
侍ジャパン“悲願の金メダル”…それがどうした? 日本野球界にとってオリンピック優勝より大切なこと
野球日本代表・侍ジャパンは、悲願の金メダルを獲得した。野球競技がオリンピックの正式種目になって以降、一度も手にしたことのなかった栄冠だったが、勝利へのこだわりに徹した野球で見事に頂点に立った。それ自体は称賛されるべきことだ。だがこの“金メダル”は、果たして日本野球界の未来につながっているのだろうか? 今、この国の野球にとって本当に大切なことは、メダルの色ではない――。
(文=中島大輔、写真=Getty Images)
見事に金メダルを獲得した侍ジャパン。東京五輪後にどこを目指すのか
稲葉篤紀監督が「集大成」と位置づけた東京五輪で、野球日本代表「侍ジャパン」は“悲願”の金メダルを獲得した。
1992年バルセロナ五輪で正式種目になってから一度も頂点に立ったことがなく、3大会ぶりに採用された自国開催の舞台は、ともすれば最後のチャンスになるかもしれなかった。2024年パリ五輪で、野球はソフトボールとともに再び除外されることが決まっているからだ。
「国際舞台なので、楽しんでやることなんてできない」
選手たちが口々に言ったこの言葉こそ、壮絶なプレッシャーを何より物語っている。NPB(日本プロ野球)のリーグ戦を中断し、国内の力を総結集して臨んだ大会で“至上命令”とされた金メダルを獲得した選手たちは見事だった。
2014年の日米野球から侍ジャパンを取材してきた筆者は今回、取材パスを取得できず、テレビとインターネットで観戦した。一歩引いたところから見ながらずっと考えていたのは、侍ジャパンは東京五輪の後、どこを目指すのかということだ。
稲葉監督が大会前から繰り返していた、野球界の将来への危機感
今大会に臨む24選手を発表した6月16日、稲葉監督は金メダルの先に見据えるものとして、野球界の将来に対する危機感を繰り返している。
「野球はこれまで皆さんが非常に注目してくれてきました。野球の競技者人口がどんどん減っている中、少しでもこのオリンピックが野球に興味を持ったり、野球を始めるきっかけになってくれたりする大会になればいいと思います」
オリンピックに臨む各競技団体は、4年に1度の注目が集まる晴れ舞台で子どもたちや新規ファンにアピールしたいという思惑がある。とりわけ“マイナー”とくくられる競技の関係者は、そうした思いが強い。世界選手権ではなかなか見てもらえない一方、オリンピックになれば日の目を浴びるからだ。
片や日本スポーツ界の“ど真ん中”を歩いてきた野球だが、10年近く前から明らかに足元の様相が変わってきた。小中学校の競技人口は少子化をはるかに上回るペースで減っている。中体連(中学の部活動)の加盟者はこの10年で3分の2以下になった。
こうした波は高校野球にも及び、部員数は7年連続で減少。ピークだった2014年の17万312人から、2021年は13万4282人になった(1988年とほぼ同数)。
世界で勝つことで子どもたちが憧れを抱き、地上波で中継され、競技自体のプレゼンスが上がる。近年の卓球やバドミントンの躍進が最たる例だろう。
だからこそ稲葉監督は東京五輪という国中の注目が集まる舞台で、何としても結果を残そうとした。そうした姿勢自体は評価できる一方、同時に疑問に感じたのは、侍ジャパンの戦いぶりは子どもたちにどれくらい響いたのだろうかという点だ。
東京五輪で多くの人たちの胸に刺さったスケートボードのワンシーン
東京五輪で大きな注目を集めた競技が、野球とともに開催地の提案で採用されたスケートボードだった。男女のパーク・ストリート2種目で日本は金3、銀1、銅1という目覚ましい結果を残したことに加え、競技として面白く、選手たちの前向きなチャレンジングスピリッツが魅力的だった。
女子パークの岡本碧優は決勝の最後に逆転を狙って大技に挑戦した結果、うまくいかずに4位に終わった。直後、共に戦った海外の選手たちが岡本を抱き寄せ、担ぎ上げている。スポーツマンシップやオリンピズムが表れたシーンで、東京五輪のハイライトの一つだった。個人と個人が思い切り競い合いながらスポーツを楽しみ、どんな結果が出ても健闘をたたえ合う姿には、現代的な価値観が凝縮されているように感じられた。
侍ジャパンがひたすらに勝利を目指した象徴的なワンシーン
一方、野球の侍ジャパンは楽しむことを封印し、ひたすら勝利を目指した。それはある意味、野球界が長らく子どもの頃から選手たちに求めてきた姿勢と重なる。
象徴的なシーンが、8月2日に行われたノックアウトラウンド初戦のアメリカ戦、タイブレークに突入した延長10回裏だった。無死1・2塁から始まり、1点奪えばサヨナラという場面で、稲葉監督は8番・村上宗隆に代打・栗原陵矢を送って犠牲バントを命じた。重圧の中で栗原は見事に決め、続く甲斐拓也がライトに弾き返してサヨナラ勝ちを飾った。
「代打の栗原にバントをさせたのは“高校野球”をやってきたからこその采配ですね」
旧知の編集者から来たLINEのメッセージは、言い得て妙だった。昨年、セ・リーグでともにトップの出塁率.427、OPS1.012を記録した村上は21歳にして日本を代表する強打者になり、初戦のドミニカ共和国戦では2点を追いかける9回裏に反撃ののろしを上げるライト前タイムリーを放った。そうした打者に勝負させず、自ら下げて送りバントを選択したのである。
