
世界中で「スポーツの灯火」が封じられた3月。希望の光はJリーグの果断にあり
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世界中で「スポーツの灯火」が、次々と消えていった2020年3月。9年前の東日本大震災の時には、われわれに勇気と希望をもたらしてくれたスポーツが、行えない。危機的状況にある。ついには、東京五輪の開催延期が発表され、続いてJリーグの公式戦延期の発表……。まさに「激動の3月」。起こったスポーツ界の出来事をあらためて整理しながら、今後の日本スポーツ界の動向について考える。
(文・写真=宇都宮徹壱)
スポーツ界にとっての「激動の3月」を振り返る
濃密すぎた2020年の3月が、間もなく終わる。たまたま3月1日が筆者の誕生日だったこともあり、今月はやたら長くて変化の激しい濃密な日々に感じられた。とりわけスポーツ界においては、まさに「激動の3月」という言葉がふさわしい。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、Jリーグは2月25日の時点で公式戦の延期を決定。後追いするように、他のスポーツ興行団体も、相次いで中止や延期、あるいは無観客試合を発表した。かくして今年の3月は、日本から「スポーツの灯火」が一斉に消え失せてしまったのである。
世界に目を向けると、潮目が大きく変わったのが3月12日(日本時間)であった。この日の未明、スイス・ジュネーヴにあるWHO(世界保健機関)が「パンデミック(世界的大流行)と表現できるとの判断に至った」と発表。欧州フットボール関係者の陽性反応が、相次いで報告され始めたのも、まさにこの日からであった。感染拡大の影響を受けたのは、もちろんサッカー界だけではない。アメリカバスケットボールのNBA、F1オーストラリアグランプリ、そしてカナダの世界フィギュアスケート選手権も相次いで中止に追い込まれた。
奇しくも同日の日本時間19時、NHKニュースは東京五輪の聖火リレーのための採火式の様子を、古代オリンピア遺跡からライブで伝えている。思えばこの時点で、すでに東京五輪は迷走状態。IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長が「WHOに求められれば開催は断念せざるを得ない」とコメントすれば、アメリカのドナルド・トランプ大統領も「延期が望ましい」と発言するなど、史上初の延期への伏線は張られていたのである。それが決する3月24日までの間、東京五輪は「完全な形での開催」と「延期(あるいは中止)」の間で激しく揺れ動くこととなった。
世界中で次々と「スポーツの灯火」が消えていく、ショッキングな日々。「もはやスポーツどころではない」という状況が続く中、なぜか東京五輪については粛々とプログラムが進行していく。それが急転直下で開催延期が決定し、日本国内での聖火リレーも直前に中止となった。ことスポーツという観点で見ると、まさに異常と不条理の連続だった2020年の3月。新年度で頭の中がリセットされる前に、あらためて今月に起こったスポーツ界の出来事を整理しておきたい。
実は「3.11」のほうが希望はあった?
われわれ日本人にとって、弥生3月は「別れの季節」であり「鎮魂の月」でもある。2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原発事故。あれから9年の歳月が流れた。死者・行方不明者は2万2000人以上(関連死を含む)。新型コロナウイルスによる死者も、26日未明の時点で2万人を超えたことが報じられた。「3.11」の犠牲者の数を追い抜くのは時間の問題だが、それでもパンデミック宣言から2週間が経過していることを考えれば、いかに9年前の被害が甚大なものであったか容易に想像できるだろう。
9年前の震災直後の情景を思い出すと、今でも記憶の色彩はグレートーンのままだ。幸い筆者の友人や知人に犠牲となった人はいなかったが、震災直後は被災者でなくとも、精神的に追い詰められる日々を送っていた。連日TVで流れる津波の映像と、刻々と増えてゆく死者・行方不明者の数。原発事故の影響や余震の恐怖、そしてSNSで流れてくる無責任なデマと「不謹慎!」の大合唱。ほとんどの日本人があの時、程度の差こそあれ「生と死」について向き合うことを余儀なくされていたのである。
ただ、誤解を恐れずに言えば、あの時は今と比べてまだ救いがあった。なぜなら、打ちひしがれた国民を勇気づける「スポーツの灯火」があったからだ。国内のスポーツは延期を余儀なくされたものの、海外でプレーする日本人アスリート、そしてそのチームメイト、さらにはリーグ全体や国全体が、日本に向けて心強いメッセージを送ってくれた。そして国内でも、震災発生からわずか18日後に、大阪・長居でサッカーの慈善試合『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!』が開催されている。
