イタリアで深刻化する人種差別は“他人事ではない” クリバリ、ルカクの闘う決意

Opinion
2019.10.29

ヨーロッパの地、特に近年イタリアにおけるスタジアムでの人種差別問題が後を絶たない。

多くの選手が犠牲になり、ナポリに所属するセネガル代表カリドゥ・クリバリは一時「自分がこの世界に属していない」と口にするまでの絶望的な感情を抱いたものの、現在は「僕らは残り、彼らこそが去るべきだ」と人種差別と闘う決意を口にしている。

なぜスタジアムにおける人種差別は根絶されないのか? 極右勢力とのかかわりが“公然の秘密”とさえいわれる現状を追った。

(文=結城麻里、写真=Getty Images)

クリバリとナポリの相思相愛

モンキーチャント(猿の叫び声)、バナナ投げ、「汚い黒んぼ」などの恥ずべき言動……。

悲しいことにフットボールのスタジアムで、醜い人種差別が後を絶たない。この秋もセリエAでインテルのロメル・ルカクが犠牲になったのに次いで、UEFA EURO2020予選までが人種差別の舞台と化している。だが犠牲になったブラックたちはもとより、多くの良識人も差別根絶の闘いに立ち上がっている――。

衝撃が走ったのは9月1日。マンチェスター・ユナイテッドからインテルに移籍してきたばかりのベルギー人ロメル・ルカクが、カリアリでのアウェー戦でモンキーチャントを浴びたのだ。この一件は欧州で大きく報道され、フランスでも「またか!」と批判が噴出した。フランス人選手も何度も犠牲になってきたからだった。

遡れば枚挙にいとまがないが、ここ数年で最も有名になったのはセネガル代表カリドゥ・クリバリの事件だ。

クリバリはセネガルがルーツだが、フランス生まれのフランス人。フランスのFCメスでキャリアをスタートし、ベルギーのKRCへンクを経て、イタリアのナポリに入団した。そして2シーズン目の2016年2月3日、遠征地ラツィオですさまじいモンキーチャントを浴びた。

このときクリバリは「本当に傷ついた」という。「恥ずかしくて、自分の居場所がないような、自分がこの世界に属していないような印象さえもった。でも後になって逆だと思ったんだ。彼らこそ恥を感ずるべきで、僕ら自身が地球上に居場所があることを示すべきなんだってね」。

そしてクリバリは猛烈な努力を開始した。ナポリの人々も直ちにクリバリへの連帯を示す行動を組織し、1週間後の試合ではナポリの観衆がクリバリの顔写真を掲げて人種差別に抗議した。こうしてクリバリは世界屈指のDFになった。クリバリとナポリの相思相愛は今も強烈である。

ところが2018年12月26日、またしてもクリバリにモンキーチャントが襲い掛かった。インテル戦だった。クリバリは聞こえぬふりをした主審に思わず皮肉の拍手を送る。すると主審は、人種差別に対しては何もせず、逆にクリバリに2枚目のイエローカード、つまりレッドカードを突きつけたのだった。

この第2の事件も衝撃を引き起こし、インテルは一応、2試合の無観客試合開催という処分を受けた。だが、ナポリのカルロ・アンチェロッティ監督が「再び同じシナリオが展開したら(自分の)チームはピッチを去る」と抗議したのとは対照的に、セリエAはクリバリのレッドカードを取り消しもしなかった。

黒人選手はイタリアを去るべきか? 残って闘うべきか?

パリ・サンジェルマンからユヴェントスに移籍したブレーズ・マテュイディも犠牲になった。

すでにヴェローナでもモンキーチャントを浴びていたマテュイディは、2018年1月6日のカリアリ戦で差別的叫びを聞き取ると、激怒して観客席のほうを振り向き、次いで主審に確認させて証人にした。このときは審判もさすがに逃げられなかった。

だがマテュイディにモンキーチャントを浴びせたヴェローナは、たった2万ユーロの罰金処分だけ。一方カリアリのクラブは、「君は巨大な選手。若者の模範だ。肌の色からサルデーニャ・アレーナ(カリアリの本拠地)で侮辱を受けたなら、我々は君に謝罪したい」と、このときは低頭に謝った。当のマテュイディはといえば、半年後にフランス代表と世界王者に輝き、ピッチで見返している。

