7時から16時までは介護職…プロスポーツ多様化時代に生きる森谷友香“等身大アスリート”の物語

Career
2025.04.25

10年で7億ドル(約1046億円)。大谷翔平がロサンゼルス・ドジャースと結んだ超大型契約は、プロスポーツのある面での夢を象徴している。その注目度からスポンサー収入も年間数百億円規模というトップアスリートがいる一方で、競技とは別に生計を立てるための仕事をしながらプレーを続けるアスリートも数多くいる。プロ野球、Jリーグに加え、バスケットボールのBリーグ、2024-25シーズンに新たな船出を迎えたバレーボールのSVリーグを始め、日本でもプロリーグまたはプロ化を目指すスポーツリーグが増加している現在、「アスリートの生きる道」は多様化の時代を迎えている。

(インタビュー・構成=大塚一樹、写真提供=ヴィアティン三重)

プロ化、新リーグ誕生の活況の“副作用”

かつて日本のスポーツ界は、プロ野球とJリーグの二大プロリーグが牽引する構図だった。ところが近年、バスケットボールのBリーグ、さらに2024‑25シーズンからスタートした新生SVリーグなど、次々に新しいリーグが誕生したことで、プロまたはプロを志向するスポーツクラブは飛躍的に増えた。その広がりは選手に夢の入り口を提供する反面で、十分な収入が得られないアスリートを生むことにもなった。

花形リーグの一つ、サッカーJリーグの平均年俸は、トップカテゴリのJ1では3000万円台とされているが、J2になると400万円前後、J3では250万円台にまで落ち込むと報じられている。

「スポーツを産業に」「稼ぐ力を」と努力することも重要だが、こと女性のスポーツに限っていえば、上ばかり目を向けていられない現実もある。2018年発表の資料でやや旧聞に属するが、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)によるJOC強化指定選手など女子アスリート518人を対象にした『実態に即した女性アスリート支援のための調査研究』報告書によると、79%が年収400万円未満、そのうち実に164人が収入なしと答えている。学生なども含まれるとはいえ、現実に即した競技継続の方法も模索する必要がある。

​各リーグ、クラブがスポーツを産業として捉え、「稼ぐ力」をつけていく余地は大いにあるが、カテゴリや規模にあった運営の多様化もまた求められている。

クラブに所属するアスリートにも多様なキャリアパスウェイが生まれつつある。

バレーボール選手、森谷友香の場合

ヴィアティン三重に所属する23歳のミドルブロッカー、森谷友香は、大学卒業と同時にバレーボールから離れるつもりでいた。

山形県出身の森谷は、山形市立商業高校で春高バレー(全日本バレーボール高等学校選手権大会)に出場、新潟医療福祉大学で現役を続けながら教員免許取得を目指し勉学に励んだ。

「4年生の時に右足の膝蓋腱(しつがいけん)を痛めて、ジャンプするのも痛いし、当然試合にも出られないし、肉体的にも精神的にも続けるのがきつい時期があったんです。そのときは、バレーボールは大学まででいいかなと思っていました」

森谷が生まれ育った山形には2014年まで女子バレーボールの名門、パイオニアレッドウイングスが本拠を置いていた。レッドウイングス廃部後も、現在SVリーグに所属するアランマーレ山形があり、バレーボール選手として国内トップリーグでプレーすることを夢見るのは自然なことだった。

引退か? 継続か? 決断のとき

「一区切りという思いがあるのと同時に、バレーボール選手に憧れている自分もいました。そのときにヴィアティン三重との練習試合があったんです」

膝のケガは完治していなかったが、1セットだけ試合に出ることができた。そのときのプレーがアピールにつながったか森谷本人は自信がないようだが、練習試合でヴィアティン三重の西田誠監督から声がかかった。

「決断は割とすぐできちゃうタイプで。悩む前にまず動いて後からビビることも多いんです」

練習試合で感じたヴィアティンの明るいチームカラーが背中を押し、2024-25シーズンからVリーガーとしての道を歩むことになった。日本国内のバレーボールリーグはプロ化に舵を切り改革を進めている。トップカテゴリは男子11クラブ、女子14クラブが属するSVリーグ。ヴィアティン三重は、男女ともにその下のVリーグに所属している。

仕事をしながらバレーボールを続ける選択と不安

条件については当然事前に聞いていたが、それでも三重での新生活は、故郷・山形から大学のある新潟に移ったときよりも大きな戸惑いがあったという。

「新しい土地、新しいチーム、しかも家を借りて、働きながら家賃を払って生活もしてって自分ですべてをやっていくとなるとやっぱり不安でした。来る前まではそんなに深く考えていなかったけど、来てみて『私、三重に来るって決めてよかったのかな?』と思ったりして」

