男女格差は差別か、正当か? 女子サッカー米国代表の訴訟問題が問い掛けるものとは

Opinion
2019.05.25

2019年3月、女子サッカー米国代表28選手が、男子代表と同等の賃金や待遇を求めて、米国サッカー連盟(USSF)を相手に訴訟を起こしたと現地メディアで報じられた。
「組織的に男女差別を行っている」と連盟を批判した同国代表チームは、ワールドカップで3度の優勝、オリンピックでは4つの金メダルを取り、世界ランキングは堂々1位(2019年3月発表)。
対する男子代表はワールドカップで最高ベスト8、世界ランキングは24位(2019年4月発表)。
これだけを見れば、確かに女子代表の言い分は通るようにも見える。果たしてスポーツの世界における男女間の賃金・待遇の格差は、差別といえるのだろうか、それとも――?

(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)

国際大会では好成績にもかかわらず、報酬が低い女子代表

2019年5月、米国サッカー連盟は、同国の女子サッカー代表選手たちが「性差別がある」として男子代表と同等の賃金や待遇を求めた訴訟に対し、差別を否定する文書を裁判所に提出した。女子サッカー米国代表は全28選手が原告となり、同一賃金法や差別を禁じる公民権法に違反すると訴えている。この訴えは突然のことではない。女子の代表選手たちは、何年も前から、男子代表と同等の待遇を求めてきた。

AP通信が伝えた訴訟の内容には、男子代表と女子代表の金額差が盛り込まれている。それによると、親善試合を20試合行い全勝したと仮定すると、男子選手の平均年俸が26万3230ドル(約2945万円)、1試合あたりの計算では1万3166ドル(約147万円)になるのに対し、女子は最高額で年俸9万9000ドル(約1107万円)、1試合あたりの計算では4950ドル(約55万円)だという。

ワールドカップにおいては、男子代表が2014年大会でベスト16の成績を収め、チームに対して総額540万ドル(約6億円)のボーナスが与えられた。女子代表は2015年のワールドカップで優勝したが、チームに対して与えられたボーナスの総額は172万ドル(約1億9000万円)だったそうだ

男子代表と女子代表は米国サッカー連盟と、それぞれ別に協約を結んでいる。給与とボーナスの比重や条件もそれぞれ違うので、単純に比較することはできない。それでも、女子代表は、国際大会で男子よりも好成績を収めているのにもかかわらず、報酬が少ないとはいえるだろう。

代表チームが生み出す“お金”の面では男子代表が女子代表を凌ぐ

訴えられた米国サッカー連盟にも言い分がある。AP通信は、連盟側の弁護士の話をこのように伝えている。2008年から2015年までの試合で、女子代表の試合が5300万ドル(約59億円)を生み出す一方で、男子代表は1億4400万ドル(約161億円)を生み出した。2013年から2015年までのテレビ視聴率も、男子代表は女子代表のおよそ2倍だった。さらに連盟は、女子代表には産休や保育など男子代表にはない福利厚生の条件をつけているとも述べている。

一般的に、ファンが代表やスター選手のゲームにひかれる理由に、スピードや強さなどが他の選手より優れていることが挙げられるだろう。そうした選手が自国を代表して、“自分たちの選手”として戦ってくれるからこそ、ファンは選手やチームそのものに自己投影できる。

男子選手と女子選手でスピードや強さを比較すれば、男子選手がはるかに上回る。女子選手は代表レベルであっても、トップレベルの男子高校生と対戦すれば負けてしまうことが多い。それが、男子の大会ほどに観客を集めたり、放映権料を得ることができず、スポンサーがつかない理由の一つといえるだろう。

この訴訟を報じた米国・日本それぞれのインターネットニュースの読者投稿コメントにも、その点を指摘するものが多かった。

例えば、
「スポーツは興行で競技力や迫力がモノをいう。スポーツの本質的な部分で男子に劣る」
「女子の試合は見る人が少ない。だから女子選手への報酬も少なくなる。シンプルな理由だ」
「男女格差ではなく、実力の格差」
といった具合だ。

