
大阪ダービーは「街を動かす」イベントになれるか? ガンバ・水谷尚人、セレッソ・日置貴之、新社長の本音対談
1995年からスタートした、ガンバ大阪とセレッソ大阪による大阪ダービー。それからちょうど30年が経過した今季、両クラブに興味深い変化が起こった。ガンバは今年1月に、そしてセレッソは4月に、それぞれ社長が交代。新社長はいずれも東京出身で、責任企業であるパナソニックやヤンマーを出自としていないことに注目が集まった。本稿は7月5日の大阪ダービーに合わせて企画された、ガンバ大阪の水谷尚人社長とセレッソ大阪の日置貴之社長による「夢の社長対談」である。あまりにも話が盛り上がったので、前後編に分けてお届けすることになった。前編では、お互いの印象と開幕戦での大阪ダービー、そしてファンビジネスやマーケティングの視点による「ダービーの価値」について語ってもらった。
(インタビュー・構成=宇都宮徹壱、写真提供=(C)GAMBA OSAKA)
「長年サッカー界で活躍」する水谷、「マーケティングのプロ」の日置
──本日は「夢の社長対談」と題しまして、7月5日の大阪ダービーに向けた特別企画として、お二人にお話を伺います。これまで接点はあったのでしょうか?
日置:ありましたよ。2002年の日韓ワールドカップのときじゃないですか? 僕、当時はFIFAマーケティングに関わっていて、毎週のようにJFAハウスのマーケティング部、当時の事業部に出入りしていました。
水谷:そうでしたね。僕は当時JFAにいたんですけれど、1996年から2002年まで、ワールドカップの日本組織委員会に出向していて、チケット周りを担当していました。スポンサー向けのチケットが届かないとか、自分のせいじゃないのにクレームを入れられたこともありました(笑)。
──チケットとマーケティングという近しい領域で、それぞれ最前線にいらしたわけですね。お互いの人物像についても伺いたいのですが。
日置:僕はサッカー業界の外から来た人間なので、長年にわたりサッカー界で活躍されている水谷さんに対しては、強い尊敬の念があります。湘南ベルマーレをはじめ25年以上、一貫してこの業界に身を置いていて、常に新しいチャレンジをされている印象でした。
ともすると守られた環境で縮こまって仕事をしている人が多い中で、水谷さんの湘南は新しい領域への取り組みにも積極的で、ボーダーラインを越えていくような姿勢にすごく共感しています。表面的にうまくいくかどうかではなく、挑戦する姿勢そのものに価値があると思っています。
水谷:日置さんは「マーケティングのプロ」で、グローバルな視点を持っているという印象です。しかも、プロ野球の日ハムの北海道移転とか、東京五輪の開幕・閉幕式のプロデュースとか、大きなチャレンジにはいつも驚かされました。今回のセレッソでの挑戦も含めて、常に刺激をもらっています。大阪という地で、こうして一緒に仕事ができるのはうれしいですね。
想像以上だった熱量「とんでもない世界に足を踏み入れたな」
──そんなお二人が、いよいよ大阪のJクラブの社長として、ダービーで激突することになります。思えば今季の開幕節、ガンバのホームでダービーがあって、お二人ともご覧になっているかと思います。それまでイメージしていたものと比べて、いかがでしたでしょうか?
水谷:もう「すごいな」のひと言でしたね。Jリーグから(開幕節でダービーの)打診があったのは12月で、現場もフロントも「いやいや、ちょっと重すぎます」という反応でした。ただし、Jリーグから『万博イヤーの開幕はぜひ大阪から』と大きな期待をいただいた話だったので断れず(苦笑)。
それで今季の開幕戦、しかも金Jでの大阪ダービーが決まったんですが、前日からすごかったんです。スタジアムでの非公開練習にもかかわらず、スタジアム周辺に100人ぐらいのサポーターが集まってきて、「絶対に負けられない」という熱量がひしひしと伝わってくる。頭ではわかっていましたが「これは本当に大事な試合なんだな」とあらためて感じました。
日置:僕の場合は、何もわからずに飛び込んだ感じでした。もちろん「大阪ダービー」という言葉は知っていましたが、その重みや歴史の蓄積については、深く理解していなかったんです。SNSなどで過去の名場面を見て「すごいな」と感じる程度で、お客さん的な視点だったと思います。
セレッソというクラブは大阪市内にありながら、どうしても「2番目」というイメージが拭えないんですよね。サポーターの皆さんには申し訳ないのですが。そういう立ち位置にあるクラブが、オリジナル10であるガンバと対戦することの意味が、実際に観戦してみて強く感じました。スタジアムの熱量、サポーターの命懸けの雰囲気、本当にすごかったです。
──結果、5−2でセレッソの勝利でしたが、日置さんご自身は、当時は社長就任前ということもあり、選手の名前も半分くらいしか把握していなかったと聞いています(笑)。
日置:お恥ずかしい話ですが、当時は競技面よりもビジネス側ばかりに関わっていて、選手の顔と名前が一致していない状態でした。監督も就任直後で、システムも戦術も未知数。ダービーを迎えるには、ちょっと準備不足だったかもしれません。
ただ、試合が終わった後に「これはとんでもない世界に足を踏み入れたな」と強く感じました。次回、ホームでのダービーに向けて「これはただ事では済まないな」と。パナスタ(パナソニックスタジアム吹田)でのダービーで、サッカーの怖さを知ったというか、ダービーが与えるインパクトの大きさを痛感しました。
関西出身ではないクラブ社長が見た「大阪ダービー」
──関西ご出身ではないクラブ社長が、大阪ダービーをどう見ているのか。特にファンビジネスやマーケティングの観点で、どんな価値や魅力があると感じているかを教えてください。
日置:セレッソでいうと、今は2万4000人収容のヨドコウ桜スタジアムを本拠地にしていますが、隣には5万人超のヤンマースタジアムもあります。専用スタジアムではありませんが、本来こういうビッグゲームこそ、ヤンマー(ヤンマースタジアム長居)でやるべきなんですよね。それくらいのパワーと価値が、この大阪ダービーにはあると思います。