極論するなら、9年前の「3.11」は東北3県を中心とする、東日本限定のカタストロフィーであった。だからこそ、われわれは世界中からの勇気と支援を得ることができたし、電力供給に不安のなかった地域でのチャリティーマッチ開催も可能となった。しかし今回の新型コロナウイルスは、まさに地球規模での感染拡大が続いており、スポーツ観戦どころか外出さえままならない国や地域も少なくない。世界中で「スポーツの灯火」が封じられたという意味では、まさに世界大戦級の危機的状況と言えよう。
東京五輪の延期決定で思い出されること
そんなさなかでの、東京五輪開幕に向けたセレモニー。ギリシャ国内での聖火リレーは、群衆が集まってしまうために中止となり、日本の(東京オリンピック・パラリンピック競技大会)組織委員会の引き継ぎ式も大幅に縮小された。20日には宮城県の航空自衛隊松島基地で聖火到着式が行われたが、ブルーインパルスが上空で描いた五輪は強風で流されてしまい、点火棒の火が何度も消えるハプニングも発生。聖火は翌21日に仙台駅前で展示されたが、想定をはるかに超える5万人が集まってしまい、感染リスクが高まる密集状態を作り出すこととなった。
本来であれば「スポーツの灯火」となるはずだった東京五輪。しかし「予定どおり開催する方向を目指す」とするIOCの頑迷さと、これに追随する開催国の主体性のなさに、スポーツファンの心は一気に醒めてしまった。当然、各国の関係者や選手からは「現状に即してない」「選手の健康を第一に考えるべき」といった反発が続出。結果としてIOCは開催延期を決定したわけだが、その間に五輪のブランディングを大いに毀損させてしまった事実については、しっかり向き合う必要があるだろう。
もちろん、非難されるべきはIOCばかりではない。日本側の対応や責任ある人々の発言についても、ただただ幻滅するばかりであった。あれほど「完全な形での開催」を主張してきた組織委員会の森喜朗会長は、風向きが変わると「最初の通りにやると言うほど愚かではない」と一転して延期を容認。先の戦争で「本土決戦」が叫ばれながら、一夜にして民主主義を受け入れた75年前のわが国の状況も、きっとこんな感じだったのだろう。
もう一つ今回の延期決定で思い出したのが、1996年に「日韓共催」が決まった、2002 FIFAワールドカップの招致活動。日本側は「共催はあり得ない」というFIFAの言葉を信じていたのに、土壇場でハシゴを外されて共催を受け入れることとなった。それで得られたものも確かにあったが、共催が目的化したことで見失われたものも、実は少なくなかったのである。あれから四半世紀。IOCの意思決定に振り回されたあげく、多くの損失と混乱を甘受せざるを得ない開催国の現状を見ると、なんともやりきれない気分になる。
世界はJリーグの動向に注目している?
東京五輪の延期が決まった翌日の25日、Jリーグもまた公式戦の再延期を発表。J3は4月25日に開幕予定だが、J1とJ2の再開は5月までお預けとなってしまった。今回のパンデミックがいつ収束するのか、そして日常的な生活はいつ戻ってくるのか、それは誰にもわからない。ここで危惧すべきは、われわれが「スポーツの灯火」そのものを忘れてしまうことである。人間は空腹の状態が続くと、いずれその状態に順応してしまう。今の状況が長引けば、スポーツや芸術や音楽や演劇も、同様の現象が起こりかねないだろう。
世界中で「スポーツの灯火」が、次々と消えていった2020年3月。われわれはスポーツを楽しむありがたみを痛感する一方、「アスリート・ファースト」とは名ばかりの五輪の正体も目の当たりにした。あとから振り返れば、これはこれで貴重な経験だったのかもしれない。今後はプレーヤーもファンも、感染リスクを回避するための知識を共有した上で、日本のスポーツ界を少しずつ再起動させていきたいところだ。
そんな中で救いに感じられるのが、Jリーグの果断なアクションである。国内のあらゆるスポーツに先駆けて、公式戦の中止を決定して以降も、NPB(日本野球機構)と合同で「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立。専門家の意見をいち早く取り入れながら、再開までのプロセスを慎重かつ綿密に模索し続けている。そして、最悪の状況を常に想定しながら、今季のJ1・J2の降格を一時的に廃止することを発表。結論に至るまでの経緯についても、速やかにメディアに開示することで、ファン・サポーターやパートナーへの理解を求めてきた。
欧州やアメリカと比べれば、今はそれほど深刻な状況にはない日本。本稿執筆時点で、J1からJ3までの所属選手1650人から感染の報告は1件も出ていない。これは欧州の関係者には驚くべきことであり、彼らもまたJリーグ再開のプロセスにも注目することだろう。世界の人々に希望をもたらす「スポーツの灯火」。それは意外と、われわれの身近なところにあるのかもしれない。
<了>
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