なぜ老舗マスクメーカーはMLB選手に愛される“ベルト”を生み出せた? 選手の声から生まれた新機軸ギアの物語
日本最古のマスクメーカー「白鳩」が、なぜプロ野球選手やメジャーリーガーに選ばれるスポーツギアを生み出せたのか。その原点は、広告でもマーケティングでもなかった。一人のプロ野球選手の相談に、真正面から向き合ったことから挑戦は始まった。衛生用品づくりで培ってきた縫製技術と品質基準を武器に、未知の分野へと踏み出した白鳩。試行錯誤の末に生まれたサポーター機能ベルト「コアエナジー」は、口コミによって選手の間に広がり、やがてWBC日本代表、MLBの舞台へと浸透していく。老舗メーカーがなぜスポーツの世界で信頼を勝ち取れたのか、その背景にある技術と思考、そしてものづくりの哲学を、白鳩ホールディングス代表・横井隆直氏へのインタビューを通してひも解く。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=AP/アフロ、本文写真提供=コア・テクノロジー)
老舗マスクメーカーの“異色の挑戦”が始まった理由
――衛生用品を手がけてきた白鳩が、スポーツの世界に足を踏み入れた最初のきっかけは何だったのでしょうか。
横井:あるプロ野球選手が腰痛に悩んでいて、その相談をスポーツトレーナー経由で受けたのが始まりです。直接の面識はありませんでしたが、そのトレーナーは職人気質で、「こういうものがあったらいい」というさまざまなイメージを持っていて、よく相談されていました。既製品に頼らず自分で作ろうとするタイプの方で、その一つを私たちが形にした、という経緯です。
――「これは自分たちの領域ではない」と感じる迷いはありませんでしたか?
横井:まったくなかったですね。マスクとスポーツ用品は違う分野に見えるかもしれませんが、私の中ではどちらも「繊維製品」です。私が入社した頃は、マスクといえば今のような不織布マスクではなくガーゼが主流で、生地を切って畳んで縫う縫製品でした。白鳩は縫製工場なので、依頼を受けた時も違和感はありませんでした。
――具体的には、どのような相談だったのでしょうか。
横井:私は繊維の生地を作るというところを専門的に学んできたのですが、社会人になって5年ほど経った頃、そのトレーナーから、「アメリカではこういうベルトがあって、これがもう少しこうなるといいんだけど」という、かなり抽象的な相談を受けました。当時、メジャーリーグ(MLB/メジャーリーグベースボール)で使われていたベルトは、15ドル前後の使い捨てに近いものが多く、すぐ伸びてしまうものが多かった。一方、日本ではまったく伸びない合皮ベルトが主流でした。「そのいいとこ取りをしたものを作ってほしい」と言われたんです。
――ビジネスとしてはリスクもあったのでは?
横井:正直、ビジネスとして考えれば最初から受けなかったと思います(笑)。でも私は「まずやってみよう」と思う性格です。当時は20代で経営にも深く関わっていませんでしたし、明らかな損でなければやってみよう、と思いました。
――開発初期で最も苦労した点はどこでしたか?
横井:大きな失敗はなかったと思います。繊維は専門分野でしたから、「この糸で、この生地をこう重ねたらいけるかもしれない」という仮説はありました。試してはうまくいかず、を繰り返し、2〜3回の試作を経て「これなら」と渡したのが最初です。当時は1回生地を作るのに3カ月ほどかかりましたから、簡単ではなかったですね。
広告ではなく、口コミで広がった信頼
――日本ではプロ野球全12球団に浸透し、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本代表の選手やスタッフの多くも使用しているそうですね。コアエナジーベルトが広がった実感を持ったのはいつ頃ですか。
横井:商品ができてから10年くらい経った頃です。当初は仕入れ先にも協力してもらい、最小ロットで作って、売って、また作る。その繰り返しで、利益も損も出ないぐらいの規模でした。ただ、トップ選手たちが口コミで広げてくれたのは大きかったですね。
――そこから一気に広がったのですか?
横井:少しずつです。トレーナーを通じて、名古屋の球団の選手たちを中心に各球団のプロ野球選手たちの間で口コミで広がっていきました。
――WBC日本代表で多くの選手が使用したことで、どのような反響がありましたか?
横井:多くの選手が使用してくれることでメディアにも取り上げていただけるようになり、宣伝で商品を知り、「使ってみたい」という一般の方の認知が広がって、そこから購買数は大きく増えました。
――巨大メーカーがいる中で、ベルトという領域でシェアを広げられた要因は何でしょうか。
横井:商品力だと思います。私は、無形の価値を語るより、物そのもので伝えるほうが得意です。その上で、五感に訴えるものづくりを大切にしています。
コアエナジーは、通常ベルトをしている時よりも少しきつめに締めることで腹圧が生まれます。それに合わせてベルトも伸縮しますが、すぐ伸びてしまうのではなく、力強く反発する構造です。最初は苦しく感じても、数秒でフィットする。その感覚が非常にわかりやすいと好評です。腹圧が高まることによる疲労軽減や、腕の振りが速くなるといった動作の変化を示すデータのエビデンスもあり、そこが受け入れられている理由だと思います。コンセプトは変わりませんが、生地の織り方など、細部のアップデートは重ねてきました。
メジャーリーグ全30球団へ。現地の反応は?
