
プロ野球「育成選手制度」課題と可能性。ラグビー協会が「強化方針」示す必要性。理想的な選手育成とは?
プロ野球選手として長く活躍し、アテネ、北京の両オリンピックで野球日本代表のキャプテンを務めた宮本慎也。東芝ブレイブルーパスでキャプテンとして日本一を経験し、ラグビー日本代表でもキャプテンとしてチームをまとめた廣瀬俊朗。同じ大阪府吹田市出身で、ともに誰もが認めるチームリーダーという共通点を持つ2人。そこで今回は彼らの特別対談が収録された書籍『キャプテンの言葉』の抜粋を通して、チームスポーツにおけるリーダー論、両競技の課題と可能性についてひも解く。今回は理想的な選手の育成について。
(文=宮本慎也、廣瀬俊朗 写真=Imagn/ロイター/アフロ)
日本は「ソツなくこなす」タイプが好き
宮本:今、僕がすごく興味を持っている選手がメジャーリーグにいて、フィラデルフィア・フィリーズにいるカイル・シュワーバーという選手なんですけど。2022年にシーズン46本打ってナショナル・リーグの本塁打王を獲って、次の年(23年)も47 本です。で、この年の打率が1割9分7厘。2割に届いてないんですよ。
廣瀬:へぇー。その打率でレギュラー、大丈夫なんですか?
宮本:それがですね、出塁率、つまりフォアボールとかの出塁を含めると、3割5分近い数字になるんですよ。それで、1番バッターなんです。たぶん日本なら、廣瀬さんが思われるように、「確実性がない」とか言われて、途中でレギュラーを外されてると思います。
廣瀬:いや、そうでしょうね。
宮本:そういう選手が日本にも出てきたら、日本のプロ野球ももっと面白くなるんじゃないかなと思うんですけどね。
廣瀬:うんうん。面白いと思いますよ。
宮本:日本って、「ソツなくこなす」みたいなタイプが好きじゃないですか。これは野球に限らず、どのスポーツを見ていても感じることなんですが、とりあえずセンスがあって、欠点がなく、ソツなく器用にやれる選手が試合で使われやすいけど、逆に全体的なバランスは悪くても、何か一つ突出したものを持っていたら、そういう選手を代表とかにも入れて起用してみたらいいのに、と思うんですけどね。
廣瀬:まさに今、ラグビー界が、そういうことに取り組んでいるんですよ。「ビッグマン」「ファストマン」みたいな表現で、他はあかんくても、「とにかくデカい」「とにかく速い」というような選手が、きっとどこかにいるはずだ、と。そんな「一芸だけすごい選手をピックアップしよう」ということで、選手の発掘をしているんです。
宮本:それは大賛成です。そういう選手がいると、いろんなタイプの相手に対応ができますもんね。
プロ野球界「育成選手制度」の功罪
廣瀬:絶対大事ですよね。へぇー、野球界もそういう方向に向かっているんですね。
宮本:いや、日本の野球界ではまだまだ、現実的には難しいです。
プロ野球という枠で一つ考えられるのは、今は育成選手制度があります。それを使うことですね。よく現場のスカウトと話すことがあるんですよ。僕は「育成枠で、打つだけの選手を獲れよ」と言うんです。「この選手、バッティングは魅力的なんですよ。長打力もあるし。バットに当たれば、ですけど」というのが、毎年必ずいます。「でも守備がなぁ」とか「足が遅いんですよ」とか言うけど、それが全部整っている選手なら、正規のドラフトで指名されるわけじゃないですか。だから「育成」なんですよ。
まして今は、外国人の良さそうな選手がなかなか獲れない時代になっているんで、じゃあ彼らを外国人と見立てて育てればいいじゃないですか。だって日本に来る外国人選手で、守備のうまいヤツなんてほぼいないんですよ。それでも試合で使うわけでしょう。それはホームランを30発以上打つ魅力があるからですよ。それができる可能性のある選手が、もしかしたら日本人にもいるかもしれない。それをドラフト1位で契約金1億円払って獲るなら絶対に育てなきゃいけないけど、育成なら外れてもチームは痛くもかゆくもないし、言い方は冷たいけど、0か100かで、3年やって芽が出なかったら戦力外で、また次を獲ってきたらいい。そうやって循環しているうちに、大当たりが出てくるかもしれないでしょう。
本来、育成とか三軍は、そういう選手を育てる場所だと僕は思っているんですけどね。
廣瀬:「育成選手」って、今、すごく増えていますよね。
宮本:ただ、退任された阪神の岡田彰布監督も言っていましたけど、プロが育成でどんどん獲っていくことで、アマチュアのレベルが落ちてしまう、と。それは確かにそうだと思うんです。彼らは育成に来なければ、大学や社会人でプレーしている選手たちですから。だから野球界全体のことを考えたら、僕もすごく葛藤がありますよ。
僕個人としては、あまり賛成はできません。とくに高校生の場合、その子の人生を考えたら、ドラフト上位で指名されるような選手以外は、まず大学で4年やったほうがいいと思います。でも、それも本人の考え方次第ですからね。
廣瀬:育成って、どれくらい条件が違うものなんですか?
