浦和サポが呆気に取られてブーイングを忘れた伝説の企画「メーカブー誕生祭」。担当者が「間違っていた」と語った意外過ぎる理由

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2024.09.04

2023年4月23日は、ある意味、Jリーグの歴史に残る日となった。等々力陸上競技場(現・Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu)で開催された、2023シーズンのJ1リーグ第9節 川崎フロンターレ対浦和レッズ戦の試合前。川崎Fのクラブマスコット「カブレラ」と陸前高田市のマスコット「たかたのゆめちゃん」の間に誕生した「メーカブー」がお披露目された。浦和サポーターがしばらくブーイングをし忘れるほどあっけにとられたことは大きな話題となった。「メーカブー誕生祭」という“奇祭”はいかにして誕生したのか。当時川崎Fで本イベントの責任者を務め、現在はカナディアンプレミアリーグのパシフィックFCでブランディング業務に従事する、田代楽さんに話を聞いた。

(インタビュー・構成=野口学、トップ写真=アフロ、本文写真提供=田代楽)

浦和サポーター呆然。試合前、突然ピッチ上で始まったメーカブー誕生祭

スタジアムの大型ビジョンに、紙芝居風の映像が流される。

――夫婦となったカブレラとたかたのゆめちゃんが、陸前高田の海岸沿いを散歩していた。思い出話に花を咲かせていると、突然海から放たれた光が「奇跡の一本松」のてっぺんで輝き始めた。光はゆっくりとふたりの元に降りてきて、腕の中に収まった――

サッカーの試合前に流れるには違和感だらけの映像が終わるや否や、今度はピッチ上に違和感のある動きが見える。100人ほどのゴスペル隊が、映画『天使にラブソングを2』の主題曲として知られる「Oh Happy Day」を歌い、手拍子をしながら行進。上空には“何か”を運ぶドローンが浮遊している。ドローンはゆっくりと下降し、赤ちゃんのマスコットが姿を現す。陸前高田市市長の佐々木拓氏が、優しく抱きかかえ、「たかたのゆめちゃんの“め”、カブレラの“カブ”からとって(中略)、陸前高田の特産のめかぶのように大勢の人に愛される願いを込めて、メーカブーと名付けよう」と宣言。こうしてメーカブーは多くの人たちにお披露目されたのだった。

https://twitter.com/frontale_staff/status/1785995066257068038

この違和感だらけの時間に、多くの浦和サポーターは困惑した。「いったいこれは何だ」「私たちは何を見せられているんだ」。通常であればホームチームの演出にブーイングで応えることの多い浦和サポーターだが、この時ばかりは多くがあっけにとられてしまった。大きなブーイングが聞かれたのは、セレモニーがほぼ終盤に差し掛かったころだった――。

「完全に想定が外れました」

当時を振り返り、そう話すのは「メーカブー誕生祭」の責任者、田代楽さんだ。すでにクラブを退職しており、当日はアメリカ西海岸のカフェからその光景を見ていた。

「そもそもプランが間違っていたということなのかなと」

あれだけ話題となり、今やメーカブーは川崎Fサポーターのみならず浦和サポーターからも愛される存在となった。にもかかわらず、田代さんはこのセレモニーを“成功”とは捉えていないという。いったいどういうことなのだろうか――。

その真意をひも解く前に、「メーカブー誕生祭」に至るまでの経緯をたどりたい。

川崎フロンターレと陸前高田の交流の中で出会った、ふたりのマスコット

川崎フロンターレと陸前高田市の関係は、2011年に始まった。

3月11日、陸前高田の街は津波に飲み込まれた。小学校も大きな被害を受け、教材が不足する事態にあった。被災した子どもたちのために、クラブが毎年製作している「川崎フロンターレ 算数ドリル」とサッカーボールを車で送り届けたことが、交流のきっかけとなった。

その後は、陸前高田で選手によるサッカー教室、ベガルタ仙台とのドリームマッチやナオト・インティライミさんのスペシャルライブなどのイベントを詰め込んで陸前高田で開催した「高田スマイルフェス」、ホームゲームで陸前高田の特産品の販売や三陸名物の餅まきなどを行う「陸前高田ランド」などを実施してきた。

こうしたクラブと陸前高田の交流の中で、カブレラとたかたのゆめちゃんは出会い、親交を深め合った。2021年1月に交際が発覚、8月に堂々と交際宣言したのだった。

田代さんがプロモーションに従事することになったのはこの頃だ。担った役割は、カブレラとゆめちゃんの恋愛のサポートをすること。あくまでも、カブレラとゆめちゃんは自由意思のもとで恋愛をしているので、田代さんはその状況を整えてあげながら、ふたりの行く末をサポーターに届けることが務めとなった。

