらった経緯がある。試合後、興梠は「監督から怒られた」と明かしたが、指揮官はこの件をどう感じたのか。
札幌戦の2日後に開かれたオンライン会見で質問してみた。通訳の羽生直行氏が訳していくうちに、スコルジャ監督に一瞬だけ怒りの表情が垣間見えた。そして静かにこう語った。
「内部のことなのであまり多くは話したくありません。私は規律を大事にするということだけ言っておきます」
たとえ選手同士で了承があろうが、点を決めようが、規律のうえでその例外はない。十分すぎる回答だった。
スコルジャ監督が示す“規律”とは何か?
スコルジャ監督は「規律」を何よりも重んじる。
これまでの監督会見で規律という言葉が何度も出てきた。ただ彼のいう規律はわれわれが考える規律の意味合いとは少し違う。彼の考える規律とは選手を縛り付けるものでも、監督・選手のある種の主従関係を維持するものでもない。
なぜ、そう考えらえるのか?
いまのチームに感じるまとまりのある一体感、風通しの良さなどは選手の口からもたびたび耳にする。3-0で完封勝利した第6節・柏レイソル戦(3月31日)後、得点を決めた興梠は指揮官についてこう語っている。
「選手を平等に見てくれる。監督には結果で恩返しがしたい気持ちがある。(リーグ戦で)4連勝できているのもみんな監督への気持ちがあるから。このチームで勝ちたいと思うからこそ」
もし監督がチームに求める規律が選手にとって高圧的かつ支配的ならば、こうしたコメントが果たして出るだろうか。
では、スコルジャ監督が示す規律とは何か?
そのヒントを小泉佳穂はこう語る。
「規律は細かいルールというよりチームのために戦う、つまり、監督がよく使う『チームスピリット』のこと。みんなが一つの方向を向いて戦うことを絶対にブラさない、それが(監督の示す)規律だと思います。一般的に使われるルールというより精神的な意味合いが強く、それをみんなわかっていると思います。また、選手の自由、選手個々の考えを尊重してくれる監督なので……規律というのは、監督の言うことをただやるというより、考えながら、チームのために何をやるかを指しています」
「規律の前に…」「昨年に比べて…」信頼関係を物語る選手たちの声
小泉の示した「規律=チームスピリット」はどのように浸透されたのか。
触媒となったのが公平性だ。大久保智明はこう話す。
「規律の前に……まずは対人間。選手としては、この人についていこうと思える監督なのか、そうでないのかを見てしまいますが、マチェイさんは人間的に素晴らしく、選手を信頼してくれます。チームマネジメントでいえば、とにかく全員に声をかけてくれる。ありがちなのが、監督のなかでお気に入りの選手が出てくること。そうなるとやっぱり同じポジションの選手としては面白くない。でもマチェイさんはフラットに見てくれます。監督から信頼されているなと感じられるからこそプレーを一つ二つ頑張れます。またすべての選手に対して同じ対応をしてくれるので、僕らみんながついていこうと思えるし、監督の熱量を感じます」
スコルジャ監督はどのように選手と信頼関係を築いているのか。
その一つが練習に対する監督の姿勢から見て取れる。ホームゲーム当日、ベンチ外となった選手たちのトレーニングを必ずその目で見る。また遠方のアウェイゲームでどうしても見られないときには、録画した映像に必ず目を通す。そして調子が良い選手を起用していく。
こうした過程で出場機会を増やした一人、安居海渡は言う。
「昨年に比べて、調子が良い選手をどんどん使っていることが多くあり、多くチャンスを与えてくれる監督です。いろんな選手にチャンスを与えてくれるのでポジティブな要素が多い」
「能力を見る力。引き出す力が素晴らしい」
選手の声に耳を傾けると、スコルジャ監督自身が話していることと、実際、行っていることにほぼ齟齬(そご)がない。
選手を観察し、よく知り、そこで得た情報を戦術に生かしていく。関根貴大はこう指摘する。
「リカルド(ロドリゲス)監督時代とサッカーは大きく変えてはいないですが、良いところを残しながらも多少の違いはある。その違いを生み出すため、スコルジャ監督は選手の特長を理解しながら、つくり上げてきた印象。能力を見る力。引き出す力が素晴らしいと感じる」
とにかく見ている。
それはプレーだけでない。この選手はどんな人間なのか。心のうちまで見ているようだ。シーズン前、選手と個人面談を行い、これまでのキャリアだけでなく、家族構成などプライベートについてや、「無人島に一人選手を連れていくとしたら、誰を連れていくか」といった質問などを用いて選手間の関係性を把握しようとも努めていた。
指導者陣のムードの良さがチーム全体に広がる好循環
しかし、監督一人だけではすべて見ることはできない。そこを補完するのがコーチ陣の存在だ。
スコルジャ監督就任とともに3人のポーランド籍のコーチ陣が加わった。攻撃担当コーチのラファル・ジャナス。守備担当コーチのヴォイテク・マコウスキ。そしてフィジカルコーチのヴォイテク・イグナチュクの3人だ。
とかく外国籍監督が来た場合、子飼いのコーチにすべてを任せるケースがあるが、今回は違う。3人の新コーチと既存のコーチとを組ませることで情報交換・情報共有がスムーズに行えている。
またこの3人のコーチ、虎の威を借るキツネのような権威的なものは一切感じられず、選手からも彼らの名前が自然に出るなど、心根の良さを感じる。そしてこの3人のコーチ、土田尚史スポーツダイレクター(SD)の言葉を借りれば、心酔しているほどスコルジャ監督を信頼し、監督もまた彼らに全幅の信頼をおいている。
加えて今季、再びトップチームの指導にあたる池田伸康コーチの存在が大きい。
昨季まで浦和レッズユース監督を務めた池田コーチはアカデミー時代の原口元気、関根貴大、そしてルーキー堀内陽太を育てた指導者だ。土田SDは池田コーチの存在について高く評価する。
「人の心をつかみ、動かすことに長けた指導者。マチェイのもと、コーチ陣ではリーダー的な存在。仕事をしやすい良い環境をつくっている。そうした役割を期待していたが、それ以上の仕事をしている」
さらに土田SDは「スタッフ・コーチ陣は良い空気をつくっている」と付け加えた。指導者陣のムードの良さがチーム全体に良い影響を与えている。
理知的で思慮深く謙虚。それでいて内に秘める熱さ
選手を一つの方向に向かわせる規律=チームスピリット。
この規律にもっとも遵守しているのが他ならぬスコルジャ監督自身。だからこそ選手を公平に見て、伝え、信頼を寄せる。その熱量がコーチ陣を通して、チーム全体に伝わった。開幕直後は連敗したものの、その後ACL優勝までの公式戦13戦負けなし。
感情的ではなく、理知的で思慮深く謙虚。それでいて内に熱さを秘めているマチェイ・スコルジャ監督。
「初めて会ったとき、そのハートの良さ、マチェイの人間性にまず好感を持った」(土田SD)
スコルジャ監督の持つ引力でいま浦和レッズは一つにまとまり、進み続けている。
<了>
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