
「シャレン!アウォーズ」3年連続受賞。モンテディオ山形が展開する、高齢化社会への新提案
Jリーグの社会連携活動を表彰する「2025 Jリーグシャレン!アウォーズ」で、モンテディオ山形が3年連続となるクラブ選考賞を受賞した。今回評価されたのは、60歳以上のシニア層を対象とした「O-60 モンテディオやまびこ」プロジェクトだ。若者を主役に昨年受賞した「U-23マーケティング部」とは対照的に、高齢化という地域課題に真正面から向き合った。高齢者の“声”に光を当てた新たな取り組みの背景と成果について、プロジェクトの中核を担うクラブ担当者の荒井薫氏に話を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=モンテディオ山形)
3年連続のクラブ選考賞に。「若年層」と「高齢者」への挑戦
――5月19日に開催されたJリーグシャレン!アウォーズ2025で、モンテディオ山形は『「“声”のチカラを起点に高齢者が輝き活躍する地域へ」O-60モンテディオやまびこ』の取り組みで、3年連続となる「クラブ選考賞」を受賞されました。クラブとしては、どのように受け止めていますか?
荒井:ありがとうございます。昨年と一昨年は「高校生マーケティング探求」(2023年)、「U-23マーケティング部」(2024年)と、若年層を対象とした活動で受賞させていただきました。クラブとして、若年層とシニア層へのアプローチは本当に難しいと感じています。若年層には多様な趣味があり、大学生活も忙しい中で試合を観に来てもらうハードルが高いのです。そこで、私たちが持つマーケティングの知識を学生たちと共有し、彼らの視点を活かして試合運営を行ったことで、若年層の集客にもつなげることができました。
一方で、今回の「O-60 モンテディオやまびこ」は、高齢化社会という大きな課題に目を向けた取り組みです。スポーツ庁が展開している「スポーツオープンイノベーションプラットフォーム(SOIP)*」に2年連続で採択され、クラブ選考賞までいただけたことは、とても光栄に感じています。
(*)スポーツ界のリソースと他産業等との技術知見を連携させることにより、世の中に新たな財やサービスを創出するプラットフォーム。スポーツオープンイノベーションの推進を目的としてスポーツ庁が主導している。
――改めて、どのような活動なのでしょうか?
荒井: 60歳以上のシニア層を対象に、「声」を磨くことを通じて高齢者が抱える課題の解決と地域活性化を目指す取り組みです。「健康促進」「新たなコミュニティの創出」「活躍の機会の拡大」という3つの目的を掲げてスタートしました。
――企画を立ち上げた背景を教えてください。
荒井: 2023年に、SOIPに応募したことがきっかけです。SOIPは、全国のプロスポーツチームと企業をマッチングさせ、地域課題の解決を図る仕組みです。そこで、我々も「新たな事業を一つ生み出そう」という思いで本プロジェクトを立ち上げました。
――山形県の地域特性については、どのように意識されましたか?
荒井: Jリーグの観戦者調査では、観客の平均年齢が40代から50代に移行しています。一方、我々の本拠地である山形県では、人口約100万人のうち25万人が65歳以上です。つまり、4人に1人が高齢者という状況です。「高齢化」という言葉にはネガティブな印象がつきまといがちですが、それを払拭し、ポジティブなものに変えていく。そこにクラブとしての大きな意義を感じています。
実証実験で見えたニーズと可能性
――他のJクラブや企業が若年層をターゲットとした施策をメインにしている中、あえてシニア層を対象にしたことに対して、社内やクラブ外からの反応はいかがでしたか?
荒井:集客面では、ホームページやSNSでの告知が最も手軽で早い方法ですが、高齢者の方々にはそうした情報が届きにくいのではないか、という懸念はありました。
――活動を始めた際、具体的な数値目標はどのように設定していたのですか?
荒井:SOIPの取り組みの中で実施した最初の実証実験では、20〜30名を目標にスタートさせました。
――実際にはどのくらいの方が参加されたのですか?
荒井:ふたを開けてみれば、昨年はモンテディオのファン・サポーターの中から、60歳以上の方が150〜160名ほど参加してくださいました。当初の目標を大きく上回っただけでなく、2つの自治体からの協力も得られたことで、活動継続への手応えを感じ、今年もSOIPに応募しました。
――すごい反響ですね! 「O-60 モンテディオやまびこ」の活動は、どのように広めたのでしょうか?
