なぜ岡崎慎司はミラクル・レスター時代を後悔しているのか? 日本人が海外クラブで馴染めない要因とは

Opinion
2023.12.08

2015-16シーズン、クラブ創設以来初のイングランド・プレミアリーグ優勝を成し遂げたレスター。前年は残留争いをしていたクラブの誰も予想し得なかった快挙に“ミラクル・レスター”と世界中から讃えられた。その奇跡的な優勝劇を支えた選手の一人である岡崎慎司にとって、レスター時代は大きな喜びと後悔が入り混じる時期だったという。岡崎が「一番後悔」し、若い選手に「知ってもらいたい」とあえて振り返る過去とは?

(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Press Association/アフロ)

「一番後悔してるのは…」代表と所属クラブで訪れた苦境

現在ベルギーリーグ1部シントトロイデンでプレーしている元日本代表FW岡崎慎司のキャリアは比類なきものがある。代表通算119試合に出場し50得点。歴代で釜本邦茂、三浦知良に次ぐ歴代3位の得点数だ。

2011年に清水エスパルスからシュツットガルトへ移籍すると、その後マインツで2年連続2桁ゴールをマーク。2015年にプレミアリーグのレスターへ移籍を果たすと、クラブ創設132年で初のプレミアリーグ優勝という歴史的偉業に貢献した。レスターの後はスペインのウエスカ、カルタヘナを経て、現在はシントトロイデンでプレー。海外14シーズン目を戦っている。

華々しい戦績の数々を持つ岡崎は、飽くなき野心とハングリー精神でこれまであらゆる苦難を乗り越えてきたが、これまでのキャリアの中で後悔していることもあるという。

「一番後悔してるのは……」

シントトロイデンのスタジアム隣にあるホテルのレストランで話を聞かせてもらっていると、岡崎はそう言って自身の心のうちを明かしてくれた。

「代表監督がハリルさん(ヴァイッド・ハリルホジッチ)になったころですね。当時プレミアリーグでプレーしていた自分をあまりハリルさんが認めてくれていないと感じていて……。『お前がやっているのはディフェンスで、俺はそれを求めてない』みたいな感じで言われることがあって。で、結局選ばれなくなっちゃった。そういうのもあって、あのころはモチベーションの原動力が“怒り”になっていたことが多かったと思うんです。

 ちょうどレスターでもうまく監督に使われちゃっていて……。チームが駄目になったら自分が使われて、やっと立て直したと思ったら、また誰か新しい選手が起用されて俺が出れなくなるみたいな流れがずっと続いていたんです。『なんで俺のことを信用してくれないのかな』って」

代表と所属クラブ、その両方で訪れた苦境が心身を蝕む。

「俺は代表にこだわりを持っていたし、そのこだわりはもちろん大事なんですけど、ただそこに気持ちだけが前のめりになってしまったのかもしれないです。ケガがそのときから多くなったんですよ。それまではほとんどケガはなかったのに。ひざやって、足首やって、ボロボロになったのがあのときでした。無理してしまったんですね。  あのころ、すごいコンディションはよかったんですよ。なのに自分から崩していってしまった。それが一番の自分の後悔。だから、若手のみんなにはそうなってほしくないなっていう思いがとても強いです。無理はしすぎちゃいけない。今のチームでも例えば橋岡(大樹)とかによくそういう話をします」

アスリートにとって身体と心と頭は資本

無理をしないということは手を抜くということではない。自分のキャパシティーとコンディションを把握したうえで、今取り組むべきことに全力で向き合うということだ。

身体がアラームを鳴らしているのに、耳を傾けずに無理をしてギアを入れ続けてしまうと、どこかで何かが壊れていく。それは結果として、自分の思い描いている目標から遠ざかることにもなってしまう。十分な休養を取らなければ身体は回復しないし、強靭にもならない。アスリートにとって身体と心と頭は資本なのだから。

このときの経験は岡崎に新しい考え方と価値観をもたらした。野心や向上心、ハングリー精神を持って戦うことは大事なベースだ。でも、その戦い方を誤るとせっかくの武器を最大限に生かすことができない。高い目標を掲げることは成長に必要不可欠だが、高すぎる目標は逆に負担にもなりかねない。必死の努力が自分のパフォーマンスダウンにつながってしまったら、それはあまりに悲しい話だ。

では、あのころどんなふうにしていたら後悔しなかったと岡崎は考えているのだろう?

「今やっていることにフォーカスするべきだったなと思うんですよ。プレミアリーグでプレーしている自分にもっとフォーカスするべきだったというのはすごく思います。

 あのころの俺は上を目指しすぎていた。『なんで俺はフル出場できないんだろう?』とか、『なんで代表に呼ばれないんだろう?』とばかり考えてしまっていた。めっちゃ難しいところなんですよ、これは。目標設定が低くなりすぎて、簡単に満足してしまっていたら、俺が俺でなくなるかもしれない。ただ、がむしゃらに『上へ!』っていう気持ちが強すぎたときに、負のあれが出ちゃうんですよ」

人間の成長にはそうした苦悩の時期も糧になる。そして試行錯誤の中で悩んで、苦しんで、活路を見出すプロセスが新たな視野と可能性をもたらしたりする。だからこそ、そうした経験談に耳を傾けることには大きな意味がある。先人が歩んだプロセスにはさまざまな葛藤があり、さまざまなヒントが隠されている。

