
Wリーグ決勝残り5分44秒、内尾聡菜が見せた優勝へのスティール。スタメン辞退の過去も町田瑠唯から「必要なんだよ」
2023-2024シーズンのバスケットボール女子日本リーグ・Wリーグ。決勝でデンソーアイリスを退け、16年ぶりのリーグ優勝を果たした富士通レッドウェーブ。最古参・町田瑠唯、キャプテンの宮澤夕貴、先の大会で日本代表主将を務めた林咲希らの得点力とリーダーシップに注目が集まる中、BTテーブス ヘッドコーチも「知られざるヒーロー」と評する内尾聡菜がまっとうした重要な役割とは?
(文=守本和宏、写真=長田洋平/アフロスポーツ)
かつてはスタメン辞退も。ファイナル3戦にスタメン出場
Wリーグ、ファイナル第3戦。残り5分44秒。
16年ぶり2度目の優勝を目指す富士通レッドウェーブは、前半で12点のリードを奪うなど、優位にゲームを進めてはいた。しかし、粘り強いデンソー アイリスに一時3点差まで詰め寄られるなど、最終第4Qまで試合は拮抗。試合は、残り6分を切る。
この時、デンソー・馬瓜エブリンへのパスをカットしたのは、赤穂ひまわりのマークをスムースなスイッチディフェンスで受け渡し、飛び出した内尾聡菜だった。
この速攻から町田瑠唯のシュートは一度外れる。だが、内尾が自らオフェンスリバウンドをカバー。つないだ宮澤夕貴が、これを押し込む。これで点差は12点となった。
残り5分の状況で、これが勝敗を決める点となったわけではない。宮澤、林咲希の決定力を抜きにして、富士通16年ぶりの優勝を語ることはできない。しかし、この得点は、富士通が優勝を手繰り寄せる大きくポイントであったとともに、理想形のディフェンスを見出した今季のチームを象徴する点でもあった。
そのスティールを記録したのが、周りとの実力差に悩み数年前スタメンを辞退しながら、このファイナル3戦すべてにスタメン出場。チーム内で最もディフェンスを評価される、内尾聡菜(コートネーム:キラ)であったことも含めて。
「通用するレベルじゃない」とわかっていたWリーグ入り
小学校4年生でバスケットボールを始めた内尾は、福岡県の強豪、福岡大学附属若葉高校に進学。卒業後バスケを続ける気はなかったが、富士通から声がかかり「親孝行になるかなと思って。通用するレベルじゃないとわかっていましたが、誰でも入れるわけじゃないから挑戦しよう」と考え、入団を決意する。ポジションもセンターから、スモールフォワード(SF)に変わり、打ったこともない3P、ドライブのプレーを求められ、日々苦悩した。
転機になったのは3年目。それまでほぼ試合に出られなかったが、BTテーブスヘッドコーチ(HC)に評価されスタメンに抜擢される。だが、本人は町田などスター選手たちと一緒に、試合に出ることに悩んだ。「“自分は何をしたらいいんだろう”と、誰が見てもわかるぐらい病みました(笑)」と暗くなったことを明かす。
結果的に内尾は、2020-2021シーズンの皇后杯準々決勝ENEOSサンフラワーズ戦に大敗後、「自分はスタメンじゃないほうがいい。もう迷惑だ」と思い、先輩たちに自分の不甲斐なさを相談する。だが、そこで町田からかけられた言葉が、内尾の迷いを消した。
「自信はなくてもいい。自覚は持ってほしい」
この言葉を胸に「やるしかない」と気持ちを決め、その後も自分にスタメンの資格・価値があるのか、問い続けてきた内尾。優勝を飾った今シーズンも、最初は武器とするディフェンスがはまらない時期があった。
「ディフェンスも大まかに守るのではなく、少しずつ目標を決めてクリアしていくんですけど、全然できていない時期があった。それが変わったのが、リーグ中断明け1月のトヨタ自動車アンテロープス戦。自分がしたかったディフェンスはこれだ、と思えた」
中断期間中にフットワークを強化し、2対2の守備で相手の動きに飛ばされなくなったり、1対1でも振られず、足を動かせるようになった。そのひたむきな努力、数年間にわたる自問自答の結果が、ファイナル3戦目終盤のスティールにつながった。
念願の優勝を飾ったことは、自身の自信につながったのか。その回答も、また彼女らしい。
「自信がついたかと言われると、そこはあまり変わってないかな。ただ、すごくこのバスケが楽しかった。それが一番ですね。ルイ(町田)さんやキキ(林・咲)さんとも話すんですけど、最後の最後に答えが出た。プレシーズンからやってきたことが、本当にファイナル3戦目で出せた。チームで戦っている感覚があったし、この楽しいバスケをもっと続けていたい、それが本心です」
優勝後に贈られた町田からのメッセージ「必要なんだよ」
いつの間にか、チーム在籍年数で町田に次ぐ2番目の古株となった内尾。それだけ、メンバーと共有してきた悔しさは多い。
優勝を決めた後、表彰式の壇上では、堂々と町田の隣で優勝プレートを掲げた。「私が気遣っちゃって、『ここ隣キキさんじゃなくて大丈夫ですか?』って聞いたんです」と話す、控えめな影の功労者に、町田は「大丈夫だよ。キラでいいよ」と答えたという。
叱責しながら内尾を使い続けたBTヘッドコーチは、優勝後のX(旧Twitter)で、彼女の写真をつけて、こう投稿した。「The unsung hero #25 (知られざるヒーロー)」。この投稿を内尾自身は知らず、町田からのリポストで知ったという。そこには長年の苦労と喜びを分かち合った仲ゆえの信頼のメッセージ、「本当に必要なんだよ」と添えらえていた。
きついと思う先には、違う景色が本当にある
スタメン辞退を申し出るほど、才能の差に苦しんだ内尾は、今季のスモールフォワード部門で、日本代表・赤穂ひまわりに次ぐ第2位に評価される選手にまでなった。それを伝えると「え、知らんかった(笑)」と、内尾は自然体で話す。彼女だからこそ。自信を持つことが簡単でない、多くのプレーヤーに向けて贈るメッセージは何か聞いた。
「自分は性格的に頑固で負けず嫌いで、悔しさとかやめたい気持ち、逃げ出したくなる気持ちとかが本当にあった。でも、それ以上に『じゃあ、もっとやってやるぞ』という気持ちが勝って、今がある。だから、今一番きついと思っている先には、何か違う景色が、本当にある。それは超えてからじゃないと見えないものだと、自分自身すごく感じています」
自分が何をやるべきかフォーカスして、やるべきことをやれば、いつか視野は広がる。「それを私生活でもプレーでも、ずっと示してくれたのは、先輩たち」と話す内尾。そのきっかけをくれた母は『あんた(富士通に)入ってよかったやろ』と話し、表彰台に上る娘を見て、身を乗り出し手を振り喜んでくれた。
努力は才能を超えないだろう。しかしまた、努力なく才能が結果につながることもない。自信はなくとも自覚をもって、継続の上に成功をつかんだ内尾に、賞賛の拍手を贈りたい。
—————–
追記:本編には入らなかったが、町田と林・咲のインタビューで「『キラがすごくふざけてくる』と読んだが本当か?」と聞くと、「ふざけますけど、ルイさんもキキさんも同じぐらいふざけます。これ書いとってください(笑)」と言っていたので、最後に記す。
<了>
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