
「怒らなくてもチームを強くする」秘訣とは? 浦和レッズレディースを変貌させた、森栄次の指導手腕
女子プロサッカーリーグ・WEリーグ初年度となる2021-22シーズンは、INAC神戸レオネッサの優勝で幕を閉じた。一方、リーグ戦では惜しくも2位に終わったものの、ベストイレブンに6選手が選出されるなど三菱重工浦和レッズレディースの強さも際立ったシーズンだった。
2019年に「彼女たちの頑張りが報われるよう勝利に結び付けたい」との強い思いを持って就任し、3年半でリーグ・皇后杯でそれぞれ優勝を果たし、今季終了後に退任を発表した森栄次総監督は、いかにして“良いチーム”どまりだった浦和レッズレディースを“強いチーム”へと導いたのか? そこから見えてきたのは、性別やスポーツの枠を超えた「指導の本質」だった。
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
良いサッカーをする良いチームが“強いチーム”へと変貌
「このたび2019年から指揮を執りましたレッズレディースを離れることになりました。魅力的なチームをつくる、魅力あるサッカーをつくるために、悩みながら、試行錯誤した3年半でした」
2022年5月22日、WEリーグ最終節を終え、ファン・サポーターにあいさつを行った三菱重工浦和レッズレディース・森栄次総監督(総監督就任は2021年)。途中、少し声を詰まらせたが最後まで笑顔を見せた。
在任約3年半の戦績はプレナスなでしこリーグ 優勝1回・準優勝1回。皇后杯優勝1回・準優勝2回。2021-22シーズンのWEリーグ初年度は準優勝。6月7日に開かれたWEリーグアウォーズではベストイレブンに6選手が選出されるなど、浦和を誰もが認める女子サッカーの強豪チームへと復権させた。
森の監督就任後、チームが優勝争いに加わるようになったことと比例するように、なでしこジャパンにも多くの選手を輩出。2年連続リーグ得点王FW菅澤優衣香、先日来季の海外クラブへの移籍が発表されたDF南萌華、GK池田咲紀子の代表常連組のほか、東京五輪でメンバー入りを果たしてシンデレラガールとなったMF塩越柚歩、持ち前の戦術眼の高さに加えて近年得点力が上がったMF猶本光、クラブと代表で南の相棒を務めるDF高橋はならが代表に名を連ねている。
なぜ浦和は森栄次監督に白羽の矢を立てたのか?
クラブの成績においても、選手個々のクオリティーにおいても、3年半でここまで高めることができた背景には、やはり森の存在は欠かせなかった。
2019年の就任会見の際、「オファーに驚いた」と話していたように、森はもともと東京ヴェルディの前身である読売クラブでプレーしていた選手で、引退後に最初に監督を務めたのも日テレ・東京ヴェルディベレーザの前身である読売西友ベレーザという経歴を持つ東京ヴェルディ畑の指導者。2015年から2017年にも日テレ・ベレーザで監督を務め、リーグ3連覇に導いている。
そもそも、なぜ浦和は森に白羽の矢を立てたのか?