荒井:地道にアナログな施策を重ねてきました。試合を観戦しに来ているシニア層にダイレクトメールを送ったり、新聞への折込チラシを活用したりもしました。あとは、自治体が主催する健康教室でチラシを配るなど、基本的には紙媒体を中心に周知しています。実際、参加者の半数以上はチラシを見て申し込んでくださった方です。
――ターゲットを明確に絞った発信が奏功しているのですね。
荒井:はい。体を動かしたり、人と会って話したりすることを求めている方々をターゲットに、今年も定期的にチラシを配っています。申し込みいただいた方には、LINEのオープンチャットに参加できる仕組みも用意しています。現在、そこには約120名のシニアの方が参加してくださっていて、コミュニケーションを通じて毎回参加してくださる方も増えています。こうしたプラットフォームを通じて、いいサイクルが生まれている感触があります。
アンケートで見えた孤立と課題。「声磨き」でつながるコミュニティの輪
――活動を始めるにあたって、高齢者の健康課題や目標はどのように設定しましたか?
荒井:ファン・サポーターの中の高齢者の方々にアンケートを実施しました。「声を出す機会はどれくらいありますか?」「外出のきっかけは何ですか?」「週に何回外に出ますか?」といった質問に答えていただき、そこから課題を設定していきました。
――アンケートではどのような声が寄せられましたか?
荒井:「自分の足で歩きたい」「認知症になりたくない」「長生きしたい」「家族や友人と楽しくおしゃべりしたい」「何歳になっても人の役に立ちたい」など、ポジティブな目標が多く見られました。一方で、「家にいても会話がない」「1人暮らしで声を出す機会がほとんどない」という切実な声もありました。「モンテディオの試合がある日だけが外出の機会」という方もいて、これは活動とうまく結びつけられると感じました。
――活動のコンセプトにもなっている「“声”のチカラ」ですが、具体的にはどのようなプログラムを実施されていますか?
荒井:SOIPで協力企業とディスカッションし、「声」をテーマに、2つの軸で展開しています。1つはファン・サポーターを対象にした活動、もう1つは自治体への出張によるポイストレーニングや健康教室の開催です。
プログラム内容としては、「声磨き」を中心に、誤嚥予防やオーラルフレイル(噛む・話す・飲み込むなど、口に関する機能の衰え)予防、アンチエイジングなどを目的としています。正しい呼吸法を身につけることで発声時間が伸び、飲み込む力も高まって、結果的に誤嚥の予防にもなります。滑舌をよくするための舌のトレーニングも重要です。他にも、表情筋や発声法のトレーニング、姿勢のチェックや口の動きの改善方法などを、インストラクターと一緒に行います。
――トレーニングの成果を発揮する場もあるのでしょうか?
荒井:はい。これまでのトレーニングの成果を披露する場として「やまびこ挨拶隊」を結成し、ホームゲームの日にスタジアムの外で、元気な声で挨拶をする活動を行っています。声をかけることで、来場者との接点を生み出すことも目的としています。
地域に根づく人材育成。声磨きインストラクターを山形から
――インストラクターは外部の方にお願いしているのですか?
荒井:当初は、埼玉県にあるボイストレーニング企業「ボイスクリエーションシュクル」社とSOIPのマッチングにより、講師の方々が山形まで来て指導してくれていました。その中で、我々も「声磨き」のメソッドを共有していただき、インストラクターの養成を行っています。今年は、試験を受けて合格した方々に、山形県内で声磨きインストラクターとして活動していただいています。
――インストラクターを目指せるという目標があるのも素晴らしいですね。協働する自治体や企業の数は、昨年より増えていますか?
荒井:はい。昨年は朝日町と西川町の2つの自治体に出張して活動を展開していましたが、今年は5つの自治体 (朝日町・川西町・西川町・山形市・山辺町)で実施する予定です。
<了>
学生×プロクラブが生み出す相乗効果。モンテディオ山形はなぜ「U-23マーケティング部」を発足させたのか?
