
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
世界各国で盛り上がりを見せる女子サッカーは、今夏の移籍市場で歴代最多の移籍金が動いた。中でも最も大きな金額が動いたのは、イングランドの女子スーパーリーグ(WSL)。同リーグでは今季、過去最多となる12人の日本人選手がプレーしており、なでしこジャパンの主力を担う選手も多い。ブライトンとマンチェスターで行われた2試合を取材し、日本人選手たちの現在地を追った。
(文・撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=ロイター/アフロ)
過去最多額が動いた今夏の移籍市場
なでしこジャパンの”国際化”が止まらない。サムライブルー同様、今や各ポジションの主力の多くが海外のトップリーグでしのぎを削っている。
FIFA(国際サッカー連盟)によると、今夏の女子サッカーの移籍市場では歴代最多となる680万ドル(約10億円)の移籍金が動いた。中でも、最も多くの資金の動きがあったのが、イングランドの女子スーパーリーグ(WSL)だった。今夏の移籍市場で費やされた額は233万ドル(約3.3億円)で、成立した取引は185件に上る。
背景には、同国の女子サッカー人気の高まりがある。
同国代表が女子ユーロで初めて欧州王者になった2022年以来、観客数とともにリーグ収入は右肩上がりで、世界最大の会計事務所「デロイト」によると、昨年の総収入は100億円を突破。平均観客数は直近の2シーズンで、5222人から7478人へと43パーセントも増加した。今年8月にはFA(イングランドサッカー協会)とWSLが世界初の10億ポンド(約1950億円)規模の女子リーグを目指す計画を打ち出しており、スカウティング網や選手の待遇も向上している。
そのWSLで、市場価値を高めているのが日本人選手たちだ。今季は過去最多の12人の日本人女子選手が8クラブでプレーし、チェルシー、マンチェスター・シティ、リバプール、マンチェスター・ユナイテッドといったビッグクラブにも7人が所属している。クラブ間で移籍金がかからないフリートランスファーが多く、WEリーグにとっては耳が痛い話。とはいえ、フットボールの本場で日本人選手の需要が高まっているのは、先陣を切って海を渡った選手たちが結果を残し、評価されてきた証でもある。
その活躍と現地の雰囲気を一目見てみたいと思い、イングランドを訪れた。
最初に訪れたのは、今夏、三菱重工浦和レッズレディースから移籍した清家貴子が所属するブライトンの試合。10月19日に行われたWSL第5節は、加入2年目の宮澤ひなたが所属するマンチェスター・ユナイテッドと対戦した。会場は、三笘薫もプレーする男子の本拠地ファルマー・スタジアム(通称アメックス・スタジアム)だ。

なでしこの両翼対決の行方は…
各スタジアムで観客数の更新が続いているWSLだが、土曜の日中開催となったこの試合は、同スタジアムのWSL最多記録となる8369人を記録した。気温は涼しいが、スタンドはかなりの熱気だ。
ブライトンは昨年末に、国内で最初の女子専用スタジアム計画を提出。今期、トップ4入りを目指して12人もの新戦力を補強。その一角を担う清家は、開幕戦でハットトリックと最高のデビューを飾った。だがその後はベンチを温める時間が増え、この試合はベンチスタートとなった。
一方のユナイテッドは今季、新たにクラブの株主となったINEOSがフットボール部門を管理することになり、女子チームも再編期を迎えている。オフにはキャプテンのケイティ・ゼレムやベテランFWのニキータ・パリス、イングランド女子代表の守護神メアリー・アープスら主力がチームを離れ、転機のシーズンを迎えている。宮澤は昨季、トップ下やボランチを任されることも多かったが、今季は本職であるサイドで出場機会を得ている。
「昨年は、やっと自分のプレーを理解してもらえたところでケガをしました。今シーズンはメンバーが変わって、チームとして一から積み上げている部分もある中で、自分にももう一度チャンスがきているので、掴み取らなければいけないと思っています」(宮澤)
縦に速く、個で勝負するスタイルが染みついていたチームの中で、チームメートには練習の中でこう訴えてきたという。
「もっと相手を動かして崩したい。パスはスペースに蹴るのではなく、足元に出してほしい」
地道な積み上げの成果は、形になってきているようだ。宮澤は4-2-3-1の左サイドハーフで先発し、前半3分には左足でファーストシュートを記録。テンポの良いパスワークの潤滑油になり、13分には先制弾の起点となった。
だが、後半はブライトンが反撃。52分に古巣対決となったニキータ・パリスが鉄壁のユナイテッドから今季初得点を奪い、勝ち点1を分け合う形に。清家はベンチで試合を見守ることになり、試合後の表情は硬かった。最終ラインからのビルドアップにこだわりを持つダリオ・ヴィドシッチ新監督がサイドの選手に求めるのは、「ワイドに張る」「ボールをキープして時間を作る」というタスク。これまで清家が担ってきた縦への推進力は活かしにくく、すり合わせに苦労している面もあるようだ。
とはいえ、3度の前十字靭帯のケガから復帰して海外挑戦のチャンスを掴んだ苦労人は、逆境を更なる成長への通過点と捉えているようだった。
「まだ自分が(交代の)ファーストチョイスではないんだな、と思いました。ただ、海外挑戦は甘くないと覚悟していたので、こういうこともあるだろうなと。サイドはパワーがある選手が起用されているので、自分もそういうプレーをもっと磨いてどんどんアピールしていきます」
宮澤と清家。なでしこのアタッカーコンビは、それぞれの場所で異なるタスクと向き合い、新たなシーズンへと確かな一歩を踏み出していた。

