「ルーツってなんだ?」 父はナイジェリア人、ラグビー大竹風美子が「他人との違い」に感謝する理由
オリンピック正式種目でもある7人制ラグビー女子日本代表「サクラセブンズ」の候補として活躍する大竹風美子は、競技歴わずか1年半で代表入り、高校まで取り組んでいた陸上で培った圧倒的なスピードを武器に活躍する。ナイジェリア出身の父と、日本人の母を持つ大竹は、「多様性のスポーツ」と呼ばれるラグビーこそ、自分が出合うべくして出合ったスポーツだと話す。
(インタビュー・文=大塚一樹[REAL SPORTS編集部])
ナイジェリアにルーツを持つ、埼玉生まれ、埼玉育ちのラグビープレーヤー
1999年生まれ、現在22歳の大竹風美子は、ナイジェリア出身の父、日本人の母の下に生まれた。
「埼玉で生まれて、ずっと埼玉で育ちました」
屈託ない笑顔で話す彼女は、父の祖国ナイジェリアには行ったことがないという。
「小さい頃から父がナイジェリアの文化だったり、こういう国なんだよと話していたので、日本の次に知っている国ではあるんですけど、アフリカ自体に行ったことがないんですよね。こんな状況ですけど、今一番行ってみたい国ではあります」
自分のルーツについて感じたり考えたりすることがあるか? こちらの質問に大竹は、「ルーツってなんだろう?」と悩みこむ。
「家でナイジェリア料理を食べたりしますね。うーん、ルーツってなんだ?」
近年特に、ジェンダーや人種の問題、日本を覆うさまざまなバイアスが話題になり、時に問題になったりもするが、大竹も幼少期は好奇の目にさらされ、それが自身の生活に影響を与えた時期もあったという。
「髪がくるくるだったり肌がちょっと黒かったりっていうので、もうしょっちゅうっていうか、やっぱり子どもなので、見た目の違いに対して直接言っちゃったりするじゃないですか。今でこそもう全然気にならないんですけど、小さい頃はそのせいもあって、やっぱり引っ込み思案だったし、お母さんの側を離れずになんならお母さんに隠れて歩くような子どもでした。じろじろ見られることが本当に嫌でした」
差別やいじめの体験を聞き出そうと思ったわけではないが、過去のエピソードを話す大竹に悲痛さはない。「今は全然気にならない」という言葉が、強がりでも諦めでもないのが声のトーンからも伝わってくる。
「気にならなくなったきっかけみたいなのは特にないんですけど、父も母もめちゃくちゃ明るい人なんです。その家庭に育ったというのもあると思います」
スポーツが変えてくれた「私」と「父との関係」
もう一つ、大竹が「大きかった」と話したのが、スポーツの力だ。
「本当にスポーツの力は大きいと思っていて、小さい頃から何もしなくても足が速かった。陸上やラグビーで、結果を残すようになってから、自分の遺伝子というか、ようやく父に感謝できるようになりました」
思春期の女の子が父親に複雑な感情を持つことは普通のことだが、「違い」を理由に周囲との距離を感じていた大竹は、「運動会とか、学校行事に来てほしくないと思う時期もあった」と話す。
「でもスポーツで結果を出すようになってから、そういうのが一切なくなって、もうむしろ『お父さん来て来て、見て見て』という思考に変わったんです」
引っ込み思案で何をするにも消極的だった少女は、自分の足の速さに気付いたことをきっかけに、姉の後を追いかけて陸上競技を始め、東京の陸上強豪校、東京高校に進む。
「東京高はすごい強豪校で、中学校からずっと短距離を中心にやってきたんですけど、記録が伸び悩んで、部内でも埋もれちゃうってなったときに、先生に七種競技をやってみないかと言われて七種競技を始めました」
七種競技は、100mハードル、走高跳、砲丸投、200m、走幅跳、やり投、800mの7種目を2日にわたって行うハードな混成種目。優勝者が「キング・オブ・アスリート」とたたえられる男子の十種競技の女子版の位置づけだ。
「100mハードルと200m、やっぱり短距離をやっていたので、この2つでポイントを稼いでいました。あと、砲丸投げはなぜかすごく得意でした」
授業でやったバスケでラグビーに勧誘される
大竹がラグビーを始めたのは、高3の冬、大学進学を機に本格的に取り組むようになったということだが、転向のきっかけになったのは、花園(全国高校ラグビー大会)出場13回、ラグビーの強豪校でもある東京高校でのあるエピソードが関係している。
高校3年生になった大竹は、体育の授業でバスケットボールをプレーした。パスを受けた大竹は、何を思ったかバスケットボールを持ったままゴール目がけて走り出してしまった。これを見ていた体育教師が、ラグビー部のコーチで、大竹は「ラグビーをやってみたらどうだ?」と進学後のラグビー挑戦を促されたのだという。
さまざまなメディアで取り上げられているエピソードだが、実際はどんな様子だったのか? しばし大竹とのやりとりをそのままご覧いただこう。
――あのエピソードは本当なんですか?