――アメリカでの営業や現地での活動は、やはりご苦労も多かったのではないですか。
横井:それは今も続いています。私自身、渡米して約2年半になりますが、多くの方の協力やご縁に支えられて、現在はメジャーリーグ全30球団の選手に使っていただいています。ただ、それでも苦労がなくなったわけではありません。
私たちの一番の顧客は(ロサンゼルス・)ドジャースですが、今では球団が会社を通じてオフィシャルに購入してくれるようになり、3年前にアメリカを拠点に起業しました。最初からアメリカで成功できるという見通しがあったわけではなく、「ドジャースから注文をもらったから、まずはアメリカで頑張ってみよう」という、かなりシンプルな動機でした。
――最初にドジャースから注文を受けた際の経緯を教えてください。
横井:マーケティングの一環として、オーストラリア向けに設立した会社のホームページ上に、マスクやベルトのページを英語で作っていたんです。そのページを通じて、ドジャースからベルトの注文が入ったのがきっかけでした。正直、あれはうれしい驚きでしたね。まだ大谷翔平選手がドジャースに所属していなかった時期です。
――メジャーリーグでは、日本と比べて選手の反応やギアに対する価値観に違いを感じますか。
横井:違いはありますね。日本では、もともと硬い合皮のベルトが主流だったので、伸縮性のあるベルトに対して「こんなものがあるんだ」という、いい意味での驚きがあったのかなと思います。一方でアメリカは、日本以上に反応がわかりやすいです。表現が大きいというのもあるかもしれませんが(笑)、はっきりと好反応が返ってくることが多いです。
ただ、日本の12球団の選手が使っていることや、商品の実績をいくら説明しても、訴求力はありません。向こうでは、私たちはほぼノーブランドですから、実感できなければ使ってもらえないんです。その選手のウエストサイズに合わせてきちんとフィッティングをすると、「うわ、マジか。すごいな」と、その場で効果を感じてもらえる。そうすると、購入率やリピーター率はかなり高くなります。
日本でも最近は、まずコーチに試してもらい、そこから選手に広がるケースが増えています。さらに、高校、大学まで一貫してギアを切り替える流れも出てきました。小さな雪のボールが、少しずつ大きくなっていくような感覚ですね。
挑戦続ける2つの原動力
――「白鳩」という老舗メーカーが、スポーツという新領域でチャレンジし続ける原動力は、どこにあるのでしょうか?
横井:大きく二つあります。一つは、個人としても会社としても、「人の役に立つことをしたい」という思いです。会社としては、「人間ができることを広げる会社でありたい」と考えています。マスクを作っていますが、私自身は日常的にはマスクはしません。ただ、花粉が多い時や風邪をひいた時、周りで咳をしている人が多い時には使います。たった1枚のマスクでも、人ができることは確実に広がっていると感じるんです。
――「人ができることを広げる」という考え方は、コアエナジーというギアにどうつながっていますか。
横井:これだけ多くの人に求められ、共同研究してくださった教授やドクターからも、「ケガの予防につながるから、野球だけでなく、全世界のあらゆるスポーツアスリートに届けてほしい」と言っていただいています。活躍して成功する選手がいる一方で、本来は優れた力を持っているのに、ケガで苦しんでいる選手もたくさんいます。そういう人たちも救える可能性があると言われているからこそ、広げたいと思っています。
日本で作り、世界で勝負するという選択
――もう一つの原動力についても伺えますか?
横井:これはかなり個人的な思いですが、世界全体で見ると、日本は経済的に負けていると感じています。だからこそ、もっと踏ん張りたい。私たちにできることを考えた時に、日本製にこだわり、日本で多くの所得を生み出したいんです。海外で安く作ることはできますが、それでは日本に雇用は生まれません。日本で雇用を生みながら作り、海外で多くの人に買ってもらい、外貨を日本に入れる。それは、私の会社ができる数少ない役割だと思っています。
――海外に誇れる技術やものづくりの姿勢ですね。
横井:いい技術や知恵を持った中小企業は、日本にたくさんあります。ただ、今の時代は「自分が儲けられればいい」という投資家も少なくありません。だからこそ、そうした泥臭い生き方も含めて、チャレンジし続けたいと思っています。
海外で挑戦するなら、アメリカは最も厳しい場所です。今、世界で活躍している日本のあるスポーツ用品メーカーも、アメリカでは20年以上赤字が続いた時代がありました。それでも挑戦を続けた結果、今では大きな需要と利益を得ています。私たちはそこまで大それたことを言うつもりはありませんが、少しでもそうした企業の背中を追いかけたいですね。
――シェアが広がる一方で、企業としてはまだ力を蓄えている段階なのでしょうか。
横井:黒字化は簡単ではありませんが、グループ全体の利益をこの事業に投資しながら、さらなるシェア拡大を目指している段階です。ただ、先ほどお話しした二つの思いがあるからこそ、胸を張って投資を続けることができます。
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[PROFILE]
横井隆直(よこい・たかなお)
1974年生まれ、愛知県出身。株式会社白鳩ホールディングス 代表取締役社長。コア・テクノロジー株式会社 代表取締役社長。1999年に株式会社澤村に入社し、約4年半の修業期間を経て、2003年に株式会社白鳩に入社。2015年7月に同社代表取締役に就任し、同年10月にスポーツ用品、健康器具商品の開発・販売を行う関連会社コア・テクノロジー株式会社の代表取締役にも就任。アメリカにおけるサポーター機能ベルト「コアエナジー」の事業展開を加速させるため、2023年8月に家族でアメリカに移住し活動中。
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