なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
観客数を右肩上がりに伸ばしているイングランド・女子スーパーリーグ。今季、男子と同じエミレーツスタジアムを本拠地にしたアーセナルは、観客数を飛躍的に伸ばしている。一方、観客数が少ないクラブであっても、スタジアムの雰囲気がいいのはなぜか? フットボールの本場で、ファンの熱を支えるスタジアム事情を探った。
(文・撮影=松原渓[REAL SPORTS編集部])
アーセナル女子は今季平均観客数が3.5万人を突破
活気あふれる海外女子サッカー市場で、観客数が増加の一途を辿っているイングランドのWSL(女子スーパーリーグ)。リーグ全体の平均観客数は昨季、前年度から43パーセント増の7478人に達し、同1万432人のアメリカ女子サッカーリーグ(NWSL)を猛追している。
中でも集客でダントツのトップを誇るアーセナルは、昨季は平均2万9999人を記録している。ホームスタジアムとして使用していたメドウパーク(収容人数4500人)での平均観客数は3600人だったが、男子の本拠地であるエミレーツスタジアムで開催した6試合で、平均5万2029人という驚異的な数字を記録。WSLの最多観客数を3度更新した。今季からは女子もエミレーツスタジアムがメインスタジアムになり、ここまで平均3万7719人と順調に数字を伸ばしている。これは、男子プレミアリーグの中に入ったとしても中位(11位)の数字だ。他のチームも年に1回以上は男子の本拠地で試合をし、集客を促している。
アメリカの経済誌フォーブスによると、アーセナル女子のヨナス・エイデバル監督は、「アーセナルを特別なものにしているのは、コミュニティへの所属とファンとのつながり」だとコメントしている。創設138年目を迎えたクラブの歴史へのリスペクトとフットボール愛を共有するファンの巨大なコミュニティ。その土壌の上に、ビッグクラブによる女子への惜しみない投資がある。それが、この劇的な変化をもたらしている最大の要因だ。
とはいえ、他チームの平均観客数を見ると、2位のリバプールは7850人、3位のマンチェスター・ユナイテッドは6617人。下位を見ると、トッテナムが1992人、最も少ないエヴァートンは1215人で、WEリーグの観客数と変わらない。
ただし、どのチームもガラガラのスタジアムで試合をしている印象はない。それは、WSL12チーム中7チームが収容人数1万人以下のコンパクトなスタジアムを拠点としていることと無関係ではないだろう。後方の座席でもスタンドとピッチの距離が近く、トップレベルのプレーを間近で体感できる。それは、男子と異なる女子サッカーの魅力を体感できる重要なポイントだと思う。
植木理子が所属するウェストハムは、収容人数6000人の「ヴィクトリアロード」というスタジアムを本拠地としている。昨年まで同チームでプレーしていた清水梨紗は、その印象をこう語っていた。
「小さめのスタジアムなので、お客さんがあまり入っていなくてもたくさん入っている感覚になります。いろんなところからも声が聞こえるので、そこは日本との違いだと思います」
強豪のマンチェスター・シティも、女子が使用しているジョイスタジアムは収容人数7000人で、そこまで大きなスタジアムではない。だが、ユーチューブの限られた画面から伝わってくる熱気は、プレミアリーグのそれと変わらない。
スタジアムに、どんな秘密があるのか? 女子の環境発展に力を入れているブライトンの試合とともに、シティの試合を現地で取材した。スタジアムの比較や、客層も含めてレポートしたい。
サポーターの熱が伝播するスタジアム
筆者が取材したのは、10月3周目のWSL第5節。清家貴子が所属するブライトンは、男子チームの本拠地であるファルマースタジアム(通称アメックススタジアム)が会場となった。集客力のあるマンチェスター・ユナイテッドとの上位対決ということもあってか、チケットは完売し、同スタジアムのWSL記録となる8369人が入った。
サポーターは4割以上が女性だ。花火の演出に合わせて、スタンドのボルテージが上がり始めた。
「ブライトンはサポーターの集団は多くないけど、個々がみんな熱くて、自然とスタジアムが一つになっていく感じです」
清家が話していた通り、人々はピッチで繰り広げられるパフォーマンスに一喜一憂し、チャンスシーンでは立ち上がって叫ぶファンもいた。
一方、ジョイスタジアムで行われたマンチェスター・シティ対アストン・ヴィラの試合は、3528人の観客が入った。メインスタンドとバックスタンドはほぼ満員で、サポーターの熱が充満していた。
