柳田悠岐・フルスイングの知られざる原点…少年時代の「大人が可能性を狭めない」指導にあり

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2020.06.10

日本野球界を代表するスラッガー、福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐は少年時代、典型的なリードオフマン(1番打者)だったことはご存じだろうか? 体は小さくて、線も細い。今の姿からはまったく想像もつかない野球少年のそれだった。
どんな名選手にも、必ず「少年時代」がある。野球と出会ったばかりのその時期に、いったいどんな時間を過ごしたのか? どんな指導者と巡り合い、どんな言葉を掛けられ、どんな思考を張り巡らせて、プロ野球選手へとたどり着いたのか?
日本球界を代表する選手たちの子ども時代をひも解いた書籍、『あのプロ野球選手の少年時代』(宝島社/⇒詳細はこちら)を上梓したスポーツライター・編集者の花田雪氏に、柳田悠岐の“知られざる秘話”を明かしてもらった――。

(文=花田雪、写真提供=宝島社)

決して特別な存在ではなかった柳田悠岐の少年時代

コロナ禍で延期を余儀なくされていたプロ野球の開幕が、6月19日に決まった。

当初の予定からは約3カ月遅れ。
とはいえ一時の状況を考えれば、ひとまず「開幕」が正式決定したことは選手、関係者、そして多くのファンにとっても朗報だといえる。

しばらくはテレビやネットを通じての観戦になりそうだが、それでもプロ野球選手のプレーが久々に見られる。

筆者も今年の春先まではキャンプ取材などでプロ野球選手のプレーを目の前で見ていたが、30代後半を迎えた今でも、やはりプロ野球選手はある種、憧れの存在だ。

ブルペンでの投球を見れば「一度でいいからあんなボールを投げてみたい」、フリーバッティングを見れば「あれだけ打球を飛ばせたら、楽しいだろうなぁ……」と思わずにはいられない。

目の前で繰り広げられる異次元のプレーを見ると、日本野球界の最高峰、プロ野球でプレーする選手はやはり「選ばれた存在」なんだと実感させられる。

ただ、すべてのプロ野球選手が皆、最初から「選ばれた存在」だったかというと、決してそうではない。

例えば、柳田悠岐。
今や日本を代表するスラッガーとなった彼も、少年時代は決して特別な選手ではなかった。

ホームランをバンバン打つ選手ではなかった

昨年、『あのプロ野球選手の少年時代』(宝島社/⇒詳細はこちら)の取材のため、筆者は柳田の故郷・広島県に向かった。そこで柳田が小学生時代にプレーした「西風五月が丘少年野球クラブ」の指導者に話を聞いたのだが、当時の彼の姿は今の「柳田悠岐」とはかけ離れたものだったという。

「確かに野球センスはありました。バットにボールを当てるのはうまいし、守備もそつなくこなせる。ただ、チームの中で彼が『絶対的な存在』だったかというと、決してそうではなかった。体は小さくて、線も細い。身長は1学年下の子どもたちと同じくらいで、小学校卒業時点ではまだ声変わりもしていなかったんじゃないかな」

柳田の少年時代を懐かしそうに語ってくれたのは、今もチームで子どもたちの指導を行う山本侃靖さんと佐藤賢治さんだ。

身長188cm、体重96kg――。
今でこそプロ野球選手の中でも恵まれた体躯(たいく)を誇り、パワー、スピード、技術全てを兼ね備えたアスリート型の選手としてその地位を確固たるものとしている柳田悠岐だが、当時と今の明確な違いはその「パワー」だった。

「今のように、ホームランをバンバン打つ選手ではなかったです。当時から足は速かったので、それこそ逆方向にヒットを打ったり、足で内野安打を稼ぐようなタイプ。チームでも1番を任せていましたが、典型的なリードオフマンでした」

野球センスは高いが、長打を放つほどのパワーはない。当時の指導者も、「当時の彼と今の彼の姿は、リンクしない」と語る。

そんな選手だったからこそ、当時の指導者は卒業後の柳田の進路を聞くたびに、「大丈夫かいな」と心配したという。

(小学生時代の柳田は今のような「パワー」は備えておらず、ポジションも内野手がメインだったという)

プロ入りのうわさが流れてきても「ホンマかいなと(笑)」

柳田は小学校を卒業後、中学校では地元のクラブチームである八幡少年野球クラブシニア、その後は広島商業高校、広島経済大学でプレーを続け、福岡ソフトバンクホークスに入団している。

特に高校、大学は広島県内でいえばいわゆる「エリートコース」だ。ただ、少年時代を知る指導者からすれば、「あの子が本当にやれるんだろうか」という思いの方が強かったという。