宮本:それはもう、お金も条件もまったく違います。だから指名して、入団交渉のときに、ちゃんと「育成選手っていうのは、こういうことですよ」というのはきちんと説明せなあかんでしょうね。選手会に入れませんよ、3年経ったらリリースされますよ、可能性があれば再契約でもう1年とかありますけど、と。僕もアマチュアの選手に相談されたときには、「(育成は)プロのユニフォームを着たアマチュア選手だからね」ということははっきり言うようにしています。みんな、「プロ野球選手になれるんだ」と思っているんで。それは教えないといけない。
育成の「強化方針」を示す必要性
廣瀬:育成出身でスターになった選手もいるみたいですけど、その確率はかなり低いということなんですね。
宮本:そうです。話を日本代表に戻すと、そういう選手をピックアップして育成していくためには、各カテゴリーごとの連携が必要になってきますよね。ラグビーには、そういうシステムはあるんですか?
廣瀬:本来はそうあるべきですよね。ないことはないですが、十分ではありません。「一本の柱でやっていこう」というビジョンは、ラグビー協会としても描いているはずです。
宮本:今、エディー・ジョーンズさんが監督(ヘッドコーチ)なら、エディーさんが打ち出した方向性に合わせて、選手を発掘、育成していくというのが理想だし、それが本来の「強化」ですからね。
廣瀬:ラグビーで言うと、そのトップはたぶん代表の監督ではない気がします。もう一個上の、マネージャークラスの人が全体の指針を出して、それに応じて監督が決めていくということになると思います。組織図的には代表監督もラグビー協会の中にいるわけなので、その監督のいる部署の上にゼネラル・マネージャー、ラグビーの場合は「ダイレクター・オブ・ラグビー」みたいな名前がついたりすることが多いですけど、そういう役職の人がいて、全体を統括して見ていくことになるんでしょうね。
それがきちんとできていれば、監督が替わったとしても、日本ラグビー協会が持っている「こういうラグビーを目指している」という方向性はブレることはないですからね。あくまで理想論ではありますけど。
宮本:野球もそういう組織にしたほうが絶対にいいんですよ。だから、侍ジャパンもGM的なポジションをつくって、しかるべき方が就いて、その方を中心に各カテゴリーのチームを同じ方向性で統括していくのがベストだと思います。
代表の強化って、年代ごと積み上げていかなきゃ意味がないじゃないですか。それが監督によって野球がコロコロ変わるんだったら、たとえば『アンダー12』『アンダー15』と代表に入っていた子が、「今度は違う野球をやるからキミはいらないから」って、『アンダー18』では外されてしまうというのは、僕はちょっと不自然に感じるんですよね。
変化することが悪いとは言ってないですよ。野球の理論もそうだし、ラグビーのルールもそうですけど、時代に沿っていろいろ変わっていくじゃないですか。それに対して、トップが「じゃあ世界がこうなっているから、日本もこういうふうに変えたほうがいいんじゃないか」という方針を出せばいいんですよ。
NPBが井端監督に強化の方向性を出すわけではない
廣瀬:ラグビーにおけるラグビー協会は、野球ではどんな組織になるんですか?
宮本:野球はNPB(日本野球機構)ということになりますね。でも、じゃあNPBが代表の井端(弘和)監督に対して強化の方向性を出しているなんてことはないですから。栗山監督のときだって、栗山さんがアメリカに出向いて、大谷(翔平)やダルビッシュ(有)に参加を打診しているはずですから。
廣瀬:そこ(NPB)にいらっしゃるのは、皆さん、プロパーの方ですか? それとも、プレーヤー出身の方ですか?
