
J1のピッチに響いた兄弟のハイタッチ。東京V・福田湧矢×湘南・翔生、初の直接対決に刻んだ想いと絆
互いに同じ舞台を夢見て、違う道を歩んだ兄と弟。福田湧矢(東京ヴェルディ)と翔生(湘南ベルマーレ)がJ1で待ちに待った初対決を迎えたのは、奇しくも「母の日」だった。ともに先発し、全力で走り抜いた末に、2人はともにピッチを担架で去った。そこには、同じ夢を追い続けた兄弟の絆と、重ねてきた逆境の記憶が刻まれていた。J3で一度は戦力外を告げられた弟のJ1入りを支えた兄と、ケガと戦う兄を支えた弟の活躍。ピッチで交錯した思い、家族の物語を追った。
(文=藤江直人、写真=アフロ、YUTAKA/アフロスポーツ)
兄弟の絆が交錯したJ1初対決「すべてを出し切った」
国内最高峰となるJ1リーグの舞台で、兄弟が敵味方に分かれて対峙したケースは過去に何例かある。黎明期の三浦泰年(清水エスパルス)と知良(ヴェルディ川崎)をはじめ、2023シーズンには酒井高徳(ヴィッセル神戸)と宣福(名古屋グランパス)がピッチ上で同じ時間を共有した。
しかし、ともに先発に名を連ね、そろって担架に乗せられてピッチを後にした兄弟は、26歳の福田湧矢(東京ヴェルディ)と24歳の翔生(湘南ベルマーレ)が初めてだろう。ヴェルディのホーム、味の素スタジアムで2人の対決が初めて実現した5月11日。先に退いたのは兄の湧矢だった。
湘南に先制された直後の63分。相手のペナルティーエリア近くでパスを受けた湧矢のトラップがやや大きくなり、詰めてきた湘南のMF池田昌生とボールを奪い合った直後だった。その場に倒れ込んだ湧矢が苦悶の表情を浮かべて動けなくなり、清水勇人主審が試合を止めた。
「気がついたら足が攣っていました。最初は左足だけだったのが、すぐに両足のふくらはぎと太ももの裏もすべて攣って。初めての経験だったので、びっくりしました。これはやばい、と。それだけすべてを出し切ったと思いますけど、もっと、もっと走りたかったですね」
湘南のDFキム・ミンテ、MF奥野耕平が湧矢の両足を伸ばす。それでも症状が収まらなかった兄のもとへ弟の翔生が駆け寄ってきて、2人に代わって介抱した。すぐに来なかったのは一度タッチライン際へと向かい、兄のためにペットボトルの水を取りにいっていたからだ。
「翔生が何を言ってくれたのかはあまり覚えていなくて。本当に足が痛すぎて……」
翔生に何度も足を伸ばしてもらい、手渡されたペットボトルの水を飲み干しても回復しなかった湧矢は担架に乗せられてピッチの外へ運ばれ、FW川﨑修平との交代を告げられた。
「本当に心配しましたけど、足が攣っただけだったのでよかったです」
こう語った翔生がセンターサークルの後方で倒れ込んだのは、試合終了を告げる笛が鳴り響き、4試合ぶりとなる白星を手にした直後だった。仲間たちが駆け寄ってきても起き上がれない。最終的には翔生が倒れたままの状況で、試合終了の挨拶が行われる異例の光景が生まれた。
「すべてを出し切ったので、ちょっと力が入らなくなって倒れちゃいました」 試合後の翔生が、照れくさそうに状態を明かした。6分台に達した後半アディショナルタイムを含めて、攻守両面で精根尽き果てるまで敵地のピッチ上を走り回った証。もっとも、倒れながら両太ももの裏を気にするしぐさが、ベンチへ退いていた湧矢を心配させた。
5度目で叶った直接対決。キックオフ前にあふれた想い
担架に乗せられて引きあげてくる翔生のもとへ、痛む足をかばうように走りながら湧矢が近づいていく。弟から大丈夫と言われ、安心した兄は、こんな言葉とともに完敗を認めた。
「最後はあいつも動けなくなっていたけど、さすがだと思いました。あれだけ出し切れるのは、やはりすごい。前半はけっこう自分たちのペースでやれていたので、その分、悔しいですね」
湧矢のエールを受けた翔生は表情を引き締めながら、2-0の快勝を振り返った。
