
「放映権10倍」「高いブランド価値」スペイン女子代表が示す、欧州女子サッカーの熱と成長の本質。日本の現在地は?
2025年6月27日、マドリード郊外のブタルケで行われた国際親善試合。なでしこジャパンは、女子ワールドカップ王者・スペインに1-3で敗れた。スタンドを赤と黄色に染めた満員の熱狂、洗練された演出、そして戦略的に整備された環境――スペインは女子サッカーを“文化”として定着させ、欧州の最前線を走っている。その背景には、育成・戦術・マーケティングが三位一体となった成長モデルの存在がある。日本のWEリーグは、そこから何を学べるのか。そのヒントを現地取材から探った。
(文・写真=松原渓[REAL SPORTS編集部])
スペイン女子代表を支える戦略的環境整備
2025年6月27日、マドリード郊外のブタルケ・スタジアムで行われた国際親善試合。なでしこジャパン(日本女子代表)は、2023年女子ワールドカップ王者であるスペイン女子代表に挑んだ。結果は1-3。技術と戦術、そして熱量の差を突きつけられたこの試合は、日西の女子サッカーの現在地を映し出す象徴的な一戦だった。
この試合は、スペインが7月に開幕する欧州女子選手権に向けて行う“準備の最終章”として位置づけられた。FIFAランキングで1位のアメリカに肉薄するスペインは、5月末からのベルギー戦、イングランド戦を含めて連勝中。代表メンバーの多くがFCバルセロナに所属し、世界最高峰の戦術的組織力と創造性を体現している。
この試合の観客数は1万人超。チケットは前売り段階で完売し、スタンドは赤と黄色に染まり、選手入場時には花火が打ち上がる。大音量のBGMとDJの扇動が、スタジアムをエンタメショーのような雰囲気にしていた。
男女比は女性が約7割。小さな子どもを連れたファミリー層や10代〜20代の若年女性グループが目立ち、皆が女子代表のネーム入りユニフォームをまとっている。

特に9番プテジャスや10番エルモソ、6番ボンマティといった象徴的選手の名前が多く見られ、選手の名前がアナウンスされるたびに歓声が起き、ピッチ上のプレー一つ一つに敏感に反応する観客の姿があった。夜11時の試合後には、バスの出待ちにサインを求める少女たちの長蛇の列が夜遅くまで続いた。
今回の舞台ブタルケ・スタジアムは、男子2部のCDレガネスの本拠地で、収容人数は1万2000人強。近年、スペインサッカー連盟(RFEF)は女子代表戦をこのような中規模スタジアムで開催し、全国各地に女子代表の存在を浸透させる戦略を取っている。
会場周辺や通路には女子代表チームの歴史的な瞬間を切り取った栄光を称えるビジュアルが掲示され、場内の広告看板は大手企業が並び、女子選手を通じたマーケティング価値が高まっていることがうかがえる。スタジアムグルメも充実しており、アルコールからカフェまでドリンク13種類、イベリコハムのサンドイッチやハンバーガーなどが8種類。他にも多彩なスタジアムグルメが並んでいた。