現代社会では、これまで男性の労働者が多かった職場にも女性が進出している。多くの業種で機械化が進み、腕力がないとできない仕事が減ってきている。現実にはまだ女性の給与水準は男性よりも低いが、同じ仕事内容を同じように遂行する能力があれば、性別にかかわらず男女間で同一賃金にすべきということに多くの人が同意するはずだ。

ところが、スポーツの世界では事情が異なる。どれだけロボット化、テクノロジー化が進んでも、スポーツは生身の身体の勝負。世界トップの女子選手でも、身体だけで勝負すればパワーとスピードで男子選手にはかなわない。だから今でもほとんどの競技において、男子と女子に分かれて競い合う。今や、男子と女子に分かれなければいけないのは、公衆トイレ、公衆浴場と、スポーツくらいのものだ。

成果主義による報酬であれば、女子サッカー米国代表は、米国の男子代表よりもよい成績を残しているのだから、より多くの報酬をもらえることになる。しかし、性別に関係なく、個々のサッカーの能力に従って給料を支払うことになれば、女子選手は男子選手よりも少なくて当然ということになってしまう。性別でも、競技成績でもなく、観客動員数や放映権料など連盟の収入に応じて選手に報酬を支払うことが正当であれば、現時点では、女子選手は男子選手よりも低額が妥当ということになる。

男子とは違う“物差し”で観客をひきつけることが求められる

女子選手は、いくら努力をしても男子選手にはなれない。才能と努力でワールドカップを制して世界一になることはできたとしても、男性になることはできないのだ。

女子代表選手たちも、男子代表と同等の待遇を得るためには、観客動員を増やし、放映権料を獲得し、スポンサーを増やさなければいけないことはわかっている。これまでに多くのスポーツファンをひきつけてきた、より速く、より強く、より迫力をという物差しでは、男子選手にはかなわないこともわかっている。だからこそ、観客を増やすために、男子選手の試合を見るときとは、少し違う物差しで試合を楽しめるようなマーケティングをする必要があるだろう。

にもかかわらず、連盟側も同じように、“女子の試合は男子に劣るもの”という価値観に縛られてマーケティングや広報活動をしているのではないか。それが女子代表選手たちの不満の一つであるようだ。

違う物差しで観客をひきつけるというのは、決して露出度の高いユニフォームを着るという種類のものではない。そういえば、日本の高校スポーツは、スピードやパワーではプロに劣るものの、非常に高い人気を誇る。例えば高校野球は、良いか悪いかは別にして、観客を動員するのに有利な要素があるからだろう。見る人たちは、プロ野球とは違う価値を見いだしているのだ。

女子サッカー米国代表は、男子と同等の待遇を求めて訴訟を起こした。しかし、彼女たちの動機はお金だけではない。米国内だけでなく、世界の女子スポーツと次世代への責任感が彼女たちを動かしている。

同女子代表チームは、2年前に米国の女子アイスホッケー代表チームが連盟とストライキをちらつかせながら強く交渉したときにも、賛同とサポートを表明した。カナダのサッカー女子代表チームや米国の女子プロバスケットボールリーグWNBAからも、宿泊ホテルの待遇や医療の充実度についてアドバイスを求められてきた。ワールドカップ開催年の「国際女性デー」の日に提訴したのも、広く世界へ向けて発信する意図があったからだろう。彼女たちは、今すぐに大きな変化が起こることは期待していないはずだ。次世代の女子選手が代表になるころまでに、という時間軸で捉えている。

能力主義か、競技成績主義か。あるいは観客動員力というならば、女子選手と連盟は、スピードとパワーに優れる男子とは別の楽しみ方をファンに提供できるのか。現代に残された究極の身体活動の職場で、女子サッカー米国代表は、男女の格差問題とスポーツの価値を揺るがしている。揺るがすことそのもので、女子スポーツの在り方を問い掛けているのだと思う。

<了>

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