「妻がアスリートを支える」のは“当然”か? 夫婦の在り方と「内助の功」を考える
7月、韓国で開催された世界水泳選手権で、瀬戸大也が200m個人メドレーで日本人初の金メダルを獲得し、東京オリンピックの代表内定も勝ち取った。また瀬戸は同大会400m個人メドレーでも金、200mバタフライで銀メダルを獲得し、1大会で個人種目メダル3個という日本人初の快挙も成し遂げている。
この活躍の背景には、2017年に結婚した妻の優佳さん(旧姓・馬淵)のサポートがあったことがさまざまなメディアで伝えられている。もともと飛込で世界選手権に出場した経歴を持つトップアスリートだった優佳さんは、アスリートフードマイスターの資格を取り食事の栄養管理などによって夫を支えてきた。今大会の瀬戸の活躍を受けて、優佳さんへの称賛が相次いだ。優佳さんのサポートは本当に素晴らしいもので、そこに疑う余地はまったくない。
だが時に、アスリートである夫をサポートしていないと見なされた妻が批判の対象となることがあるように、アスリートと結婚した配偶者が「内情の功」でサポートをすることが、“当然”で“前提”のように語られることは決して少なくないだろう。
アスリートの夫婦の在り方について、あらためて考えてみたい――。
(文=谷口輝世子、写真=Getty Images)
現役アスリート同士の結婚生活は容易ではない
女子ゴルフ界のレジェンド、ナンシー・ロペスと、メジャーリーガーだったレイ・ナイトは、かつて最も有名な現役アスリート同士のカップルだったといっていいだろう。1982年から2009年に終止符を打つまで結婚生活を続け、3人の娘をもうけた。
1980年代半ばのインタビューで、夫のナイトは「家に帰ったときに、誰かが食事を作ってくれればと思わないこともない。けれど、妻は私のことを一番に考えてくれるから」と話している。一方のロペスは「家で娘たちと過ごしているときに、ゴルフをしたいと思うことはないけれど、ツアーに出ているときには、娘たちに会いたいと思う」と正直な胸の内を明かしてもいる。家にいるときには、ロペスは練習に時間をそれほど割いていなかったというが、それでも上位に食い込んでいたのは、彼女のすごさというべきか。
2人の結婚生活が長く続いたのは、アスリートとしてのお互いの苦しさを理解し合えること、メジャーリーガーとして稼ぎのあるナイトは妻のロペスのキャリアや稼ぎに嫉妬していなかったこと、などが背景にあったようだ。ちなみに2人とも再婚同士でもあった。当時の米メディアは、2人の結婚生活を1980年代の夫婦の形として取り上げている。
夫婦とも有名なトップアスリートのカップルは他にもいる。テニス界のレジェンド、アンドレ・アガシとシュテフィ・グラフ、元メジャーリーガーのノマー・ガルシアパーラと元女子サッカー米国代表のミア・ハム、元女子テニスのアナ・イバノビッチと元サッカー・ドイツ代表バスティアン・シュバインシュタイガーらだ。しかし、この3組は、結婚する前にどちらかが現役引退を決めていたか、結婚後1~2年でどちらかが現役生活を終えている。現役アスリート同士が結婚し、子どもをもうけ、育てながら、2人とも競技生活も続けるというのは、難易度が高いのだろう。
アスリートゆえに犠牲にするもの、直面する困難がある
ニューヨークタイムズ紙が、今年のFIFA女子ワールドカップ出場108選手へ、一風変わったアンケートを行っていた。6月7日付の電子版に掲載されている。
「サッカーをするために犠牲にしているものは何か」と問うたものだ。
男子に比べて十分な経済的サポートが得られないことから、「母親にお金をたくさん使わせてしまった」ことなど、「経済的な成功」という回答があった。
それ以外には家族に関する回答が目立った。サッカーのために12歳で親元を離れなければいけなかったこと、兄弟や姉妹の結婚式に出席できなかったことなど、家族との時間が犠牲になっていることを挙げている。
夫や子どものいる選手は「夫と離れている」、「子どもを家に残している」と回答し、これから家族を持とうとする選手は「母親になることを遅らせている」と答えた。
男子選手は女子選手ほど、「親になることを遅らせるかどうか」という決断を迫られることはないだろうが、家族に関しては似たような答えが返ってきたのではないか。
トップアスリート、プロアスリートは、旅から旅への生活を続けており、一般の労働者に比べると、家族と離れて生活している時間が長い。ホーム&アウエー方式の競技では、アウエーゲームのために家を離れる。テニスやゴルフなどのツアー競技では、世界を旅しながら、試合を行う。
家族が同行するケースもあるが、家族の旅費を賄えるだけのお金が必要だ。就学年齢に達している子どもがいれば、教育環境も考えなければいけない。子どもが落ち着いて学習できるように子どもを家に残すか、共に行動することを優先してホームスクールのような形で教育を受けさせるかも決断しなければいけない。
アスリートゆえに犠牲を強いられることがある。そして、アスリートの配偶者も、他の夫婦が味わうことのない困難に直面する。
日本のBリーグ・千葉ジェッツでもプレー経験のあるNBAプレーヤー、デクアン・ジョーンズの妻、アリソン・ジョーンズはプロアスリートの妻であることの難しさや利点を米ハフポストにつづっている。成績が悪ければ何の予告もなくクビになり、突然に他チームへトレードされることもある。配偶者には制御不可能、予測不可能なことが起こる。
配偶者「だから」サポートしなければならない?