森の就任前年の2018シーズン、十分な陣容をそろえるなか、就任2年目の石原孝尚監督のもと、個の能力の高さと組織の融合を試みるものの、大事な試合になると勝負弱さが露呈した。同年10月に石原監督を契約解除。正木裕史コーチが内部昇格し、リーグ4位で終えた。
日テレ・ベレーザ、INAC神戸レオネッサに追いつけ追い越せとさまざまな取り組みはしているものの、あと一歩及ばず、何かが足らなかった。良いサッカーをする良いチームではあったが、決して強いチームではなかった。
強いチームにするために誰に指揮を託すか。
2018シーズン終了後、当時の中村修三GMが森に白羽の矢を立てた。新監督選考の話し合いのなか、森について現役時代からよく知る宮崎義正レッズレディース担当部長(現:レッズレディース本部長補佐)は、優しく信頼できる人柄であり、選手をのびのびプレーさせ、かつ、育てることができる女子サッカー向きの指導者。リーグ優勝経験など実績も申し分なく、適任であると判断した。日テレ・ベレーザというライバルチームで長年指導に携わった人物へのオファーであることについて宮崎は「良い選手、良い指導者なら、(ルーツは)関係ない」と交渉に入り、まとめた経緯があった。
このような浦和サイドの思いを受け、森は就任当時、「彼女たちの頑張りが報われるよう勝利に結び付けたい」と強い決意を語っている。
選手の自主性を重んじ、個を成長させる手腕
森のモットーは選手の自主性を重んじること。
「ある程度こちらで道筋は与えるが、強制するのではなく、選手が考えて判断するようにしたい」
「選手のアイデアを大事にしたい」
「選手をどうやって光らせるか、そのことしか考えていない」
と、あくまで選手自身がピッチ上で考えてプレーするというスタンスを貫いた。
その過程で選手へのスパイスとなったのが“コンバート”だ。
代表的な一つの例が、FW起用が多かった清家貴子のDFへのコンバートだろう。直線的な推進力のあるスピードを生かすため右サイドバックに移した。森は後日談として、DFとしての起用当初は「守備がハチャメチャだった」と振り返りながらも、「一緒にやるにつれて、少しずつ守備の連携がとれてきた」と根気強く成長を見守った。清家は2019年になでしこジャパン入りを果たし、今年はDFとしてWEリーグ初年度のベストイレブンにも名を連ねた。
さらに長年FWや攻撃的MFとしてプレーしてきた安藤梢を、攻撃的な選手でありながらも守備時の強度と読みの正確さを持ち合わせている点を評価し、ボランチに抜擢(ばってき)。森も「あの年齢でよく動けている。本当にたいしたもの」と舌を巻く安藤は、7月に40歳を迎えるなかで、清家同様に今季のWEリーグのベストイレブン選出を果たしている。
森の指導者としての手腕は、的確なコンバートだけではない。
確かな才能がありながらも長年ケガに苦しんだ塩越の本来の力を引き出し、“良い選手”から一段上の選手へと導いている。
ケガ明けの2020シーズン、主力としてリーグ優勝を終えた直後、塩越は「森監督になり、みんなが生き生きとプレーでき、自分もやりたいポジションをやらせてもらい、サッカーを楽しいなと思えるシーズンだった」と振り返り、さらに「森監督のパスサッカーがみんなに定着しつつあり、自分の持つサッカー観ともフィットしている。みんなが流動的に動いてポジションにこだわらないのが森監督のサッカー。自分がというより、みんなで穴埋めをしています」と個人&チームとして手応えを感じていると語った。
どの選手に対しても平等な「明確な基準」
複数のポジションができる選手を各所に配置することで、塩越の言う「ポジションにこだわらないサッカー」が表現できるようになり、2020年のリーグ優勝につながった。
ただ、そこに至るまでには明確で厳しい基準が存在した。その一つが全体練習で必ず行うパス&コントロール。ここに相互補完の森サッカーの基本の“キ”が詰まっている。いつも少し遠くの位置からトレーニングを観察する森は「ボールを持っている選手」より「ボールを持っていない選手がどう動くか」を常に見ていた。いかに味方と助け合えるか、いかに次のプレーを予測できているか、そのためにどう動いているかを観察し、選手起用の基準としていた。
こうした厳格な基準はどの選手にも平等だった。2020年1月にドイツ・フライブルクから浦和に復帰した猶本に対しても同様だ。海外経験を得た代表レベルの選手。通常なら無条件に起用したいところだが、森は違った。
2020年の開幕当初は先発起用はするものの、その後は前半のみの起用が続いた。第3節、日テレ・ベレーザ戦後の会見で、猶本について「パワーとキック力がある。セットプレーも大きな武器」と評価する一方、「昨年、1年間一緒にサッカーをやってきた選手ではないので、うまく入り切れていない。『いま、行くところ』『いまは行くところではない』などのコンビネーションでまだちょっと周りとのズレがある」と語った。その後、猶本は終盤にかけて出場時間は伸ばしたが、先発フル出場は18試合中3試合のみにとどまった。森は猶本がチームに順応するまでじっくりと見極めながら起用を続けた。
サッカーは楽しいもの。しかめっ面でやって、選手は伸びるのか?