冬にスキーができず、夏にスポーツができない未来が現実に? 中村憲剛・髙梨沙羅・五郎丸歩が語る“サステナブル”とは
J1昇格への道は“DAO”から。ザスパクサツ群馬が掲げる「Road to J1プロジェクト」とは?
「プロチームを通じて地域を良くしてほしい」モンテディオ山形が取り組む、地域を活性化する“若者への投資”
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
[PROFILE]
荒井薫(あらい・かおる)
モンテディオ山形 運営部ホームタウン担当。クラブの地域密着施策に携わり、若年層向けの『U-23マーケティング部』や、シニア世代を対象とした『O-60プロジェクト』(2023年より開始)など、幅広い世代に向けた取り組みに関与。特に『O-60モンテディオやまびこ』では、スポーツ庁「SOIP」採択に際しプレゼンターを務めるなど、プロジェクトのマーケティングや対外発信の中核を担っている。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
2025.06.20Opinion -
スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験
2025.06.19Education -
なぜアメリカでは「稼げるスポーツ人材」が輩出され続けるのか? UCLA発・スポーツで人生を拓く“文武融合”の極意
2025.06.17Education -
「ピークを30歳に」三浦成美が“なでしこ激戦区”で示した強み。アメリカで磨いた武器と現在地
2025.06.16Career -
町野修斗「起用されない時期」経験も、ブンデスリーガ二桁得点。キール分析官が語る“忍者”躍動の裏側
2025.06.16Career -
日本代表からブンデスリーガへ。キール分析官・佐藤孝大が語る欧州サッカーのリアル「すごい選手がゴロゴロといる」
2025.06.16Opinion -
ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
2025.06.13Career -
野球にキャプテンは不要? 宮本慎也が胸の内明かす「勝たなきゃいけないのはみんなわかってる」
2025.06.06Opinion -
冬にスキーができず、夏にスポーツができない未来が現実に? 中村憲剛・髙梨沙羅・五郎丸歩が語る“サステナブル”とは
2025.06.06Opinion -
「欧州行き=正解」じゃない。慶應・中町公祐監督が語る“育てる覚悟”。大学サッカーが担う価値
2025.06.06Career -
なでしこジャパン2戦2敗の「前進」。南米王者との連敗で見えた“変革の現在地”
2025.06.05Opinion -
移籍金の一部が大学に?「古橋亨梧の移籍金でも足りない」大学サッカー“連帯貢献金”の現実
2025.06.05Business
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
移籍金の一部が大学に?「古橋亨梧の移籍金でも足りない」大学サッカー“連帯貢献金”の現実
2025.06.05Business -
Fビレッジで実現するスポーツ・地域・スタートアップの「共創エコシステム」。HFX始動、北海道ボールパークの挑戦
2025.05.07Business -
“プロスポーツクラブ空白県”から始まるファンの熱量を生かす経営。ヴィアティン三重の挑戦
2025.04.25Business -
なぜ東芝ブレイブルーパス東京は、試合を地方で開催するのか? ラグビー王者が興行権を販売する新たな試み
2025.03.12Business -
SVリーグ女子は「プロ」として成功できるのか? 集客・地域活動のプロが見据える多大なる可能性
2025.03.10Business -
川崎フロンターレの“成功”支えた天野春果と恋塚唯。「企業依存脱却」模索するスポーツ界で背負う新たな役割
2025.03.07Business -
Bリーグは「育成組織」と「ドラフト」を両立できるのか? 年俸1800万の新人誕生。新制度の見通しと矛盾
2025.02.28Business -
オールスター初開催SVリーグが挑んだ、クリエイティブの進化。「日本らしさの先に、“世界最高峰のリーグ”を」
2025.02.21Business -
「アスリートを応援する新たな仕組みをつくる」NTTデータ関西が変える地域とスポーツの未来
2025.02.03Business -
最多観客数更新のJリーグ、欧米女子サッカービジネスに学ぶ集客策。WEリーグが描く青写真とは?
2025.01.28Business -
4大プロスポーツ支えるNCAAの試合演出。「ジェネラリストは不要」スポーツエンターテインメントはどう進化する?
2025.01.28Business -
なぜWEリーグは年間カレンダーを大幅修正したのか? 平日開催ゼロ、中断期間短縮…“日程改革”の裏側
2025.01.23Business