鈴木淳之介が示す成長曲線。リーグ戦出場ゼロの挫折を経て、日本代表3バック左で輝く救世主へ

Career
2025.11.21

プロデビュー以来リーグ戦の出場機会に恵まれず、「これでダメなら終わり」と覚悟を決めた一戦が転機となった。湘南ベルマーレでボランチからセンターバックへのコンバートに挑み、3バックの左で存在感を高めた鈴木淳之介は、苦しんだ日々を原動力に急成長を遂げた。J1で不動の地位を築いた今年6月に森保ジャパンに初招集。夏にはデンマーク王者のコペンハーゲンへ5年契約で完全移籍し、UEFAチャンピオンズリーグの舞台にも立った。代表でも複数ポジションを任されるまでに成長し、一見華やかなサクセスストーリーに見える軌跡を、苦闘の日々へと遡って紐解いていく。

(文=藤江直人、写真=松尾/アフロスポーツ)

低空飛行の中でつかんだ初先発のチャンス

森保ジャパンの最終ラインの一角から伝わってくるのは余裕と貫禄。3バックの左ストッパーとして威風堂々としたパフォーマンスを披露し続ける鈴木淳之介の姿を一度でも見れば、わずか1年半前にサッカー人生の岐路に直面していた、と言われてもすぐには信じられないだろう。

ガンバ大阪をホームのレモンガススタジアム平塚に迎えた、2024年6月1日のJ1リーグ第17節。岐阜県の強豪・帝京大学可児高校から湘南ベルマーレに加入して、3シーズン目を迎えていた当時20歳の鈴木は、リーグ戦での初先発を未知のポジションで果たしている。

高校時代から慣れ親しんだボランチではなくセンターバックで、それも3バックの真ん中で後半アディショナルタイムまでプレーしたガンバ戦を、鈴木は意外な言葉で位置づけている。

「これでダメだったら自分もそれまでだな、と。サッカー人生をかけて臨んだ感じでした」

切羽詰まった思いに駆られていたのも無理はない。ルーキーイヤーの2022シーズンは、ヴェルフェ矢板(栃木県代表)との天皇杯2回戦に出場しただけで終えた。リーグ戦のピッチに一度も立てないどころか、ベンチ入りもわずか4度だけだった日々で天狗の鼻をへし折られた。

「自分のなかで変に勘違いしていたというか、プロでも普通にやれると思っていた考えを完全に打ち砕かれました。本当に落ち込むばかりで、サッカー人生でもっとも大きな壁にぶち当たった感じでした。自分はこの先、この世界でやっていけるのか、といった不安もすごく感じていました」

2年目の2023シーズンのリーグ戦も、すべて途中出場で5試合、89分のプレータイムに終わった。昨シーズンは開幕から4試合続けて途中出場したものの、第5節以降は一転してベンチにすら入れなくなった。もがき苦しむなかで、鈴木はこんな言葉を自らに言い聞かせていた。

「本当にきつかったけど、だからといって腐ったら終わりだとずっと思っていました」

努力は必ず報われると信じて、練習やトレーニングマッチで試されたセンターバックでのプレーにも積極的に取り組んだ。迎えた前出のガンバ戦。ケガ人を含めたチーム状況とも相まって、3バックの真ん中での初先発を射止め、試合にこそ敗れたものの、個人的には大きな手応えをつかんだ。

3バック適応で開いた代表への道。可能性磨いたルーツ

ガンバ戦を境に3バックの左に定着。右肩上がりの軌跡を描いた状態で終えた昨シーズンの流れを、背番号を「30」から「5」に変えた今シーズンでさらに加速させた。2月の開幕から先発出場を続け、ほぼすべての試合でフル出場。6月シリーズに臨む森保ジャパンにも初めて招集された。

パリ五輪世代となる鈴木だが、年代別の日本代表には縁がなく、高校3年生のときにU-18代表の福島キャンプに呼ばれただけだった。一転してフル代表に名を連ねる痛快なサクセスストーリーを、鈴木は「人生、何があるかわからない、という感じですね」と笑いながらこう語っている。

「可能性を見出し、コンバートしてくれた(湘南の)山口智監督には感謝しています。試合慣れしたことで守備でも攻撃でも自分の持ち味を出せるようになり、さらに伸びていると感じているので」

鈴木の持ち味とは左右の両足から放たれる精度の高い縦パスであり、奪ったボールを積極果敢に前へ持ち運んで攻撃の起点になるプレーであり、ボランチで培った視野の広さとなる。利き足は右ながら左でも遜色なく蹴れるルーツは、生まれ育った岐阜県各務原市での日々にあると鈴木は言う。

「小さなころから、所属していたサッカーチームのコーチに『左右両足で蹴るようになれ』と言われていました。そのおかげというか、左足での練習もやっておいてよかった、という感じです」

鈴木のサイズは身長180cm・体重78kg。センターバックとしては決して大柄ではなく、鈴木自身も「身長ではハンデがありますね」と素直に認める。その一方でこんな言葉も紡いできた。

「けっこう高く飛べるので、空中戦でもそれなりに大丈夫だと思っています。地上戦は自分の強みでもあったので、駆け引きや球際での守備は本当に負ける気はしません。そこでガツンといって、プラスアルファで自分の武器を出せたらさらに上にいけるんじゃないか、と」

