
「ヨハン・クライフ賞」候補! なでしこジャパン最年少DF古賀塔子“世界基準”への進化
オランダ女子1部・フェイエノールトで急成長を遂げている19歳のセンターバック・古賀塔子。173cmの恵まれた体格と、対人スキル、スピード、ビルドアップ力を武器に、10代で海外に挑戦し、なでしこジャパンの最年少DFとして着実にステップを踏んできた。代表初招集、海外挑戦、オリンピック出場――。2023年末からの目まぐるしい変化の中で、世界一のセンターバックを目指す若き異才の進化の軌跡をたどる。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=松尾/アフロスポーツ)
オランダで2年目の飛躍を遂げた“万能型DF”
オランダ女子1部・エールディビジのフェイエノールトでプレーする19歳のディフェンダー・古賀塔子が、目覚ましい成長を遂げている。
オランダ挑戦2年目となる今季は、ここまでリーグ戦21試合に出場し、3ゴールを記録。昨年12月のエクセルシオール・ロッテルダム戦では、長いリーチを活かしたドリブルで相手3人をかわし、右足で約30メートルの距離から豪快な一撃を決め、観客を驚かせた。
リーグ戦は5月17日に最終節が終了。チームは昨季の8位から順位を上げ、5位でシーズンを終えている。
5月13日には、エールディビジで最も才能ある若手に贈られる「ヨハン・クライフ賞」の候補5人にノミネート。戦術理解や技術、創造性、責任感、協調性など14項目の基準で評価され、監督や選手、OGの投票によって選出される権威ある賞だ(発表は5月26日)。
高校卒業と同時に海を渡った古賀は、オランダでの日々をこう振り返る。
「アカデミー時代は自分より背の高い選手がいなくて、フィジカル的に有利な場面が多かったんです。でも、オランダでは自分より大きくて足の速い選手がたくさんいます。しっかり予測して守備をしないとすぐに失点につながるのは、日本では実感できなかった部分です」
オランダ女性の平均身長は170cmを超え、サッカー選手となると、180cm近い選手も多い。その中で173cmの古賀は決して目立つ体格ではないが、存在感は格別だ。1対1のスキルと予測力、スピード、ビルドアップ能力を兼ね備え、センターバック、サイドバック、ボランチと複数ポジションをこなす新世代の万能型DF。剛健さと柔軟性、知性を兼ね備えたプレーは、森保ジャパンの冨安健洋にたとえられることもある。
オランダで対人プレーの強化と並行して、古賀が磨いてきたのが“運ぶ”プレーだ。
「日本ではボールを持つと周囲が自然にサポートを作ってくれてパスを出す選択肢が多くなりますが、オランダではそういう意識は低くて。自分が一つアクションを起こして“出せる”という雰囲気を作らないと、パスを受けようとしてくれない部分があります」
1年目はチーム事情でボランチを務めたが、今季は本職のセンターバックに定着。ビルドアップ能力も監督のジェシカ・トーニーから評価されている。
「オランダでは1対1で守る場面が多くて、マークを外されると失点に直結します。だからこそ、大きな選手にも頭を使って対応することが求められます。監督からは、ボールを持ち出してゴール前までつなぐプレーも求められていて、去年ボランチをやった経験が生きて柔軟にプレーできるようになったと思います」
海外挑戦を後押しした原点と恩師の言葉
一つ上の世代には、藤野あおば、大山愛笑、浜野まいか、松窪真心といったタレントがひしめく。中でも、選手層の強化が期待される守備ラインのすべてのポジションをこなせる古賀は、次世代のなでしこジャパンを支える貴重な存在だ。
古賀の海外志向の原点は、2022年のU-17女子ワールドカップにある。日本は圧倒的な内容でグループステージを突破するも、ベスト8で同じく優勝候補に上がっていたスペインに1-2で敗退した。
「世界との差を肌で感じました。代表では自分より身長もスピードもある選手と戦うので、日常的に身体能力の高い選手と練習して、守備を極めたいと思いました」
この経験が、古賀の海外志向を強く後押しした。
そのU-17ワールドカップで、ボランチながら全試合でゴールを決めて注目を集めたのが、谷川萌々子だ。2人の才能を早くから見抜き、海外挑戦の背中を押したのは、JFAアカデミー福島の山口隆文監督だ。