ご存じのとおり関西圏では、やはり阪神タイガースの存在が圧倒的で、メディア露出などもすべてが阪神中心というのが現実です。それでも、大阪ダービーは唯一、それを超えてトップニュースになり得る可能性があると思います。だからこそ、マーケティングやブランディング的にも、もっと価値を高めていく必要があると考えます。
水谷:おっしゃるとおり、大阪ダービーは価値のあるカードだと思っています。これはクラブのフロントも選手も、もちろんサポーターも強く思っているところです。できればNHKの地上波で、全国中継してほしかったくらいです。
開幕戦が大阪ダービーということで、開幕前は梅田駅などでかなり大規模にプロモーションを展開しました。大手メディアが、必ずしも取り上げてくれるとは限りませんが、地域の話題にはなっている実感があります。こうしたプロモーションをきっかけに、サッカーに興味を持つ人が少しでも増えていればうれしいですね。
日置:ちょっと例えが古いですが、東京六大学野球の早慶戦のように、ライバル関係をストーリー仕立てで見せていくような取り組みもいいですよね。対立だけじゃなくて、お互いの歴史をひも解いていくような形。それによって、ファンの理解や期待感も深まるはずです。
水谷:ただ、やりすぎると逆効果になることもあります。あり得ない話ですが、ガンバのユニフォームにピンク色を混ぜるような企画があると、「何やっとんねん!」ってご批判を受けることになる(笑)。そのあたりは、本当に慎重にやらないといけないです。
日置:そういうテンションも含めて、ダービーらしさなんですよね。「この日だけは絶対に負けられない」というテンションは、もっと出していっていいと思います。
はっきり「負けたらアカン」と言われる一大イベント
──ファンやサポーターだけじゃなく、スポンサーやパートナー企業からの期待やプレッシャーも感じていますか?
水谷:プレッシャーというより、はっきり「負けたらアカン」と言われます(笑)。スポンサーでもあり、サポーターでもあるような熱い方々ばかりですから。ダービーに向けての空気は本当に独特ですし、選手もそれに引っ張られて普段以上に気合いが入る試合になりますよね。
日置:間違いないですね。パートナー企業の皆さんも、ダービーには“共に戦う仲間”として多くの方が駆けつけてくださいます。選手・スタッフはもちろん、パートナーの皆さんも、いつも以上に熱が入ります。まさに一大イベントですよ。
──ダービーは、相手がいて初めて成り立つものですし、大阪という都市にJ1クラブが2つあるという事実自体、ものすごく価値のあることだと思います。そこから新たな価値を創出する可能性もあると思うのですが、お二人はどう捉えていますか?
水谷:世界中のスポーツに「ダービー」はありますが、サッカーのダービーには特に深い物語性があるんです。そして、それを日本から世界へ発信するとしたら、やっぱり大阪ダービーが最も適していると思います。
お互いがリスペクトしながら、試合になれば全力でぶつかる。でも、根底には「大阪人」としての意識もある。そういう価値観って、もっと多くの人に伝えていきたいですし、クラブ同士でも刺激し合って、さらに高め合っていければいいですね。
日置:関西圏って約2000万人が住んでいて、J1クラブが4つも共存している都市なんですよ。ですから、やっぱりダービーで「街が動く」レベルにしないといけないと思います。甲子園の決勝のように、その日になると街の空気が変わって、周囲が勝手に巻き込まれていくような。
それぞれ多くの潜在的ファンがいるわけで、本気になれば圧倒的なムーブメントを起こせるはずなんです。理想は「大阪ダービーの翌日は有休を取る」みたいな文化が根づくこと(笑)。国内だけじゃなく、海外からも「一度は観に行きたい」と思ってもらえるような、そんなイベントに育てていきたいですよね。それくらいのポテンシャルはあると思っています。
【対談前コラムはこちら】異端の“よそ者”社長の哲学。ガンバ大阪・水谷尚人×セレッソ大阪・日置貴之、新社長2人のJクラブ経営観
【対談後編はこちら】ガンバ×セレッソ社長対談に見る、大阪ダービーの未来図。「世界に通用するクラブへ」両雄が描く育成、クラブ経営、グローバル戦略
<了>
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[PROFILE]
水谷尚人(みずたに・なおひと)
1966年生まれ、東京都出身。Jリーグ・ガンバ大阪 代表取締役社長。早稲田大学を卒業後、リクルートへ入社。1992年より日本サッカー協会に転職し、1996年から2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会に出向。2002年に株式会社SEA、翌年には株式会社SEA Globalを設立し代表取締役に就任。さらに、02年より湘南ベルマーレ強化部長、取締役、代表取締役社長を歴任。その後、2023年にJリーグのカテゴリーダイレクターに就任。2025年1月より現職。
[PROFILE]
日置貴之(ひおき・たかゆき)
1974年生まれ、東京都出身。Jリーグ・セレッソ大阪 代表取締役社長。大学を卒業後、株式会社博報堂に入社、その後FIFAマーケティングに転職し、2002年日韓ワールドカップのマーケティング業務に携わる。2003年にスポーツマーケティングジャパンを設立し代表取締役に就任。2010年よりアジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスの取締役GMを務める。2013年よりNFLJAPANリエゾンオフィス代表も兼務。2014年より東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に関わり、2020年東京五輪では開会式と閉会式でエグゼクティブプロデューサーを務めた。2025年4月より現職。
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