個人的に、女子サッカーを見るスタジアムとして、ジョイスタジアムは理想的な環境に思えた。最前列のスタンドからピッチまでは約2メートル。ピッチ上の選手の息遣いまでが聞こえる距離で、臨場感は抜群だ。仕切りが少なくて導線がわかりやすく、初めてスタジアムに来た人にも優しい造りだ。日本だと、WEリーグの日テレ・東京ヴェルディベレーザの本拠地である味の素フィールド西が丘に近い。
また、試合前の練習はピッチ脇から撮影することができ、中学生や高校生ぐらいの女の子たちが熱心に一眼レフを構えていた。ファン層は、10代〜20代の女の子たちの多さが目についた。
シティの中盤で司令塔を担う長谷川唯は、「このグラウンドで試合をするときは、相手がチェルシーやアーセナルなどの強豪でも基本的にシティがボールを持てるし、ホームのアドバンテージを感じます」と話していた。
それもそのはず。相手へのブーイングが容赦なく、ゴール裏もバックスタンドも、応援の熱量が変わらない。10年ほど前に、6万人ぐらいが入ったプレミアリーグのスタンドで見た光景を思い出した。
マンチェスターはロンドンに次ぐ第2の都市で、シティとユナイテッドの二大ビッグクラブが鎬を削る。人々のフットボール熱は、街の至るところに渦巻いていた。
スタジアムグルメやMDPも充実
取材した2つのスタジアムに共通していたのは、いずれも駅から徒歩圏内にあるスタジアムで大きな駅からのアクセスがよく、観客は女性層が多いことだ。
チケットの価格は、どちらも12ポンド(約2500円)だった(いずれも子どもや学生、シニアは割引が適用される)。現在は1ポンドが200円近くまでになっており、物価は日本の2〜3倍。そう考えると、チケット代は日本で1000円〜1500円ぐらいの感覚だ。WEリーグの試合は自由席が1500円前後から(芝生席だと1000円ぐらいから)買えるので、同じぐらいだろう。
スタジアムグルメは、両スタジアムとも7〜10種類ほどが用意されていた。アメックススタジアムの外で販売されていた名物のフィッシュアンドチップスは14ポンド(約2800円)で、チキンやソーセージもあった。
ジョイスタジアムのメニューは多彩で、海鮮サンドやサラミピザ、ベジタブルスープなどが5ポンド前後(約1000円)、他にケーキやチョコレートなどのデザートも充実していた。公式サイトの情報によると、各種アレルギーやベジタリアン、ヴィーガン、ハラール食品(イスラム教徒が安心して食べられるもの)やグルテンフリーなどにも対応できるスタッフがいるそうだ。
驚いたのは、マッチデープログラム(MDP)の充実ぶりだ。価格は4ポンド前後(約800円)。ブライトンはアメリカンコミック風の表紙がお馴染みで、中は注目選手のインタビューやポスター、対戦相手の分析から試合時の写真などが30ページ近くで構成されている。シティも、男子と同じぐらい、MDPのコンテンツが充実していた。WEリーグでは、見どころや注目選手のインタビューを簡潔にまとめたMDPをオンラインなどで無料公開しているチームが多い。WSLには、それだけコアなファンが多いということだろう。
余談だが、記者室には記者やカメラマン向けのビュッフェが用意されており、厚遇に驚いた。NWSLの試合を取材した時もそうだったが、こうした面でも、男子のノウハウや女子のための予算が確保されているのだろう。
WEリーグ独自の魅力とは?
WSLもクラブによって資金力の格差が大きい印象はあるが、今季からリーグはFA(イングランドサッカー協会)から独立し、クラブ間が連携してリーグ全体の成功を見据えた発展計画を公表している。今はまだリソースに乏しいクラブも、メディア露出やスポンサー企業の増加を見込んでハード面・ソフト面ともに充実していくだろう。
その発展は、「世界一のリーグにする」というビジョンを掲げながら、集客が伸び悩んでいるWEリーグの現状を考えると、羨ましい限りだ。
サッカー文化の違いや、日本でスポーツへの投資がまだまだ進んでいないことを考えれば、同じ道を歩もうとしてもなかなか難しい。とはいえ、NWSLやWSLのように発展を続ける女子リーグの公式サイトやSNSがどのように運用されているか、あるいはスタジアム作りにおいて予算をかけているポイントを見れば、まだまだWEリーグにも学ぶべき伸びしろはある。同時に、WEリーグ独自の魅力を発信していくことも不可欠だ。
その魅力を一番理解しているのは、今、まさに世界で活躍する選手たちではないだろうか。その意味でも、ビッグクラブでプレーする日本人女子選手たちのフィードバックや声に、しっかりと耳を傾けていきたい。
<了>
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