エディー・ジョーンズが語る「良好な人間関係」と「ストレスとの闘い」。ラグビー日本代表支えた女性心理療法士に指摘された気づき
ラグビー史上最高の名将の一人とも評されるエディー・ジョーンズ。現在開催中のラグビーワールドカップでオーストラリアを率いる彼が突き詰めるリーダーシップ論とは? 本稿では、今月刊行された書籍『LEADERSHIP リーダーシップ』の抜粋を通して、これまでオーストラリア、南アフリカ、日本、イングランドと各国の代表チームを率いて、2019年ワールドカップではイングランドを準優勝に導いた名将が「チームづくりの秘訣」を明かす。今回は、日本代表時代に出会った女性心理療法士の存在についてエディー・ジョーンズ本人が振り返る。
(文=エディー・ジョーンズ、訳=児島修、写真=AP/アフロ)
イングランド代表の25人のスタッフのうち女性は4人いて…
ヘッドコーチは、コーチ陣にも注意を向けておかなければならない。個々のコーチのパフォーマンスと、コーチ陣の人間関係が良好に保たれているかを定期的に見直すのだ。
イングランド代表のコーチ陣にも紆余曲折があった。2016年から2019年にかけては、コーチ陣は受け身の意識が強く、私の権限が強かった。私は、これは良くないことだと考えていた。自分の良くない点を指摘してほしかったからだ。コーチたちが切磋琢磨するには、健全な対立や議論が必要だ。2019年には、お互いに敬意を持ちつつ、本音で意見を交わせるようになった。各コーチが意思決定プロセスに関わっている。とはいえ、この体制をつくるのに4年もかかった。
だが2019年のワールドカップの後、コーチ陣の入れ替えを余儀なくされた。スティーブ・ボースウィックはレスター、ニール・ハトリーはバースのヘッドコーチになり、スコット・ワイズマンテルは家族のいるオーストラリアに帰った。職業人としても、ひとりの人間としても当然の選択だ。私は彼らがイングランド代表で成し遂げてくれた特別な仕事に感謝している。現在、選手と同様、コーチ陣においても新しいリーダーグループを構築している最中だ。時間はかかるだろうが、次のワールドカップまでには、2019年のような素晴らしいリーダーグループができると確信している。
私は常にスタッフの構成を変えることを考えている。現在は以前よりも女性スタッフの比率が増え、望ましい環境が整ってきた。
25人のスタッフのうち女性は4人いて、物流管理マネージャー、スポーツ精神科医、マッサージ・セラピスト、報道担当として重要な役割を担っている。優れた組織では多様性が重視される。女性スタッフがいるとチームの視点が広がり、繊細な感性がもたらされる。
20年前には、女性がチームにいると雰囲気が柔らかくなり過ぎるという考えがあった。だが、現在のイングランド代表の場合はまったく違う。女性はチームに深みと広い視野を与えてくれる。それは成功に不可欠なものだ。選手は心を開き、自分と向き合う必要がある。そのとき女性スタッフの存在が大きな助けになる。
日本人女性の心理療法士の指摘「まずあなたが自分と向き合うべき」
女性スタッフを雇うメリットを学んだのは、日本にいるときだ。
そう聞くと、不思議に感じるかもしれない。日本は長く男尊女卑社会と見なされてきたからだ。この国では伝統的に、女性は男性に従属すべき存在であると考えられてきた。妻は夫のためにお茶を出したり、スリッパをそろえたりしなければならなかった。だが幸い、世の中は変わってきている。
私は若い日本人女性をチームの心理療法士として招き入れることができた。彼女は男性に従属的な存在ではなかった。一部の選手たちの態度について話し合ったときは、「まずあなたがコーチとして自分と向き合う必要があります」ときっぱりと指摘された。キャンプでの私は不機嫌そうに見え、近寄りがたい存在なのだという。たしかにそのとおりだった。私は選手たちと話すときには柔らかい雰囲気を出すようにした。
その後、彼女は出産したため、ワールドカップのチームには帯同しないことになっていた。けれど、計画を変えることになった。選手たちから直訴され、私は彼女を大会スタッフに加えることにした。選手たちは悩みや心配事を相談するうちに、彼女を深く信頼するようになっていた。 彼女は選手たちにとてつもなく良い影響を与えていた。我々は、3週間のワールドカップ開催期間中、彼女のためにベビーシッターを手配した。大会に向けた精神面の準備において、彼女はチームに計り知れない効果をもたらしてくれた。
「ルーティンをつくり、それを続けること」
もちろん、優れた心理療法士を雇える組織やチームは限られている。部下や選手のストレスや悩み、不安の問題に対処するとき、リーダーはまず、自分の問題から解決していくべきだ。