「谷川を(中1で)最初に見た時の印象は、左右差なくボールを扱える、ボールの操作性が非常に高い選手で、すでにトップレベルの技術を持っていました。古賀は速さと持久力の両方を持っていて、どのポジションでもできると感じました。古賀にはフィジカルの素養が、谷川には高いテクニックがありました」
2人には簡単には乗り越えられない課題が与えられ、それが着実な成長を促した。山口監督は「ケガの少なさ」も、順調なキャリア形成を支えた要因として挙げている。
10代での海外挑戦から五輪先発へ。谷川とともに刻んだステップアップ
2023年夏の女子ワールドカップには、アカデミーの同僚・谷川とともにトレーニングパートナーとして帯同。その時、「U-17ワールドカップはベスト8止まりだったので、U-20で世界一になりたい」と語っていた古賀だが、翌年のU-20代表には選ばれなかった。
谷川とともに“飛び級”で、なでしこジャパンの主軸へと急成長を遂げたからだ。
2023年10月のアジア競技大会では、国内組中心の代表で全試合に先発。17歳にしてセンターバックの軸を担い、優勝に貢献した。
11月のブラジル遠征では高校生としてA代表初招集。さらに、翌年2月のパリ五輪アジア最終予選・北朝鮮戦の1stレグでスタメン出場まで果たす。この試合で古賀は、ケガで離脱した遠藤純の代役として左サイドバックに“ぶっつけ本番”で起用された。不慣れなポジションでミスもあったが、無失点(0-0)で試合を終えた。
アカデミー卒業を控えて、WEリーグの複数チームがオファーを出していたと聞くが、「フィジカルで勝負し、成長したい」と前例の少ない10代での海外挑戦を選択。1年目から試合に出場し、評価を高めていった。
一方、バイエルンに加入した谷川は、ローゼンゴードへの期限付き移籍1年目で背番号10を背負い、得点王&リーグ優勝という快挙を達成。古賀の堅実な成長はその傑出した活躍の前にやや目立たなかったが、共通点の多いキャリアを歩んできた2人は互いを認め合い、切磋琢磨してきた。
「萌々子とは中1の頃から一緒で、自主練の時も2人でずっとボールを蹴っていた仲です。萌々子がいたから自分もここまで来られたと思うし、お互いに高め合えていると思います」
古賀は代表出場わずか「8試合」でパリ五輪の18人のメンバー入りを果たし、3試合に先発。谷川は日本男女通じて初の“10代でのオリンピックのゴール”を記録。ともになでしこジャパンの主力に定着した。
人見知りでシャイなキャラクターだが、寮生活を長くともにした谷川曰く、周りを明るくするムードメーカーの一面もあるという。少しずつ代表の雰囲気に慣れてきたことも、自分らしいプレーを発揮できるようになった変化と無関係ではないだろう。
世界一のDFへ──なでしこの未来を背負う存在に
昨年末、なでしこジャパンに初の外国人指揮官としてニルス・ニールセン監督が就任。初陣となった今年2月の「SheBelieves Cup(シービリーブスカップ)」で、古賀は大仕事を成し遂げた。
全3試合に出場し、コロンビア戦では世界屈指の若手FWリンダ・カイセドを封じる。そしてアメリカとの最終戦では、1-1の後半開始早々にセットプレーのこぼれ球を押し込んで決勝ゴールを決め、守備でも世界王者の猛攻を抑えて日本の初優勝に貢献した。
堅実な守備に加え、攻撃でも違いを生み出せる選手へと進化している。
「チャンピオンズリーグに出場して、優勝するためには、もっと高いレベルでプレーする必要があると感じています。目標は世界一のセンターバックになること。今のサッカーではポリバレントさも必要なので、どのポジションでも自分の強みを出したいです」
リバプールのファン・ダイクを理想に掲げる若き守備職人は、いずれは熊谷紗希、南萌華に続くなでしこの“ディフェンスの象徴”として、日本女子サッカーを支える存在になるだろう。
次なる舞台は、5月31日と6月3日にアウェーで行われるブラジルとの親善試合。自身の代表デビュー戦、そしてパリ五輪でも戦った相手との再戦で、成長の真価を示す準備は整っている。
<了>
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