結果として勝利したが、個人的にはふに落ちない采配だった。村上を代えてバントでつかみ取った勝利の先に、果たして日本球界として明るい未来があるのだろうか。
組織中心の発想が最優先され、個人の犠牲もいとわない
知人の文化人類学者に率直な感想を伝えると、「個人」「犠牲」「組織」という3つのワードからひも解いてくれた。いわく、侍ジャパンは組織中心の発想が最優先され、そのためには個人の犠牲もいとわないというのである。
これはまさに、日本球界が長らく実践してきた野球といえる。前述した“高校野球”はその例えで、小学生からそうした野球をさせる指導者も珍しくない。逆にいえば、東京五輪では日本を代表するスター選手たちが自ら犠牲になることをいとわず、チームの勝利を最優先した。
そうして5連勝を飾った一因は、「日本らしい隙のない野球」だった。相手投手が足を上げる幅が大きいと見るや、積極的に仕掛けた盗塁はその一つだ。準決勝の韓国戦で1点リードの5回無死2塁で坂本勇人が試みた送りバントや、初戦のドミニカ戦で甲斐が仕掛けた“偽装スクイズ”&セーフティースクイズも含まれる。稲葉監督は2018年の日米野球第4戦でセーフティースクイズを命じて勝ち越したが、準備段階から本番まで「勝利至上主義」を貫いた。
今回、ネット中継の英語コメンタリーも日本を「Gold medal favorites」としたように、力的に抜けていたのは確かだ。メジャーリーグ(MLB)がベンチ入り26人の招集を見送った一方、NPBはシーズンを中断して主力を送ったことが最たる理由といえるだろう(シーズンを中断したのは韓国のKBOも同様だ)。
近代オリンピックは出場選手をアマチュアのみとしてきたが、1974年、大きく方針を変えた。オリンピック憲章から「アマチュア」という言葉を削除し、「世界最高峰の技術を競う大会」と位置づけた。そんな中で今回野球とソフトボールが3大会ぶりに復活したのは、招致段階から本番まで侍ジャパンが尽力したことも大きかった。
MLBを野球人生のゴールに見据える子どもたちが増えている中……
ただし、逆説的に再確認させられたことがある。野球の世界はMLBを中心に回っているという事実だ。東京五輪も試合自体は面白かったものの、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)と比べると各国の力は大きく見劣りした。オリンピックの野球競技は、「世界最高峰の技術を競う大会」ではなかった。
2017年に稲葉監督が就任してから日本代表の中心だった秋山翔吾(シンシナティ・レッズ)と筒香嘉智(ロサンゼルス・ドジャース傘下)が2020年から海の向こうへ渡ったように、日本のトップ選手たちの多くはMLBを目指している。秋山、筒香ともにNPB時代の成績には遠く及ばないが、なんとか結果を出そうと努力する姿勢にはトップアスリートの矜持(きょうじ)を感じさせられる。
今や高校球児や小中学生の中で、野球人生のゴールをMLBに見据える者は増えるばかりだ。成功すれば日本よりはるかに高い報酬を得られ、引退後には年金も保証される(NPBは破綻した)。何よりアメリカや中南米を中心に実力者が集まり、世界最高峰のプレー環境は魅力的に映るだろう。
インターネット社会の到来、スマホの普及とともに、世界は心理的に小さくなった。子どもたちは国境や大人が定めた線にとらわれず、もっと自由に物事を見ている。そうした彼ら・彼女らが多くの競技やアスリートと侍ジャパンを見比べたとき、果たして魅力的に映ったのだろうか。
壮絶な重圧の中で金メダルを獲得したことは称賛されるべきだが、少なくとも選手たちを楽しめないような環境に置くことは、スポーツの在り方として理想的とは思えない。子どもたちの指導者には、侍ジャパンから学べることと一線を画すべき点の区別をしっかりしてほしい。勝てばいいという価値観は、現代の子どものたちの気質に合わなくなっているように感じる。
オリンピック初メダルのドミニカ共和国に学ぶべきこと
集大成の東京五輪が終わり、侍ジャパンは一区切りをつけた。メディアでは早くも次期監督候補が報じられているが、もっと大事なことがある。日本球界として何を目指していくべきか、議論することだ。日本の野球界にはこうした理念がないから、いつまでも目先の勝利を求めることにしか価値を見いだせずにいる。
個人的には、一人でも多くの子どもたちが世界最高峰の舞台=MLBで活躍できるように、スケールの大きな選手の育つ環境が整ってほしい。例えばそうした土壌を誇るのが、東京五輪で野球競技初の銅メダルを獲得したドミニカ共和国だ。
今季開幕時点のMLBに米国籍以外で最多の98人を送り込んだドミニカは、WBCと比べて大きく見劣りする一方、前向きにプレーする姿が印象的だった。8月3日に行われた決勝トーナメント敗者復活戦ではイスラエルを激闘の末に逆転勝利で下した後、相手ベンチに出向いて抱擁で称え合っている。日本でもこうしたスポーツマンシップがもっと浸透していけば、その先に競技人口減少の抑制や、より魅力的な球界につながっていくと思うのだ。
果たして、東京五輪は侍ジャパンにとって成功だったのか――。
その答えは、もう少し先の未来に出る。
<了>
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