育成・戦術・環境が連動する欧州型成長モデル
スペイン女子代表は、バルセロナを中核とした「ポゼッション+創造的攻撃」を軸に、繊細かつダイナミックなパスで主導権を握る。これは戦術と育成の融合の賜物だ。UEFA(欧州サッカー連盟)の女子サッカー開発プログラム(WFDP)により、各国に年間15万ユーロ(約2500万円)が支給され、育成やクラブ強化、指導者養成が進んでいる。
スペインではバルセロナを中心に、育成とトップの融合が進み、クロアチアやキプロス、北アイルランドでは新たなリーグやクラブが創設され、女子サッカーの持続可能な成長モデルが構築されつつある。
戦術面でも多様化している。イングランドは、男子のプレミアリーグ的なダイナミズムとポゼッションが融合。ドイツは伝統的なプレッシングに創造性を加え、フランスやイタリアでは男子クラブとの統合によるプロ化が進行。男子の名門クラブが持つ分析・データ活用、トレーニング環境、指導者層の厚さが女子にも波及し、ハイレベルな戦術が浸透しつつある。その中で世界から優秀な選手が欧州に集まるようになり、選手の移籍金も年々高騰。男女平等や女性の活躍推進の流れも女子サッカーの社会的地位を向上させている。こうした流れが世界の女子サッカーの潮流をリードし、商業的成長とも結びついている。
放映権料に10倍の差。リーガFとWEリーグの現在地
その成長モデルは、どのように数字に表れているのだろうか。
UEFA女子クラブ係数(クラブや国際大会でチームをランクづけする統計)によると、スペイン女子サッカーのトップカテゴリーである「リーガF」は欧州トップレベルに位置し、チームランキングではバルセロナが1位。バルセロナはクラブの収益構造も安定化しており、女子単独で黒字を達成している。リーグはそのバルセロナが独走状態を続けているものの、昨季2位のレアル・マドリードも女子部門に力を入れており、バルセロナとの“女子クラシコ”がリーグの注目コンテンツに。今年3月の対戦では3万5812人の観客を集め、マドリードが3-1で初勝利を収めた。
具体的な入場者数や放映権料、待遇面を日本のWEリーグと比較してみたい。
2025年の平均入場者数は、リーガFが1501人。ビッグマッチ以外は伸び悩み、平均ではWEリーグの1723人がやや上回っている。
一方、放映権料には大きな開きがある。リーガFはDAZNと2022-23シーズンから5年間で、日本円に換算すると約46億円の大型放映権契約を締結。年間9.2億円に相当する。
一方のWEリーグは2021-22シーズンからの8シーズンで、年間1億円程度とされ、その差は歴然だ。背景には、欧州での女子サッカーの商業的価値の高まりと、リーグとしてのブランド戦略の違いがある。マドリード市内のオフィシャルショップを覗くと、女子選手のユニフォームや写真が並び、ブランド価値が街全体に浸透していることがうかがえた。関係者によると、女子専門のシーズンチケットや広告枠も増加しているという。

“最も稼ぐ女子サッカー選手”は? グラスルーツから代表まで連なる「成長の循環モデル」
選手の年俸はどうだろうか。リーガFの最低年俸は現在、約330万円だが、バルセロナのアイタナ・ボンマティが約1.5億円(スポンサー収入を含む)と推定され、アレクシア・プテジャスが1.1億(同)と推定される。一方、WEリーグの最低年俸は270万円で、最高でも1000万円程度とされる。欧州では放映権とスポンサー収入が年俸に還元され、トップ選手の市場価値は飛躍的に高まっている。
特にイングランドのWSLは、2023-24シーズンに前年比34%増の約129億円という収益を記録し、平均観客数も7000人超。アーセナルは平均3万人に迫り、2025–26シーズンには収益が200億円を超えると見込まれている。最低年俸の決まりはないが、トップクラスの選手は約5000万円以上稼いでいる。商業的価値とプレーレベルの向上が同時に進む好例だ。
欧州では、トップチームの成功が草の根の育成やリーグ整備につながる「循環型モデル」が機能している。UEFAは今後6年間で約1700億円を投資し、育成から代表強化までの一体的支援を打ち出した。こうした流れがクラブの財政も支え、女子サッカーが「見られるスポーツ」として社会に根づいている。この循環を支えるのは、公共機関と連携した投資制度や、放映権・スポンサーによる商業的支援だ。日本でもWEリーグが発足から5シーズン目を迎え、放映権料や広告収入の拡大が急務となっている。
日本女子サッカーが学ぶべきこと
スペイン女子代表との一戦を通じて浮かび上がったのは、「熱量」「スタイルの確立」「持続可能な成長」の重要性だ。スペインでは1万人超の観客がスタジアムを埋め、女子代表戦が生活の一部になっている。それを支えるのは、明確な戦略と投資、観客にとって魅力的な観戦体験だ。
日本ではWEリーグを中心にクラブ主導の普及活動が進むが、女子代表ブランドの社会浸透や持続的な投資という点では課題が残る。スペインやイングランドのように、女子サッカーが「社会に根づいた文化」として成立していくためには、ピッチ内外で一貫性と持続性が求められる。
必要なのは、制度的な後押しと“観たくなるサッカー”を体現できるプレーヤーの存在、そして、それを支えるファンとの信頼関係だ。支える側・戦う側・見る側が一体となる取り組みが求められている。スペイン戦が示した現実が、日本女子サッカーにとっても新たな成長の指針となることを願っている。
<了>
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