青木真也「本来人間はもっと汚くていいもの」孤高の格闘家が嘆く、寛容な文化の終焉

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2021.04.22

ONE Championshipはアメリカ・TNTと連動する超大型イベントを4月に4週にわたって開催。そのトリを飾る「ONE ON TNT IV」(日本時間の4月29日開催)に出場する青木真也は現在ONEで3連勝中。今年1月に行われた強豪ジェームズ・ナカシマ戦でも1回一本勝ちを決めた。「お客さんの感情を揺さぶってナンボ」と語る男は、“もう一回仕切り直す”をテーマに過去1勝1敗のライバル、エドゥアルド・フォラヤン戦に挑む。

(インタビュー・構成=篠幸彦、写真提供=ONE Championship)

仕切り直して“好きなことで、生きている” 

――今年1月に行われたジェームズ・ナカシマ戦の時に「幸せな時間が来る」というコピーをテーマとして掲げていました。コロナ禍で疲弊している人たちに対して「頑張ろう」ではなく、普通の生活ができることが幸せな時間だと表現されていました。コロナ禍という意味ではあれから状況は大きく変わっていないのかなと思うのですが、今回はどんなテーマを掲げていますか?

青木:今回は前回とまたちょっと変わってきていると思っています。2021年の春という段階では「もう一回仕切り直す」ということがテーマだと思うんです。

――“仕切り直し”ですか?

青木:はい。これは相撲の言葉なんですけど、要はコロナ禍によっていろんなところで立ち合いのタイミングが合わなかったと思うんです。そこからもう一度仕切り直すというのがこの時期なんじゃないかと。僕の仕切り直しでいうと改めて「好きなことで、生きている」ということですね。

――好きなことで生きていくというのは、ご自身のnoteでもそういったテーマで記事を書かれていました。

青木:そうですね。実はこの「好きなことで、生きている」というのは、2014年にYouTubeが掲げたコピーなんです。2021年の今、好きなことをして生きているはずのYouTuberが、好きなことをして生きていないですよね。だから改めてそれがどういうことなんだろうと、考えさせられましたね。

――その仕切り直しで考えた時、青木さん自身は何か変わりました?

青木:僕個人でいうと、仕切り直しはいらなかった。なぜならば、10年前の東日本大震災の時からやっていることは何も変わらないんですよ。コロナ禍において右往左往して変わっているのは周りだけだった。だから実はこの試合に向けた触れ込みとかもないんだけど、時代に合わせたところでテーマとして挙げるなら「仕切り直して好きなことをして生きていく」ということが大切なんじゃないかと思ったんですよね。

今まであったやりがいに代わるものをどう生み出すか

――無観客での試合を3つ経験されて「やりがいがない」ということをnoteで書かれていました。次の試合も状況としては変わらないと思いますが、そういった中で表現者としてどんなことが大事だと思いますか?

青木:無観客になって「客がいなくてやりやすい」と言い出す選手がいるんですよ。それはすごくアスリート的な発想だし、人に魅せるということを意識していない発言だと思います。でも僕はやっぱり格闘技とかスポーツってお客さんと一緒につくるものだと思うんですよ。そのお客さんがいないとやっぱりやりがいはない。今まであったそのやりがいに代わるもの、お客さんと一緒につくるものをどう生み出すかが、すべてのスポーツで課題になっていることですよね。

――その課題に対して、青木さんは何を考えているんですか?

青木:それがハッシュタグなのかもしれないし、試合が終わったあとのLIVE配信だったり、SNSだったりするのかもしれない。それが何なのか試行錯誤はしていますけど、んー……。まだ見つかっていない気がしますね。

――格闘技に限らず、スポーツ全般的にいかに熱狂を生み出すかが大事だと思うんですが、それがどうにもつくれないことに歯がゆさを感じますよね。

青木:本当にそれしかない。やっぱりお客さんの感情を揺さぶってナンボじゃないですか。例えばガッカリしてもらうというのも一つの表現方法だし、怒らせるというのもそうだし、もちろん感動させるというのもそう。そこに制限があることにやりがいがないと感じるのは仕方ないですよね。

――先程のハッシュタグというのもそうですけど、その制限がある中で青木さんがしている試行錯誤はどんなことですか?

