ラグビーW杯で初上陸「スポーツホスピタリティ」とは? 今さら聞けない欧米で常識の観戦法
「スポーツホスピタリティ」とは何か?欧米のスポーツ界ではすでに常識となっている新しい「観戦体験」で、大盛況のうちに幕を閉じたラグビーワールドカップ2019で初めて本格的に導入された。日本ではまだなじみが薄く、観戦チケットの延長線として認識され本来のあり方と異なる認識をされてしまうことがある。なぜ日本スポーツ界はスポーツホスピタリティの分野で世界に後れを取っているのか、定着するためには何が必要なのか?スポーツホスピタリティの第一人者、STH Japan株式会社の執行役員の倉田知己氏に聞いた。
(インタビュー・構成=浜田加奈子[REAL SPORTS編集部]、写真提供=STH Japan株式会社)
スポーツホスピタリティは観戦チケットの延長線じゃない
まずはスポーツホスピタリティの概念について教えてください。基本的な考えとしては、眺めの良い席とスタジアムまでのアクセスがあり、特別なスペースで試合の前や間に食事やイベントに参加いただくことを総じてスポーツホスピタリティと呼ぶ認識でよろしいでしょうか?
倉田:そうですね。商材としてのスポーツホスピタリティはそういう概念で問題ないですが、個人と法人ではそれぞれ購入目的が異なります。欧米だと、多くが法人単位で購入され、それを企業内、関連会社、取引先の方々との接待やコミュニケーション強化のために活用いただいています。これまで日本では招待チケットを配って終わってしまうことが多かったのですが、ホスピタリティチケットですと、スポーツ観戦にプラスして、食事やエンターテインメントなどのプレミアム体験ができ、招待者に特別な印象を与えることができます。
個人の方はどちらかというと富裕層・高所得者の方が多く、ご家族連れや仲間内などで特別な時間を過ごすために購入されています。
スポーツホスピタリティは、他の観戦者とは少し違う体験がしたい、招待であればそのような体験をしていただきたいという思いから、記念日や特別なイベントを楽しめる場としての考え方に基づいています。
海外ではスポーツホスピタリティの認知度が高いので、ラグビーワールドカップ2019のスポーツホスピタリティパッケージ購入者は海外の方が多かったでしょうか?
倉田:本格的なスポーツホスピタリティパッケージは日本では今回のラグビーワールドカップが最初でしたが、日本は欧米から距離もありますので販売数からいうと国内がだいたい7割、海外が3割でした。ただ海外のお客さまから見ると、今までのラグビーワールドカップはラグビーの主要国、強豪国の開催が多かったので、今回の日本を新しいデスティネーション(旅行先)として楽しんでくださっているようにも感じました。
海外の3割は法人のお客さまが多かったでしょうか?
倉田:そうですね。比率から申し上げるとだいたい個人の方が7割、8割ほどですが、アカウント単位でいいますと法人だと例えば1アカウントで100名単位で購入されるケースもありますので、個人だと1、2名なので総じて法人の方が多いと認識しています。
日本の需要を見ながら日本に合うホスピタリティを考えていく
スポーツホスピタリティについて調べた際に日本語で書かれているサイトはほとんどありませんでした。まだまだ認知度が低いということですね。
倉田:日本でも例えばプロ野球の球団自らが「〇〇シート」として販売していますが、このタイプは観戦チケットの延長線上にとどまると考えます。スポーツホスピタリティは、食事やエンターテインメント・プログラムの中に観戦チケットが含まれるというコンセプトですので、そこを日本でまず定着させたいと思っています。
日本で行うスポーツホスピタリティも海外と同様、BtoBコミュニケーションの活用目的で販売している面もあると思いますが、やはり観戦チケットの延長線上という認識の方が多い気がします。その辺りが混在しないようにBtoB、法人のための接待の場だと線引きをしっかり決めて今後も打ち出していくのでしょうか?
倉田:一般的な考え方ですが、それは両輪になっていると思います。個人の方の需要もありますし、今は「モノからコトへ」と消費が変わってきているので、やはりスポーツイベントの中で個人的な記念日、イベントなどにこの商材を使っていただきたいと思います。ですから、法人、個人に特定することなく、逆に需要を見ながら日本だと海外のように法人中心よりも個人向けがマーケットの広がりがあれば、そちらにシフトしていくことも考えられると思います。
例えば、お食事の際のテーブルプランをどうするか、10名テーブルの場合、法人であれば10名単位で購入いただけますが、個人の場合だと1名、2名の場合もありますので、そういう方々をどこに座わっていただくかということは重要です。将来的には、個人の方に対しては、航空会社のウェブサイトのように事前に座席のリクエストを受け付けることで金額が変わったりする仕組みやその席から見える景色がわかるシステムなどを上手に使いながら個人向け商材を作り、価値とのバランスをとることが求められてくる気がします。
日本開催のラグビーワールドカップで実践をし、それを踏まえて今後日本でビジネスを広げていきたいと考えていらっしゃることでしょうか?
倉田:そうですね。今回もできる限りの準備をしたつもりですが、まだ改善点や将来に向けて手を打つ余地があるかと思っています。ラグビーワールドカップの実績は導入の部分として、そこから新たな商材に踏み込んでいかないとマーケットが広がらない気がしますね。
日本の場合は観客席でグレードの差を出しにくい分、より難しいですよね。
倉田:スポーツの世界をはじめ日本の社会基準のベースはイクオリティ(平等)が重要であるため、このホスピタリティの概念と相反する面があります。そのギャップをこれから日本流にきめ細やかに埋めていきたいと思います。
ゆくゆくは日本独自のスポーツホスピタリティができてくる可能性があるということでしょうか?
