スポーツが「課外活動」の日本、「教育の一環」のアメリカ。NCAA名門大学でヘッドマネージャーを務めた日本人の特別な体験

Education
2025.06.19

相次ぐ大学スポーツの不祥事を受け、2019年に日本でも国公私立大学と競技団体を主な構成員とする統括団体UNIVASが誕生した。そのUNIVASはアメリカのNCAAを一部参考にしていることで知られるが、今から45年以上前、NCAAのど真ん中、名門UCLAのバスケットボール部でヘッドマネージャーを務めた日本人がいた。現在は留学支援、教育事業に携わる横山匡さんに、貴重な体験をもとにした日米大学のスポーツへの取り組みの違いについて聞いた。

(インタビュー・構成・本文写真=大塚一樹、トップ写真=AP/アフロ)

マジック・ジョンソンとラリー・バードの世紀の一戦

1979年3月26日、後にバスケットボールの歴史をつくることになる2人のレジェンドが、NCAA(全米大学体育協会)男子バスケットボールトーナメントのファイナルで激突した。

マジック・ジョンソン(ミシガン州立大学)とラリー・バード(インディアナ州立大学)の“世紀の一戦”は一人の日本人青年のその後を変える転機になった。

オートバイデザイナーだった父親の仕事の関係で、中学校2年生でイタリアに渡り、高校時代をアメリカで過ごした横山匡さんは、当時「アメリカ国民の約5人に1人が観た」といわれ、大学バスケ史上最高視聴率の記録を未だに保持するこの一戦に目を輝かせていた。

当時UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の言語学部の1年生だった横山青年は、2年生になるとバスケットボール部のマネージャーの面接を受ける。

マジック・ジョンソンとラリー・バードといえば、後にロサンゼルス・レイカーズ、ボストン・セルティックスを背負って立ち、NBA人気を牽引した伝説的な選手だが、NBAが今につながる人気を獲得するようになるのはまさに、この2人が大学を卒業しプロ入りした頃に重なる。

NBAよりも人気があったNCAA

現在は“マーチ・マッドネス(3月の熱狂)”と呼ばれている、NCAA男子バスケットボールトーナメントに参加する大学のチームは、プロスポーツクラブのない地域では唯一無二のマイクラブとして絶大な人気を誇っている。

「当時はNBAを生中継するテレビ局はほぼありませんでした。しかし、NCAAのトーナメントはアメリカ全土に向けて生中継されていました。信じられないかもしれませんが、プロリーグであるNBAより大学生がプレーするNCAAの方がはるかに人気があったのです」

マジック・ジョンソンとラリー・バードが火をつけたバスケブームはその後バスケットボール界の神様、マイケル・ジョーダンが登場して爆発するが、それまでは、NCAAがNBAよりも注目を集めていた時期はたしかにあった。

このままだと襲われる! 逃げ帰ったルイジアナ遠征

横山さんがマネージャーになったUCLAは、マジックやバードが活躍したのと同じNCAAディビジョン1に所属する名門にして超人気チームだった。

「当時の大学バスケットボールの人気ぶりで言えば、私が4年生の時のルイジアナ州立大学とのアウェイ戦のことはよく覚えています。どちらもランキング上位で、ビッグゲームとして注目されていたのですが、ルイジアナの方は『あのUCLAを倒すチャンスが巡ってきた』と、地元メディアを巻き込んで大盛り上がりでした。この試合は、その注目度の高さから普段のアリーナではなく、アメリカンフットボールの会場、スーパードームで行われたのですが、そのキャパシティをもってしても超満員。異様な雰囲気の中で試合が行われました。

 試合は、われらがUCLAが83-76のスコアで勝利。終盤は危なげない展開だったのですが、当時のヘッドコーチはなぜか試合残り1分を切ったあたりでタイムアウトを要求しました。『あれ? 何のためのタイムアウトだろう?』と不思議に思っていると、コーチが私を呼ぶんです。

 『いいか、試合終了のブザーが鳴ったら、殺気立った観客がなだれ込んでくる。お前はその前にベンチの全員の荷物をまとめてロッカールームへ走れ』

 私は言われるがままロッカールームに向かいましたが、3万人近い観客に囲まれているとコーチの言うこともあながち大げさではないと思えました。実際私たちは逃げるようにしてコートを後にしました」