宮本:野球経験に関してはわかりませんが、基本的にはプロパーの方たちです。各球団のフロントから派遣されていたり。やっぱり両方いるのが理想ですよね。選手経験者と、別の業界から入ってこられた事務的な仕事のできる人と。どうしても経営的な部分になると、細かいお金の動きなんかも出てくるので、野球だけやってきた人間では限界がありますからね。だから、いろんな人材が集まった組織がいいんじゃないかと思うんです。
今、アナリスト部門とかでも、野球の外の世界から来た人が、野球界のいろんな場所で増えてきているんです。そういう人に、「じゃあ何かデータを出して」と言ったときに、意外と面白いデータを出してくることがあるんですよ。逆に野球経験者って、固定観念みたいなものが邪魔して、当たり前なデータしか出てこなかったりするんです。経験者だと「当たり前」と思って見過ごしがちなポイントを、知らないから逆に着目できることって、どの世界でもあるでしょう。そういうのをうまく現場の人が受け入れると、相乗効果で、より良いものが生まれてくるかもしれないじゃないですか。
ただ、これがまた野球人の良くないところなんですけど、「お前、野球やったこともないくせに、何がわかるの?」みたいな、変なプライドなのか、心の狭いことを言ったりするんですよ。だから組織がうまくいかないんだろうなぁ、と。その辺がうまく調整できるような人が上に立てば、良くなると思いますけどね。
廣瀬:うんうんうん。すごくわかります。
現場も知っていて、ビジネス感覚も持っている人材は貴重
宮本:ラグビーは、そういうことを両方できそうな人材が結構いそうなイメージがありますけどね。それこそ廣瀬さんのような人が、そういうポジションに就いたらいいのにと思いますけど。
廣瀬:僕はまあどうなのかわからないですけども、確かに現場も知っていて、ビジネス感覚も持っている人は、いたら絶対に貴重ですよね。海外のラグビー界でも、オーストラリアとかニュージーランドのような強豪国には、そういうシステムがあるはずです。あと、僕が知る限りでは、アルゼンチンにもそういう人がいましたね。元代表選手で、でも、協会の中に入って、その国のラグビー界の中枢で仕事をしているという。
そういう国は、「選手会」のような組織もすごくしっかりしています。でもそれは「労働組合」的な色合いが強いわけでもなくて、健全にというか、紳士的な活動をしているみたいです。
宮本:それは羨ましいですね。若い選手はプロ野球選手会から平気で脱退しますから。でもね、フリーエージェントとかポスティングとか、キミらが今、行使している権利は、選手会が機構と話し合って、勝ち取って、整備してきた権利なんだよ、と言いたいくらいです。僕はもう選手じゃないからいいんですけどね(笑)。
(本記事は東洋館出版社刊の書籍『キャプテンの言葉』から一部転載)
<了>
【第1回連載】当時のPL学園野球部はケンカの強いヤツがキャプテン!? 宮本慎也、廣瀬俊朗が語るチームリーダー論
【第2回連載】「リーダー不在だった」との厳しい言葉も。廣瀬俊朗と宮本慎也が語るキャプテンの重圧と苦悩“自分色でいい”
【第3回連載】野球にキャプテンは不要? 宮本慎也が胸の内明かす「勝たなきゃいけないのはみんなわかってる」
【第4回連載】ラグビーにおけるキャプテンの重要な役割。廣瀬俊朗が語る日本代表回顧、2人の名主将が振り返る苦悩と後悔
Bリーグは「育成組織」と「ドラフト」を両立できるのか? 年俸1800万の新人誕生。新制度の見通しと矛盾
[PROFILE]
宮本慎也(みやもと・しんや)
1970年生まれ、大阪府出身。PL学園高校、同志社大学を経て、社会人野球のプリンスホテルに入社。1995年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。1997年からレギュラーに定着し、1997年、2001年の日本一に貢献。アテネオリンピック野球日本代表(2004年)、北京オリンピック野球日本代表(2008年)ではキャプテンを務めた。2006年WBCではチームのまとめ役として優勝に貢献。2012年に2000本安打と400犠打を達成。ゴールデングラブ賞10回、オールスター出場8度。2013年に43歳で引退。現役引退後は野球解説者として活動。2018年シーズンからは東京ヤクルトスワローズの1軍ヘッドコーチに就任。2019年辞任。その後、NHK解説者、日刊スポーツ評論家の傍ら、学生野球資格を回復し、学生への指導や臨時コーチなどを務める。「解体慎書【宮本慎也公式YouTubeチャンネル】」も随時更新中。著書に『歩 -私の生き方・考え方-』(小学館)、『洞察力――弱者が強者に勝つ70の極意』(ダイヤモンド社)、『意識力』(PHP研究所)などがある。
[PROFILE]
廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)
1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳からラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成した。2007年には日本代表選手に選出され、2012年から2年間はキャプテンを務めた。現役引退後、MBAを取得。ラグビーW杯2019では国歌・アンセムを歌い各国の選手とファンをおもてなしする「Scrum Unison」や、TVドラマへの出演など、幅広い活動で大会を盛り上げた。同2019年、株式会社HiRAKU設立。現在は、スポーツの普及だけでなく、教育・食・健康に関する活動や、国内外の地域との共創に重点をおいたプロジェクトにも取り組み、全ての人にひらけた学びや挑戦を支援する場づくりを目指している。2023年2月、神奈川県鎌倉市に発酵食品を取り入れたカフェ『CAFE STAND BLOSSOM~KAMAKURA~』をオープン。著書に『ラグビー知的観戦のすすめ』(KADOKAWA)、『相談される力 誰もに居場所をつくる55の考え』(光文社)、『なんのために勝つのか。ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論』(小社)などがある。
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