大竹:いや、本当なんですよね。先生たちの中では「ラグビーをやらせてみたい」というのはずっとあったみたいですけど、その体育の授業がきっかけというのは間違いないです。
――ラグビーやってみないかと誘われたとき、どんなふうに感じたんですか?
大竹:いや、もう「冗談でしょう!」って思って。当時の私の知識では、まず女子がラグビーっていうのが抵抗というか、「えっ? 何?」というのがありました。ラグビーの試合自体見たこともなかったんですけど、高校のクラスメートにラグビー部がたくさんいて、週明けに学校に来るとき必ず誰か松葉づえをついていて……。肩を吊ってるとか、『うわ、もう本当にエグい競技だな』くらいに思っていました(笑)」
――そんなエグい競技にチャレンジしようと思ったのはなぜなんですかね?
大竹:3年生のインターハイの時期にちょうどリオオリンピックがあったんです。そこで7人制ラグビーを見て、女子ももちろんやってましたし、めちゃくちゃ楽しそうって純粋に思ったんです。自分的にもインターハイで目標が達成できて陸上はやり切ったという感覚がある中で、ピンときたというか、やってみようかなって、最初は軽い気持ちで始めたんです」
――そこで見たのがセブンズだったから15人制ではなく7人制ラグビーを選んだというのもあるんですかね?
大竹:もともとラグビーは15人制しかないって思っていました。ぶつかって、タックルして、結構人と人がぶつかるイメージがあったんですけど、セブンズは鬼ごっこみたいな感じ。ボールを持っている人を追っかけて、走り回っていたので、これだったら自分のスピードが生かせるかもしれないと思いましたし、本当に楽しそうだったんです。
15人制と同じ広さのフィールドを7人でプレーする7人制ラグビー、セブンズは、スペースが大きく、攻守の切り替えが激しいスピーディーなゲーム展開が魅力のスポーツだ。15人制に比べてコンタクトプレーは少なく、大竹の言うように「鬼ごっこ」に見えなくもない。
日体大に進み、ラグビーを始めた大竹が戸惑ったのが、「止まる」という動作だった。どんどん加速してトップスピードに乗り、そのまま徐々に減速していく陸上と、相手の動きやボールの位置に合わせてストップ&ゴーを繰り返すラグビーとでは、動き方がまったく違う。中でも急に「止まる」動きは、大竹がそれまで経験したことのない動きだった。
「とにかく止まる動きが難しかったですね。どうやって止まったらいいか分からなくて。それと、走幅跳にしてもハードルにしても陸上は基本的に前にしか進まないんですよね。なので、横に動くのも難しかったです」
当初敬遠していたフィジカルコンタクトはどうだったのか。
「競技で人に触れるっていうことがまずなかったので、相手を痛めつけちゃうんじゃないかとか、お互い痛みを伴うのでいろいろ心配でした。痛いのも大嫌いなんですけど、プレー中はあんまり痛いと思わないんですよね」
アドレナリンのなせる業なのか、結果的にけがにつながるようなプレーでも、試合中は痛みを感じづらいという。
「関節脱臼とか肩が外れたりとか、何回かあるんですけど、なんでですかね? けがをしたことが分かると、『もうラグビー、はぁ』みたいに思うんですけど、なぜか早く復帰したい、ラグビーがしたいという気持ちになるんです。やっぱり『楽しい』が勝ってるんですよね」