選手の自主性を重んじるとともに選手の能力を最大限生かすためのコンバート。それに伴う厳しい基準。もう一つ付け加えるなら、森が醸し出す雰囲気も特筆に値する。
以前、南が「どこにでもいるいいおじいちゃんみたい」と表現したように、練習の合間に選手と冗談を交わすなど、温和なキャラクターでチームを温かく包み込んだ。
今回の退任に当たって、選手たちに森について聞いてみると、みな口をそろえて「怒られたことがない」と話す。
「森さんはどんな悪い試合内容でも怒ったことがなく、ポジティブな言葉で選手を鼓舞してくれた。それに選手もついていった。自分自身も森さんのサッカーを経験して楽しくサッカーができた。森さんがレッズに来てくれて本当によかった」(菅澤)
「内容が悪い試合でも怒ったりせず、終わったことは仕方がないと次に向けて切り替えていた。だから選手はネガティブにならず、前向きになれた」(遠藤優)
「森さんはいつもニコニコしていた。だからこそ、真剣に選手に思いを伝えるときには強い意志が感じられた」(主将・柴田華絵)
なぜ、選手を怒らないのか? 前述の宮崎は森との普段の会話から、そのヒントを語った。
「楽しくなければ、面白くない。面白くなればうまくはなれない。つまらなくやってはうまくもなれない。しかめっ面でやって、選手は、チームは果たして伸びるのかと」
サッカーは楽しいもの。サッカーは楽しむもの。ここに森サッカーの根源がある。
魅力的なチームをつくる。魅力あるサッカーをつくる
WEリーグ終盤を迎えたある日、森はこんなことを語った。
「選手が自分たちをコントロールできるようになり、試合運びがわかるようになった。例えば時間の使い方とか、組み立て方とか……。同じメンバーでやっている分、共有できるようになった。勝負どころがわかってきて、ここは一気に攻めよう、いや、この時間は我慢しようとか。時間帯やスコアを考慮しながら全員の考えが一致してきている」と成長に目を細めた。
魅力的なチーム、魅力あるサッカーをつくるため、悩みながら進めた3年半の結実がこの言葉に込められている。就任当時に語った選手の頑張りが報われるチームへと変貌した。
「私についてきてくれた選手・スタッフとともに優勝を味わえたことは指導者人生においても忘れられない思い出です。WEリーグ初代チャンピオンは逃しましたが、素晴らしいチーム、選手とともに戦えたことは誇りに思います。本当に幸せです」
最終節の退任セレモニーで、森は込み上げる感情を抑えるように、書き上げた原稿を淡々と読み上げた。後ろで並んだ孝行娘たちにはそうそう涙は見せない。そんな含羞(がんしゅう)がうかがえた。
クラブハウスから練習場まで、歩くと10分以上とやや距離がある。その道のりを森が自転車に乗り、鼻歌交じりに軽やかに通り抜ける姿をしばしば目にした。今後はレッズレディース・アカデミーダイレクターとして、この光景はもうしばらく見られそうだ。
<了>
「うまいだけでは勝てない」岩渕真奈が語る、強豪アーセナルで痛感した日本サッカーの課題
安藤梢と猶本光が語る“日本と海外の違い”「詰められるなと思ったら、誰も来てなくて…」
浦和L・塩越柚歩、“良い選手どまりの苦労人”日本代表選出の背景。飛躍のきっかけは…
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
2025.04.04Opinion -
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
2025.04.03Technology -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
高卒後2年でマンチェスター・シティへ。逆境は常に「今」。藤野あおばを支える思考力と言葉の力
2024.12.27Education -
女子サッカー育成年代の“基準”上げた20歳・藤野あおばの原点。心・技・体育んだ家族のサポート
2024.12.27Education -
「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策
2024.12.20Education -
ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは
2024.12.19Education -
スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは
2024.12.18Education -
10代で結婚が唯一の幸せ? インド最貧州のサッカー少女ギタが、日本人指導者と出会い見る夢
2024.08.19Education -
レスリング女王・須﨑優衣「一番へのこだわり」と勝負強さの原点。家族とともに乗り越えた“最大の逆境”と五輪連覇への道
2024.08.06Education -
須﨑優衣、レスリング世界女王の強さを築いた家族との原体験。「子供達との時間を一番大事にした」父の記憶
2024.08.06Education -
サッカーを楽しむための公立中という選択肢。部活動はJ下部、街クラブに入れなかった子が行く場所なのか?
2024.07.16Education -
14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
2024.04.15Education -
モータースポーツ界の革命児、野田樹潤の才能を伸ばした子育てとは? 「教えたわけではなく“経験”させた」
2024.04.08Education