強豪マンチェスター・シティで即戦力に
翌日はマンチェスター・シティの本拠地であるジョイ・スタジアムでアストン・ヴィラを観戦した。各国代表の主力を揃え、リーグでも圧倒的なポゼッションを誇るシティは今季、リーグと欧州女子チャンピオンズリーグ(WCL)の2大タイトルを目指す。3シーズン目を迎えた長谷川唯は守備的MFとして2年連続のリーグベストイレブンに選ばれるなど、今やシティの「顔」。その後を追うように、今季は清水梨紗、山下杏也加、藤野あおばの3人が加入した。
「自分が加入した年(2022年)からシティが補強に力を入れてメンバーが大きく入れ替わった中で、3年目の今シーズンは本当にいいチームが出来上がっていると思うので、楽しみにしてほしいです」
シーズン前に長谷川が話していた通り、的確な補強をしたチームは好スタートを切り、5節終了時点で暫定首位につけている。
清水はケガでリハビリ中だが、山下と藤野は早くもレギュラー争いに食い込んだ。プレシーズンの試合で好パフォーマンスを披露した山下はポジション争いでリードし、バルセロナをホームに迎えた10月10日のWCLでは2-0で欧州王者をシャットアウト。FWの藤野は激戦区のポジションで途中出場が続いているが、16日の女子WCLでは初ゴールを決め、堅実にアピールしている。
アストン・ヴィラ戦では、長谷川と山下が先発。歓声とブーイングが渦巻くピッチで、2人は確かな存在感を放っていた。ヴィラはプレシーズンで敗れ、「苦手意識はある」と山下が話していただけに簡単な相手ではなく、前半20分にサイドを破られて先制を許す。だが、焦ることなくボールを動かし、後半はシティが圧倒した。
長谷川は中盤で密着マークを受けていたが、表情や動きには常に余裕が漂っていた。
「そういう(密着マークされる)状況は練習から想定していたので、いつもと違う形でボールを回しました」
立ち位置でスペースをコントロールし、少ないタッチ数でボールを捌く。随所に持ち味のボール奪取を見せ、33分には最初の決定機に絡んだ。
山下も高い位置でビルドアップに参加し、プレッシャーの中でもワンタッチでパスをつなぐ積極的なプレーを披露。大舞台や逆境に強い山下は、すでにガレス・テイラー監督やチームメートの信頼を得たようだ。試合中、短い英単語で味方に指示する場面も見られた。
「最初は味方がボールを受けに来てくれるかどうかがわからなかったので怖い部分もあったんですけど、チームの後ろからのビルドアップのルールを覚えながら、みんなの特徴も掴めてきました」(山下)
後半、シティは62分からの8分間で逆転。ローレン・ヘンプのバイシクルシュートと負傷明けのジル・ルートのゴールに、3528人が入ったホームのジョイ・スタジアムの歓喜が炸裂した。83分に途中出場した藤野は3点目を目指したが、短い時間で見せ場を作ることはできず。観客が帰った後のスタジアムで黙々とランニングする背中に、静かな闘志の炎が燃えていた。

再認識される日本人選手の価値
今回、試合を見た5人の他にも、リバプールの長野風花、今季エヴァートンに移籍した林穂之香、ウェストハムの植木理子、レスターを主力として支える籾木結花と宝田沙織らは今季、レギュラーとしてピッチに立ち続けている。WSL5連覇中のチェルシーに所属する浜野まいかも、公式戦2試合連続ゴールと好調だ。
WSLの局面のインテンシティの高さを見れば、厳しい競争の中でポジションを確立することはもちろん、フットボールを愛するサポーターの支持を得ることの難しさは想像に難くない。彼女たちがなでしこジャパンで主力となり、ワールドカップやオリンピックで、日本が1対1に勝つ場面が増えたのも必然だろう。
「アストン・ヴィラやブライトンなど、しっかりとパスをつなごうとするチームは昨季よりも増えている印象があります」
長谷川が言うように、WSLのトレンドは緩やかに変化しているという。その中で、日本人選手の価値が再認識されている面もあるのかもしれない。予測の質、精緻な技術、戦術的柔軟性。共通するスキルとそれぞれの武器を磨いた選手たちが、競争力を増すリーグでどんなふうに道を切り開いていくのか、WSLから今季も目が離せそうにない。
<了>
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