森谷に限らずヴィアティン三重の選手は、日中はクラブとは別の職場で働き、終業後に練習をするといういわばセミプロのような契約でプレーを続けている。SVリーグのトップ選手たちの中にはプロ契約の選手もいるが、日本でバレーボールを続ける上で、別の仕事を持つことはそう珍しいことではない。

「不安がパーって押し寄せてくることもあったんですけど、1シーズンやってみての感想は、23年間生きてきた中で一番充実していたなって。日にもよりますが、だいたい7時から16時までは働いて、その後は練習。一日、一日に精いっぱいで、一日があっという間に終わっていくんですけど、職場でもクラブでも自分の成長をすごく感じられた1年でした」

職場の介護施設で感じた応援されることのありがたみ

森谷の職場は、三重県内の介護施設。日勤でシフトをこなしてから練習に駆けつける。

「チームの雰囲気もいいですし、フロントの人も自分の子どもかってくらい親身になっていろいろ相談に乗ってくれます。職場でも、みなさんめちゃくちゃ応援してくれて、バレーボールをやっているというだけで周りの人たちからサポートしてもらえているというありがたさを感じる一年でもありました」

職場では入所するお年寄りから声をかけられることも多い。

「介護職なので肉体的にはきつい仕事なんですけど、おじいちゃん、おばあちゃんから『バレーもやって仕事もやって偉いね』とか『応援してるよ』とか声をかけてもらえるようになって、それが自分の気持ちの面を支えてもらっているというか、身体が疲れていてもしんどくないというか、がんばろうと思えるんですね。介護の仕事を通じて自分の家族のことを思ったり、祖父や祖母、両親に優しくしたいと思えたりするんです」

「働きながら競技を続ける環境」を、多くの人は悲観的に捉えるが、働きながら社会に触れ、いつか必ずやってくる「引退」という名のキャリアの区切りに備えるのも一つの選択肢かもしれない。

ファンの声援を支援に変える仕組みとの出会い

そんな森谷に、小さな変化が起こり始めたのは昨年の12月のこと。クラブがアスリートやクラブとファンや企業をダイレクトにつなげるスポーツコミュニティプラットフォーム『GOATUS(ゴータス)』への参加を決めたことだった。

「もともとクラブや自分を知ってもらうためにSNSでの発信を積極的にやろうというのは言われていて、私自身もそういう投稿をするのは苦にならなくて、特にヴィアティンに来てからはいろいろな人に応援してもらっているというのを実感していたので、試合以外でお返しじゃないですけど、何かできることをということで発信はしていました」

NTTデータ関西が開発した『GOATUS』は、単なるSNSやコミュニティアプリではなく、ファンがアスリート個人を支援するための「エール(都度課金)」や「パーソナルスポンサー(定額ギフティング)」などのメニューが用意されている。

例えばファンが応援したいアスリートのために購入した「エール」を送ったり、「パーソナルスポンサー」として毎月決まった額を支援として送れるのだ。

YouTubeのライブ配信などで投げ銭機能を利用した収益化が一般的になっているが、『GOATUS』ではファンが選手を“直接応援できる”マイクロスポンサーの仕組みを実現している。さらに、ファンが撮影した写真や記事を選手ページに投稿できる“プロデュース機能”も備え、ファンの応援の熱量を可視化できるツールとしても機能する。

ファンの熱量が可視化されたことによる意識の変化

「最初はお金が発生するということで、慎重になったほうがいいかなという思いもあったんですけど、投稿を重ねていく中でファンの方のコメントに『私ってこんなに応援されてたんだ』って改めて実感することが多くなっていきました。職場でもそうなんですけど、応援されていると思うと、勇気づけられると同時に、もっとバレーボールのプレーをしっかりしなきゃと、プレーのほうに責任を持たないとという意識が強くなりました」

選手支援、クラブの認知度向上、マーケティング戦略などさまざまな側面から『GOATUS』導入を決めた西田監督も、森谷をはじめとする選手の変化に言及する。

「自分から発信する、自分のためにやるという観点から希望者のみで始めましたが、ポジティブな反響が多く、『GOATUS』に参加する選手は増えています。SNSのフォロワーとかいいねなどのように承認欲求とか知名度向上に使うんじゃなくて、実質的な形で支援に変えられることで、選手にもメリットが大きいですし、ファンの熱気が伝わることでプレーや練習への取り組みが深まったというのは実感します」

日本代表でもない2部リーグの新人選手に個人スポンサーが?