イタリアでは、ジブリル・シセ、ポール・ポグバらも犠牲になってきた。そもそも自国代表マリオ・バロテッリに対しても一貫した差別が続き、モンキーチャントばかりか「黒いイタリア人などいない」の横断幕まで登場したことがあるのだから、空いた口が塞がらない。

フランスでも少数ながら差別事件は起きたことがあり、バロテッリも2度だけ差別語を浴びたことがあった。だが集団的行為はなく、マテュイディが犠牲になって以降は、観衆の誰かが差別用語やチャントを吐いた時点で、主審が試合を中断するようになっている。

冒頭のルカクに話を戻すと、これに怒ったトルコのイスタンブール・バシャクシェヒルに所属するデンバ・バは、「だから僕はイタリアでプレーしないと決意したんだ。すべての黒人選手がリーグ(セリエA)を去るよう望む」と呼びかけた。だがクリバリはこう指摘する。

「強烈なフレーズだと思う。でも(僕らが)イタリアフットボールを去るのは、人種差別主義者たちに正当化の理由を与えてしまうんじゃないかな。彼らこそが去るべきなのだ。僕らは残って、いつだって存在しているぞと示すべき。それが(イタリアサッカー)連盟や他機構を助けることにもなるかもしれない。サポーターが罰せられたり、高額の罰金を受けたり、(罰として)勝ち点を奪われたりするのを、僕はまだ見たことがないからね」

ドイツとイングランドを経てイタリア入りしたローマのエディン・ジェコも、イタリア連盟の対応をこう批判した。

「イングランドでは状況が改善された。思うに人種差別は、他国よりイタリアで大きな問題になっている。(イタリアサッカー)連盟が問題を直視して、何らかの措置でストップをかけるよう祈る。連盟は選手たちを守るべき。何人かの叫びが聞こえたら、スタジアムから追い出すべきだ。彼らが二度と来られないようにすべきなのだ」

だが今回ルカクを苛んだカリアリのサポーターたちはコミュニケ(声明書)を発表し、「イタリアは他国のように人種差別が本当の問題になる国ではない。(モンキーチャントは)人種差別からではなく、しくじらせるためにやっているだけ。今後も続けるだろう」と開き直った。

ウルトラス研究者セバスチャン・ルイ氏は、「スタジアムは社会を映し出す鏡で、我々は今、極右勢力がためらいもなく自分たちのオピニオンを声高に掲げる時期にいる」と分析。イタリアのモンキーチャントに極右がかかわっていることは、いまや公然の秘密になっている。

「皆がこの世界で好きに生きていい」世界へ

だがイタリアで踏ん張る彼らの闘いは、他の被差別者たちを励ましてもいる。現にクリバリの闘いは、アメリカ女子サッカーのミーガン・ラピノーの闘いに勇気とインスピレーションを与えたという。その事実に「驚き、うれしかった」というルカクは、こう語る。

「まったく彼女の言うとおり。あらゆる差別が同じに扱われるべきだ。やれムスリムだから、キリスト教徒だから、無神論者だから、白人だから、黒人だから、ホモセクシャルだから、ヘテロセクシャルだから……と憎しみを覚える人たちを、僕は理解できない。他人の生活を踏みにじらない限り、皆がこの世界で好きに生きていいのだ」

ところが――。

ルカク事件の衝撃も冷めやらない10月14日、UEFA(欧州サッカー連盟)が主催するEURO2020予選ブルガリア対イングランド戦で、ブルガリアサポーターからモンキーチャントが飛び出した。被害に遭ったのは、イングランド代表のタイロン・ミングス、マーカス・ラッシュフォード、ラヒーム・スターリング。しかもブルガリアサポーターたちは、ナチス敬礼までやってのけた。人種差別と血なまぐさい戦争の因果関係が、くっきりと浮き彫りになった格好である。

今回のEURO予選ではすでに、ハンガリー、スロバキア、ルーマニアも人種差別で無観客試合処分を科されていたが、それでも一部ブルガリア人の黒い動きを止められなかったことになる。

この事件後FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長は、「もし人種差別行為がフットボーラーを狙ったら、試合を中断しなければならない。これらの人々を罰しなければならない。彼らは逮捕され、スタジアムから追放され、二度と入れないようになり、彼らに対する司法手続きが取られねばならない」と発言せざるを得なくなった。言行一致を望みたい。

人種差別はその場で直ちに根絶やしにする。これが歴史の教訓だ。FIFA、UEFA、各国連盟は、一刻も早く人種差別根絶の手を打つべきである。

<了>

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