倉田:個人的には可能性は高いと考えています。スポーツホスピタリティは、これからのスポーツ経済を活性化する手法として位置付けられると思っています。
スポーツクラブやリーグ側も、観戦チケットやユニフォームスポンサー、広告収入等基本的な収入源は安定・定着してきているものの、それ以外の収益源のチョイスがあまり見えてこないという限界を認識されていると思います。企業サイドに、広告やユニフォームのスポンサーだけでなく、さらなるアクティベーションとして自社のビジネスにつなぎながらスポーツに貢献できるスポーツホスピタリティの仕組みを理解いただければ、比較的投資もしやすいのではないかと思います。現時点では、コンテンツホルダー側と企業側にそこまでの可能性をご理解いただけていない状態のため、大型スポーツイベントの観戦チケット不足という点にフォーカスが当たっているのが課題だと思います。
企業にとって価値のあるスポーツホスピタリティを創造する
スポーツホスピタリティの価値が理解されることで、スポーツクラブ、リーグ、スポンサーとなる企業、双方にメリットのあるプレミアムなチケットだという認識をもう少し広げないといけないですよね。
倉田:企業目線ですけど、日本でもこれから業態、業種が変わり、以前中心だったBtoCからBtoB、BtoBCへと商流が変化しており、日本製品がデバイス化しています。そうすると一般的な広告戦略よりも、リレーションでビジネスを行い、インナープロモーションでうまくコミュニケーションをとる仕組みというのが大事になってくると思います。グローバル化の波もありますからダイバーシティの拡大を含め外国の方もたくさん取引先に増えてきた時に、そのニーズに応じたコミュニケーションが必要になってくると思います。そこにスポーツホスピタリティのような企業接待の仕組みが認識されてくると、スポーツ界や他の関連する業界にもメリットになると思います。
接待などで使われる野球やサッカーなどのスポーツ観戦はスポーツクラブ、リーグのスポンサーになっている企業でしか使えないイメージが強いので、スポンサーではない企業が接待の場として使える席で食事と観戦がセットになっているものがあると良いですね。
倉田:今年1月19日に開催されたBリーグのオールスターゲームで、ホスピタリティプログラムのアドバイザリーを務めさせていただきましたが、オールスターゲームに出場する選手にホスピタリティスペースに来てもらい、舞台上のインタビューのみならず、お客さまとのフォトセッションの機会を導入することによって、プレミアムな体験を提供することができました。このようなその場でしかできない、そして、その後第三者に「自慢できる」プログラムが必要かと思います。
オールスターゲームでのホスピタリティは他のスポーツでの可能性も広がりますよね。
倉田:やはり、お祭りのような要素があるとホスピタリティの需要度が高くなっていくと思いますね。お客さまに非常に喜んでいただいたので、スポンサーのカテゴライズというのもこれからスポーツクラブ、リーグで検討いただき、広告スポンサーのような露出はないけれど、ホスピタリティスペースが使える、元選手などに来てもらえるカテゴリーも面白いですし、スポーツクラブ、リーグが保有する価値利用の選択肢が増えてくると思いますね。
スポーツホスピタリティスペース確保の現状と課題
日本のスタジアム、アリーナは限られたスペースしかないので、国際大会であれば近場に仮設施設を建てて行うことはできると思いますが、オールスターゲームなど国内開催大会の際にスポーツホスピタリティを起用するとなった場合、場所の確保などの問題が出てきますよね。
倉田:今は隣接する建物、あるいは施設の中で使わないスペース、例えば会議室、用具室などを装飾して実施していますがそれも限界がありますし経費もかかります。ただ、スポーツホスピタリティに価値を見出し購入いただいたお客様に対しては、より快適な環境を提供できるようにしたいと考えています。
今回のラグビーワールドカップで工夫されたことはあるのでしょうか? 他国でのスポーツホスピタリティのキャパシティの確保やビジネスモデルはどうなっているのでしょうか。
倉田:日本は基本的にスタジアム内にホスピタリティスペースや適当な空間がまだ少ないため、今回の横浜会場では1300人ほどのキャパシティがある仮設施設を建てたり、東京や大分会場は隣接する体育館の中をうまく装飾をしたりしました。
もともと大型のスポーツイベントの場合は、スタジアム内の施設や空間利用には優先順位がありトーナメントゲストと言われる主催者側のゲストが入るスペース、スポンサーがゲストを招待するスペースを確保するとほとんどそれで埋まっていくため、我々はそれに準じたプライオリティになるため、空間が不足する場合は工夫を凝らします。
イングランドのラグビー協会が保有するトゥイッケナムスタジアムはスタジアム内にホスピタリティスペースが200ルームほどあり、基本10年契約と言われています。スタジアムオーナーにも前もって10年分の資金が入る仕組みです。球団側にもスポーツホスピタリティを通じた資金調達の可能性は相当大きいと考えます。
ラグビーワールドカップ横浜会場のスポーツホスピタリティスペースは販売が好調でした。他の会場も含めて販売状況はいかがだったでしょうか?
倉田:複数の試合分を同じ方が購入している場合もありますが、順調な売り上げで前回大会と変わらないぐらいの実績がありました。日本でも相当なポテンシャルがあることが証明されたと思います。
<了>
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PROFILE
倉田知己(くらた・ともき)
1960年生まれ。STH Japan株式会社・執行役員。JTBにてシドニー支店勤務時代の2000年シドニー五輪の現地斡旋本部の責任者として大型スポーツイベントに関わって以来、北京五輪やロンドン五輪をはじめ社内で大型国際スポーツ関連事業に多面的に従事する。現在は英国のスポーツホスピタリティ専門会社であるSTHグループと株式会社JTBが共同出資したSTH Japan株式会社の執行役員としてスポーツホスピタリティ事業を推進する。
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