「日本人が海外のクラブになかなか馴染めないのは…」

「もっと楽しんで良かったのかなって、プレミアリーグで。途中から出るときもあれば、先発で出て50〜60分で交代ということもありました。満足いかないこともたくさんあったし、ストレスは溜まるかもしれないけど、でも……」

そう言って少し呼吸を整えてから、岡崎は改めて言葉に力を込めて話し始めた。

「プレミアでプレーしているんですよ、俺。そこで優勝もして、UEFAチャンピオンズリーグにも出て。それって本当にすごいことで、俺自身もずっと願っていたステージで。それなのに、なんであんなにも自分に厳しかったんだろうって思い返すんです。あんなにイライラしなくてもよかったなって。プレミアでプレーする気持ちよさっていうのをあのときにもっともっと味わっておくべきだったなって。

 だから、今こっち(欧州)で頑張っているみんなには知ってもらいたいんです。海外でプレーすること自体が、そこで自分の居場所を見つけること自体が難しくて、すごいことだって。そんな自分を認めて、そのうえで、そこでできる全力の戦いをしていく。その先に代表があったり、ビッグクラブへのステップアップがあったりしていいと思うんです。

 日本人が海外のクラブになかなか馴染めないのは、先を見過ぎているのが理由の一つとしてあるのかもしれない。俺もそういう生き方を選んできました。でも今振り返るとその生き方だと、やっぱり残るものが少なかったかなって。

 なんかもったいないじゃないですか。せっかく自分が海外に出てたどり着いたクラブだし、もっとそこに自分を残していくべきだと思う。そのためにはもっと今の取り組みにフォーカスする。そこでの生活を充実させて、チームで思いっきり楽しむとか、自分のプロセスを楽しんでいくっていうのも必要だし、大切なんじゃないかなと思います。だから今はその後悔を取り戻すかのようにレスターに行ってみんなに挨拶したり、これからシュツットガルトとか、マインツにも顔を出したりしようかなと考えています」

ブレない岡崎は戦い続ける「今は否定することもできている」

結果として1年で移籍ということもあるかもしれない。でもそのうえで、あえて今の所属チームと距離を縮めようとしないというのは、岡崎の言うようにもったいないことではないだろうか。

岡崎自身、がむしゃらに貪欲に高みを目指してやってきたからこそ切り開いた道もあるだろう。その経験が無駄であるはずはない。それでも、人生にはさまざまな分岐点がある。時にはそうじゃない別の道にはまた別の新しい可能性だってあったかもしれないのだ。

「そうそう、そうなんです。今まで僕は全部を肯定してきたんですよ、自分の生き方も何もかも。別に言葉ができなくてもサッカーで結果を出せばそれがモチベーションになるとか。けど今は否定することもできている。そうじゃない道をたどったらもっと上に行けたかもしれないという考えを持ちながら取り組めている。だから選手としてまだ何かできることがあるんじゃないかっていうのを探せている。これ、(この境地に)たどり着ける人そんなにいないんじゃないかな(笑)」

今までと同じルートを歩んでも面白くない。だから考えて、考えて、あえてみんなが行っていないような道を歩んでいく。そうやって岡崎は今も自分の生きる道を探し続けているのだ。そういえばシュツットガルト時代に「海外でキャリアを終えたい?」と尋ねてみたことがある。10年ほど前の話だ。

「いや、それは思わないんですけど……」

そう笑って、このように続きを語っていたのを思い出す。

「自分的にはまだまだ大器晩成やとふんでいるんで(笑)。点が取れなくても、まだ自分が爆発するところではないって思ったり。内容がよければ絶対結果につながるって信じてるんで。そこでブレてしまったら、自分はたぶんもう終わりだから」

岡崎は今もブレていない。その真摯な取り組みが未来を切り開くと信じて戦い続けている。欧州での戦いはまだ終わらない。

【連載前編】「今の若い選手達は焦っている」岡崎慎司が語る、試合に出られない時に大切な『自分を極める』感覚

<了>

「同じことを繰り返してる。堂安律とか田中碧とか」岡崎慎司が封印解いて語る“欧州で培った経験”の金言

岡崎慎司が語る、インサイドハーフで見た新しい景色。「30試合出場、わずか1得点」は正しい評価なのか?

日本人はなぜ欧州で交代要員にされるのか? 岡崎慎司が海外へ挑む日本人に伝えたいリアル

なぜ長谷部誠はドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み

[PROFILE]
岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年4月16日生まれ、兵庫県出身。ベルギー1部・シント=トロイデン所属。滝川第二高校を経て2005年にJリーグ・清水エスパルスに加入。2011年にドイツ・ブンデスリーガのシュツットガルトへ移籍。2013年から同じくブンデスリーガのマインツでプレーし、2年連続2桁得点を挙げる。2015年にイングランド・プレミアリーグ、レスターに加入。加入初年度の2015-16シーズン、クラブ創設132年で初のプレミアリーグ優勝に貢献。2019年に活躍の地をスペインに移し、ラリーガ2部のウエスカに移籍。リーグ戦12得点を挙げてチーム得点王として優勝(1部昇格)に貢献。2021年8月より同じくラリーガ2部のカルタヘナでプレー。2022年8月にベルギー1部・シント=トロイデンへ移籍。日本代表としても、歴代3位の通算50得点を記録し、3度のワールドカップ出場を経験。2016年にはアジア国際最優秀選手賞を受賞している。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事