同年10月、多摩川クラシコの試合前、カブレラがゆめちゃんにプロポーズ。無事に成功した。ただ、ふたりの恋模様が進むにつれ、祝福の声と同時に批判も多く届いたという。

「マスコットに恋愛させるなという批判はクラブに届いていたと思います。カブレラとゆめちゃん本人には言ってませんでしたけど。でも大事なのは、これをきっかけに陸前高田を知ってもらうこと、フロンターレと陸前高田のこれまでの関係性を知ってもらう機会になることなので」

田代さんはこうした企画において賛否の両方あることが必要だと話す。

「賛否の“否”は絶対にあった方がいい。“否”がないものって、結局あまり人の興味をくすぐれていないんだと思います。もちろん、大事にしなきゃいけない人からの“否”だったら改善しなきゃいけない。今回でいえば、陸前高田の関係者の方々やフロンターレサポーター。でも多くの場合、“否”はその外側の人たちです。フロンターレと陸前高田のこれまでを知らないから“否”になる。でも理解してもらうことで“賛”に変わる人も出てくるはずです。この企画の肝は、フロンターレと陸前高田の絆を深めることや、陸前高田を多くの人に知ってもらうこと。そこがブレなければ、“否”があることは悪いことじゃないと思いますね。あのクラブには僕が入るずっと前から真摯に取り組んでいる先輩がたくさんいます。そういう姿を見ていたからこそ、彼らに尊敬の念を持って僕なりのやり方でこの企画を進めていました」

中村憲剛氏も「ガチすぎてやべえな」と感嘆したゴールインパーティ

2022年4月、「カブレラ&たかたのゆめちゃんゴールインパーティ Supported by ゼクシィ」が行われた。

https://twitter.com/frontale_staff/status/1527238268474904577

その名前の通り、田代さんは結婚情報サービス「ゼクシィ」に協力をもらいに行った。マスコット同士のゴールインパーティということで、ただのおふざけと思われたくはなかった。前出のように、根底にあるのはクラブと陸前高田の絆であり、陸前高田を多くの人に知ってもらうことが大事だからだ。田代さんはゼクシィの担当者にいきなり初対面で「結婚の在り方は多様化しています。マスコット同士の式を盛大に祝うことが、新しい幸せの価値観を提案することにつながるのではないでしょうか。それができるのはゼクシィさんしかいません」と切り出した。熱意は伝わった。

続けて、会場のレイアウト、招待状や席次表の作成、ゲストの選定、ケーキや引出物、パーティ当日の進行内容や演出の検討など、田代さんはあらゆる準備を進めていった。人間の結婚式でも新郎新婦それぞれのこだわりがあるように、カブレラとゆめちゃんにもそれがあった。料理もその一つだ。

「新郎新婦から陸前高田の名産品を使ったフルコースにしたいと。どんな食材があるのか、いつどうやって送り届けるのか、陸前高田市役所の方々にもご尽力いただきましたし、会場の料理人の方とも何度も打ち合わせでお会いしましたね」

人間同士の結婚式と比べて少しも見劣りすることのない、むしろ新郎新婦の多くのこだわりを細部にまで詰め込んだゴールインパーティに、参列したクラブOBの中村憲剛さんも「ガチすぎてやべえな」と漏らすほどだった。 「なんで自分の結婚式じゃないのにこんなに大変なことをやってるんだって思った夜は何回もありましたよ(笑)」

「子どもは空から降りてくるもの」。メーカブー誕生の瞬間を忠実に再現

田代さんは次に、子どもの誕生への準備を進めた。ただそもそもの大前提として、子どもは授かりものだ。誕生するかどうかも、誕生するとすればいつ誕生するのかも、当然誰にも分からないし、周囲がどうこうできることではない。ただその時に向けて、ゆめちゃんの親御さんとも話を進めた。

「『子どもは空から降りてくるものなんだよ』と教えていただきました。『そういうもんなんですね』って」

もしかしたら誤解している人もいるかもしれないが、メーカブーは等々力で誕生したわけではない。紙芝居風の映像にもあったように、陸前高田の「奇跡の一本松」が誕生した場所だ。 「陸前高田の皆さんの前で誕生して、いかにして等々力に連れてくるのか。やっぱり誕生した瞬間を忠実に再現したくて、ドローンで運んで空から降りてきてもらった、というのがあのセレモニーなんです」