今年2月には、前十字靱帯を痛める大きなけがを経験。地元開催のオリンピックを前に競技から遠ざかるという辛い状況にあるが、「このけがにも意味をもたらせるように」と、すでに前を向き、回復に努めている。
十人十色、個性が輝くラグビーの魅力は「多様性」
リオオリンピックでラグビーに目覚めた大竹が、さらにラグビーの魅力に引き込まれたのが、2019年に日本で行われたラグビーワールドカップ。こちらは15人制だが、当初感じていた荒々しい、激しいコンタクトスポーツというイメージとはまた違ったラグビーの側面が見えてきたという。
「現地に見に行かせていただいたんですけど、自国開催のワールドカップで、あのプレッシャーの中でベスト8は本当にすごいことだなと素直に感動しました。15人制の選手たちを見て、ラグビーにはいろいろなポジションがあって、体が大きい人、小さい人、足が速い人もいれば遅い人もいる。ポジションによって全然役割が違ったり、十人十色というか、本当に個性が輝くスポーツだなと改めて思ったんです。
私みたいに他競技からの転向組もいれば、3歳の頃からラグビーをやっている先輩もいる。スピードとパワーを武器に走りまくる私のようなプレーヤーもいれば、ボールコントロール、パス能力でチームを操る選手もいる。それこそがラグビーで、ラグビーにしかない魅力じゃないかなと思います」
同時にラグビーは代表選手の国籍についても他のスポーツとは一線を画す考え方を持っている。大竹は「そこについて深く考えたことはなかったけど」と前置きしながら、自らの考えを語ってくれた。
「外国籍の選手が日の丸を背負って、日本のために体を張っている姿は、他の競技ではあまり見ない光景ですし、ラグビーの一つのチームとしての絆のために一緒に戦える。ワールドカップでは特にナショナルチームとして戦うすごさを体感しました」
父がすでに日本国籍を取得していた大竹には22歳までと定められた国籍選択を行う必要はない。自らのルーツがナイジェリアにあることで、メディアで取り上げられる際もやはり「違い」を話題にされることも多いが、すでに話してくれたように自分の境遇をポジティブに受け止め感謝すらしている。
「父がナイジェリア人だからどうこうじゃなくて、自分ができることは全部やりたいって思っています。私がこういう環境に生まれて、今こうしてアスリートとしてプレーしていて、だからこそできることはたくさんあると思いますし、私だから発せられるメッセージもあるかもしれない。私は陸上やラグビーを通じて自分を変えることができたので、関わってくれた人や競技に恩返ししたい気持ちが強いんです」
引っ込み思案だった自分を変えてくれたスポーツに何が返せるのか。大竹風美子は自らのキャリアを通じて、今まで以上に輝き、ラグビー、スポーツへの恩返しを誓う。
<了>
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PROFILE
大竹風美子(おおたけ・ふみこ)
1999年生まれ、埼玉県川口市出身。東京・足立十四中学校で陸上を始め、陸上の名門、東京高校に進学。高校3年生の時には七種競技でインターハイ6位。3年の冬からラグビーを始め、日本体育大学1年生だった2017年に女子7人制ラグビー(セブンズ)で日本代表入りを果たす。翌年7月には競技歴わずか1年半で、ラグビーワールドカップセブンズに出場を果たした。
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