再招集の10月シリーズで与えたインパクト。欧州挑戦で加速する成長

まさに伸び盛りだったからこそ、森保一監督もワールドカップ北中米大会出場を決めた後の6月のアジア最終予選で鈴木を大抜擢。望外の初招集に鈴木本人が胸をときめかせたなかで、同10日にパナソニックスタジアム吹田で行われたインドネシア代表戦で先発デビューさせた。

6対0で圧勝した一戦でフル出場を果たした鈴木は、試合後にこんな言葉を残している。

「このレベルでサッカーしていると、自分の成長もさらに速くなる。この舞台にまた帰って来られるように、Jリーグでもっと圧倒的な選手になりたい、という自覚も出てきました」

もっとも、直後に状況が一変する。22歳になる直前の7月9日。デンマーク王者のコペンハーゲンへ5年契約で完全移籍した鈴木は、湘南のファン・サポーターへこんな言葉を残している。

「チームが苦しい状況の中での移籍となり、大変心苦しい思いもありますが、自分の夢を叶えるために何が最善かを考え、この決断に至りました。次にサポーターの皆さまとお会いする時には、より成長した姿をお見せできるよう、この選択を信じて全力で頑張ってきます」

鈴木が言及した「自分の夢」とは、アメリカとカナダ、メキシコを舞台に来年6月に開幕する次回のFIFAワールドカップでの代表メンバー入りに他ならない。森保ジャパンがアメリカへ遠征した9月シリーズこそケガで選外となった鈴木だが、10月シリーズでは満を持して再び招集された。

パラグアイ代表と引き分け、サッカー王国ブラジル代表には2点ビハインドからの大逆転で通算14度目の対戦で初勝利をあげた同シリーズを前に、鈴木はデンマークリーグだけでなく、ヨーロッパ各国の上位チームが集う最高峰の舞台、UEFAチャンピオンズリーグでもデビューを果たしていた。

南米勢との連戦で鈴木をともに3バックの左ストッパーで先発起用・フル出場させた森保監督は、新天地でさらに成長のスピードを上げようとしている鈴木に思わず目を細めている。

「チャンピオンズリーグなどを経験してレベルをさらに上げていくなど、ステップアップへのチャレンジがしっかりとできている。味方も淳之介の特長をさらに把握して、彼のよさを生かしはじめた。経験を積んでいけばさらにいい選手になる、という期待を抱かせてくれるプレーだった」

ワールドカップ北中米大会へ続く進化の軌跡

迎えた今回の11月シリーズ。生まれ育った地元の岐阜県各務原市にほど近い豊田スタジアムで14日に行われたガーナ代表戦で先発した鈴木は、後半30分からポジションを左ストッパーから左ウイングバックに移してフル出場している。

鈴木はコペンハーゲンで、すでに右サイドバックとしてもプレーしていた。ユーティリティー性を試されたととらえれば、代表チーム内での序列をさらに上げた一戦でもあった。

「初めてプレーするポジションで難しかったですけど、いろいろな選手がプレーしているのを見て、あるいは聞いてさらによくしていきたい。自分にそういう(左ウイングバックでの)オプションが増えれば、代表チームの力にもプラスになると思っているので」

謙遜気味に語る鈴木だが、新たなポジションでプレーしただけでなく、10月は老獪な南米勢、11月には身体能力の高いアフリカ勢との対戦経験を積んだ。現役時代は日本代表などで最終ラインでプレーした日本サッカー協会(JFA)の宮本恒靖会長も、期待の新星に目を細めている。

「落ち着き、対人、ボールの運び方やつけ方など、いろいろな面でどんどんレベルアップしている。高い意識をもっているからこそ、こういうスタンダードの高いプレーができていると思う」

森保ジャパンの最終ラインでは長期離脱中の冨安健洋だけでなく、左ストッパーで起用されてきた、ともに左利きの伊藤洋輝と町田浩樹も選外が続いている。故障者が続出する状況を不安視していた声をかき消すどころか、期待の視線へと変えている鈴木はガーナ戦後にこう語っている。

「代表でやれないことはないと思っていたなかで、実際に呼ばれて継続して出させてもらって、しっかりとしたプレーができるので、以前よりは自信もついてきていると思います」

湘南時代からシャイで、寡黙な一面があった。そうした性格が頼もしさとしても映っていたこれまでの鈴木に、代表や海外で日々積み重ねている自信が融合したいま、貫禄や余裕を漂わせている。

「出られるところで出るのが一番いいと思っているので、後ろでもボランチでも気にせずにやっていきます。いろいろなポジションでプレーできるのが自分の持ち味だと思うし、そのほうが可能性も大きく広がっていく。いま目指すべきところはそこだと思っているので」

鈴木が最後に言及した「そこ」とは、いうまでもなくワールドカップ北中米大会をさしている。シンデレラボーイからケガ人続出中の最終ラインの救世主となった22歳は、3バックの左を主戦場に群を抜く強さを放つ自身の姿を思い描きながら、ヨーロッパでの戦いへ臨んでいく。

<了>

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