青木:僕がやったことに対して考えてほしいんですよ。だからSNS上で意見を交わしてほしくてハッシュタグをやってみたんです。でもちょっと違うなと思ったのが、ハッシュタグって考えないんですよ(笑)。議論が起こらない。

――単発の軽い感想くらいで終わってしまいがちですよね。

青木:やっぱり僕はいかに考えさせるかを大事にしたいんです。だから僕が何かすることに対して考えてほしいし、みんなの人生において考えることのきっかけになりたいという気持ちが強いんですよね。

――その考えさせるというところが、現状ではうまくいっていないと。

青木:そうですね。例えば日本は試合が終わったあとに居酒屋に行って語り合うカルチャーじゃないですか。僕はあれをやらせたいんですよ。ああでもない、こうでもないと、答えのない会話をずっとしゃべっていてほしいし、ずっと考えてほしい。今の世の中は良し悪しを決めすぎると思うんです。その流れはここ数年で顕著になりました。スポーツや政治は特にそう。でもスポーツとか、芸事というジャンルは良し悪しを決めずに考えてほしいと思うんですよね。

――良し悪しではなくて、作品に対してそれぞれの解釈が楽しいわけですよね。

青木:そう、そういうこと。その解釈が楽しいし、受け取り手がいかに楽しめるかというのが僕らの腕の見せどころだと思いますね。

――解釈を楽しんでもらうための余白をどうつくるかも大事ですね。

青木:そうなんですよ。僕は毎回言っているんですけど、今は内容の1から10まで出しちゃうじゃないですか。その薄っぺらさというか、安っぽさというか。やっぱり考えてもらわないとダメだと思うし、受け取り手も「あれってどうだったんですか?」と聞いたら負けですよ。

――1から10まで出してしまうことが定着して、行間が読めない人が多くなった印象はありますね。

青木:行間は本当に読めなくなっていますね。文章だって3行以上読めないですよ。文章にしたって、格闘技にしたって、そんなの全然面白くない。だからONEでつくるものって正直あんまり興味ないんですよ。僕はその中でもオリジナルで、特殊なものをつくっているつもりです。

コロナ禍前のような時代にはもう戻らない

――以前、首都圏の観客の入場制限が5000人から1万人に緩和されるというニュースにコメントをされていました。1万人を動員できることでエンタメビジネスに何か変化はあると思いますか?

青木:それはあまり意味をなさないと思いますね。世の中の機運として、1万人動員できないんだから。個人的にコロナ禍って本当に意味のないことだと思っていて、正直そんなに対策が必要だとも思わないし、なぜそこまで恐れているのか、僕にはわからないんですよ。メディアも含めて恐怖をあおったことによって出足が鈍っているし、エンタメを見ようという雰囲気にならないじゃないですか。それが一番しんどいなと思っています。だから僕はあの入場制限自体を撤廃したほうがいいと思っていますね。

――そこの窮屈さを感じている人は多いと思います。

青木:去年4月に僕が「なんでこんなに自粛してるの? なんか意味あるの?」と発言してだいぶひんしゅくを買ったんですね。でも1年経ってみんなもそう思っているんじゃないですか? 状況なんて全然変わってないんですよね。だから僕は1年前と何も変わらず練習をしているし、普通に生活しています。

――意識が変わらなければ入場制限が緩和されても状況は変わらないと?

青木:変わらない。それとちょっと我慢して運が良ければWEBでの配信を無料で見られるということにもうみんな気づいてしまっているんですよ。そこの感覚が変わってしまったことが一番大きいと思う。これはもう戻らないですね。

――会社員がテレワークで十分仕事ができるということに気がついてしまったことにも似ていますね。手軽さというか、これで十分なんだということを覚えてしまったと。

青木:そうなんですよ。でも同時にLIVEでしか感じられないこととか、出勤しなければ生まれないことも当然あることにも気がついていますよね。だから絶対にそこの価値が死ぬことはないと思いますけど、前のような時代に戻ることはほぼないと思います。

品行方正を求めても面白いものは生まれない

――そう考えると格闘技界やスポーツ界全体が、以前のような熱狂を取り戻すのは難しいということですよね。

青木:僕はもう個人でいうと団体とか格闘技業界を盛り上げようという気がないんですよ。自分のことを好きな人たちに対して、太いものをつくって届けるというイメージですね。

――「100人もしくは10人でもいいから熱狂的なファンをつくっていく重要さ」という発信もされていました。今はそこを意識してやられているということですか?