大学バスケットボールのチームの勝敗がここまでの話題になることは日本では想像し難いが、マジック、バード時代を経てNCAAのテレビ放映権はNBCからCBSに渡り、放映権料は3倍以上に膨れあがるほどの人気コンテンツになり、アメフトとバスケットボールに限って言えば、NCAAはプロをしのぐか並ぶほどの人気を誇る一大産業になっていったのだ。

スポーツは「課外活動」の日本と「教育の一環」のアメリカ

NCAAはなぜこれほどの人気を博し、成長を遂げることができたのか?

バスケットボールに関して言えば、同学年に希代のスター選手がライバルとして登場したことはもちろん偶然の産物であり、欠かせないファクターだが、そこには、NCAAが一貫して守る日本とはひと味違う学生スポーツの本分を守る哲学や制度、ルールがあった。

「いちばん大きな違いで言えば、日本の大学であれば、各部運動部は大学の正規のカリキュラムの外にある“課外活動”ですよね。しかし、NCAAに属する各競技の活動は、大学の正規プログラムとして公的に運営されています。だから、各トーナメントや大会だけでなく練習も含めたすべての活動は、NCAAの適正なガバナンスと管理の下、行われています」

所属するアスリートの本分はあくまでも学生であり、どんなに優れた成績を収めていても、一定の学業成績に満たない者、または卒業に必要な単位に向けての履修が遅れたものは、試合はおろか練習への参加も制限されるGPA(Grade Point Average)ルールが適応される。

一方日本では、主に学生主体の「体育会」や「部活」で自主的に運営することになっており、学校は間接的支援をする立場にある。学校の宣伝などを目的に積極的にスポーツ推薦枠を確保したり、予算を割いたりするケースもあるが、スポーツ全体を統治するような動きはなかった。

アメリカでは危険タックル問題は起きえない?

2019年にNCAAに範を取ったUNIVAS(一般社団法人大学スポーツ協会)が発足するなど変化の兆しは見えるが、そもそもの仕組みが違うため一足飛びに日本版NCAAの運用とはならないと横山さんは語る。

「NCAAの組織図には各大学の学長が組み込まれていて、各大学に学長直属のアスレティック・デパートメントというスポーツ部門を統括する部署が必ずあり、責任者であるアスレティックディレクターは、スポーツ活動がその大学の教育方針やミッションと一致するように活動を進めるのです」

2018年の日本大学のアメリカンフットボール部、フェニックスによる危険タックル問題は、日本の大学スポーツのガバナンス問題に一石を投じたが、つい先日も同じ日本大学の重量挙げ部で監督の不正詐取が問題なった。

NCAAであればどうなるのか?

「もし仮に監督によって危険タックルが指示されたり、不正が行われたりした瞬間にそれを正すペナルティ付きのルールが適応されます。NCAAの方が優れていると言いたいわけではなく、100年を超える歴史の中で、不正やルールの抜け道、時代に合わせたやり方や規制のあり方を試行錯誤してきたからこそ効いているガバナンスがあるということです。それに、もしUCLAで危険タックル問題が起きたら、当該選手はすぐにスタンフォードなどに転校してすべての事実が公開されるでしょう。一昔前の終身雇用制度や硬直した縦社会が生み出す「移れない」閉鎖的な組織ではハラスメントが起きやすいものです。日本ではスポーツに限らず大学間での転校・移籍ができないのも課題の一つだろうと思います」 

法を根拠にガバナンスを効かせるアメリカと道徳や善意、空気に委ねる日本

実際NCAAは、不祥事やルールの抜け穴をついた不正を経験するたびに制度を見直し、連邦法に基づいた厳格なルールを課すことでガバナンスを強めてきた歴史がある。

日本では、スポーツ活動が課外活動扱いであるがゆえに「道徳」や「善意」、「空気」を読む学生の主体性や自主性に頼らざるを得ない部分が大きい。一方のNCAAでは責任の所在は、最終的には学生を教育する大学そのものに帰することになる。