現代のアスリートはナイトとロペスが結婚した時期に比べて、24時間体制を求められているように感じる。アスリートは複数のスタッフと共に行動し、技術指導を担当するコーチだけでなく、コンディショニング、メンタルなどの専門コーチの助けも借りる。アスリートの仕事の一部である食事や睡眠のサポートを、専門家の助言のもとに両親や配偶者が担うこともあり得る。アスリートの家族が、自身の「仕事」としてサポート役に回ることは、それほど珍しいケースではない。
日本の水泳男子の瀬戸大也が世界選手権の200m個人メドレー、400m個人メドレーで2冠を達成し、東京五輪代表入りを決めた。その快挙を支えたエピソードとして元飛込選手の優佳夫人(旧姓・馬淵)の内助の功があったと報じられた。フードマイスターの資格を持つ夫人は瀬戸の食生活や体調管理をサポートしたという。優佳夫人はアスリートとしてのキャリアを追求するのではなく、夫をサポートするという選択をした。力を合わせての快挙に心から拍手を送りたい。
前述したようにアスリートを支えるスタッフとしての役割を家族が担うことは珍しいことではない。もしも、女子アスリートある妻の活躍を、夫が支えたとしても、メディアは「新しい形の内助の功」として肯定的に報じたのではないかと、私は思う。なぜなら、自国の選手の活躍を伝えるときには、読者や視聴者が喜びを分かち合えるようなトーンにするのが定石だからだ。
活躍を支えたスタッフや家族の様子は、快挙に花を添えるエピソードとして語られるのが常である。配偶者や家族のサポートという逸話が取材できなければ、“裏方”と呼ばれるスタッフの貢献エピソードがそれに代わるはずだ。
アスリートの活躍の記事に勇気づけられる人もいれば、家族のサポート、内助の功の話を読んで、今日を乗り切る主婦と主夫、母親や父親たちもいるだろう。
ただし「内助の功」という言葉は「取扱注意」だ。
男性アスリートが活躍できなかったときには、世間はいじわるな姑(しゅうとめ)になったかのように、妻を批判することがある。きちんと料理をしていない、自分の仕事に熱中していて夫を省みていない、など。食事を含めた体調管理は配偶者がサポートしてもいいが、専門知識と技能を持ったスタッフが担ってもいい。配偶者“だから”やらなければいけないわけでない。
夫婦ともにそれぞれトップアスリートだったロペスとナイトのように、お互いの仕事をよく理解することができ、メンタルな面で支え合うこともできる。それは物理的にそばにいることができないことや、生活面のサポートができないことを十分に補うものになり得る。
上述したように、もしアスリートである妻をその夫がサポートしていたとしても、メディアは好意的に伝えるだろう。しかし、アスリートの妻を持つ夫が、料理を手抜きしている、自分の仕事に打ち込み過ぎて妻をサポートしていない、と批判されることはほとんどない。有名な妻を持つ夫の不倫などは格好のゴシップネタだろうが、サポートに関するバッシングの度合いは男女同じではない。非対称である。
「内助の功」を称賛するストーリーは、時に“呪い”を生み出す
「内助の功」というクッキー型にはめられたストーリーが繰り返し発信され、世間がそのストーリーを好ましいものとして大量消費するとき、女は“呪い”にかけられることがある。パートナーを支えるために自分のキャリアを犠牲にしなければいけない、パートナーが成功しないのは自分の内助の功が足りないからだ、と。そして、男性のサポートに回るよう“呪い”によって仕向けられる。
“呪い”は再生産される。自分のキャリアを中断して夫のサポートをしている女性は、時にこれで良かったのかと悩む。自分の選択が正しかったと信じたいために、配偶者のサポートを最優先にしていない女性を「ちゃんとしていない奥さん」といじわるな目線で見てしまうこともある。
紋切り型の「内助の功」という見出しの記事が目に飛び込んできたら、「妻」、「自身のキャリアを諦めて」という言葉を外して、スタッフ兼配偶者のバックヤードの活躍として読み取るのも“呪い”から身を守る方法の一つと思う。
内助の功という言葉で、ふいにメジャーリーグ、ヒューストン・アストロズのジャスティン・バーランダーと、モデルのケイト・アプトン夫婦を思い出した。
2016年10月、当時、婚約者だったアプトンは、バーランダーがサイ・ヤング賞(年間最優秀投手賞)を逃すと、「2人の記者が彼に投票しなかってどういうこと?」などとTwitterでコメントして炎上。
婚約者が正当な評価をされていないと感じたら、はっきりと世間に対して意見を述べ、夫の功績をアピールするのも米国流の内助の功のつもりだったのかもしれない。アプトンのツイートはやり過ぎだろうが、「私がサポートしていれば、婚約者は最優秀投手賞を獲得できていたはず」という湿った自責の念はまったくない。これもまた、強烈さも含めてお見事というような感じがしたのだった。
<了>
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