青木:むしろ最近はそこしか考えていないかな。去年、某水泳選手が不倫をしてすごくたたかれていたじゃないですか。僕はあれがすごく面白いと思っていたんですよ。

――面白いというのは?

青木:そもそもなんでたたかれているのかわからない。「そんな悪いこと?」と思うわけ。だってそれだけ元気な人で才能があって優秀ならモテるだろうし、誘いもあるのは当然ですよね。うらやましいな、俺もおいしい思いしたいなと思いますよ。ただ、彼はイメージで商売をしているから不倫を報道された影響でスポンサーに切られて、被害を被るわけですよね。

――芸能人とかも本当に多いですよね。

青木:でも実際に自分に課金をしてくれるファンとつながっていれば、ああいった騒動は関係ないですからね。確かに大きなお金は得られないかもしれないけど、食っていくぶんには直接課金してくれたり、応援してくれる人がいるほうが強い。そのほうが自分らしさとか、言いたいことが言えるよなって思ったんですよ。

――イメージを守らなければいけないために、本来の自分が出せないことのほうがキツいということですか?

青木:僕にとってはそっちのほうが大きなことですね。あれで「ごめんなさい」って、言わなきゃいけないんですよね。僕はあの騒動に対して「うらやましくないですか?」とか、「面白くないですか?」とか言いたい。でもそれが言えない自由のなさを感じます。

――そこに窮屈さを感じていると。

青木:別に不倫どうこうという話ではなくて、コンプライアンスやモラルに対する窮屈さですね。そこは本当に感じます。本来の人間はもっと汚くていいものなんですよ。でもその人間らしさみたいなものを出したときにたたかれるって地獄だなと思います。本当はそこが一番美しいのに、その美しさがわからない余白の読めなさ。そういうところは貧しくなっていると感じますね。

――不倫を肯定するつもりはないですが、昔はそれも含めて“芸の肥やし”とか言われていました。ドラマや映画なども表現がだいぶ厳しくなってしまいました。

青木:そういうことなんですよ。だからこそいまだに90年代とか、そのへんの時代のプロレスとか格闘技を見ちゃうんでしょうね。(ボクシングの)辰吉丈一郎さん、薬師寺保栄さんだってそうだし、畑山隆則さんだってそう。プロレスの不穏試合だってやっぱり80年代、90年代なんですよ。それがどんどん時代が窮屈になって、面白いものがなくなっていますよね。

――確かに品行方正を求めすぎるきらいはあります。

青木:そう、品行方正。そんなものを求めすぎても面白いものは生まれないよ、と。プロレス・格闘技はもっと寛容な文化だった。でもそれが時代によってなくなってしまったと思うんですよね。

<了>

日本時間4月29日(木)9時30分に開催される「ONE ON TNT IV」は、ABEMAでライブ配信される。
ABEMA ライブ配信ページは【こちら】
ONE ON TNT IV 公式ページは
【こちら】

PROFILE
青木真也(あおき・しんや)
1983年5月9日生まれ、静岡県出身。小学生時代に柔道を始め、全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に総合格闘技に転身。修斗、PRIDE、DREAM等のリングで活躍し、修斗世界ミドル級王座、DREAMライト級王座を獲得した。2012年からアジア最大の格闘技団体ONE Championshipに参戦、2度のライト級世界王座を戴冠している。2014年からは総合格闘技と並行してプロレスにも参戦。日本格闘技界屈指の寝業師で、関節・締め技により数々の強敵からタップを奪ってきた。2019年に株式会社青木ファミリーを設立し、代表取締役社長に就任。格闘家の枠を超えた活動を行っている。

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