例えば、日本では遅れているとされる男女平等についても、1972年に連邦法で定められた別名『タイトルⅨ』に則って、学生スポーツの現場でも性別による差別を禁止し、男女の待遇に差をつけてはいけないことが徹底されている。

NCAAでは、「アスリートは指導者の持ち物ではない」という理念も浸透しているが、こちらもキャンパスで起こる事件・事故・ハラスメント等の開示義務に関する法律である『クレリー法』や、学生アスリートを性的虐待や暴力、パワハラから保護する『セーフスポーツ法(若年被害者の性的虐待からの保護及びセーフスポーツ授権法)』などの法的根拠によって明文化されている。

「日本とアメリカどっちがいいか。風土も歴史も違う、背景も環境も違う中で、日本もアメリカと同じことをすれば良いとはまったく思いませんが、NCAAの試行錯誤を俯瞰して、日本に合ったやり方で現在の環境を改善していく努力は止めてはいけないと思います」

男女平等に関しても、「競技力の違いから、臨場感や人気に差がある以上チャンスがなくても仕方ない」という議論に流されがちな日本と、アマチュア、学生スポーツだからこそ、『タイトルⅨ』を厳格に適応し、男女に機会を均等に与えることを保証するアメリカの違いは、そのまま社会のあり方にも通じる。

さまざまな人種が集まり、多様性のるつぼであるアメリカでは、法的拘束力などを明確にし、ルールからあり方を変えていく傾向があるが、そのやり方がそのまま日本に馴染むとも限らない。

高額な放映権料がダイレクトに育成や教育の資金になるNCAA

もう一つ、横山さんがNCAAと日本の大学のスポーツ活動の大きな違いとしてあげたのが、資金力の問題だ。

すでに記したように、NCAAトーナメントの放映権は1980年代を端緒に上昇し続け、最新の契約では、CBSおよびTurner Broadcastingが、2010年~2032年の23年間の放映権を総額約105億ドル(約1.5兆円)で落札している。

バスケットボールの“マーチ・マッドネス”は、NCAAの稼ぎ頭でもあり、2023年には11億4000万ドル(約1700億円)だったNCAA本体の年間予算のほとんどが、大学バスケットボールのトーナメント戦である“マーチ・マッドネス”の放映権料で賄われていると言われている。

「日本の大学スポーツで何をするにしても、予算の問題はついて回ります。NCAAモデルがいくら優れているように見えても、予算の問題で同じことはできません」

NCAAはプロスポーツリーグと違い、営利目的で運営されていないため、収益のほとんどは各カンファレンス(リーグ)を通じてそれぞれの加盟校に分配し、トーナメント運営資金だけでなく、他のスポーツの活動資金や奨学金、教育支援にも活用される。大学スポーツに注目が集まれば集まるほど、大学教育の環境が整っていく好循環がすでにできあがっているのだ。

一方、日本では部費や遠征費は部員の自己負担であることも多く、スポーツ強豪校であっても、スポーツ活動全体の予算は年間数千万円規模と言われている。

「NCAAだけでなく、アメリカではスポーツは一大産業です。日本では“スポーツビジネス”の話をよく聞きますが、アメリカではスポーツに限定したビジネス教育というのは実は多くないんです。ただ、例えば大学や大学院の授業でも、世界のトップビジネスの事例として、ロサンゼルス・ドジャースやレイカーズのGMがマーケティングや人事戦略などのスピーカーを務めたりするんです」

資金力はそのままアスリートの育成力にも直結する。NCAAが優れたアスリートを輩出し続け、その恩恵を享受する大学がそれよりもはるかに多くの社会に役立つ人材を世の中に送り出し続けているのは、スポーツ活動を大学の教育の一環として積極的に運営を行う仕組みによるところが大きいというわけだ。

先輩が伝授してくれた履修科目選択の3つのポイントが人生を切り拓いた

大学での“学び”については、バスケットボール部での経験とは別に忘れられない思い出があると横山さんは言う。

「UCLAに入学してすぐ、ある先輩が寮に住む新入生全員を食堂に集めたんです。何が始まるのかと思っていたら、その先輩が、履修科目の選び方についてのレクチャーをし始めたんです。