「それこそ、広商に行くと聞いた時には『3年生でレギュラーになれればいいな、甲子園に行ってくれたらうれしいな』、経大に行くと聞いた時には『大学でもプレーできるならよかった。4年間、けがなくやってくれたらいいな』と、その都度感じていました。正直に言って、プロに行くなんてまったく思っていなかった。大学4年のころにプロ入りのうわさが流れてきた時も、ホンマかいなと(笑)。実際にドラフトで指名された時も驚きましたし、その時ですら『一年でも長く現役を続けてほしい。一試合でも多く、1軍の試合に出てほしい』と。まさかその後、あれだけの選手になるとは……」

もちろん、小学校卒業以降、中学、高校、大学と柳田は野球選手として着実にレベルアップを遂げてプロへの道を切り開いた。ただ、子どものころの指導者にとっては、やはり当時の印象が色濃く残っている。いつまでたっても、イメージは「小柄な野球少年」のままだったのだ。

代名詞の「フルスイング」は、小学校時代から変わっていない

ただ、そんな「プロ野球選手なんて想像できなかった」という一人の野球少年が、なぜこれほどの選手に成長できたのか――。

その理由の一端を、本人の口から聞くことができた。

「小学校のころはとにかく野球が楽しかった思い出しかないです。怒られた記憶もほとんどない。だから、野球をやめようと思ったことも一度もないですね。今思えば、あのころに『野球にハマれた』ことが一番大きかったんじゃないかな。中学、高校と野球を続ける中で、やめたいと思うことは何度もありましたけど、そこで踏ん張れたのは小学校時代の楽しかった思い出があったからかもしれないです」

西風五月が丘少年野球クラブはチームの方針として、「野球を好きになってもらう」ことを大前提に活動している。勝利はもちろんだが、それよりも野球をすること、体を動かすことの楽しさを伝える。だから、細かな技術指導などは基本的に行わない。

「小学校のころは体も小さくて打球は飛ばなかったんですけど、それでも『遠くに飛ばしたい』という思いはずっと持ち続けていました。だから、練習でも試合でも、むちゃくちゃ振り回していましたね。でも、それを監督やコーチから指摘されたり、矯正されることもなかったですね」

柳田本人がこう語ってくれたように、実はバッティングの「スタイル」そのものは、小学校時代からあまり変わっていないという。代名詞であるフルスイングは、当時から貫き通したものだ。

「バッティングのフォームとか、思いっきり振る姿勢とかは、確かに『あまり変わっていないなぁ』というのが率直な印象です。当時は思いっきり振ってもパワーがないから外野の前に落ちていた打球が、体格が追い付いてきてパワーがついたことで、スタンドインするようになった。そんな感じかもしれないです」

(柳田の代名詞「フルスイング」は小学生時代から貫き通したものだった)

「勝つため」を目的に、大人が矯正しなかった

「スタイルはあまり変わっていない」というのは、本人だけでなく当時の指導者も語ってくれた事実だ。

足が速くてバットにボールを当てることがうまい打者なら、例えば「逆方向に転がせ」「もっと確実性を上げろ」という指導が行われても不思議ではない。ただ、西風五月が丘少年野球クラブでは、そんな指導は行われなかった。

「もちろん、あのスタイルでもちゃんと打てていたというのが一番ですよ(笑)。ただ、本人がせっかく楽しくやっているのに、それをわれわれ指導者が『勝つため』といって口出ししたり、矯正することは、チームの方針とは合わない。結果もそれなりに出ているのであれば、やりたいようにやらせてあげるのが一番です」

山本さん、佐藤さんはサラっと語ってくれたが、もしもその時、柳田少年に「バットを短く持って転がせ」というような、教科書通りの指導を行っていたら、今の柳田悠岐は生まれていなかったかもしれない。

子どものころ、のびのびと野球を楽しみ、型にハマるような指導を受けずにいたからこそ、後に大きな成長を遂げることができた。

もちろん、すべての子どもが柳田悠岐になれるわけではない。ただ、可能性を狭めるような指導を続けたら、彼のような選手は生まれない。

「子どもの可能性を狭めない」

野球だけでなく、教育に関わる全ての事象で聞かれる言葉だが、柳田悠岐の少年時代を探るうちに、その重要性、必要性をあらためて痛感させられた。

<了>

秋山翔吾、前田健太、柳田悠岐、菅野智之、山﨑康晃、鈴木誠也……
彼らはどのような少年時代を過ごし、
日本を代表するプロ野球選手、メジャーリーガーになれたのか?
その成長の軌跡を収めた貴重な一冊
『あのプロ野球選手の少年時代』
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