橋本帆乃香の中国撃破、張本美和の戴冠。取りこぼさない日本女子卓球、強さの証明
卓球界を揺るがす夜が、ロンドンで起きた。10月27日に決勝戦が行われたWTTスターコンテンダー・ロンドン2025。女子シングルスでトップ選手不在の中国勢がベスト4入りできない中、張本美和が大会を制し、早田ひな、橋本帆乃香ら日本勢が上位を席巻。かつて「中国以外は勝てない世界」と語られた時代は、確実に移ろいつつある。日本女子が示した、新たな勢力図の輪郭とは――。
(文=本島修司、写真=西村尚己/アフロスポーツ)
ベスト4に3人。日本女子、もう一段階進化した証
WTTスターコンテンダーロンドン2025。女子シングルス決勝は早田ひなと張本美和の日本人対決となった。それどころか、橋本帆乃香を含めてベスト4のうち3人を日本人選手が占めて世界を圧倒した。
日本の躍進ぶりに目がいくところだが、それ以上に衝撃的だったのは、卓球大国の中国がベスト4を前にして全滅したことだ。あの中国が4強に入れなかったのだ。
とはいえこの大会での中国は、若手選手を主体に構成された「1.5軍」といえるメンバーであり、トップ選手は出場していない。特にエース格である世界ランキング1位・2位のコンビ、孫頴莎と王曼昱が不在だった。実際、この大会直後の10月28日~11月2日にかけて行われたWTTチャンピオンズモンペリエでは、女子シングルス1回戦で世界ランク5位の王芸迪に早田が、準々決勝で張本が敗れており、中国トップ選手の圧倒的な強さはいまだ健在だ。
しかし、仮に「1.5軍」といえるメンバーであっても世界を圧倒できる存在が中国だったはず。この結果が示すものは「日本の女子選手がさらにもう一段階強くなったことの証明」だ。
張本・早田・橋本――“取りこぼさない強さ”
まずはスターコンテンダーロンドンにおける出場選手の成績を見てみよう。
優勝・張本美和、2位・早田ひな、3位・橋本帆乃香、ベスト8・長﨑美柚。ベスト16・平野美宇、木原美悠。ベスト32・小塩悠菜、伊藤美誠。
台湾の鄭怡静を除けば、ベスト4のうち3人が日本人選手だった。ベスト8には4人。明らかに日本人選手の強さが目立つ大会だった。
なかでも、今大会においてはまず橋本の躍進をクローズアップすべきだろう。橋本は、日本でいえば早田や張本を「追いかける位置の存在」。しかしその彼女の才能が開花しつつある今、中国の1.5軍クラスの選手ならば、いとも簡単に撃破してしまう。今大会でも、3回戦で中国の覃予萱に完勝。ゲームカウントは3-0だった。
特にこの試合の終盤では、ボールの右側面をバックの異質ラバーで切る「シュート気味のカット」を連発し、ミスをする気配がまったくなかった。その上で、カットで粘りに粘った後、台の中に飛び込んで攻撃を決めている。
これで覃予萱は橋本との対戦成績が4連敗。中国メディア・新浪財経は「橋本は現役で最強のカットマンで、2年にも満たない間に中国の防衛線を17回も突破」と評価した。
橋本帆乃香、世界トップ10入りの軌跡
日本におけるこれまでの橋本のイメージは、カットマン同士で佐藤瞳のダブルスパートナーという印象が強かった。
ドナックルという粒高に近い表ソフトラバーを使い、変化のあるバックカットを武器にする“トリックスター”のようなイメージもあった。しかし、ここにきて強烈な粘り腰のカットを身につけて成長し、世界のトップへと急上昇していることが見て取れる。
例えば、今年8月に行われたWTTヨーロッパスマッシュでは、中国の世界ランク5位・王芸迪にも3-1で勝ってしまっているのだ。このことからも、今回のスターコンテンダーロンドンでの快進撃が必然的だったことがわかる。
中国の1.5軍選手ではもはや彼女に太刀打ちできず、あとは中国のトップ選手とやってどうなるかという状況にまでなっている。
この大会の直後に発表された、国際卓球連盟(ITTF)による世界ランキングで、橋本はついにベスト10入りを果たしている。
早田ひなと張本美和の激闘
今大会、中盤以降は日本人対決で激しい試合が目立った。特に決勝戦での張本と早田の戦いは、1時間を超える大激闘。早田が先に2ゲームを選手し、そこから張本が巻き返す展開となった。
先に2ゲームを早田が連取して迎えた第3ゲームあたりから、張本の驚異的な粘りが目立ち出す。5-5の場面。早田が攻め込んでも前傾姿勢を崩さずに、ブロックで耐えきって6-5。最後はラッキーなネットインもあったが11-8で張本の勝利。
これが中国を抜きにしてのものかというほど、ハイレベルなつば迫り合いはさらに加速していく。
第4ゲーム。7-3の場面ではビッグプレーが飛び出す。早田がフォアからクロスへ打ってきたドライブを「沈み込ませるようにラケットを使って」張本がカウンター。これがノータッチで抜けて8-3。歓声が上がった。張本が回り込みでフォアドライブを決めて11-4で勝利。
第5ゲームも張本がループドライブを挟みながら緩急をつけて11-6で勝利すると、第6ゲームでは早田の必死さが、またスーパープレーを生み出す。
序盤からまるで「みまパンチ」のような「バックミート一発抜き」を披露。4-2と突き放す。張本は小さなサーブから展開を作ることに専念。早田のフォア前を中心に攻めた。下がって大きなラリーを作ってゆさぶりをかけた早田がこのゲームは11-6で取り返す。
最終、第7ゲーム。3-3とお互いがまったく譲らない展開から開始。早田も打開策を探しながらロングサーブを交えるが、張本がむしろそれを待っていたかのように「長いサーブならば打っていく姿勢」を見せる。この攻撃的な姿勢が功を奏する。中盤から後半にかけての張本美和は、男子卓球のようなフォアドライブを連発。フルゲームの末の9-9となってからも攻撃の手を緩めず、この大激戦を張本が制した。
技術や戦術の差などよりも、この決勝戦から感じることは、「日本のトップ2人に大きな差がなく、どちらも世界最高峰に近い存在であること」だ。それが見えた白熱の決勝戦だった。
最強中国とはいえフル戦力でなければ日本には勝てない時代
今大会、「中国女子、ベスト4に一人も残れず」。この一報は世界中を駆け巡った。
前後の大会の関係で中国トップ選手が出場を回避した大会とはいえ、結果として見えてきたことは、もう中国でさえもトッププレーヤーを出場させなければ日本人選手には勝てないという現実だ。何よりもハイレベルで激しい決勝戦が、日本人同士の試合であったことからも、そのことはよくわかる。
優勝を果たした張本が「次世代」といえる年齢であることも頼もしい限りだが、2028年のロサンゼルス五輪を見据え、ここからはより次世代同士の戦いになっていく。
中国も、今後さらに日本人選手の分析・対策を強化し、今回負けた若手たちをさらにレベルアップさせることは間違いない。
しかし、今大会の日本のツートップ以外の戦いぶりを見ると、そう簡単には負けない層の厚さを感じる。なかでもグングン実力を上げている印象の橋本は、すでに中国からマークされる存在になった。
特に女子卓球において、「勢いに乗る日本VS最強中国」の争いの構図は、近年、常に世界の注目を浴びてきた。長く中国の一強時代が続いた世界の卓球界において、少しずつ勢力図は変わりつつある。
今度はその両国による“次世代の選手の戦い”に徐々に焦点が移り変わり、より一層の注目が集まりそうだ。
<了>
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