 曰く、履修科目を選ぶ際は、
 (1)自分が学びたいことはもちろん追及する
 (2)自分が貢献(活躍、存在感を示せる)できそうな授業も意識する
 (3)おそらく将来の自分の仕事には選ばないであろうことに触れておく
 この3つの視点で科目を選ぶのが良いというのです。

 (1)と(2)はわかりますが、(3)については、なぜだろうと思いました。その先輩は、自分が将来選ばない分野、関わらない分野のことを学ぼうとしている人たちと1学期なり1年間なり机を並べて過ごすことが大切だと言ったのです。そのときはわかりませんでしたが、現在こうして教育に関わる仕事をしているとその意味や大切さがよくわかります。UCLAで今では雑学を披露するくらいしか使い道のない天文学を学んだこと、個別対話が好きな自分がたぶん選ばないであろうマスコミ分野の授業、ヘッドマネージャーとして留年するくらい奔走したこと、すべてが私にとって重要な学びでした」

横山さんはこの先輩の助言で、アメリカの大学には「ユニバーシティ」と「カレッジ」、二つの意味と役割があることを実感したという。

「単に学校の規模で使い分けることもありますが、ユニバーシティは学位発行機関であり、研究機関としての側面が強い。一方、カレッジは勉学だけでなく、共同生活を送る場というニュアンスがある。これはまさに、幅広い分野に好奇心を持ち、思考力や表現力、判断力を身につけることに焦点を当てたリベラルアーツの考え方にも通じます」

 学びの本質は「カレッジ」にある

留学指導校アゴス・ジャパンの共同創設者であり、現在は会長職にある横山さんは、留学やキャリア形成の指導に携わる中でUCLAの先輩が問わず語りで教えてくれたリベラルアーツ教育の重要性を再認識しているという。

また、こちらも共同創設者として立ち上げに関わったHLABが運営する高校生や大学生、社会人、留学生がともに暮らし、対話を通じて学ぶレジデンシャル・カレッジ『シモキタカレッジ』は、まさに横山さんがUCLAで体験した、さまざまな人が自由に出入りする環境で学ぶことの大切さを日本に居ながらにして手にできる新しい学び舎ともいえる。

「UCLAには、それこそドジャースやレイカーズのオーナーも来るし、OBとして有名企業の創業者がふらりと来たりもします。同級生にもオリンピックメダリストやNBAに行くようなトップアスリートもいれば、起業家の卵やすでに事業を始めている学生もいます。ユニバーシティで学位を取得することも重要ですが、カレッジでいろいろな背景を持つ人、いろいろな分野ですでに活躍している大人と触れ合って学んだことが現在の自分の血肉になっています。『シモキタカレッジ』では、世代や国籍、分野を越えた学びを促進するための応援をするために若い世代に絡まれながらうろうろしています(笑)」

NCAAでも超がつく名門のUCLAのバスケットボール部でヘッドマネージャーを経験した今のところ唯一の日本人である横山さんの経験は、日米の大学のスポーツへの接し方の違いだけでなく、教育そのものに対する違い、示唆に富んだ特別な体験として一読の価値がある。

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<了>

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[PROFILE]
横山匡(よこやま・ただし)
1958年7月24日生まれ、東京都出身。アゴス・ジャパン取締役会長。父親の仕事の関係で14歳から2年間をイタリアで過ごし、16歳から約10年弱をアメリカで過ごす。高校卒業後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)言語学部に進学。大学在学中は日本人初のNCAAバスケットボールチームヘッドマネージャーとして各地に遠征。1983年大学卒業後に日本へ帰国。1984年1月から留学指導・語学教育に携わり、1986年に大手留学支援エージェントに入社。進学指導プログラムの責任者として12年間勤務。1998年より現職のアゴスジャパンにて出願指導部門の責任者から社長、会長を担い、現在に至る。またアスリートに対しての研修講師、アーティストへのコーチング、就活生に向けたメンタリング活動なども行っている。主な監修書に、くもん出版社の「英語で夢を実現していったアスリートたち」(5冊セット)、「海外で学び夢のキャリアを実現させる」(3冊セット)がある。

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