「僕も湘南を背負って戦っているので絶対に勝ちたかった。(走り回るのは)僕の長所でもあるし、こういう試合を常にやっていかないといけないと、あらためて思いました。最近は負けがちょっと多かったし、悔しい思いもしているし、何よりも湘南らしい戦い方ができていなかった。そのなかで自分が体現するじゃないですけど、湘南はどういうものなのか、というのを見せたかった」
翔生が当時J3のY.S.C.C.横浜から湘南へ完全移籍で加入し、当時ガンバ大阪に所属していた湧矢と同じ舞台へのぼり詰めたのが2023年8月。以来、J1リーグ戦で3度、昨夏の天皇杯ラウンド16と計4度あった直接対決は、兄か弟のどちらかがベンチ外となっていた。
そして、湧矢がヴェルディへ新天地を求めた今シーズン。1トップの背後、ダブルシャドーの一角でプレータイムを伸ばしている兄の軌跡を見ながら、昨シーズンに10ゴールをマークするなど、湘南の最前線で確固たる居場所を築きあげた翔生は「今度こそは」の思いを抱いていた。
実際にお互いが先発に名を連ねて迎えた、キックオフ前のピッチ上で異変が起こった。
「ちょっとウォーミングアップ中に……泣きそうになっちゃって」 試合後の取材エリアでも翔生は声を詰まらせ、沈黙する時間があった。弟はなぜ何度も感極まりかけたのか。答えは兄弟が歩んできた、高校卒業後の対照的なキャリアにある。
J3戦力外からの大ブレーク。互いの逆境支えた5.11への軌跡
福岡県北九州市で生まれ育った1学年違いの湧矢と翔生は、小倉南FCジュニア、ジュニアユース、強豪・東福岡高校と同じ道を歩んだ。2017年度の全国高校サッカー選手権大会では、尚志高校(福島)との1回戦で2人のコンビネーションから獲得したPKを、湧矢が決めた場面もあった。
卒業後の2018年にガンバへ加入した湧矢は、名古屋グランパスとの開幕戦で高卒ルーキーながら先発を射止めた。2年目は19試合、3年目は29試合とプレータイムを伸ばし、2019年12月にはU-22ジャマイカ代表との国際親善試合に臨むU-22日本代表にも初めて選出された。
一方でJクラブからオファーが届かなかった翔生は、卒業後に当時JFLのFC今治に加入。翌2020シーズンからはチームはJ3への昇格を果たしたなかで、計4シーズンでリーグ戦36試合に出場するもノーゴールに終わり、契約満了に伴い2022シーズンのオフに退団した。
実質的な戦力外を告げられた翔生を、湧矢の活躍や直接かわした言葉の数々が支え続けた。
「僕はプロになってから苦しい思いばかりをしてきたけど、J1の舞台で戦っている兄ちゃんの姿をDAZNで見ながら、そのたびに『僕もやってやる』と言い聞かせてきました。心が折れそうになるときには、兄ちゃんが『お前なら大丈夫。絶対にJ1の選手になれるから』と何度も励ましてくれた。兄ちゃんの支えがなかったら、僕はいま、こうしてJ1の舞台に立てていないと思う」
今治を退団した後も現役続行をあきらめなかった翔生は、同じJ3のY.S.C.C.横浜からのオファーを手繰り寄せる。迎えた2023シーズン。ポジションを中盤やウイングバックから、最前線のフォワードへ移したコンバートが奏功し、8月までに11ゴールをあげる大ブレークを遂げた。
そして、先述したように湘南からオファーが届く。J2を飛び越えてステップアップを果たしただけでなく、J1の舞台でも大きな爪痕を刻みはじめた弟の軌跡が、今度は兄の背中を後押しした。
湧矢は2021シーズンの開幕を控えたキャンプをはじめ、脳震とうとの闘いを繰り返してきた。新天地ヴェルディでも3月の古巣ガンバ戦で、脳震とうで退場している。がむしゃらに戦うプレースタイルの代償というべきか。頭部を使うプレーへの恐怖を、勇気で必死に乗り越えてきた。