「大前提として、浦和サポーターに対してリスペクトを持っている」

ここで冒頭の田代さんの言葉に戻りたい。メーカブー誕生祭は、「想定が外れた」ものであり、「プランが間違っていた」と。いったいどういう意味なのだろうか――。

「大前提として伝えたいのは、僕は浦和サポーターに対してすごくリスペクトを持っているということです。例えば、彼らがアウェーに乗り込んだとき、ホームチームのイベントやセレモニーに対してよくブーイングしていますよね。こうした浦和サポーターのブーイングに対して批判的な意見も耳にします。でも彼らの行動原理は、チームを勝たせたいという純粋な応援の気持ちからなんだと理解しています。ホームチームは演出等によって自チームが戦いやすい雰囲気をつくり出す。だからアウェー側の自分たちはそれには乗っからない。ブーイングでホームの雰囲気をつくることを全力で妨害する。それが自チームを勝たせることにつながる、と。そういうホームチームとアウェーチームのせめぎ合いがあっていいなと」

だが現実には、メーカブー誕生祭で浦和サポーターからいつものようなブーイングが起こらなかった。

「これまでの経緯も知っているフロンターレサポーターは温かに見守り、浦和サポーターからは盛大なブーイング。対比するふたつのハーモニーがスタジアム全体に生命の息吹を感じさせるような、そういう絵を思い描いていました。僕らは演劇や映画を作っているわけではないので、サポーターがその場でリアクションすることで事象が完成すると思っています。面白くなるのもすべるのも現場の空気次第。そういった意味では、完全に想定が外れました。何かが欠けていたのか、そもそもプランが間違っていたということなのかなと」

確かに田代さんの想定した通りにはならなかった。だが、多くの人が面白がり、また一番の目的も果たせた。 「あれはあれで面白かったですからね。それがフックになったと思いますし、誕生祭は意味が分からなかったけどメーカブーは好きとか、フロンターレと陸前高田のつながりを知れてよかったとか、浦和サポーターを含めていろんな人がSNSでつぶやいているのを見たのが、何よりうれしかったですね」

メーカブーをめぐる物語は、これからも続く

メーカブー誕生祭の他、天童よしみさんが始球式を務めるなどやはり大きな話題となった2023シーズン開幕戦の映画『湯道』とのコラボイベントなど、田代さんは数多くのインパクトある企画を実行してきた。

「こうしてインタビューをしていただけるのは企画の責任者だったからだと思うんですけど、でもこの仕事って本当に自分一人でできる仕事じゃないんですよね。クラブスタッフの天野(春果)さん(※現・南葛SC)、若松(慧)さんをはじめとしたチームのメンバー、他部署の人たちも含めて、信頼して任せてくれたり、常に気に掛けてくれましたし、メーカブー誕生祭もそうですが1つの企画で10以上の団体が関わっていて、そうした団体や行政の方たちが企画の趣旨を理解して、協力してくださったり、本当に多くの方々のおかげだと感じています」

1年後の2024年5月3日、メーカブーの1歳の誕生日をお祝いするセレモニーが、再び浦和レッズとの試合前に行われた。

今や浦和サポーターの中には、メーカブーに特別な感情を抱いていたり、メーカブー関連のグッズを買っていく人も多く、「浦和サポはメーカブーの親戚(または父親)」「メーカブーが成人するまで見守る/見守って」といった声が、川崎Fサポーターからも浦和サポーターからもあがっている。

田代さんは2023年2月末に川崎Fを退職したため、1歳の誕生祭企画には関わっていない。だが今に続くストーリーは、2023年の誕生セレモニーから始まっている。きっとこの先もずっと、続いていくのだろう。

Never been done――。日本語にすると、“まだ誰もやったことがない”。スケートボード界でよく使われる言葉で、田代さんが大切にしている言葉だ。

田代さんの想いは、仕事を通じて、多くの人の心に届いている。他にはない、唯一無二の物語となって――。

<了>

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[PROFILE]
田代楽(たしろ・がく)
1997年生まれ、東京都立川市出身。大学でスポーツマネジメントを学び、在学中から川崎フロンターレが運営するフロンタウンさぎぬまで採用される。2021年川崎フロンターレのプロモーション業務に従事し、2022年、2023年のJリーグ開幕戦、格闘技団体「RIZIN」とのタイアップ、メーカブー誕生祭など数多くの企画責任者を務める。2023年2月に退職し、4月から北米に渡って就職活動。同年7月にパシフィックFC(カナディアンプレミアリーグ)でブランディング業務に従事。配信しているPodcast「Football a Go Go」はポッドキャストランキング・スポーツカテゴリで最高6位入賞。Instagram:@gaku.tashiro

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