人間は、誰でもネガティブな感情に襲われることがある。だが、対処策はある。まずは、その感情を認識し、それが自分にどんな影響を与えているかを理解しようとすることだ。次に、自分が置かれている状況や周りの環境を良い方向に変えていく。
私は、ごく単純な形でこれを実践している。それは、「ルーティンをつくり、それを続けること」だ。
それを、自分を不安やストレスから守る方法にしている。先日アメリカン・フットボールリーグのコーチと話をしたとき、オーストラリア人俳優のヒュー・ジャックマンのポッドキャスト番組を勧められた。
ジャックマンは役を演じている期間は、毎日のルーティンを徹底的に守る。酒は飲まず、仕事の後に外出もしない。食事のチェックや健康管理も怠らない。毎朝、妻と30分読書をして、その後で30分瞑想をして、それから運動をする。同じ行動を繰り返すことが、ストレスとの闘いに役立っているのだという。 どんな職業であれ、ストレスとはうまくつき合っていかなければならない。人間は、ストレスにさらされているときにミスを犯しやすくなる。ミスを減らすには、心を落ち着けて、明晰な思考を保たなければならない。そうできるよう、私たちは自分なりの方法を見つけるべきだ。健康やパフォーマンスを上げるうえで、ストレスレベルのコントロールは欠かせない。
リーダーとして成功を収めたときは、さらに危険
失敗への恐れが意欲につながる者もいれば、楽観的になることで意欲が高まる者もいる。
選手によって、成功と失敗のどちらに目を向けるかでモチベーションが上がるかは異なる。そのため我々はレビュー・プロセスでは、選手の性格を試して、その特性を把握するようにしている。これはどちらかが正しく、どちらかが間違っているという問題ではない。
大切なのは、選手の特性と現在の状況を見極めて、それに合わせて適切なサポートをすることだ。選手との関係性を深め、相手に必要なものを提示しなければならない。少し背中を押すだけでいいのか、多くのサポートや励ましを求めているのか。
悩みや不安は誰にでもある。仕事を失うのも、周りから能力がないと評価されるのも怖い。自分が正しいことをしているか、適切な判断を下したか、疑心暗鬼になる。それが人間だ。だが、こうした感情をうまくコントロールし、前向きな力に変えていかなければならない。
リーダーとして成功を収めたときは、さらに危険だ。コーチ陣のなかで、自分の地位を失うことを恐れるようになるからだ。そんなときは、自分についての記事を読みたいという衝動にかられるが、その道は行き止まりだ。
私がデイリー・メイル紙の辛口記者、クライブ・ウッドワード卿の記事を読み、それに従って次に何をするかを判断しようとしているのを想像してみてほしい。そんなことをすれば、ろくな結果が得られないのは目に見えている。大声で吠える犬に耳を傾ける人もいる。だが、コーチがそれをすれば道を踏み外すだけだ。
メディアはコーチと選手のことをあれこれと臆測で書き立てる。だが、それは外野の当て推量にすぎない。自分が進むべき道を決めるとき、周りの声を気にし過ぎてはいけない。
はっきりとした考えを持ち、自分の方法ですべきことをするだけなのだ。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『LEADERSHIP リーダーシップ』より一部転載)
<了>
【第1回連載】ラグビー史上最高の名将エディー・ジョーンズが指摘する「逆境に対して見られる3種類の人間」
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[PROFILE]
エディー・ジョーンズ
1960年1月30日生まれ、オーストラリア・タスマニア州バーニー出身。ラグビーオーストラリア代表「ワラビーズ」のヘッドコーチ。現役時代はフッカー。オーストラリアのニューサウスウェールズ州の代表として活躍後、コーチに転身。東海大学監督、ブランビーズ(豪)のヘッドコーチを経て、2001年、オーストラリア代表ヘッドコーチに就任。2003年のワールドカップで準優勝を果たす。2007年、南アフリカ代表のテクニカルアドバイザーとしてワールドカップ優勝。2012年、日本代表ヘッドコーチに就任。2015年のワールドカップでは、南アフリカ代表を撃破するなど歴史的3勝を挙げ、日本中にラグビーブームを巻き起こした。2015年よりイングランド代表ヘッドコーチを務め、2019年のワールドカップでは準優勝。2023年より現職。2012年東京サントリーサンゴリアスアドバイザー、ゴールドマン・サックス日本アドバイザリーボードも務める。
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