日本代表の選手でもトップカテゴリの選手でもない森谷だが、投稿を始めて間もなく個人スポンサーがつき、応援の声を集めたことによって『GOATUS』を運営するNTTデータ関西からも注目される存在になった。バレーボールだけでなく等身大のプライベートや、率直な思いを綴った投稿が、ヴィアティン三重の熱心なファンだけでなく、それまでバレーボール選手・森谷友香を知らなかった人たちにも届き始めているというのだ。

「そういう意味では私は彼女のことをヴィアティンを象徴する選手の一人だと思っています」

こう語るのは、ヴィアティン三重の常務取締役としてバレーボール部門の運営に携わる椎葉誠だ。自ら起業した企業の経営者でもある椎葉は、『GOATUS』によるマイクロスポンサードの仕組みが、予算規模の小さな地方クラブ、地域に密着型の中小クラブに新たな可能性を示すと考えている。

「こうしたコミュニティプラットフォームは他にもありますが、選手個人にフォーカスした仕組みが素晴らしいと思っているんです。応援に幾ばくかの課金が必要な仕組みなら、SNSでありがちな誹謗中傷などの問題から選手を守ることもできます。今は収入源と捉えるには小さすぎる額かもしれませんが、将来的にはファンの熱量を集めて選手個人に還元し、選手の頑張りに直接応えられるような仕組みになっていく可能性があると思っています」

アスリート個人の幸せのために。ヴィアティン三重の哲学

選手個人に直接支援をする仕組みとなると、選手が移籍した後にクラブに何も残らない可能性がある。その点を椎葉にぶつけると、「それで全然いいと思っている」との答えが返ってきた。

「もし森谷選手が将来、他チームへ移籍するようなことがあっても『GOATUS』で築いたファンとの関係値やコミュニティは彼女自身の財産として持っていってほしい。本来的には稼ぐのはクラブの責任。そこが十分にできていない以上、選手は自分のためにこうした機会を活用してほしいし、それがクラブのためにもなるはずです」

クラブは土台を提供し、選手は自分のブランドを高める。ヴィアティン三重は、選手個人の発信や収益活動を“クラブの未来を拡張する試み”と位置づけている。 

数百円、数千円単位のささやかな額でも、積もっていけばバカにできない額になる可能性はある。ヴィアティン三重でファンの支援が選手の意識に火をつけたように、画面越しにつながった誰かの応援の声や行動は、大きな力を生むかもしれない。

「Xやインスタだといいねの波に埋もれてしまうけど、ここでは『一緒に戦おう』とか『次のブロック楽しみにしてるよ』みたいな言葉が、顔が見える距離感で飛んでくるんです。お金のやりとり以上に、“この人たちとつながっている”と感じられることで勇気づけられます」

当初はバレーボール選手と介護の仕事の“二刀流”に戸惑うこともあった森谷は、応援されること、そしてその応援がさまざまな形で可視化されることで、アスリートとしてだけでなく人間的にも成長を遂げた。

「周りの友達を見たら、結婚して子どもがいる子もいたり、まだ焦ってはいませんが、この先のことも考えたりします。だけど、バレーボールを全力でやれるのは今しかないと思うんです。仕事をしながらというのも誰もができる経験じゃないし、働いているからこそ得られること、バレーボールに生きること……、何が生きているかって聞かれたらこれ!とは言えないんですけど、仕事も、自分たちで試合のポスターを配ったりとかそういう活動も含めて全部がバレーボールにもつながっていると思うので」

大学生から社会人へ、さらにプラットフォームを介してとはいえバレーボール選手としてスポンサードを受けるプレーヤーに。森谷が経験した変化は、巨額のスポーツマネーが動くトップアスリートの世界とはまた別の意味で、スポーツの可能性を広げるものなのかもしれない。

【連載前編】ファンが選手を直接支援して“育てる”時代へ。スポーツの民主化を支える新たなツール『GOATUS』とは?

【連載中編】“プロスポーツクラブ空白県”から始まるファンの熱量を生かす経営。ヴィアティン三重の挑戦

<了>

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[PROFILE]
森谷友香(もりや・ゆうか)
2002年2月6日生まれ、山形県出身。女子バレーボール選手。Vリーグ・ヴィアティン三重女子バレーボールチーム所属。ポジションはミドルブロッカー。9歳からバレーボールを始め、山形市立商業高等学校時代には春高バレーにも出場。新潟医療福祉大学に進学後、2024-25シーズンからヴィアティン三重に所属。現在はVリーグに所属する同チームでプレーをしながら、日中は三重県内の介護施設で働く。NTTデータ関西が提供するスポーツコミュニティプラットフォーム『GOATUS(ゴータス)」では、等身大の投稿が話題を呼び個人スポンサーを獲得するなどファンとの新しい関係を築いている。

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