頭への衝撃を軽減させるために、いま現在も黒色のヘッドギアのようなものを装着してプレーしている。必死にはい上がろうとしている湧矢が、湘南での自身の活躍を励みにしていると知った翔生は、いつしか「J1の舞台で敵味方として戦いたい」と夢を描くようになった。
競い、称え合った兄弟の“儀式”
だからこそ、兄弟対決を目前に控えて涙腺が決壊しかけた。先に担架で退場した兄の状態を確認した後に、思わず「足が攣っただけ――」と語ったのは、脳震とうを心配していたからだろう。試合後には「やっと戦えたね」と万感の思いを込めて兄をねぎらった翔生は、さらにこう続けた。
「兄ちゃんもケガとかいろいろと苦しい思いをしているなかで、こうして調子を取り戻してピッチに立っている。本当にすごいと思うし、サッカー以外でも、本当にいろいろな面で兄ちゃんの背中を追ってきたし、そういった思いが入り混じって泣きそうになった、という感じですね」
以心伝心というべきか。兄弟は対決を終えた試合後に、同じニュアンスの言葉を残している。
「実家でもけっこう1対1をやり合うので、その流れというか、延長ですね」
湧矢が照れくさそうに話せば、翔生もオフシーズンに北九州市内の実家へ帰省したときに、まるで童心に帰ったかのように兄弟でボールを奪い合っていると打ち明けた。
「兄弟でめちゃくちゃ1対1をやり合っているので、試合でも出たかなと思います」
2人が言及したのは、時計の針が41分から42分になる場面で繰り広げられた攻防だった。ハーウェーラインからヴェルディ陣内に入った中央付近で、ボールをもった翔生に湧矢が突っかける。さらにボールを奪い、カウンターを発動しかけた兄を、追ってきた弟が背後から倒した。
翔生のファウルを告げる笛が鳴り響いた直後。左手でボールを抱えながら立ち上がった兄と、頭をちょっぴり下げた弟がともに右手をパチンと合わせ、さらに右肩同士をぶつけ合った。兄弟の熱い思いが凝縮された神聖なる儀式は、見ている側の心を揺さぶる名場面となった。
福田家“三兄弟”の特別な一日。「誰がどこで化けるかわからない」
母の日に実現したのは兄弟対決だけではない。福田家にとって大事な一戦が、地元のミクニワールドスタジアム北九州で行われていた。翔生の双子で、九州リーグのKMGホールディングスFCでキャプテンを務める凌生が、天皇杯の福岡県代表をかけた一戦に臨んでいたからだ。
兄弟対決を終えた時点ではわかっていなかった、福岡県サッカー選手権大会決勝の結果は、J3のギラヴァンツ北九州に1-2で惜敗した。中学までは同じチームでプレーし、北九州高校から九州共立大学、FC刈谷をへて地元でプレーして2年目の凌生へ、翔生はこんな言葉を残していた。
「テクニックもあるし、すごく期待している。誰がどこで化けるかわからないので」
化けるとは、要は短期間で一気に大ブレークを遂げた自らのサッカー人生を重ね合わせているのだろう。お互いに信じる道を歩み続けていけば、湧矢と翔生のように、いつかどこかで邂逅できる。オフに帰省したときの1対1に加わる、中盤でプレーする凌生への熱いエールだった。
「(福田家にとって)すごくサッカー日和の一日になったんじゃないかと思います」
凌生を含めた3兄弟がそろい踏みした2025年5月11日をこう位置づけた湧矢は、舞台を敵地・レモンガススタジアム平塚に移して、10月3日に行われる一戦を見すえながらこう語った。
「J1の舞台で戦う、ということにすごく意味があると思っています。特に弟はJFLからJ3とずっと苦労してきたので、その分、僕もめちゃくちゃうれしかったですね」
夢を追い求める大切さだけではない。最高峰の舞台においてお互いを鼓舞しながら、右肩上がりの成長曲線を描いていく過程で、現時点で持っている力のすべてをぶつけ合う。見ている側の胸を熱くさせる名場面を残し、ともに担架でピッチを去った福田兄弟の対決の本当の価値がここにある。
<了>
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